三十話
遅れてすみません。
実際のところ、この世界のギルドではファンタジーでよくある『荒くれ者の冒険者に絡まれる』といったイベントが起こることはまずない。国民のほぼ全員が一度は行う住民登録の際にそんなことがあったらギルドの信用、ひいては国の信用にも関わってくるからだ。その上、騎士団の登録のために貴族も結構来るので、絡んだら人生終了するというのを知っているからだ。だから、何かやらかしそうな奴がいれば必ず別の誰かが止める。
そんなわけで、ギルドに入ってからも特に絡まれるようなこともなく静かに見て回れている。軽く見た感じでは、全体的にお役所っぽい清潔さと堅苦しさが感じられるな。冒険者っぽい人はといえば、依頼書の貼ってある掲示板近くに強面の人達が数人いるくらいで、他は待機用の椅子におとなしく座っているかだろう。
たぶん、ギルドの中ではなく外の店とかに集まっているんだろう。近くに酒場っぽいところも見かけたし。そっちに行った方が良かったかなとも思うけど、行ったら行ったで絡まれてもおかしくないし。
「そういえば、ヘルガも傭兵として登録していましたよね?」
「昔の話です。今はベイセル様のメイドですので」
ヘルガさんはウチに仕えに来たときに傭兵の仕事を辞めて、登録まで消したらしい。確か、俺がヤンチャしてた時期だったはず。せっかく転生したんだからと思って色々とやらかした後にウチに来たのを覚えている。
「時間つぶしとはいえ、せっかく来たんですから誰かと話でもしておきたいところなんですけど……ヘルガは知り合いがいたりしますか?」
「申し訳ございません。私は王都での活動はほとんどしておりませんでしたので、知り合いと呼べるような者は……」
それもそうか。そもそもギルドなんて各町に一つはあるわけだし、わざわざ遠い町に行ってまで他のギルドに登録するのは旅目的の人くらいだ。その町の戦力でもあるわけだから、強ければ強いほど離れにくくもなるし。だから冒険者なんて呼ばれ方はしないんだよな、この世界では。普通に傭兵とか、旅人とか、騎士とか、そんな感じ。面倒だから俺は冒険者って呼ぶけど。
「なるほど。でしたら……ん、あれはお兄様?」
向こうも俺達に気付いたようで、いつもの笑顔を浮かべながらこちらに近づいて来た。護衛のためか、珍しくメイドさんを連れているのがちょっと新鮮だ。ウチの人達は、護衛や召使いを連れて歩くということをあまりしないから。
「やあベイセル。今日は王女様とのデートの日じゃなかったかな?」
「……何で知ってるのかはあえて聞きませんけど。ミトゥレ様とは、用事が出来てしまったので先程解散しましたよ。お兄様こそ、ここで何を?」
どうせ俺からは見えない俺の護衛が報告でもしてるんだろうし、その辺はもう諦めてる。あからさまに俺でも分かるくらい護衛が増えたのも俺がヤンチャしてた時期からだし、ある意味自業自得だろうから。
「少し依頼をね。それより、何か変わったことはなかったかな?」
「変わったこと、ですか。そうですね……ミトゥレ様と別れる前に、ミトゥレ様のご兄弟とお会いしました」
第何王子、って言えば分かりやすいんだろうけど、未だに顔と名前が一致してないから下手なことは言えない。かといって素直に王子の顔も知らないって言うのは恥ずかしすぎるし。
「第四王子のミナリス様でございました」
ヘルガさんナイスフォロー。王族の顔と名前くらい覚えないとダメだな、これは。ミトゥレ様と仲良くなっているんだから余計に。
「……そっか、第四王子が来るんだね。うん、ありがとうベイセル。僕は用事が出来たからもう帰るよ」
「あ、はい。お気をつけて」
忙しそうに出ていくお兄様を見送る。ギルドに来ておいてなんだけど、特に何の意味もなかったような気がする。時間つぶしは出来たから良いか。
「……僕達も帰りましょう」
