私の先生
「…また酷くなってる。」
私は自分の胸元を見てため息をついた。左の鎖骨近くに青いアザがあるのだ。小さな花のようなそれに恐怖を抱くことはないが、不信感が強まる。いつからあるかわからないアザ。どこにもぶつけていないのに…
「シルティ?…シルティア?」
首をかしげていると、ドアの向こう側から、優しく私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「もしかして…?レイチェル先生!」
「やあ、久しぶりだねえ、シルティ」
「うん…レイチェル先生!」
ドアを勢いよく開け、私は彼の胸に飛び込む。結んでいる銀色の長髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝く。
少し疲れているような彼の紫色の瞳を見つめながら、私はちょっと笑ってしまう。
「お疲れ様、レイチェル先生。狼には会わなかった?」
「うん、大丈夫だったよ…蜂には会ったけどね」
あはは…と苦笑いしながらレイチェル先生は家に入る。
前にも言ったが、私の家は森奥にある。木々の間にポツリと建つこの家はメルヘン、というより陰気臭い。…だから呪われるのかも。
「それで…シルティ、"歌"を歌ってくれないかい?薔薇のトゲが刺さってしまって」
「…まあ、真っ赤な薔薇!すごく綺麗!…でも先生、気をつけなきゃダメじゃない」
「家を空けたお詫びをしたくてねえ…」
レイチェル先生用のマグカップにコーヒーを入れて差し出した後、私はレイチェル先生の横の椅子に座った。もらった薔薇は花瓶に飾った。
「怪我はどこ?」
「えーっと、この指…ああ、あった」
ほら、と言ってはにかむレイチェル先生の手をとり、私は歌を歌う。
先生が言うには、私の歌には治癒の力があるらしい。森奥に引きこもる私のためにレイチェル先生はこの家に住み込みで勉強はもちろん、歌や魔法も教えてくれる。ついでに…なんでか知らないがリファオスと仲が悪かったりもする。
なので、レイチェル先生の勉強教室の時は絶対に家に来ない。
「そういえば…レイチェル先生、1週間もどこへ行ってたの?」
「ああ、秘密」
「………意地悪」
口を尖らせる私を宥めるように頭撫でる手はとても温かい。
「もういいわ、別に。レイチェル先生がどっか行くのはいつものことだもの」
「そう拗ねないで、シルティ。…ほら、久々に一緒に歌でも歌おう?」
掴み所のないレイチェル先生だが、私は案外好きだったりする。親のように叱ってくれたり、兄のように優しくしてくれるから。
レイチェル先生のなめらかな歌声に重なるように私も歌い出す。
でも、一番の理由はここが乙女ゲームの世界だと一時でも忘れられるからかもしれない。