十四話
ミトゥレ様と一緒に朝練をするために、寮近くにある少し開けた所にやって来た。なんでも時々朝練のために生徒に使われる場所らしい。
今日誰もいないのは、朝が早すぎることと今日が学園の入学式だからだ。ミトゥレ様も新入生なのに朝練をするあたり、噂通りというかなんというか。
「……くっ、はあっ…………はあっ」
そんなことより、キツい。ステータス的にも今までの引きこもり生活からしても、体力のない俺にはこの鍛練は厳しすぎる。一応手加減はしてくれているみたいなんだが……。
『う、うう……お姉様、厳しすぎるよー』
「シスちゃんは、なかなか根性があるな。ベイセル殿はしばらく休んでいると良い」
「……お言葉に、甘えます。……それと、僕、のことは、ベイセルと呼んでください」
息切れて喋るのも辛い。引きこもりが急に激しい運動をするからこういうことに……。
「分かった。では、私のことも「様」をつけなくても構わないぞ」
「……ぜ、善処します」
ミトゥレ様余裕ありすぎ。今日は入学式もあるから普段より軽め、らしい。まず寮の周りを十周くらい走って戻ってくる。俺はこの時点で結構限界だったのに、更に木の棒を持たされて素振りを数えるのも面倒なくらいさせられ、腕が棒のようになった頃にミトゥレ様と打ち合い、シスとも打ち合って俺が倒れた所で休憩が入った。少しの間、息を整えたからなんとかマシになったので、二人の様子を見学することにした。
ようやく休憩に入れた俺と違って、シスは触手のように伸ばした身体で木の棒を持ってミトゥレ様と打ち合っている。寮を出る前は軽く我が儘を言っていたが、やっぱりあれは寝起きだったからなんだろう。今はサボることなく続けている。
ミトゥレ様は一歩も動かずに片手で棒を構えて、時々シスが触手で振るう複数の木の棒を片腕だけで危なげなく捌いていた。悲しいかな、あの二人には見ただけで分かる圧倒的な実力差があるようである。
と、そんな状況を見ていると、ついにシスの持つ木の棒の一つが甲高い音を立てて弾き飛ばされた。
「ふむ。では、次は私から行こうか。シスちゃん、しっかり防ぐんだぞ」
『えっ、は、はーい!』
ミトゥレ様は相変わらず片手で棒を構えて、しかし先程よりも少しばかり腰を低くした。今にも飛びかかってきそうなその姿勢と、先程の言葉でシスは弱冠気圧されているようである。だが、それも少しだけで、俺をチラッと見た後はさっきよりもむしろ気合いが入っているように見えた。
「では行くぞ!」
『はいっ!』
ミトゥレ様が急接近して打ち込んだ木の棒による斬撃を、シスは正面から受け止めた。受けた後は多少よろめいたが、それでもなんとか木の棒を構えたままだ。俺だったら確実に吹っ飛ばされていただろう。
「ふふ、やはりシスちゃんは根性があるな」
『ふへぇ……ご、ご主人様。たーすけてー』
「シス、頑張ってくださいね」
しかしまあ、ミトゥレ様と打ち合いながらもそんなことを言えるあたり、少しは余裕がありそうだ。昨日ステータスを上げた影響もあるだろうし、頼もしいことだ。
「では、続けて行くぞ!」
『う、うわーん! お姉様容赦ないよー!」
「……しかし、元気ですねあの二人。……ん? あれは……誰か来る?」
徐々に激しさの増すミトゥレ様の攻撃にたじたじになるシスを見ていると、ふと寮の方から誰かが歩いてくるのが目に入った。ミトゥレ様は後ろ向きだから(気付いているかどうかはともかく)見えないだろうし、シスには流石に向こうを見る余裕はなさそうだ。……一応、やっておくか。
「付与『視』『増』。自分への魔法はほとんど効果がないんですけどね……」
うーん……あれはお兄様、かな? 朝練のことは言ってないんだけど……まあお兄様のことだから知っててもおかしくないか。
「やあ、ベイセル。王女様に鍛練を頼んだみたいだけど……随分と大変そうだね」
「お兄様? そうですね、日頃の運動不足が祟ったようです」
我ながら全く子供らしくないセリフだが、子供のふりとかしなくてもいいほど、兄様とか父様とかメイドさんとか、周りの人達が色々とチートじみていたので、自重はあまりしていない。それに、貴族の子供ならこのくらい当たり前らしいし。
