第三話
『これからよろしくお願いしますご主人様!』
「うわっ……と」
叫びながら飛びついてきたホワイトスライムを慌てて抱きとめる。……っていうかご主人様って。……アリだな、うん。いや、貴族だから敬われることはあっても、ご主人様なんて呼ばれ方はしたことないからな。新鮮だし、嬉しいことだ。
しかし、可愛いなスライム。お母様のスライムもそうだったし、やっぱりこの世界のスライムは、丸っこい水玉みたいな感じの、可愛らしい見た目のようだ。是非とも撫でたい。別に遠慮することもないし、撫でよう。
腕の中でぷるぷる震えて、撫でると嬉しそうにする。スライムの言葉が理解出来るのはありがたいな。
『ご主人様ぁ、なでなで気持ち良いです……』
スライムに表情なんてないし、動きで判断なんてまだ会ったばかりだから全く分からないからな。こうやって言葉が分かるとスライムの気持ちが理解しやすい。この子は随分と素直に喋ってるみたいだしね。
「元気の良い子ね。ベイセル、私の用事は済んだから、その子と遊んできなさい」
「分かりました、お母様。では、失礼します」
『ご主人様と二人きり!?』
たぶん仲良くなれるように遊んでこいってことなんだろうけど、ちょうどいい、図書室でスライムの生態でも調べに行こう。スライム魔改造計画発動だ!
そもそもスライムという種族は弱い。予想はしていたことだが、まあ弱い。貴族という立場の者達がペットに出来るほどだ。でも、種族的に弱いものを最強に育て上げるってのはロマンだよな。だから最強になるよう育てようと思っている。そのためには、まずスライム種の特徴について知る必要がある。
というわけで、図書室に来たわけだ。俺の肩の上にいるスライムと、後ろからついてきているヘルガさんと一緒に。
『おおー! 本が一杯ですよご主人様! すごいです!』
子供のような反応をするスライムを優しく撫でて、ヘルガさんの方へ振り向く。
「ヘルガ。スライムに関する本を探してもらえますか?」
「かしこまりました」
さて、ヘルガさんが探してくれている間に、スライムと話をしよう。
「さて、スライムくん。君と話がしたい」
『ぼくもしたいですご主人様!』
うんうん、素直で可愛いなスライム。撫でてやろう。
『ふにゅ……あ、ご主人様。名前! 名前付けてください!』
ああそうか。名前は大事だな。世の中には名前を付けるだけで強くなるようなこともあるわけだし。愛着もわく。この子って女の子だったよな。となると、女の子っぽい名前……うーん。
「名前か……何がいいかな」
「どうしましたか、ベイセル様?」
おっと、ヘルガさんが戻ってきた。速いな……って、本持ちすぎ。十冊ほど積んだままとか、すげえ。よく落とさないなあれ。俺なら絶対落とすぞ。
「あ、ヘルガ。その本はこの辺りに置いておいてください。今は、この子の名前を考えていたんです。どんな名前が良いかと思いまして」
「なるほど。……貴族様方がご自分のスライムにお付けになる名前は、そのスライムの色に関連した名前が多いようですよ」
色か。この子は白のスライムだから、シス、かな? どっかのゲームでそんな名前のキャラがいた気がするし。
「そうですね……では、君の名前はシスです」
『シス……うん! ぼくの名前はシス! ありがとうご主人様!』
シスが嬉しそうで何より。この子は抱きつき癖があるのか、よく抱きついてくるな。可愛いし、ぷにぷにしてて気持ち良いから全然問題ないんだけど。
……って、うわっ!?
