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幕間―1

視点変更その1

 ようやく日が落ちて、辺りが薄暗くなってきた頃。学園の屋上で空を見上げていた私の後ろから、以前まではよく見知っていた気配の持ち主がやって来たのに気付きました。待ち合わせをしていたわけではないのですが、私に何か用事でもあるのでしょうか。それに、随分と荒々しい視線です。


「……私に何か、ご用でしょうか」

「ここへ、何をしに来た」


 尋常ではないほどの敵意を向けてきますね。……とはいえ、あのようなことをしたのですから、私にもその心情は十分に理解できますが。


「昔の知人と会いに来ただけですよ。そう言う貴女こそ、ここで何をなさっているのですか?」


 少し視線を下に向けると、若様のおられる学生寮が目に入る。あの部屋の位置を考えると……以前からあの方々は密約を交わしていましたが、実行なさったのですね。……ふふ、今日も一日、若様は楽しそうでしたね。


「主の護衛はメイドとして当然の義務だ。私はそれを怠るつもりはない。貴様と違ってな」


 ……その事を言われると、私には返す言葉もありませんね。とはいえ、私はイェールオース家に戻るつもりはない。


「そう、ですね。では、貴女は若様の側には控えないのですか? 私と違って、貴女は今も若様のメイドなのでしょう?」


 数年前、若様が行方不明になった時に若様と共に屋敷にやって来た傭兵の女性。その時に何があったのか詳しくは知りませんが、わざわざ傭兵を辞めてメイドになってまで若様に仕えに来るくらいのことはあったのでしょう。


「……貴様に言うつもりはない」

「貴女の実力があれば遠くからでも護衛が出来るとでも? どのような理由があろうと、お仕えする御方の傍らに控えられないようでは、メイドとしては失格です」

「貴様がそれを言うのか。主を裏切り逃げ出した貴様が!」

「……貴女に語ることはありません。時間がきたので、私は知人の元へ参ります」

「勝手にしろ」


 私は終始彼女に背を向けたまま、学園の屋上を後にしました。




 どうやら彼女に追いかけてくる気はなかったようで、私は無事に目的地の昔の知人のいる場所までやって来ました。彼女は椅子に座って山のような書類と格闘しているようですね。邪魔をするようで申し訳ないですが、声をかけましょう。


「お久しぶりですね、シンシア」

「……そうだね、イルミナ。こうして二人で会うのは一年ぶりくらいかな」

「そうですね。お互い忙しい日々でしたから」


 以前までの彼女とは違って少しばかり疲れが顔に出ていますね。容姿に限っては相変わらずのようですが。


「随分元気がありませんね。どうかしましたか?」

「学園長って大変なんだよ……。やること一杯あるし、子供達はやんちゃばっかりするしさ。書類だってこんなにあるし」


 山のような紙の束を軽く叩きながらそんなことを言っていますが、その表情は笑顔ですし心配するほどではなさそうですね。


「言葉の割には、楽しそうな顔をしていますけれど」

「大変だけど、楽しいからね。面白い子達も多いし。そういうあなたもちょっと元気がなさそうだけど?」

「……色々ありましたから」


 ここ最近のことですけれど、調べものが中々進まない現状に少しばかり堪えるものがありますからね。


「イルミナに元気がないなんて珍しいね。やっぱり原因はイェールオース家のこと?」


 流石に知っていましたか。確かにその件も理由の一つではありますが。


「いえ。若様には申し訳ありませんが、そちらに関してはさほど気にしていません」

「そうなの? わたしが聞いた感じでは、かなりイルミナが悪いように言われてたから、それで落ち込んでるんだと思ってたんだけど?」


 私が気にしていないことが予想外だったのか、シンシアは不思議そうに首をかしげていました。思い込むと譲らないのは彼女の悪い癖ですね。……それが良いところでもありますけれど。


「……そうですね、貴女には教えておきます。その噂を流したのはイェールオース家ですし、私も承知しています。そもそも、私が提案したことですから」

「……へ? ちょ、ちょっと待ってよ。貴女が提案したって、どういう……」

「若様を気絶させた後も、私は旦那様と何度かお会いさせていただいていますから。その時の会話が発端です。何者かに狙われているから、少し強引にでも炙り出そうということになったのです」


 奥様と若様の住む屋敷に侵入者が現れ、更に同時期にクヴィス様までもが暗殺者に襲われた。これが偶然である筈もありませんし、まず確実にイェールオース家は何者かに狙われているのでしょう。暗殺者に関しては言わずもがなですし、屋敷の方に現れたアレもその何者かが連れてきた可能性が高いですから。


「なので、都合よく家を飛び出した私を悪し様に仕立てあげて、その何者かの動向を探っているのです。状況からして私はイェールオース家と敵対した形になりますから、あちらから接触しにくるかもしれないですし」


 流石に数日しか経ってない現状では、接触しに来る気配は微塵もありませんが。こちらに関してはしばらく待ちの状態でしょうね。


「……何か困ったら来てね。手を貸すから」

「……ありがとうございます。では早速ですが」

「え、早速なの? 折角いい話みたいに終わりそうだったのに」

「そう言われましても。今日は私から相談に来たのですから、これで帰るわけにはいきませんよ」


 むしろここからが本題ですから。立て続けに話を聞かされるシンシアには悪いと思いますが、こちらも非常に深刻なので大人しく聞いてもらいましょう。


「まずはこの腕を見てください」


 今まで包帯できつく巻いて隠していた腕を見せる。包帯を少しずつほどいていき、シンシアにも見えるようになった私の腕は全体が赤黒く染まっていた。正確に言えば、赤黒い紋様が腕全体にびっしりと刻まれていた。


「その腕……っ!」

「イェールオース家に侵入してきた者と交戦した時に不覚をとりました」

「じゃあ……それは、魔の呪い……?」

「おそらくはそうでしょう。それも、症状が進行したものだと思います」


 私もシンシアも、魔の呪いに犯されて死んでしまった方々は数多く見てきましたが……そのどれもが、私のこの腕のようになってはいませんでした。


「そんなっ!」


 シンシアが悲痛な叫び声をあげる。当事者の私よりも悲しそうなその表情を見ると、相談しない方が良かったかもしれないと思いますが……今更ですね。


「このような状態でメイドを続けるわけにもいきませんからね」


 そういう意味でも私が囮となるのは都合が良かったと言えます。ただ、未だに着ている服はメイド服のままではありますが。これも私の未練とも言えますし、旦那様と奥様に辞めなくてもいいと言われたからでもあります。


「それよりも、シンシア。少しばかり頼まれていただきたいのです。今日私が来たのもそのためですから」

「……なにをすればいいの?」

「調べものをしてほしいのです。…………若様のことについて」


 あの時の若様が使用した道具。確かに奥様の魔の呪いは治りましたが、私のコレを見る限りではおそらく、あれは治療の為の物ではなく、もっと別の――――。

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