十六話
食堂に来て、その広さにまず驚いた。入って正面に料理人さん達がいるスペースがあって、そこで注文をするらしい。その左右に長い机とずらっとならんだ椅子がある。五十人くらいは座れそうな、かなり長い机。それが左右に一つずつあるんだから、かなりの広さがある。奥には四人席が十数個あるらしい。四人席の方は休憩室も兼ねているんだとか。
お兄様に教えられながら、メイド服を着た食堂のおばちゃんにいくつか注文をする。俺の注文に多少驚かれたが、にっこり笑って準備に入ってくれた。ミトゥレ様達はさっき言ってたワッフルとか、デザート系をいくつか頼んだらしい。
「後は席に着いて待っていれば持ってきてくれるよ。僕達はちょうど四人だし、奥の四人席に行こうか」
長机でお兄様と同年代くらいの人達が何人か座って食事をしてるのを横目に眺めつつ、奥の四人席に向かう。あ、あのステーキ美味しそう。
「失礼いたします」
皆が席に座ると、知らないメイドさんが水とお手拭きを持ってきて、それぞれの前に置いた後に一礼して去っていった。ウェイトレスが着るような魅せるためのメイド服じゃなくて、我が家のメイドさんみたいなガチのメイド服だったんだけど……え、ここメイド雇ってるの?
「……あの、お兄様。今のメイドは?」
「ああ、彼女達もこの学園の生徒だよ。この学園である程度学んだ人達の実地研修として、こうして貴族達の相手をさせるそうだよ」
何でも、この学園には使用人のための学科みたいなのもあるらしい。貴族の近くで学ぶことで正しい作法を身に付けたり、貴族とのコネを作ったりだとか、そんな感じの事情が色々あるんだとか。
「今朝言った使用人達の何人かはここで臨時教師をやる名目で来ることになっているよ」
「そうなんですね」
護衛として来るメイドさん達がどこに泊まるのかと思ってたけど、そっか。教師として来るなら堂々と学園内にいられるか。
「流石にまだベイセルには早いだろうけど、そのうち一人くらいはここで使用人を見つけるといいよ。こういうところで見つけた使用人は信頼を得やすいからね」
現に僕も何人かに目星はつけているからね、なんて言ってくるお兄様。俺も貴族だから、そういうのも必要になるのか。雇う側っていうのが違和感あるけど、そっか。……可愛いメイドさんが良いよな、うん。後、スライムOKな人。
「失礼いたします。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか?」
さっきのメイドさんに言われて気づいたが、テーブルの上には所狭しと皿が並べられていた。ミトゥレ様達が頼んだデザートの皿以外は、全部俺が頼んだものだ。お兄様は知ってるから何も言わないけど、ミトゥレ様達はぽかーんとしていた。うん、ナイスリアクションだ。
「……うん、これで全部だね」
「かしこまりました。では、ごゆっくりどうぞ」
メイドさんが去っていくのを軽く見送って、挨拶をした後で食事に手をつける。肉系とスープ系、魚系に野菜系と割とまんべんなく頼んだつもりだ。食用の魔物の肉とかもあるらしいけど、魔物使いとしては色々複雑なので出来るだけ食べないようにしている。魔物じゃない野生の動物も、結構いるらしいし。
黙々と食べていると、ふと視線を感じたので顔を上げたら、ちょっとひきつった顔でミトゥレ様とお義姉様がこっちを見ていた。
「……ベイセル様は、よく食べるんですのね。いつもこうですの?」
食べてる途中に喋るのはマナー的に良くないから、頷く。前世で当たり前のように三食食べる習慣があったからか、一度食べなかった後は一気に食べてしまうようになった。つまり、一気に食べて一切食べずに、といういかにも健康に悪そうな食生活を繰り返している。そして都合の良いことに、この世界では魔力のお陰で健康に害はない。
「赤子の頃からベイセルはよく食べてたからね。母さんが困った顔で、ベイセルは母乳よりも離乳食の方がよく食べるってぼやいてたのを覚えてるよ」
「……ん。そうでしたか?」
いやだって、恥ずかしかったし。自力で食事が出来るようになったらそれはもうガッツリ食べるよ。離乳食ですら美味しかったし。
