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三十六話

 

 二人で一緒に湯船に入ってしばらくゆったりする。心情的には全然ゆったり出来ていないが、こればかりは仕方がない。一応俺は後ろを向いてるし、ミトゥレ様もこっちを向いてるわけじゃなさそうなんだが……恥ずかしいものは恥ずかしいし、気まずい。


「ベイセル。今日の朝練は……どうする?」


 ミトゥレ様がいつもより少し控えめな声でそう聞いてきた。昨日の試合の影響かどうかは分からないが、どうも気遣ってくれているみたいだ。それは大変ありがたいんだけど……。


「もちろん今日もやらせてもらいます。シスもエインも、昨日の試合でやる気が出たみたいですから」


 あの結果は流石に情けない。いくら戦闘を魔物達に任せるつもりだとはいえ、近くにいる俺が魔物達にとっての致命的な弱点になるのはダメだ。今回の試合では一応の指示が出来たとはいえ、シスは出し惜しみしたままで終わってしまったし、エインが傷つくことを恐れて接近戦は避けてバカみたいに炎弾を打たせるだけだった。魔力をケチって支援も小出しだ。終わった後だから言えることだが、反省点が多すぎる。


「そうか。分かった、ならば今日はいつもより厳しくしようか」

「……お手柔らかにお願いします」


 ちょっと余計なことを言ってしまったかもしれない。……いやいや、ヘタレちゃだめだろ。


 元々そういう才能があるとも思っていないし俺が逃げに徹するのは悪くないが、そもそも逃げれない状態に陥ることは多々あるだろう。狙われないように隠れるとか攻撃を避けたり防いだり、出来ることは色々あるはずだ。



 ……ところで、なんだが。俺は今ミトゥレ様へ背を向けて話しているわけだが……これって、失礼なことなんじゃなかろうか。いやでも、向き合って裸を見るのは当然失礼なことだろうし。


 ああもう、考えなきゃ良かった! せっかく難しいことを考えてちょっと忘れてたのに、一緒に風呂に入ってることを思い出してしまった。


「……さて、私はそろそろ上がろうと思うが、ベイセルはどうする?」

「も、もう少し入ってます」


 一緒に出る=一緒に着替えるってことだろ? 無理無理!


「そうか。のぼせないように気を付けろよ」

「はい」





 無事に風呂から上がって、いつもの朝練用の場所へ来た。さっきまで寝ていたからか、エインは時々眠たそうにあくびをしている。対してシスはやる気みたいで、触手を伸ばしてシャドーボクシングのように動かしていた。


『今日も頑張るよっ!』

「シスちゃんはやる気だな。エインちゃんは眠たそうだが……大丈夫か?」

「……きゅぅ」


 ちなみに、エインはいつものようにヘルガさんに抱えられている。卵から孵った時に一緒にいたからなのか、ヘルガさんにとてもよくなついているようで、もしかしたら俺よりも仲が良いかもしれない。


「ベイセルはどうだ?」

「準備は出来ています」


 朝練はミトゥレ様と一緒に始めてから、今まで一度も休むことなく続けている。いやまあ、俺は大抵体力がもたなくてダウンしているから威張れるほどのことではないんだけど。


「みんな準備は良いようだな。では、まずはいつも通り走ろうか」


 朝練といえばランニング、という俺の勝手なイメージ通り、ミトゥレ様との朝練はまず走ることから始まる。最初は寮の周りを何周か走ることだったが、何度か続けていく内に少しずつ内容が変わっていった。


「今日はとりあえず十回ほどだな」

『はーい!』

「きゅぅ」

「が、頑張ります」


 内容が変わってからは、前と比べて距離的にはそれほどでもない。大体百メートル程度の距離を往復する、それを今日の場合は十セットだ。つまり合計二千メートル程度のもので、ファンタジー世界にとってはさほど大したものでもないだろう。


 問題はこれがただの肩慣らしであり、俺にとってはこれだけでくたくたになるということ。それから、整備された道ではなくて木々の合間を縫って走らないといけないことだ。


「ベイセル、ペースが落ちているぞ!」

「はい!」


 これがまたキツくて、何度も転びそうになったところに喝を入れられて何とか立て直し、また転びそうになって……を繰り返すこと十数回。今日もまたヘトヘトになりつつも、辛うじて完走出来た。


