四十四話
「ベイセル様。こちらがシーヴ様のお部屋でございます」
メイドさんに案内されるついでに屋敷の探索を楽しんでいたら、いつの間にか部屋の前まで来ていた。ちなみに、シーヴはお母様の名前。お父様はレードだ。
「もう着いたんですね」
「あちらのお屋敷よりは小さめですので。それでは、ご用意はよろしいですね?」
「はい。……用意?」
え、何か用意することあったっけ? お土産とかは買ってないんだけど……。
「シーヴ様。ベイセル様がなられました」
「はーい、入って入って」
我が家の使用人に対する態度は、お母様のものが一番気安い。逆にお父様は結構厳しいようで、バランスは取れてるんだとか。昔はお父様もそれを注意していたらしいが、いつまでたっても改めようとしないお母様にいつしか諦めたらしい。
「おかえりなさいベイちゃん!」
「べ、ベイちゃんっ!? ……ええと、ただいま帰りました、お母様」
妙にテンションの高いお母様に迎えられて部屋に入る。そのまま流れるように膝の上に座らされる俺。……なんか、最近こういう展開多くないか?
……ところで、お母様のお腹の辺りがちょっと柔らかくなった気がするんだけど……いやいや、考えないでおこう。
「学園はどう、楽しんでる? 王女様とは仲良くなれた? あ、この子が前に言ってたワイバーンの子供ね、可愛い!」
「きゅおっ!?」
「むぎゅ」
反応する間もなく話をしていたお母様が、俺の足元で大人しく座っていたエインを抱き上げた。その時に前に屈んだせいで、膝の上に座らされていた俺は見事に潰されてしまう。痛くはないが、ちょっと苦しい。
「ああ、ごめんなさいベイセルちゃん。大丈夫だった?」
「は、はい」
お母様とは約一ヶ月ぶりに会うからか、やたらとはしゃいでるようだ。もともと子供っぽい一面はあったからそこまで違和感があるわけじゃないが、やっぱり寂しかったんだろう。自分で言うのもなんだけど、一応俺は可愛い末っ子だし。
「学園は楽しいですよ。ミトゥレ様も仲良くしてくれていますし、ルベルトお兄様もいますから」
まあ近い内に大々的に喧嘩するんだけどな。言ったら止められそうだし、お母様にはいわないでおくが。
「……そう。なら、学園に行かせて良かったわ。ベイセルちゃんを一人にさせるのは心配だったから」
それはそうだ。五歳児にいきなり寮生活させるとか、誰だって心配する。同居人も八歳だし、メイドさんが来たとはいえ基本的には部屋に入ってこないし。今こうして軽く考えただけでも問題は山積みだというのに、良く暮らしていけているなと正直思う。
「少しでも辛いって言うなら連れて帰ろうかと思っていたんだけど、その必要はなさそうね。メイドからも話を聞いてるけど、大丈夫そうだったし」
お母様は微笑んでそういうが、どことなく悲しそうな雰囲気を出している気がする。……これからは、会いに行く頻度を増やそうかな。
「たまにはこうして帰ろうと思います。ルベルトお兄様も連れて」
「ありがとう、ベイセルちゃん。でも、あの事件からそろそろ一ヶ月が経つから、これ以上領地から離れているのは良くないの。だから、お母さんとお父さんは近いうちにあっちのお家に帰ります」
そういえば、今我が家の皆は俺も含めて色んな理由でこの王都にとどまっているんだったか。まあ、最大の理由はお母様の安全のためだと思うけど。ちなみに、今こうして王都に来ている間の領地経営その他諸々は、お父様付きの執事長さんが代行しているらしい。あるいは電話のような機能の魔道具で指示を出しているんだとか。だからって時間があるわけでもないようで、お父様はこっちでも忙しそうにしてるようだけど。
「ベイセルちゃんは学園の寮で生活してるから、一緒には帰れないでしょ? お母さん寂しいわ!」
「寂しいと言われましても……申し訳ないとは思いますが」
