第六話
「ご無事ですかお母様!」
急いでお母様の部屋へ入り、中にいたお母様の姿が目に入った途端、俺は慌てて駆け寄った。手紙に書いてあった通りに呪いのせいなのかは分からないが、肌の色が真っ黒に染まっていてベッドに横になって苦しそうにしていた。そばにはメイド長がいて、お母様の看病をしていたんだろう。一瞬メイド長の片腕も黒く染まっているように見えたが……今はその体で遮られてよく見えない。
「ベイセル様。ご無事でしたか」
「メイド長。お母様はどうなされたのですか?」
「申し訳ありません。先の侵入者に不覚を取ってしまいました」
さっきからどうも気になるメイド長の片腕をじっと見ていると、何故か必要以上に片腕を隠そうとしているように見える。
「メイド長。その腕を見せてください」
「……かしこまりました」
メイド長が俺から見えないように隠していた腕には、真っ黒な紋章が刻まれていた。お母様のように全身真っ黒というわけではないようだが、同じ類のものだと思われる。
「……不覚を取りました。私だけならともかく、奥様にまで手を出させてしまうとは、メイド失格でございます」
鑑定、してみよう。お母様と、メイド長の。時間があるわけでもないし、能力とスキルは見なくていい。
名前:シーヴ・イェールオース
種族:人間
年齢:32
職業:イェールオース家当主夫人
状態:魔の呪い(重度)
やっぱり、呪いか。魔の呪いというのはよく分からないが、どうにかしなければ。メイド長の方も調べておこう。
名前:イルミナ
種族:メイド
年齢:82
職業:イェールオース家メイド長
状態:魔の呪い(軽度)
メイド長も同じ呪いにかかってる。ちょっと気になるところがないでもないが、後回しだ。
「……その腕、呪われているようですね」
「呪いでございますか? しかし、どうして……」
俺が呪いのことを告げると、メイド長は珍しく驚いた顔を見せた。その反応を見るに、メイド長は呪われているとは自覚していなかったらしい。
「僕は鑑定のスキルを持っています。それで鑑定したところ、お母様もメイド長も魔の呪いというものにかかっていると判明しました」
「鑑定……それに、魔の呪いでございますか!?」
俺は魔の呪いとやらは聞いたこともないんだが、どうやらメイド長は知ってるらしい。その焦りようからして、かなりヤバそうだ。
「メイド長。魔の呪いとは何か知っているんですね?」
「……魔の呪いとは、未だ治し方の見つかっていない呪いの一つでございます。その恐ろしさは侵食の速さ。一日もあれば激痛とともに全身が侵食され、魔力が失われていきます。そしていずれ魔力が枯渇し、死に至ります」
…………さっき貰ったアイテムで何とか出来るんだろうか。とりあえず、天使さんから受け取ったアイテムも鑑定しておく。もし関係ないアイテムだったら、なんて考えると、恐ろしい。
名前:浄化の霧
女神が作った、呪いを浄化する力を封じ込めた霧を発生させるカード。呪いと名のつくものなら何でも浄化出来るカード。一回使うとなくなる。
超高性能だった。しかも霧ってことは複数に使えるはず。まさかこの状況まで見越していた……んだろうな。流石、女神様はチート。
「メイド長。他に呪われてしまった人はいますか?」
「おそらく、おりません。侵入者と交戦したのは私と奥様だけでございます」
ここは被害が少なかったと喜ぶべきかな……? このまま上手く二人ともが治れば良いんだけど。
「ではメイド長。先ほど僕の客人からいただいたアイテムを使用します。お母様の側に」
「客人……でございますか。それは」
客人が誰かとか、そのアイテムは大丈夫かとか、その辺の問いについてはスルーだ。じっくり言い訳を考えるような時間はないし、まずは二人を治す。
「問題ありませんよ。念のため貰ったアイテムも鑑定しましたが、確かに呪いを治せるものです」
「……かしこまりました。お願いいたします」
よし。二人にカードを持つ手を向けて、カードに魔力を通す。これで問題ないはずだ。
お母様の寝ているベッドと、その周りに淡い光を発している霧が立ち込める。おそらく、これで無事に治るはず。
「……ベイセル様。申し訳ありません」
「がふっ!? め、メイド長、何を……!?」
「ベイセル様っ!」『ご主人様っ!』
何かを殴ったような鈍い音と、腹辺りに鋭い激痛を感じて崩れ落ちる。
「イルミナッ! 何故ベイセル様を!」
「……主の危機には、己が身を呈してでも守りなさいと言ったでしょう、ヘルガ」
薄れゆく意識の中で、メイド二人が怒鳴りあうのが聞こえた気がした。
「おはよう、ベイセル。体調はどう?」
声が聞こえたので目を開けたら、お母様が心配そうに俺を見ていた。何故か気絶していたようだけど、あのアイテムで魔力を使いすぎたかな。
「……おはようございます、お母様。僕は大丈夫ですけど……お母様の方こそ、体調はどうなんですか?」
見た感じお母様は平気そうなので、一安心だ。一応鑑定もしたが、状態:通常になっていたから、もう大丈夫だろう。
「私は貴方のおかげで体調は良好よ。ありがとう、ベイセル」
「それは良かったです。他の皆さんも無事ですか?」
「……メイド長が仕事を辞めてしまったわ。それ以外の子は皆無事なんだけど、ね」
「メイド長がですか? またどうして……」
……そういえば、俺殴られたような気がするな。そのせいか?
