二十三話
学園に入学してから大体一週間が過ぎた。たった一週間しか経ってないというのに、イベントが目白押しだった気がする。主にエインの事で。
エインのことに関しては、どうせ俺が嘘をついてもお兄様やお父様には簡単にバレるので、あの時の天使さんから貰ったと言っておいた。もちろんそのまま言ったわけではなくて、お母様を治したアイテムを貰った相手だとは言ったが。それで納得したのかは知らないけど、少なくとも俺に対する追及はなくなったので良しとする。
後は、シスとは違って食事が必要でヘルガさんに色々教えて貰ったり、ミトゥレ様と一緒に遊んだり、エインも朝練に参加したりとか。
まあそんな感じで色々あったんだが、今は学園内で授業待ちだ。他の学生達に使われていない空き教室で待機するよう言われた。ミトゥレ様達新入生と違って、俺はこの一週間は特に授業はなかったんだが……まあ俺みたいな特例とか護衛のメイドさんとか、ウチが色々無理矢理ねじ込んだからな、色々大変なんだろう。
今この教室にいるのは俺と、何故かヘルガさんも一緒だ。とりあえず適当な椅子に座って、ゆっくり休憩する。今日も朝練があって疲れたし。
ああそれと、シスとエインも一緒に連れてきている。シスはいつも通り服の中で、エインは俺の足元をちょこちょこ着いてくる感じだ。シスはともかくエインは確実に目立つから寮に置いてこようとも思ったんだが、一人で留守番させるのは流石に可哀想だと思ってお兄様に相談したところ、割と簡単に許可を貰えた。
俺がちゃんと育てられるならそれはそれで利点があるから、とかなんとか。後は一応前例……というか、ワイバーンの子供を飼っていた人は前にもいたらしい。といっても、流石に俺みたいな出所不明な訳じゃなくて、本職の人から譲り受けたらしいが。
一応お父様に話した時に、エインの状態を本職の人……竜騎手の人とか竜飼育の人とかに見てもらっている。何か問題があったら困るし。で、見てもらったところ普通のワイバーンの子供よりも頑丈で、体調も良好だから素人が育てるのにも適している、らしい。相当優秀だから是非とも育てたいと言われるくらいにはすごい子なんだとか。
「きゅっ!」
「っと。エイン、しばらく大人しくしていてくださいね」
暇になったのか足元から身体をよじ登って来たエインを抱き上げて大人しくさせる。シスは今日もミトゥレ様との激しい朝練のおかげでぐっすり寝てるから、起こさないよう静かにエインの相手をする。頭を撫でたり羽っぽいところを撫でたりしてじゃれあいながら教師が来るのを待っているが
……ちょっと来るのが遅い気がする。教室の指定はされなかったので今いる空き教室は適当に選んだが、一応ヘルガさんに頼んで場所を知らせに行ってもらったから大丈夫なはずなんだけど。
「……ベイセル様。そろそろ教師が来るかと思われます」
「分かりました。それじゃエイン、遊ぶのはまた後で」
「きゅう」
エインを足元に下ろして教師が来るのを待つ。未だにミトゥレ様との朝練には慣れなくて疲れが溜まってるから、座って待つ時間が長いのはどっちかと言うとありがたい。正直なところ、もう少しゆっくり来てもらっても全然構わなかったんだけどな。
「お久しぶりですね、ベイセル様」
それから少し経って教室に入ってきたのは、俺の知ってる人だった。名前はリリィ・フェーレンさん。ウチと結構仲の良い伯爵家の三男で、俺やお兄様の家庭教師をしていた。自分の名前があまり好きじゃないらしい、二十代くらいの男性だ。
「……そういえば、学園の教師をやっていると言ってましたね。お久しぶりです、先生」
この人は割と教え方が上手い、というか俺に合っているので俺としても助かる。たぶん手配したであろうお父様かお兄様の思惑的には、事件の後だし知人の方が、ってことだと思う。身元がはっきりしている人だから、そういう意味でも。
「はい。勉学に関してはこちらでも私がお教えさせていただきます」
「よろしくお願いします」
知り合いだったことにほっとしたというべきか、それとも新しい知り合いが出来なくてちょっとガッカリしたというべきか。まあ前者かな。変な人が来なくて良かったと思うべきだろう。ここ一週間程度でもこの学園の教師達が個性的な面々だってことは理解したし。
「それでは、ちょうど良い機会ですので、今日は魔の呪いについてお話させていただきます」
魔の呪いか。ちょうど詳しく知りたかったんだ。あの時聞いた限りでは、魔力が枯渇して死に至る、ということらしいが。
「魔の呪いについて、ベイセル様はどこまでご存知ですか?」