「少し休憩を挟もうか」


 無理するのは良くないということで、結構頻繁に休憩を挟んでくれる。


『ご主人様、大丈夫?』

「……ええ、ちょっと疲れただけで、問題はないですよ」


 俺よりもだいぶ余裕のあるシスとエインが近寄ってきてくれる。頭を撫でて


 これが朝練初日だったなら喋れもしないくらいだっただろうけど、今なら僅かながらの余裕がある。本当に僅かでしかないが。



 それから五分程度の休憩の後、ヘルガさんが用意した木刀を持ってみんなで素振りを始める。俺は百回、シスは二百回、エインは木刀ではなく腕を二百回、それぞれ休憩を挟んで三セットだ。素振りに関しては、筋トレというよりは正しい振り方の学習のためらしく、力の入る振り方や負担の少ない振り方なんかを、ミトゥレ様とヘルガさんから二人がかりで指導を受けながら木刀を振りまくった。


 この指導の時に、結構身体が密着するわけなんだが……。


「ちょっ……ち、近いです」

「ん? だが、近づかなければ教えられないだろう?」

「そうですけど……」


 笑顔で後ろに回ったミトゥレ様が、抱きつくようにして俺の腕を動かす。その接触がいつもより多い気がして、更に今朝の風呂の件もあって、いつも以上に緊張する。俺の体力がついてきてそういうことを気にする余裕が出来たということかもしれないが……。


「ほら、腕を動かさなければ終わらないぞ」

「……楽しんでますよね?」

「さて、なんのことやら」


 ニコニコというよりもにやにやな感じの笑顔を浮かべだしたので、出来るだけ気にしないように、早めに終わらせられるようにがむしゃらに素振りを続けていく。


「きゅうじゅうきゅう……ひゃくっ!」

「お疲れ様だ、ベイセル。みんなも終わったようだし、休憩に入ろう」

「はい……」


 何とか素振りを終わらせて、また休憩。次はいつも通り模擬戦だということで、休憩は少し長めだ。


「初日と比べると、少しは余裕も出てきたか?」

「……そう、です、ね。す、少しくらいは……」


 正直あんまり変わってない気もする。そんな俺よりもむしろ、シスとエインの方が多少の疲れは見えるもののまだ元気そうだ。初日はぐったりしていたというのに、今では多少の息切れ程度で済んでいるんだから頼もしいというかなんというか。


「さて、そろそろ休憩は終わりだな。せっかくだ、昨日の試合と同様の状況で戦いをしようか。三対一だな」


 息も整ってきたところで、ミトゥレ様が立ち上がって木刀を構えた。それに倣って、俺達も向かい合うように立つ。


 三対一だなんて舐めすぎです……とでも言えれば良かったんだけどな。残念ながら、三対一でも手も足も出ずに負けそうな予感しかしない。魔物使いとしての訓練にはちょうど良い展開ではあるけど。


「……分かりました。二人とも、準備は出来ていますか?」

『もちろんだよご主人様! 今日こそお姉様に一泡ふかせてみせるんだ!』

「きゅきゅっ!」


 それはかなり厳しいと思うぞ、シス。とはいえ、せっかくこの子達がやる気満々なのに俺がそれに水を差すわけにはいかない。それに、今まではやってなかった付与魔法による支援をしておけば、もしかしたらいけるかもしれない。


「勝つつもりで来るといい。もちろん私は手加減をするぞ」

「行きますよ、二人とも!」

『頑張るっ!』

「きゅー!」





 結局ミトゥレ様に一撃も入れられないまま惨敗した俺達は、身体の疲れと精神的な疲れに悲鳴をあげながらもなんとか寮の部屋に帰ってきて、真っ先にベッドに向かって倒れこんだ。シスとエインも俺の隣でダウンしている。


「さ、流石に……疲れました」

『あぅー……』


 何とか乗りきったが……もう今日はなにもしたくない。いくらそんなことを言ったところで、どうせ学校には行かなきゃいけないんだけど。


「汗をかいてしまったし、お風呂に入らなければな。……ベイセルも、また一緒に入るか?」

「入りませんっ!」

「ふふ、そうか」


 もちろん風呂は別々に入った。この疲れ果てている時に一緒に風呂に入りでもしたら、のぼせるか溺れるだろうからな。

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