四十話
「シス、苦しくないですか?」
『気持ちいいよー』
寮に帰ったらシスがお風呂に入りたがったので、一緒に入ることにした。エインはヘルガさんと一緒に部屋で留守番だ。エインと一緒に入らないのは、俺一人でどっちも面倒をみるのは流石に厳しいからだ。エインは遊び始めるしシスはお湯を吸って巨大化してしまうし、色々大変なのである。かといってヘルガさんと二人で入るなんてありえない。まだ見た目的に若いミトゥレ様相手ですらあんなに緊張したのに、ヘルガさんと一緒に入るとか無理だ。
「お湯を流しますよ。吸い込み過ぎないでくださいね」
『うん、頑張る』
スライムを洗う……というと若干違和感があるが、食事として汚れをある程度食べた後に残った、あまり綺麗じゃない水分を吐き出して新しく綺麗な水分を取り込む、ということを行っている。あまり水分をあげすぎると割と際限なくぶくぶく膨らんでしまうので、適度な量や温度を調節するのが俺の役目だ。
『ふやぁ……』
シスはこの作業がお気にいりらしく、ほぼ毎日やってあげている。大抵は俺が風呂に入る時なので、そこまで苦にはならない。ある程度は自分で調節してくれるしな。
ちなみに、浴槽のお湯はヘルガさんにいれてもらっている。ミトゥレ様のおかげで俺達の部屋には生活に便利な魔道具がいくつかあるので、それを使わせてもらっている。かなり楽になって助かるんだとか。今使っているシャワーももちろん魔道具だ。魔道具ってマジ万能。……その分お高い物も多いので、大抵は貴族ご用達だったりするんだけど。
「よし、これでおしまい。気持ちよかったですか?」
『うん、ありがとー、ご主人様』
「それじゃ、出ましょうか」
お湯を吸ったせいで普段よりも一回りは大きくなったシスを抱えて風呂から出る。俺が身体を洗う前にシスを洗うと、入るときにまた汚れてしまうので、身体を洗った後にシスを洗っている。
スライムは液体の塊のような何かなので、表面の水滴を全部吸収しているらしく俺達人間のようにボタボタ水が流れるということはない。なので、柔らかい布で軽く拭う程度だ。俺の方はしっかり拭かなきゃいけないが……。
「失礼します。お手伝いに参りました」
「……前に一人でやりますと言ったじゃないですか」
「これもメイドの仕事でございますので」
唐突に入ってきたヘルガさん(もちろん服は着ている)に詰め寄られ、結局押しきられて全身を拭かれることになってしまった。……恥ずかしいことは恥ずかしいが、生まれてからずっとそうだからか、メイドさんに拭かれることには抵抗がなくなっている気はする。
「お疲れ様でございました。続けてお着替えのお手伝いもさせていただきます」
「……お願いします」
うん、当然着替えもセットだ。元日本人としては変態の謗りを免れない話だが、このファンタジー世界の貴族の子としてはおかしくない、かもしれない。もちろん俺だって恥ずかしいから、最初は自力でやっていたんだが、ほんの少しでも着方が適当になったりシワが出来たりするだけでメイドさん的にはアウトらしく、服を取り上げられて着せられてしまった。
服の着替えについてもそうだが、貴族っていうのは思った以上に厳しいもので、色んな動作の一つ一つを逐一確認されてダメ出しされることも多い。気品っていうのはこういうことに気を配ってるからか、なんて思ったものだが……。今のところ公の場に出ることがあまりないから、俺は結構甘やかされている方だ。学園に通うようになったから、今後は厳しくなりそうではあるが。
そんなことを考えている内に着替えも終わり、シスを抱えて部屋に戻ってきた。一息つこうとベッドに近づいたところで、既に帰っていたらしいミトゥレ様がベッドに腰かけているのが見えた。
「ベイセル、風呂上がりか?」
返事を返そうとして、ふとメイドさんと一緒に風呂に入ったと勘違いされないかと思った。ヘルガさんと一緒に出てきたりしたら……と思って慌てて後ろを振り向いたら、いつの間にかヘルガさんがいなくなっていて、俺の足元にエインがくっついていた。
「はい、シス達と一緒にお風呂に入ってきたところです。……あ、お帰りなさい、ミトゥレ様」
「ああ、ただいま」
安心したところで、とりあえず挨拶。この世界でも挨拶は大事だ。しないよりも全然相手の態度が違うこともあるから、基本的に欠かさず行っているつもりである。前世では挨拶なんてあんまりやってなかったから、忘れることもたまにあるが。
ちなみに、学園でメイドを連れ歩いているのはたぶん俺だけだが、他の貴族達も見えないところから護衛はされているらしい。そういう人に会釈をすると、結構驚かれることも多い。ミトゥレ様は以前出会った執事さんが、お兄様はヘルガさんとはまた別の我が家のメイドさんが護衛しているんだとか。そういう使用人を情報収集にも使っているらしい、というのを少し前にお兄様から聞いた。
「少し話したいことがあるんです」
「ああ、スェイロ殿と大々的に戦うんだろう?」
「……どうして知って……?」
「私だってそういった情報収集くらいは出来るさ」
まだお兄様と副会長さんに話しただけだし、それも今日の午後の話なんだが。ミトゥレ様は、意外とそういう方面でも優秀なのかもしれない。
「私は当然ベイセルの味方をするぞ。私の婚約者はベイセルなのだからな」
「……あ、ありがとうございます」
相変わらずこの人は、恥ずかしいことを躊躇いもなく……。
「しかし、どうしてあのような条件にしようと思ったんだ? スェイロ殿とのいざこざなら当人同士で決着をつけることも出来るだろう?」
確かに一対一で終わらせることも出来ただろうとは思う。ちゃんとルールを決めれば俺が勝てる可能性もあっただろうし、これから行うつもりの試合みたいにミトゥレ様との婚約を賭ける必要もなかった。
「……今後もああいった反対意見は出るだろうと思ったんです」
だから文句を言わせないための実績作りになるだろうというのが一つ。立場や境遇からして、俺には今後も何かしらの面倒事が起こるだろうから、その時のためにこうしたイベントに慣れておくためというのが一つ。自分から仕掛ければ多少は覚悟も出来るだろうというのもある。
「そうか。……私との婚約を賞品にしたんだ。絶対に勝たなければな」
「その通りですね」
本当に。わざわざ負けてはいけない状況にしたんだから、気合い入れていかないと。
「それなら、まずは味方を増やさなければな。あてはあるか?」
「……あまり。僕の評判がさほど悪くない上級生の方々からあたってみようかと思っています」
俺の周囲の人達は有名な人ばかりだが、俺自身はたいして知られていないただの子供だ。なので、こうした人集めには結構役立たずなのである。……あまり役立つことってしてきてない気もするけど。
「私もいくつかいる知り合いから聞いてみよう。動くのは早い方が良いだろう?」
「ええと、まだ許可はもらっていないので、明日にでも行こうと思っています。一緒に来てもらってもいいですか?」
「もちろんだ。それなら、時間がかかるだろうから、放課後になるな。仲間集めに動くのは明後日からになりそうだ」
お兄様やミトゥレ様もこうして俺に味方してくれる。これだけ頼もしい人達がいるんだから、ありがたいことだ。頑張らないとな。




