三十五話
食事を終えて、今日は特にやることもないので寮に帰ってゆっくりすることにした。というわけで今は一人で寮の自室にいるんだが、さてこの後どうするかだ。このまま寝て過ごすか、ミトゥレ様への言い訳を考えるか。
「言い訳も何も、悪いことをしたわけではないんですけどね……」
とはいえ、カッコつけて戦い始めたクセにあっさりメイドの力を借りて逃げ出したわけで……そのうえ言い訳をするのは流石に恥ずかしい。
それにミトゥレ様に相応しくないとか叫ばれたし、たぶんあのクラス内ではそんな感じの、俺にとってアウェーな雰囲気になりそうだ。発言力のあるバロールさんがそう言ったんだし、そうなるだろう。発言力で言えばミトゥレ様の方が高いが、本人が反論するのはまず無いだろう。だって「彼は私に相応しい」だなんて、大人数の前で言えるものじゃないだろうから。そう思ってくれているかも分からないし。
何とかするなら俺がバロールさんとリベンジマッチでもして、正々堂々と勝つのが一番良い結果にはなりそうだけど……少なくとも当分は無理だ。まあそれは、今後の朝練で気合いを入れるとして。
「うぅん…………」
ミトゥレ様、帰ってこない、な……。
どうやらあのまま寝落ちしてしまったらしく、気づけば朝だった。しかも結構早い時間に起きてしまったようで、隣にまだミトゥレ様が眠っていた。どうやらあの後に帰ってきていたらしい。
「……お風呂、入ろう」
昨日は風呂に入らずに寝たから、入っておかないと。まだミトゥレ様も寝ているような時間だし、久しぶりにゆっくり入っても良いだろう。シスとエインはまだ寝てるから、起こさないようにそっと服を脱いで風呂へ。行くのは寮全体で使う風呂ではなく、この部屋についている風呂だ。
「……ふぅ」
風呂は各貴族用の部屋にだけついているらしく、俺達の部屋にも当然ある。まがりなりにも貴族用の風呂なのでそれなりに広い。俺が五歳児ということもあって、五人くらいは余裕をもって入れるだろう。
風呂といえば、この世界にはスライム風呂というものがあるらしい。お湯ではなく、スライムが湯船一杯に入っていて、貴族ご用達の高級風呂なんだとか。俺は入ったことないし、かなりのスライムが必要らしいからやる気もないが。
「ベイセル、お風呂にいるのか?」
「あ、はい」
風呂に入ってゆっくりしていると、外からミトゥレ様が声をかけてきた。さっきまで寝ていたみたいだが、もう起きてきたらしい。俺が起きてから全然時間が経ってないし、起こしたかな……?
「よし、なら私も入ろう」
「…………えっ」
言われた言葉に戸惑って、返事をする前にはドアが開いていた。開く音につられて反射的にドアの方に視線を向けてしまって、バッチリ目に入るミトゥレ様の姿――って!
「ミトゥレ様っ、服!」
「うん? お風呂に入るのだから、着ないのが普通だろう」
それはそうだけど! そうだけどそうじゃないよ! 水着を着るとかタオルを巻くとかあるだろ!
「…………」
裸を隠そうともしないので、思わず目がいってしまう。八歳の女の子相手にその態度は正直どうなのかと思うが、理由があるんだ。
俺自身はそうでもないが、ミトゥレ様はどうやら体の成長が早いようで、その体は八歳にして既に中学生くらいにはなっている。つまり、その……目のやり場に困る、というか。ロリコンと言うなら言え、俺は前世から彼女いない歴=年齢だよチクショウ!
「ん、どうした?」
「いえ、その……平気なんですか?」
「私達は婚約者なのだから、構わないだろう? 既に一緒に住んでいるのだしな」
またあっさりとそんなことを……。流石に彼女も照れてはいるのかその顔は少し赤くなっているが、言動が平然としすぎていて今の状況をどう思っているのかよく分からない。俺の方は緊張しすぎて全然余裕がないから余計に。
「ほら、背中を流そう。座ってくれ」
「…………うぅ」
これは恥ずかしすぎる。そして素直に座る俺。ミトゥレ様は近くに置いてあったタオルを使って俺の背中を洗い始めた。まさに憧れのシチュエーションだし、洗い方も上手いとは思うんだけど、それを楽しむ余裕は微塵もない。
「……うん、やはりベイセルも男の子だな」
どこを見て判断したんだっ!? 背を向けてるせいでミトゥレ様の視線が分からない! 今の状況で直接顔を見たりしたらのぼせて倒れそうだから見ないようにするけども。
「お湯を流すぞ」
「……はい、お願いします」
背中にお湯が流される。本当ならもっとゆったり風呂に入るつもりだったのに、どうしてこうなったんだ。
「前も洗おうか?」
「前は自分で洗いますからっ!」
……あれ、でもどのタイミングで洗えばいいんだ? 近くにミトゥレ様がいるのに、前を洗えと? ……無理だ、無理。いやでも、洗わないのは流石にダメだし……。だからって洗ってもらうなんてもっと無理だ。
隠れて洗いたいところだが……いくらこの風呂が多少広いといっても、どうしてもお互いの姿が目に入る。
「ふふ、なら今度は私の背中も頼む。流石に前はダメだぞ?」
「分かってますっ!」
ミトゥレ様は楽しそうに笑いながら俺の前にその綺麗な背中を向けた。ふと指でなぞってやりたくなったが、俺にそんな勇気はない。
そういえば、今まで見てきた人は全員肌が綺麗だったような気がする。単純に俺の周りの人が美形揃いだったって可能性もあるが、この世界では肌が綺麗なのが当然なのかもしれない。ほら、魔力の影響で。魔力で体調が整えられたりもするし、少なくなれば倒れたりするんだから、そんな影響があってもおかしくないのかもしれない。
そんな関係ないことでも考えてないと、本気でのぼせてしまいそうだ。こんなときに言うのもなんだが、ラブコメ系主人公の苦労がなんとなく分かったような気がする。
「ん……こういうのも、いいな」
とりあえず無心になってミトゥレ様の背中を洗い始めた。タオルでゆっくりと、傷つけないよう注意して背中を擦っていく。人の体を洗ったことなんてないから加減が分からないが……彼女の反応からして、問題はなさそうだ。しばらく洗った後、ささっと流して背中洗いは終了。
「……前を洗いたいので、見ないでくださいね」
「お互いにな」
お互いに背中合わせになって、出来るだけ見ないようにしながら、俺は気まずくなりながら、ミトゥレ様は楽しそうに笑いながら、前を洗った。シャワーは一つしかないので、途中手渡しをしてもらって何とか洗い終える。少なくとも、俺からはミトゥレ様のことは見ずに済ませた。手渡しの時に多少見られたかもしれないが、まあ洗ってる最中をじっと見られたわけでもないし、大丈夫だろう、たぶん。
「それじゃ、入るか」
「……やっぱり一緒に入るんですね」
「もちろんだ」
ああもう、仕方ない。少なくとも嫌われたりとかはなさそうだし、良しとしよう。