「ベイセル様っ!」
「これは……魔法陣?」
『ふわー、ぴかぴかー』
俺とシスの間に突然出来た魔法陣が光り出し、ヘルガさんが慌てて俺をそこから遠ざけようとしている。何故か俺はその場に固定されたように動かないが。
慌ててるヘルガさんには悪いが、これは俺のスキルのせいだろう。いつもの鑑定をした時のような、スキル使用時特有の感覚がある。シスに名前を付けたら魔法陣が出来たんだから、主従契約のようなものが出来たってことだろう。発動したのは契約魔法だな。
「大丈夫ですよヘルガ。これは危険なものではありませんから」
「しかしっ!」
ヘルガさんはかなり必死だ。必死になるのも分かるけども、これ俺のスキルのせいだしな。俺の魔力使ってるし。冷静になって見れば分かるだろう。とはいえ、今の状況で冷静になれってのは無理そうだな。
仕方ない、ここはゴリ押しでいくか。
「大丈夫です」
キリッとして、自信満々にそう告げる。不安そうな顔してたら説得力ないし。
「……分かりました」
渋々とだが、手を離してくれた。この発動中のスキルのランクがCだからだと思うが、何となく分かるという不思議補正によると、どうも俺と契約する魔物以外が魔法陣の上にいると拘束され続けるみたいだからな。ヘルガさんが離れてくれないと、俺はずっとこのままだったところだ。
「ありがとう、ヘルガ」
「……いえ、私は何も」
ヘルガさんが落ち込んでしまった。いやでも、ヘルガさんが真っ先に俺の安全を確保しようと動いたことはかなり嬉しかった。ヘルガさんは経歴がちょっとアレだから、あまり好かれてるとは思ってなかったんだけど。
今度お礼に何かしてあげよう。うん、それがいい。
「……魔法陣が消えていきましたね」
これで契約完了かな? 後でシスのステータスを見ておかないと。
「何か異常はございませんか、ベイセル様?」
「大丈夫です。何も問題ありませんよ。シスも大丈夫ですか?」
『うん、大丈夫! あったかくて気持ち良かったよー』
それは良かった。魔物に苦痛を与えるようなものだったらどうしようかと。大丈夫だとは思ってたけど。
「あ、ヘルガ。さっきの事は秘密にして置いて下さい」
「それは……私には出来かねます」
「でも、ヘルガが話すとシスと一緒にはいられなくなるでしょう?」
「…………」
沈黙は肯定とみなします。……って冗談言ってる場合じゃないんだけどな。お父様かお母様のどっちかにでも話がいったら、シスが俺に危害を与えようとしたと勘違いして処分されかねない。
せっかく初めて出来た契約魔物を連れて行かれるなんて御免被る。
「絶対に誰かに話してはいけませんよ。僕はシスともヘルガとも別れたくはありません」
ヘルガさんが今回のことを話したら、実際には違っても見逃したとしてヘルガさんまで被害が及ぶだろうと思う。何でか分かんないけど、ヘルガさんはメイドさん達に結構嫌われてるからな。ありそうで困る。
「…………かしこまりました」
『かしこまりましたー』
「よろしい。では僕はヘルガが持ってきた本を読んでいますね」
さて、シスにはちょっとだけ離れてもらって、持ってきてもらった本を読もうか。スライムのことについて色々調べないと。
………………な、何だコレは。
「スライムの、品種改良……?」
貴族達が飼うために売られるスライム種は、何度も品種改良を行い、汚れを食べることや良い香りを放つことに特化させ、戦闘能力を極端に落とさせた、らしい。
つまり、あれだ。前世で言う蚕みたいなものか。人が糸を集めるために品種改良をしていき、結果羽があるのに飛べなくなり、口が退化して食べられなくなったっていう、アレと同じ。
「貴族様に怪我をさせてはいけませんから、スライム達が仮に攻撃をしても痛みすら感じない程度の力しか持てないようにした、ということのようですね」
それはつまり、スライム魔改造計画は始まる前から終わったということか……?
い、いや、まだだ。俺にはスキルがある。自分の従魔を進化させるスキルが。さっきシスは俺の従魔になったみたいだし、レベル上げすれば進化出来……レベルってあったっけ?