「ベイセルは食事が好きなのか?」
「そうですね。今まで食べた料理はどれも美味しいですし、僕が食べてるのを見る人の反応を見るのも楽しいですから」
ぽかーん、って感じの顔になるのが漫画みたいで割と楽しみだったりする。だから今回もそうだけど、初めて食事を一緒にする人には大食いだってことを言わないようにしている。
「む、あの男は……」
何かに気付いたらしいミトゥレ様の視線を追いかけると、昨日見た先輩が険しい表情でこちらへ歩いてくるのが見えた。あー……何というか、若干嫌な予感がする。
「おいルベルト。テメェどういうつもりだ」
「おや、君はイレイン君じゃないか。おはよう」
お兄様の知り合いだったのか。俺はてっきり昨日のミトゥレ様とのバトルをここで始めるのかとばかり。
「のんきに挨拶してんじゃねえ。何で昨日来なかった」
「行ったじゃないか、弟が。君も楽しそうに戦っていたそうだし、何も問題はない。だろう?」
だろう?じゃないですお兄様。薄々考えてはいたけど、やっぱりお兄様のせいなんですね。……というか、そっちよりも今はミトゥレ様の方を優先させないと。
「ミトゥレ様、その物騒な魔力は抑えて下さい。流石に危ないですから」
「む、ああ。すまないなベイセル。そこの男がこのような場所で暴れないよう対処をしなければと思ってな」
「あ? テメェの魔力操作が下手なだけだろうが。オレのせいにしてんじゃねえよ」
って、なんでそんな喧嘩腰なんだよ二人とも! ああもう、その物騒な魔力を何とか……って、火花がっ! まだ食事全部終わってないのに!
「ははは、思ったよりも激しいね」
「笑ってる暇があるなら何とかしてくださいよお兄様。その内周りにまで飛び火しますよあれ」
「まあ、そうだね。このままだとロシェにまで被害が行きそうだし」
そう言ってお兄様はお義姉様を後ろに回して正面に魔力の障壁を張った。詠唱なしでこういうことを軽くやる辺り、チート感が滲み出ているというか何というか。やっぱり俺の周りの人達はチートだらけな気がするよ、本当に。
「それじゃ、ベイセルは王女様の方を引っ張っていってくれるかな。その後は二人で集会場に行くといいよ。校舎のすぐ隣だから、迷うことはないはずだよ」
「……全部食べ終わってからいくので、お兄様達は先に行っててください」
こんな美味しい料理を食べ残すとかあり得ない。ミトゥレ様の頼んだワッフルもまだ残ってるし。そもそも、まだお金も払ってないし。
「……あっははは、そうだね。なら、支払いは僕が済ませておくから、ゆっくり食べていくと良いよ。ほら、イレイン君。皆のお手伝いに行こうじゃないか」
「ああ? テメェいきなり何を――お、おい! 引っ張んじゃねえ!」
お兄様は一瞬呆けた後、思いっきり笑ってから先輩を強引に引っ張って行った。途中でさっき食事を運んでいたメイドさんを捕まえて少し話してから出ていったから、言った通り支払いは済ませたらしい。
「……何だというんだ、一体」
「ミトゥレ様、口を開けてください」
お兄様の鮮やかな手腕を見てちょっと混乱しているミトゥレ様に向かって、ラブコメご用達の『あーん』を敢行。食べかけていたらしいワッフルを持ってミトゥレ様の口の前へ。
「ベイセル? 何を……ち、ちょっと待て。君は一体何をしようとしているんだ?」
「もちろん、食べさせてあげようと思いまして。ミトゥレ様は自分で食べる暇がなさそうなので、僕が代わりに」
喧嘩に忙しそうだったから、代わりに俺が食べさせてあげようと思ってだ。他意はない。
「い、いや、大丈夫だ。自分で食べるから……」
「口を開けてください」
「……お、怒っているか?」
「口を開けてください」
「あ、あー……んむ」
観念したらしいミトゥレ様の口にワッフルを入れる。もちろん無理矢理突っ込むような真似はしていないが。
「……美味しい」
「そうでしょう。では、ゆっくり食事をしていきましょうか」
「……そ、そう、だな」
何となくミトゥレ様の顔が強張っているような気もするが、まあきっと気のせいだろう。うん。




