第八話
ミトゥレ様と一緒に寮までやって来た。この学園、想像以上に広くて、寮に行くまでにそれなりの時間がかかった。その分ミトゥレ様と一緒にいられたので結果オーライか。
ついでにあの執事さんも少し遠くからしっかり来てるけど、まあ気にしちゃダメだな。
それで、寮に着いたので部屋の鍵を貰ってるところだ。その辺りのことはお父様が色々手を回したらしいが。
まあ寮母さんっぽい人に名前を言ったら鍵を用意してくれてるし、お父様が上手くやったんだろう。流石お父様。
「それでは、こちらがベイセルさんの鍵、そちらがミトゥレさんの鍵になります」
「……あの。僕にはどちらの鍵も同じ番号に見えるのですが」
まさか、ないよな。それはない。そもそも俺は一人部屋だって聞いてたし。
「ええ。あなた達は同じ部屋ですよ。二人のご両親からは、二人とも了承していると聞いていましたが……違うんですか?」
えっ、ちょっ、何を言ったんだお父様っ!? いくら俺達が子供だからって、王女様と同じ部屋に住む事になんてなったら、邪推されることくらい分かってるだろ!?
「いえ、聞いていました。私達二人とも了承していますので、お気になさらず」
「そうなんですか? なら良かったです」
王女様まで何言ってんの!?
「まあ、落ち着けベイセル殿」
「で、ですがミトゥレ様! 僕はそんなことは聞いてませんよ!?」
「ああ、私も聞いてない。だが、都合良く私達は知り合ったからな。見も知らない者と共に住む事と比べると、余程良い」
都合良くって、偶然竜籠に乗ってたから……まさか、偶然、じゃない?
確かに、幾ら何でもあの馬鹿みたいに高い竜籠を、それほど緊急でもないのに使ったのはおかしいと思ってたが、まさか王女様と顔合わせをさせる為だったのか!? 王女様と仲良くなるためなら大金を使ってでもおかしくはないし。
そういえば竜籠に乗ってた時も俺と王女様の二人になってたし、降りた時にお母様が妙にニヤニヤしてたのもそれ知ってたからか!?
あ、ありえるぞオイ。侵入者の件は流石に関係ないだろうが、その後の短い時間でこれだけのことをしでかすとは……貴族って怖い。
「それとも、ベイセル殿は私と共に住むのは嫌か?」
くっ……そんな泣きそうな顔でそんなこと言われたら、断れるわけないだろ!
「そ、そんなわけないです! わ、分かりました。一緒に住みますから!」
「うん、それでいい。これからよろしくな、ベイセル殿」
「……えっ、あ、はい。よろしくお願いします、ミトゥレ様」
『よろしくね、おねーさん!』
いきなり綺麗な笑顔で言われたから、つい見惚れてしまった。
「では部屋まで行こうか。色々決めなければならないこともあるだろうからな」
「そうですね。僕も少し話しておきたいことがありますし」
魔物使い関連のことは話しておかないと、これから同じ部屋だからどうせバレるだろうし、早めに言っておいた方が良いだろう。
というかいつまでもシスやこれから出会うであろう魔物達と仲良く出来ないとか嫌だし。多少おかしいと思われても良いや。
「しかし、父上達にも困ったものだな。こういった大切なことを勝手に決めるとはな」
「お父様が勝手に物事を決めるのはいつものことですから……僕としては、皆が不幸にならなければ良いと思っていますよ」
ほんと、ウチのお父様は陰謀とかそういう類の事が物凄く得意だから、どこかの悪役みたいな事にならなければ良いんだけど。
「……ベイセル殿は優しいな」
『ぼくのご主人様だからねー』
いや、諦めてるだけです。どうせ俺の頭じゃどうしようもないし。
「そんな事ないですよ。……あ、部屋に着きましたよ。早速入りましょう」
「ん、ああ。そうだな」
その生暖かい目で見るのやめて恥ずかしいから!
