十八話
集会場から逃げてきてしばらく。とりあえず一番近い校舎に逃げ込んだ俺は、色んな攻撃魔法が飛び交っているのを見ながら、適当な空き教室の机に隠れて休憩していた。朝にも走ったのにまた走るのはいくらなんでも辛い。
「はぁ……」
俺の隠れている教室を数人が素通りしていくのを見て、一安心。幸い、俺のこの見た目のお陰で積極的に攻撃してくるような人はおらず、派手に魔法を撃ち合っているような他の人達よりは安全だった。何度も言うが俺の入学は特例だ。普通五歳児が入学してくるとか思わない。確かこの学園は十歳から入学が普通だったはずだし。
「どこか近くに、箱が落ちてたり……しませんよね、流石に」
軽く教室の中を見回してみたけど、特に何もなかった。俺としてはここで時間切れまで隠れていたいんだけど……さっきルベルトお兄様が壇上に立ってたから、そういうわけにもいかなくなった。何となく予想はしていたけど、ああいう場所に立てるってことはそれなりに有名人だということだ。そして、俺はその弟。
「結果を出さないと、今後が大変ですし」
少なくとも箱一つを学園長に手渡すくらいはしないと。それに、今後の学生生活ではお兄様以外にも、ミトゥレ様とも行動することになるだろうし、余計大変だろう。魔物使いとして活動する、というのも含めてみると、割とハードな気がしてきた。
「とりあえず、箱を探しに行きましょうか」
そんなわけで、教室から出て箱探しを始める。とはいえ、学園の敷地内のどこか、と考えると広すぎて場所を特定するのは難しい。それに、探すのは俺達新入生。大まかな地理程度しか分からないことが前提だから、複雑な場所には置いてないはず。あっても一つだろう。それよりも、ある程度分かりやすい場所にあるものを探そう。
今いる教室は三階の端。八階くらいはあるこの校舎になら、箱の二つや三つはあってもおかしくないだろうから、まずは手近なこの階から探そうと思う。ただ、俺もシスも戦うどころか逃げるのも結構厳しい状況だから、出来るだけ隠れて移動しないといけないんだけど。
「シス、調子はどうですか?」
『…………すぅ』
「寝てしまいましたか」
朝からずっと頑張ってたわけだし、仕方ないよな。シスをこれ以上無理させるつもりもないし、これで俺は戦闘不能になったから、リタイアかな……あ。
「箱って……あれ、ですよね?」
ついさっき入った空き教室の教卓の上に、開ける所のない白い箱が置いてあった。さっきから考えてはいたんだけど、分かりやすい所に置いてあるような箱の場合は、番人というか、戦わなきゃいけない感じの人がいるんじゃないか。
「どんな子が来るかと思ったら……一番乗りは随分可愛らしい子ね」
「……えっ」
……嫌な予感ってのはよく当たるものらしい。入ってきた時には誰もいなかったはずなのに、箱に近づいたら向かい側に女の人が現れた。見た感じお兄様と同年代くらいだから、戦わなきゃいけない先輩だろう。それにしてはスタイルがいい気もするけど。……あと、登場の仕方が格好いい感じだったな。漫画とかでありそうな感じの。ただ、リアルでやられると……誰か来るまで待ち構えてたんだと考えるとシュールな光景だ。
とにかく今はシスが服の中で寝ちゃってるので、ゆっくり休ませるためにも出来るだけ激しい動きはしたくない。扉は閉めてないから、しばらく話を繋げて誰かが来るのを待つべきか。その誰かのサポートを上手くやれれば、いい感じの評価もされるだろう。たぶん。
「君は確か、ルベルトくんの弟くんね。五歳の弟が入学してくるって言ってたのをよく覚えてるわ」
何言っちゃってるんですかお兄様。これはあれか、お兄様の知り合いには俺の事が知れ渡ってると考えるべきか。……こういう自分の知らない所で話題にされてるのって、恥ずかしいのに。
「そういう貴女はどなたでしょう? お兄様のお知り合いのようですが、お兄様は学園生活のことを僕にはあまり話してくれないんです」
「あらそうなの? わたしは生徒会副会長のレーン・スェイロ。ちなみにルベルトくんは生徒会会計よ」
なるほど、お兄様は生徒会会計だったのか。イメージ通りな感じはするな。あの人がただの一生徒ってことはないだろうとは思ってたし、納得。
「副会長さんでしたか。ご存じのようですが、僕はベイセルです」
一応挨拶は返すとして、彼女はスェイロ家の人らしい。あの家は我が家と同様に公爵家なので、身分的には同等。でもあの家は確か、色々と悪い噂があったと思うんだけど……所詮は噂だと考えるべきか、それとも……。
「ルベルトくんからは、優秀な弟だと聞いているけれど……どうなのかしらね?」
「お兄様は僕のことを過剰に褒めてくれますので。僕自身はそうは思っていませんよ」
今はそれより、この場をどうやって切り抜けるかを考えよう。彼女がどういう戦い方をするのかは知らないが、出来ればミトゥレ様のような圧倒的な力量を持つタイプよりも、搦め手で攻めるタイプの方が俺にとっては都合がいい。というか、そんな力量ある相手に勝てるわけがない。
それと、彼女の使う魔法を予想してみることにする。さっき彼女が出てきた時に残像とか足跡とか物音とか、そういうのはなかったはずなので、高速移動とかじゃなくて転移かそれとも幻か、その辺りだと思う。もし、以前見たメイドさんや天使さんレベルの、認識すら出来ないようなものだったらどうやってもアウトだ。
そして、今の時代で転移魔法というものは存在しない、らしい。それの真偽は別として、もしそんなものを使ってしまうと異様に目立つ。つまり転移魔法は使ってない。なら、今目の前にいる先輩は幻か、もしくはさっきまでの誰もいなかった光景の方が幻か。どちらにせよ、もし彼女が幻を使うなら、箱の方も幻の可能性があるから、気をつけておこう。
とまあ、そんな風に色々と考えてみたわけなんだが、実際のところあまり意味はない。何故なら、体力が低いうえに戦闘手段のない俺が出来ることなんて何もないからだ。
「考え事は終わった?」
「……いえ、全く。貴女の相手は僕には荷が重いので、逃げられるのなら是非逃げたいですよ」
「別にいいわよ? ……もちろん、私から逃げられるならの話だけどね」
挑発的に言ってきてはいるが、先程から一切攻撃をしてこないのがちょっと気になる。他の先輩方は割と問答無用でバンバン魔法を撃ちまくってきてるし、たぶん気絶させるぐらいは許可されてると思うんだが。気絶じゃ済まないような危ない攻撃ばかりなのか、俺のように攻撃手段がほとんどないのか。是非ともそのどっちかであってほしい。その言動も全部演技であってほしい。……流石に無理か。
そんなことをつらつらと考えていると、俺の頬を掠めるように何かが急速に飛んできた。
「……っ!」
「わたしは待つのは嫌いなの。だから、あまり考えている余裕はないわよ、弟くん。……あら、そっちの貴女も参加する?」
「ひぇっ!? わ、わわわたしですかぁ!?」
俺の後ろを見ている先輩の視線を辿ると、教室の外から覗くような体勢で顔だけ出した女の子がいた。ビクビクしている小動物っぽい感じの子。……ちょっと予想が外れたな。実力主義って言われてるこんな学園に、こういうタイプの子が来るとは。
サポート役をしようと思っていたが、さてどうしようか。