「はは、それならこれからも頑張りなよ。何をするにも体力は必要だからね」
「……はい」
隣の地面を軽く整えて、お兄様に隣に座ってもらった。当然椅子なんてものはないので、少し手で整えただけの場所だが、一応汚れないように無駄に高級感のあるハンカチを敷いている。ちなみに正座である。貴族たるもの、座る時でも姿勢を崩してはいけない、らしい。
「あのスライム、ベイセルの子だよね? ……面白いことを考えるなあ」
少なくともお兄様はスライムが戦うことに否定的ではないようだ。珍しいものを好むタイプだから大丈夫だとは思っていたけど、一安心だ。家族に認められるかどうかは結構大事だからな。
スライムっていうのは前世的に言ってみれば掃除道具か香水のような用途がされているから、それで戦うなんて完全にネタキャラだ。特に掃除道具の方は。それも、トイレとか風呂とかを掃除するようなものだから、嫌悪感がでるっていうのは理解できる。まあ、人によってスライムに対するイメージは違うし、スライムだって生きてるからその例えは色々違うんだろうけど。
「そうだベイセル。近い内に使用人達が何人か来ると思うから、そのつもりでいてね」
「使用人達がですか?」
来てくれる分にはありがたい。メイドさんや執事さん達が来てくれると色々安心だし、楽だ。生活面に関してはミトゥレ様と同室だから全部メイド任せ、ってことは出来ないだろうけど。
「もちろんベイセルが来た時のような竜籠じゃなくて、普通の馬車だけどね。もうあちらの家からは出発したようだから、二、三日もあればこちらに到着するはずだよ」
「二、三日ですか。部屋の模様替えをするつもりでしたから僕は助かるんですが、誰が来るんですか?」
「ベイセルの護衛のためでもあるからね。だから早めに来られるよう手配したし、ベイセルと仲が良かったあの赤髪のメイド――ヘルガって言ったかな。彼女みたいな、ベイセルと仲が良かったり従者としての実力が高い人達が来るんじゃないかな」
護衛か。まあ当然だよな、つい数日前に侵入者騒動があったんだし。俺以外にも家族全員の護衛でもあるんだろうな。クヴィスお兄様は怪我したらしいし、お母様も病み上がり、俺も気絶したし。何というか、冷静に考えると散々な目にあってるな、ウチの家族。
「なるほど。ですが、メイド達は王都の屋敷に住むんですよね? 護衛が出来るほど頻繁に学園に来れるんですか?」
「昨日は行かなかったと思うけど、この学園には従者用の寮があるんだ。いくら実力主義だとか身分は関係ないとはいっても、貴族や王族の安全は優先されないといけないからね。実際、従者を連れている学園生も多いよ」
「そうなのですか? ですが、ミトゥレ様は連れて歩く気はないとおっしゃっていましたが……」
「ああ、彼女は普段からあまり従者を連れて歩かない人みたいだから。ところでベイセル。君のスライムは大丈夫なのかい?」
お兄様に言われて二人の様子を見てみると、既に打ち合いは終わっていたらしく二人とも棒を手放していた。そう言えば、二人の打ち合う音がいつの間にか聞こえなくなっていたような気がする。
『はふっ……も、もうむり……!』
「なかなか楽しかったぞ、シスちゃん。では、ベイセルの所で少し休憩を……む、あれはルベルト殿か」
よく見てみると、ミトゥレ様は服はおろか髪すら乱れていないが、シスの方は普段の雫形が崩れるくらい目に見えてバテてる。スライムは普段は雫のような形を保っているが、寝るときや相当に疲れたときは液体状になる。シスが言うには、液体状の方が楽なんだとか。人間的に言うと寝転がっている状態に近い。
そんな状態のシスを抱えてこっちにやって来るミトゥレ様を見て、ひきつった顔になるのは仕方ないと思うんだ。
「シスちゃんのやる気を見ていると、ついやり過ぎてしまった。すまないな、ベイセル」
「……い、いえ、僕から頼んだことですし。……シス、大丈夫ですか?」
『あうー……ご主人さまー。ぼくはもうむりだよー……』
かろうじて返事が出来る程度の気力は残っているらしい。ミトゥレ様からシスを受け取って膝の上にのせる。今日はゆっくり休んでもらおう。