さっさと部屋に入っ、て……。
「な、何ですかこれ……」
「さ、流石にこれはないぞ父上……」
『おおー』
部屋の中を見て二人でドン引きである。
いやだって、壁にはかなり高そうな壺とか絵画とか。床はこれまた高そうな絨毯。一つだけの天蓋付きのベッド。バカでかい本棚には、エロ方面の本が表紙だけ変えられて大量に入れられている。学園の寮でこれはない。
ベッドは王女様の部屋だから分からなくもないけど。一つってことは二人で一緒に入れってことだろう。マジやめろ。
「……これは、早めに何とかした方が良いですね。特に本棚の本は色々と勘違いされそうですよ」
「そ、そうだな。この先この部屋に住んでいくのは気が滅入りそうだ」
しかし、今すぐは無理だろうな。他人に任せるわけにもいかないし、俺はメイド達を連れてきてない。ミトゥレ様も連れは置いてきたと思ってるからあの執事さんは呼べない。というわけで、まあまた今度だな。自分でやるには数が多いし。
「とりあえず……シス。出ておいで」
『はーい!』
シスに服から出てもらう。服に内ポケットがあって、いつもはそこにいてもらってる。服の中にいると喋りにくいみたいで、あまり会話に入ってくることがないからな。それじゃ寂しいだろ。
「……スライムか。しかし、ベイセル殿。いくら自室になるとはいえ、あまりスライムを外にだすのは」
ああ、やっぱりそういうことになるのか。家で普段から一緒にいる分には何も言われなかったから、実際のところどうなのかと思ってたけど。
家の中でだらけてても何も言われないけど外だと、って感じか。
この世界でのスライムは汚れを取るためのものだから、汚れを取ってるスライムは汚いってイメージがあるんだろう、たぶん。わざわざ名前をつけてるんだからそれはない、と俺はないと思うんだけどな。
とはいえ、魔物使いである以上、魔物を連れて歩けないのはちょっと。というわけで。
「すみません、ミトゥレ様。スライムーーシスを出していることは見逃してください」
『くださいー』
「……まあ、私は構わないが」
「ありがとうございます」
『ありがとーおねーさん!』
融通が利く人で助かった。生理的に無理、とか言う人もいるらしいからな。
許しも得たので、早速シスを抱き上げる。このスライム特有のぷにぷにした感触が素晴らしいんだよな。
『く、くすぐったいよう、ご主人様』
「……ふむ。良く見ると、そのスライムは何というか、綺麗だな」
シスにはただ汚れを食べさせたりはしてないからな。本当は食べさせたくはないが、シスが自分から食べたがるから、仕方なく食べさせている。あ、汗とか汚れとかだ。エロ方面は一切ないぞ!
で、その時にシスに付与魔法をかけて状態異常耐性を向上させるのが一つ。もう一つは、シスの食事中に魔力を与える事だ。
この二つのどっちか、もしくは両方のお陰で、最初の時より綺麗に見えるし、触り心地もさらに良くなった。シスの持つ魔力も上がってるんじゃないかと思う。
一応今も魔力を与えているが、まあまだ数日程度なのでそこまで大きな変化があるわけじゃないが。
「そうですか? それはありがとうございます。僕は時々魔力を与えていますから、そのせいかもしれませんね」
「魔力を与えるか。また今度私もやってみよう」
「それが良いですよ。魔力を与えているとシスも嬉しそうにしますからね」
その時の声がちょっとアレだが……まあある意味テンプレではあるな。どうせ王女様にはスライムの声は聞こえないから、特に問題ないだろう。
「嬉しそうに、か。……そういえば、ベイセル殿。ご兄弟に会いに行くと言っていたが」
「そうでしたね。僕はこれから行こうと思いますが、ミトゥレ様はどうしますか?」
「私は部屋でゆっくりしているさ」
ゆっくりしている間に、王女様も一緒にいるであろうスライムと仲良くして欲しいな。
「分かりました。シスはどうする?」
『ぼくはおねーさんと一緒にいる!』
俺の腕の中からぴょんと飛んで、王女様の近くに行った。その時とっさに王女様が受け止めてくれた。王女様もシスの感触を楽しむといい!
しかし、シスが俺と一緒に来ないとは、珍しい。ちょっと寂しいが、王女様と仲良くなるのも大事だ。
「では僕は行ってきますね。シスをお願いします」
「ああ。いって来るといい」
『行ってらっしゃーい!』