ギルドを出たところで、背中に翼のある人影を見つけた。以前ウチの屋敷に侵入してきた天使さんである。とはいえ、正直なところあまり積極的に関わりたい相手ではなかったので、気づかなかったことにして視線を外した。
「おぉ……お久しぶりですね、魔物使いさん」
が、気づかれていたらしく、向こうから声をかけられてしまった。その姿は、以前出会った時の全身真っ白な服装とは違ってゴスロリって言うんだろうか、そんな格好をしていた。リアルで見ることがなかなかない服だから、反応に困る。お世辞も兼ねて、似合ってるとかを言って良いのかどうか……実際似合ってるけど、俺からすればコスプレだとしか思えないしな。
「……何故ここに?」
「人使いの荒い上司の命令ですよ。もう終わりましたけど、ギルドに依頼を出せだなんて……変な命令ですよねえ」
ギルドに依頼……? 普通の人ならともかく、女神様がそんなことをするか? 女神様ともなれば、自力で何でも出来ると思うんだが。
「わたしにもあの上司が何を考えてるのかなんて分かりませんねえ。あ、ちなみにですけど、わたしの翼とかは貴方達しか見えませんよ。上司さまのお力ってやつです」
「その依頼の内容、教えていただけたりは……」
「しませんねえ。流石にそんなことをしたら起こられちゃいますから」
それはそうか。しかし、妙に色々と動いているんだな。神様っていうのは何らかの事情で干渉出来ないってパターンが多いイメージなんだけど。
「いやあ、一応世界を管理する役目なんかもあるらしいですからねえ。色々やらなきゃいけないことが多いみたいですよ?」
働きすぎるくらい働く方ですからねえ、なんて愚痴るように言った天使さんの顔は、随分と疲れていた。天使ってのも楽じゃなさそうだ。
「ベイセル様、お下がりください」
話を遮るほど強引に、ヘルガさんがかばうように俺の前に出て、天使さんを睨み付ける。流石に街中だから武器は自重してくれたようだが、いくらなんでも険悪すぎる。話の途中だったが、これは早いこと終わらせて帰った方が良さそうだ。
「いやあ、警戒されてますねえわたし。怖い怖い」
「今日は何用ですか?」
わざわざ声をかけられたわけだから、何かしら用件があるんだろうと思う。早いとこ用件を済ませてもらわないと、ヘルガさんがキレてしまいそうだ。それに、この天使さんも若干煽ってきているから放置しておくわけにもいかないようだし。何とか仲裁しつつ早めにお帰り願いたいところだ。
「いえいえ、今日はただの偶然ですよ。ちょうど今日の仕事が終わりましたからね、ゆったり散歩でもしようかなと思ったわけです。……ところで、どこか美味しい食べ物があるお店、知ってます?」
「この通りにある食事屋さんが美味しいですよ。僕も先程食べましたけど、豊富な品目と繊細な味わいの良い店でした」
あそこは美味しかった。また今度、全品コンプのために通おうと思っている。
「貴方達の味覚はなかなか信頼できますからねえ。そこまで誉めるなら期待できそうです。早速行ってみましょう」
良かった、無事に帰ってもらえそうだ。このままヘルガさんが喧嘩を売ったりして大騒ぎしてしまえば、色々困ったことになる。俺には二人の実力は分からないが、下手したらお父様にも怒られそうだし、最悪の場合……。
「ではわたしはこれで。そうそう、早めにミッションを進めることをお勧めしますよ。わたしの上司は怖いですからねえ」
少し不吉な言葉を残して、天使さんは歩いて人混みの中に去っていった。
「……申し訳ございません、ベイセル様」
天使さんが俺達から見えなくなったところで、ヘルガさんが唐突に謝ってきた。まあ、いきなり喧嘩腰になるのは不味い対応だよな。前に会ったときに言ったが、一応俺の客という立場の相手なんだし。
「ヘルガは彼女のことが嫌いですか?」
「……分かりません。ただあの女性は危険かと」
……やっぱり、前に負けかけて俺に庇われたからかな。今度会うときは、出来ればヘルガさんがいない時の方が良いのかもしれない。