「魔力が枯渇して死ぬ、という程度ですね。あの時は緊迫していましたからメイド長……いえ、もう元が付くんでしたね。彼女から少しだけ聞いただけです」
あれからあまり時間も経ってないから全く調べられてないし。あの時は天使さんに貰ったアイテムでなんとかなったが、結局どういうものだったのか。
「症状としては大方それで正しいです。魔力が枯渇するというのは、言葉から想像するよりもかなり酷いことになりますが……いえ、それは置いておきましょう。ほとんどは、黒い模様のようなものが身体のどこかに浮き出ることで発覚します」
黒い模様……確かに、お母様もメイド長も身体に黒いのが出てたな。一応二人にアイテムを使ったはずだけど、大丈夫かな……。お母様はともかく、メイド長はいなくなったから……。
「ベイセル様のご両親も方々から詰問をされていると思いますよ。魔の呪いが治ったという前例はほとんどないことですから」
「そ、そうなのですか?」
それは……いやでも、あんな状況で使うのを躊躇うなんてただの馬鹿だし……とはいえ、女神様や天使さんのことなんてそうそう信じては貰えない。信じてもらってもそれはそれで困るし。
「お母様に使った物は、以前助けていただいた方から貰ったものです。僕にも詳しくは分かりませんが、呪いを解くためのものだそうですから」
都合がいいことに俺がほとんど誰にも知られずに行動している時期があったから、その時に知り合った人として説明すればある程度の信用出来る話になるだろう。それに、もうお父様にはそんな感じのことを話してるし。
「なるほど。……いえ、その話はやめておきましょう。既にご両親には話をしているでしょうし、変に手出しをしない方が良いと思います」
うん、先生からも言われたことだし、そういうのはお父様に任せよう。
「それでは話を戻して、魔の呪いについてですが、実のところあまり詳しいことは分かっていません。諸説ある中には、魔族の仕業だというものもあったりしますね」
「魔族、ですか?」
そういえば、メイド長も確か魔族だったような気が……いやでも、彼女の仕業って言うのは違うと思うんだが。彼女自身も魔の呪いにかかってたはずだし。というかそもそも魔族って何なんだろうか? ファンタジーにはよくある種族だが、正直よく分からないんだよな。
「魔族とは、数十年前に大多数が滅んだ種族です。身体能力が高く魔力も高い上に寿命も長い優秀な、大きな翼と角が特徴的な種族でした。それ故プライドも高く、傲慢な態度が目立ったそうで……今でも魔族という種族はほとんどの人から嫌われています」
大きな翼と角……? メイド長にはそんな明らかに目立つものはなかったはずなんだけど……。
「数十年前……ですか?」
「はい。その頃に魔族と他の種族との戦争があり、今では絶滅したのではと言われるくらい少なくなりました。今生きている魔族はその特徴的な翼と角を隠し、隠れるように過ごしているそうですよ」
「……そんな生き方をしているのなら、魔の呪いなんて出来ないのではありませんか?」
「そうですね。とはいえ、これも諸説ある内の一説に過ぎません。魔族を嫌う人は多いので、最も有力視されている説ではありますが……」
もしかして、メイド長が家を出たのは彼女が魔族だから、とか……? 俺が鑑定スキル持ちだって言ったから、それで……。
「魔族というのは、それほど嫌われているんですね……。ヘルガは、魔族についてどう思いますか?」
もしかしたら、魔物使いがいないのは魔族が嫌われているからかもしれないな。魔物は魔族が操ってるなんて言われてたりしたら……。
「私は特に何も思いません。魔族に関する噂は様々ですが、そのほとんどはデマですので」
「そうですね。中には魔物は全て魔族が操っているというものもありますが、仮にそうだとするなら竜籠の竜や竜騎手が乗る竜などの説明がつきませんしね」
そっか。そういえば竜騎手なんて職種があったな。ってことは、思ったより魔物使いの敷居は高くないのか……?
「話が少し逸れてしまいましたが……結論としては、よく分かっていないということです」
「……そんなので良いんですか?」
「分からないものは仕方ありませんからね。何が原因なのかも分かりませんし、治療法も分かりません。そういうものがあると知っておくくらいしか出来ることがないんです」
まあ、そんなもんか。前世だって病気があるのは知っていても、予防法や治療法がないものだっていくらでもあるしな。
あれ、でもメイド長は誰かと戦って不覚を取ったから、みたいなことを言ってたような気が……。