シスを鑑定してみるか。さっきの契約の確認も兼ねて。
名前:シス
種族:ホワイトスライム
性別:女
年齢:2
職業:従魔(主:ベイセル・イェールオース)
状態:通常
忠誠:82/100
能力
HP:E
MP:E
STR:F
VIT:F
INT:D
AGI:E
DEX:D
LUC:C
魔力属性:光
スキル
病気耐性:B
異常耐性:B
悪食:C
回復付与:C
光属性魔法:F
SP:30
あっれー? 前見た時と随分違うなー。……えっと、つ、強くなりましたね。
と、とりあえずレベルの概念がないことと、契約して俺の従魔になったことは確認出来た。契約の影響かそれとも俺のスキルの影響か、状態が通常になってるし、ステータスとスキルのランクが軒並み上がってるが、まあ強くなってるから良い変化だろう。
それよりも、気になるのは新しく表示された項目だ。忠誠とSPだな。
忠誠はまあそのままだろうし理解できる。いきなりかなりの高さなのは状態異常:魅了の名残か、俺のスキルの影響か。まあ低くなくて良かった。嫌われたくないからな。
問題はSPだ。これもおそらく俺のスキル育成の影響で出たんだと思う。ゲームでよくある、割り振り用のポイントだろう。これがスキルポイントなのかステータスポイントなのか、それとも別の何かなのかはじっくり考えないといけないところだ。
どちらにしても、今急いで割り振る必要はないかな。しばらくは戦闘なんてさせてくれないだろうし、もし何かあってもヘルガさんが守ってくれるだろう。
『ご主人様、だっこー』
「おいで、シス」
唐突に甘えてきたシスを抱き上げる。うん、やっぱりこの感触はクセになるな。
しかし、何というか、シスの言動が幼くなってる気がするんだけど……気のせいじゃないよな? さっきの契約からそうなったような。ステータスは上がってるんだけどな。まあいいか、可愛いし。
さて、本は一通り読んだけど、大したことは書いてなかったな。どれもスライムが魔物ではないって書かれてるし、戦わせようなんて思いもしないらしい。
スキルの影響だと思うが、契約しただけで随分成長したから、弱い敵なら戦っても勝てるだろう。当然その時には俺の付与魔法を充分にかけておくが。レベルの概念がなかったとはいえ、強くなる方法は戦うことだろう。あとは地道な修行か。
遊びという名目で修行するか。ヘルガさんと一緒に。ヘルガさん結構強いらしいから、良い修行になるだろう。俺も一緒に参加してみたいが、果たして許してくれるかどうか。
「ヘルガ。シスの修行に付き合ってくれませんか?」
『しゅぎょー?』
「修行、ですか? ……スライムの?」
「ええ」
「しかし……」
ヘルガさんの言いたいことは分かる。スライムなんて雑魚はどれだけ修行しても雑魚なんだよぉ! ってことだろう。そうなると、説得するにはシスが普通のスライムとは違うことを説明しないといけないだろう。
……スキル、話すか。鑑定があれば色々説得力が増すだろうし、もしヘルガさんがお父様やお母様に話したとしても、鑑定スキルを使えることは珍しいだろうから、俺の存在も重要視されるはずだ。ついでに、いるかどうかも分からないが、他の転生者を見つける足がかりにもなるかもしれない。転生者なら鑑定スキルは絶対持ってるはずだからな。
「これはまだ誰にも言ってないのですが……実は、僕は鑑定のスキルを持っています」
「……! 鑑定、ですか。それは素晴らしいです。しかし、それで何故スライムを……」
さて、シスのステータスのどれを言えばインパクトがあるか。普通のスライムが出来ないことがいいかな。となると魔法か。
「それでシスを見てみたんですが、どうも光属性魔法が使えるようなんです」
『そうだよーご主人様。さっきあったかくなった時に出来るようになったの』
「なっ……!? スライムが魔法を!?」
お、好感触か? ……いや、ちょっとリアクション大きすぎじゃないか? ああでも、さっき見た本の内容からするとありえない話なのか。
そしてシスには使える自覚ありか。実践させる時に使い方が分からなかったらどうしようかと思ってたけど。心配なさそうだ。まあ所詮Fランクだから、大したことはないだろうけど。試し打ちをするにはちょうどいい。
「やはり、奥様に報告した方が……」
「それはダメだと言ったでしょう、ヘルガ」
「しかし、危険です! もしそのスライムがベイセル様に攻撃でもしたら!」
『むー、失礼だなー。ご主人様はぼくが守るんだから!』
可愛いことを言ってくれるな、シス。撫でてやろう。シスが俺に攻撃することはまずないだろうな。忠誠度の高さは伊達じゃない。
「絶対にそれはない、と僕は考えていますが。もしそうなったとしても、ヘルガが守ってくれるのでしょう?」
必技、他力本願!
いや、外から見ると従者を信頼してる主人に見えるんじゃないかな。男として情けない話だけどな。
元々魔物使いになるって決めた時から前に出て戦うつもりもなかったし。元日本人な俺が戦いに向いてるとも思えないし、俺のステータス的にも無理だろう。なので、貧弱な守られ系主人公でも目指そうと思ってる。勿論支援はするが。
「それは勿論です。ですが!」
「なら問題はありませんよ。ヘルガのことは信頼していますから」
ちょっと強引だが、話を終わらせないといつまでも続きそうだ。ヘルガさんは心配性だからな。どうせ危険は全くないし。忠誠度の高さは伊達じゃない。大事なことなので二回言った。……一回言ってみたかったんだよな、このフレーズ。
「っ……かしこまりました」
よし解決。ちょっとヘルガさんの顔が赤い気もするけど、褒められて照れたのかな。照れ顔でも相変わらず綺麗な人だ。
とりあえずシスの修行の目処も立ったし、後はゆっくり本でも読もうか。