俺とルベルトお兄様は学園に通っているから、流石に一緒には帰れないし。たまには帰ろうかと思ってはいるが、流石に学園からだとうちの領地は少し遠い。エインが大きくなったら乗って帰るとかも出来るんだろうけど……。
「……あの、お母様。いつまでこのままなのですか?」
「……もうちょっとお願い。それと、後でお父さんにも会いに行きなさい。あの人も心配していたから」
お母様は若干ばつの悪そうな表情をしながらも、その後しばらくは離してくれなかった。
「失礼します、お父様。ベイセルです」
お母様から解放されたので、言われた通りにお父様に会いに来た。しかし、お父様と会うのは緊張する。もっとも、緊張する一番の理由は、一時期俺がやらかした時にこっぴどく怒られたせいなんだが。
「帰ったか、ベイセル」
それに関しては俺の自業自得だが、それ以外にもお父様が妙に威圧感があるのも原因の一つだと思う。普通家族に会うのにこんな空気にならないだろってくらい。
「ところで、お父様。……その、そちらにいるルベルトお兄様はどうなされたんですか?」
本当なら見て見ぬふりをしたかったが、どうしても気になったので問いかける。何故か茫然と突っ立っていて、ロシェルお義姉様が顔を真っ赤にして照れているんだが。
「ああ、まあ気にするな。孫はいつ出来るかと聞いてみただけだ」
こうやって、真面目な雰囲気のまま唐突にそういうことを言うもんだから、油断ならないというか、拍子抜けするというか。というか、普段あれだけイチャイチャしてるのに、そういうことを言われるのには耐性がないんだな、二人とも。
「ベイセル、騒動を引き起こす気らしいな」
「……はい」
流石にお父様は色々と知っているようだ。まあ、護衛のメイドさんとかが報告してるだろうし、当たり前か。
「詳しい理由は聞かん。学生の内にはしゃぐのも良いだろう」
……良いんだ。確かにお父様に止められるとは思ってなかったけど、小言の三つや四つはあるかと思ってたんだが。
「ただ当然、勝つ見込みはあるのだろう?」
「はい」
むしろ、勝ちたいがためにわざわざ大事にしたわけなんだけども。ちょっと自分を追い込むためにミトゥレ様を巻き込んだが、勝つつもりなのは変わらない。
「ならばいい。存分にやれ」
「当然です」
お父様も賛同してくれたようで良かった。色々と考えてるんだろうが、そういうのは俺じゃなくてルベルトお兄様の分野だ。どうせ俺がここに来る前にそういう話でもしてたんだろう。
「それよりも、ベイセル。シーヴには会ったか?」
「はい。先程、こちらに来る前に」
お父様は、三人も子供がいるのに母のことを名前で呼ぶ。人前でいちゃつくことはあまりないが、二人きりの時はそれはもうすごいらしい。メイドさん達が噂してた。
「そうか。今は色々重なって不安なようでな。息子達と接することで少しでも楽になればいいが」
「色々、ですか?」
「お前は気にしなくて良い。いずれ分かることだ」
うん? その言い方って、つまり俺の知らない話なんだろうか。てっきりこの間の事件のこととか、俺達息子が全員家から出ちゃったこととかだと思ってたんだが。もちろんそれもあるだろうが、他にも原因があるってことかな。
「悪いことではないですよね?」
「ああ。気になるならシーヴに直接聞くのも良いだろう」
いや、お母様に直接聞くのはちょっと……。悪いことじゃないって分かっただけ良いか。心配なら出来るだけ家に帰れば良い話だ。
「さて、私はまだルベルトと話がある。特に用件がないならベイセルはクヴィスの元にでも行け。まだ見舞いはしてないだろう」
「そうですね、分かりました。それでは失礼しました」
挨拶をして部屋から出る。はー、緊張した。別に険悪な仲ではないから大丈夫だとは思ってたけど、どうしてもお父様の前にくるのは緊張するな。
さてと。当初の予定にもあったし、言われた通りクヴィスお兄様のお見舞いにでも行こうかな。