「侵入者の仲間、ということになってるわ」
「仲間って……」
なんでそんなことに。侵入者からお母様を守ったんだろ? 仲間だって言うなら呪いになってまでお母様を守ろうとはしないだろ。
「私はあの子が守ってくれたのを見ていたからそうではないと思っているのだけれど……その場面は私しか見ていないし、他のメイド達、特に貴方とよく一緒にいるメイドは、貴方が殴られたのを根拠にそう言っているわ」
……あのメイド長だから、何かしら理由はあったと思うけどな。鑑定した時に実際に呪いにかかっていたし。ってそういえば、メイド長は無事なんだろうか。一緒に呪いが解けてればいいんだが。
「そうですか……無事だといいんですけど」
「そうね……。ところで、ベイセル。貴方、学園には興味ある?」
「学園ですか? それは、王都のカーヴェ学園のことですよね?」
これは学園に行くフラグだよな。二度目の学校生活、楽しみだ。誰もが一度は夢見るやり直したい願望を(異世界だけど)叶えられそうで、ワクワクする。
王都にあって、しかも国で一番大きいといわれる学園、ともなると俺のような転生者には気になる場所だろう、テンプレ的に。
「そう、そのカーヴェ学園。今回の侵入者の件で色々調べなくちゃいけなくなったから、安全のためにも貴方は学園に行って欲しいの」
この屋敷に入れるほどの侵入者がいて、それを送り込むような誰かが居る(と思われる)ってことだからな。屋敷が安全とは限らないから、お兄様達もいる学園の寮に行けということだろう。この屋敷は王都からだいぶ離れた我が家の所領地にあるから、そこから離れるという意味でもちょうどいいんだろうな。
「分かりました。学園には興味がありましたし、ちょうどいいと思います」
「それは良かったわ。もう色々と用意は済ませてあるから、行きましょうか」
「……今すぐですか?」
「ええ。貴方がどう思っても、学園に通わせることは決まっていたの。ごめんね?」
……はあ。まあ学園には行きたかったわけだし、別にいいけどさ。
それに、屋敷にいるよりも学園にいた方が天使さんに貰ったあの卵(今はカード)を孵化させられるだろう。一人の時間も増えるはずだし。
「……メイド達は?」
我が家にはそれなりの数のメイドさん達がいるはずだけど、どうするんだろうか。全員連れて行くわけにもいかないだろうし。
「真実はともかく、あの子という前例が出来たからメイド達を簡単に信じるわけにもいかなくなったの。だから、メイド達は全員置いていくわ」
「全員、ですか? しかし、それでは学園への道中が危険では……?」
それに、学園はそれなりに遠いけど、俺とお母様だけで行くのは無謀だろう。賊やら魔物やら暗殺者やら、ちょっと想像しただけでも危険が多すぎる。
「今回は竜籠で行くから、大丈夫よ。その後私はあの人のいる屋敷に向かうわ。貴方は学園の寮に入るのよ」
「竜籠ですか!? 確かにあれなら安全だろうとは思いますが、お金は?」
竜籠とは、馬車の車を竜が引いているものだ。前世のテンプレでは地竜が引く高速陸上車だったけど、この世界では全く違うもので、何と空を飛ぶ。
空を飛ぶんだ。大事なことなので二回言ったが、竜籠を引く竜は飛竜だ。空を飛ぶから賊に襲われることはまずないし、飛竜自体がかなり強いから空を飛んでる間に出る魔物もあっさり倒す優れもの。スピードもかなり出るから速い、安全と魅力的。ただし、数が物凄く少ない。俺のように都合の良いスキルが無い人達が飛竜を飼いならすのはとても難しいので、この国全体でも三つしかない。なので、あり得ないほど高い。そして重すぎると飛べなくなる恐れがあるので、乗員は五人までと少ない。
「問題はないわ。それじゃ、行きましょうか」
何か強引に流された気がする。……しかし、安全面は問題なさそうだが、身の回りのあれこれとかはどうするんだろうか。いくら前世の記憶があるとはいえ、今まで至れり尽くせりの中でのんびり生きていたから、不安だ。