ハロウィンの話
私が異世界に飛ばされてから半年がたった。
あの時は桜が満開の春だったけど、同じだけの時間があちらの世界でも流れているとしたら今はもう秋になっているんだろうな。
ちょうど十月が終わる頃のはず。つまり、そろそろハロウィン。
いつもはこっちの世界に慣れるようにと頑張ってきたけど、たまには故郷を懐かしんでもいいよね?
というわけで、いきなりだけど今日は仮装して、みんなにお菓子をたかることにした。
自室に置いてある装備の中からそれっぽいものを選んで、即席の魔女っ子になりきってみる。
私は魔力を少しも持たないのでなんの意味も無い装備だけど、仮装だからいいのだ。
蔦編みの籠も持って、それでは、いざ。お菓子をゲッツしにいきましょう。
勇んで扉を開ければ、ちょうど目の前を蜂蜜色でサラサラの髪が横切った。ウィルだ。
いきなり遭遇したのが少年の外見をしたウィルなので、ちょっぴりためらった。むしろ私がウィルにお菓子あげなきゃいけないんじゃないかな?
でもウィルは私達の中ではいっちばん年上なのだ。外見に惑わされちゃいけない。
「ウィル、トリックオアトリート!」
「? なんですかそれ」
やはり分からないようだ。
「私のいた世界での行事で、お化けとか魔女とかの仮装して近所を練り歩くの。その時『トリックオアトリート』って言って、お菓子くれなかったらいたずらしてもいいんだよ!」
「いたずらされちゃうんですか。では、お菓子をあげなければいけませんね」
そう言ってにっこり笑うと、ウィルはぽいぽいと手のなかに飴を作り出した。両手に溢れるほど出すと、私の持つ籠の中に入れてくれた。
「お嬢様、これでもいいですか?」
「ありがとう! もしかして、飴玉を産み出す魔法?」
「そうです。これをやると女性受けがいいと添え書きがありました」
ウィルの正体は古の大魔道師ウィルバートが生涯をかけて書き上げた魔道書に宿った人格だ。だからウィルの知識はウィルバートの知識そのものだし、彼の思想を大いに受け継いでいる。
伝説に語られる大魔道師ウィルバートの意外な、人間くさい一面をみた気がした。
次にキッチンでトーマに会った。格闘選手みたいなたくましい筋肉を余さず使って、ダイナミックに夕ご飯の支度をしているらしい。
これでも、私たちの中では一番美味しいご飯を作れる人物だ。
「トーマ、トリックオアトリート!」
「なんだお嬢、おなかでもへったか?」
そうよね、私がキッチンに足を運ぶ時って、空腹を訴える時ばっかりだもんね。
でも、今日はちょっぴり違うんだからね!
「私のいた世界の行事で……」
ウィルにしたのと同じ様な説明をして、改めてトーマにお菓子をねだってみた。
「しょうがないなあ。お嬢、ちょっと待ってろ」
そういうと、トーマは食料庫に消えていった。
しばらくすると、何かを手にして戻ってきた。
「お菓子とはちょっと違うかもしれんが、リゴの蜜漬けだ。これでもいいか?」
黄金色になった甘い果物の蜜漬けだ。私は喜んで受け取った。
それから居間に向かうと、アインスが居た。
目が合うなり、私が口を開くより先に素早く近づいてきて抱きつく。そしてぐりぐりと頬ずりする。
「お嬢様、そのお衣装とても可愛らしいです! セクシーです! けれど急にどうされたのですか?」
「私のいた世界の行事で……」
もう一度、同じような説明をする。
「というわけで、アインス。トリックオアトリート!」
アインスにもお菓子を請求すると、アインスは思案顔で動かなくなった。
「……? お菓子くださーい?」
覗き込むようにアインスの顔を確認すると、アインスは色っぽい表情で笑って、両手を広げた。
「つまり、お菓子を差し上げなければお嬢様にイタズラしていただけるのですね。喜んでお受けいたしましょう。何をしてくださいますか?」
「え」
予想の斜め上というか、ある意味予想通りの返答だった。困った。
私が固まったのを見て、アインスはふむ、と何か自己解釈して、自身のベルトに手をかけた。
「それとも、お菓子より甘い物を差し上げゴファ」
アインスは不穏な台詞を最後まで言えずに吹っ飛んだ。
後ろを振り返ってみれば、いつの間にかツヴァイがいた。拳を握っているところを見ると、ツヴァイがアインスを殴り飛ばしたらしい。
「ん」
そして、何事も無かったかのように可愛らしくラッピングされたクッキーをくれた。
「どうして知ってるの?」
「ウィルに聞いた」
そう言って、ふいと顔を背けてしまった。けれど、それが照れ隠しであることを私は知っている。ツヴァイは照れ屋さんだ。
「ありがとう、大事に食べるね」
「ん」
去るときも、音も無くすっと消えていく。本当にツヴァイは照れ屋さんだ。
夜、ベッドにもぐりながら今日の戦利品を眺めた。
ウィルの飴玉、トーマの蜜漬け、それからツヴァイのクッキー。今日全部食べちゃうのはもったいないので、少しずついただくことにする。
アインスは結局何もくれない。かといって、いたずらしたらそれはそれで大変なことになりそうなので、やめておく。
でも悔しいので、何か自分に害の及ばない範囲でいたずらをしかけたいな。
そんなことを考えていると、ふいにドアがノックされた。
「失礼します、お嬢様」
ドアを開けてみれば、アインスだった。
「こんな夜更けにどうしたの、アインス」
「お嬢様に、おやすみの挨拶に参りました」
そう言うや否や、私の頭の後ろに右手を回して上を向かせる。抵抗する間もなく唇を重ねられた。
びっくりして口を固く閉じていると、じれたようにアインスが私の唇をゆっくりと舌で何度もなぞった。
くすぐったくて思わず少し口を開くと、その隙間から何かがねじ込まれる。むせかえるような甘みと、ほんの少しの苦みを感じる。チョコレートだ。
私がチョコに気づいたことが分かると、アインスは満足そうに目を細めた。開いていた左腕を私の腰に回して、私をがっちりホールドする。
そして、口づけを深くした。唇の隙間から、今度はアインス自身の舌が入り込んでくる。ゆっくりと私の口の中を舐め回る。
そして……はっ、いけない。流されるところだった。
私は思いきりアインスの横っ面をはたいた。
「こっの、どスケベインキュバスが!」
「へっぶ」
黙っていれば麗しい顔をだらしなく歪ませて、アインスが吹っ飛ぶ。
「どういうつもりなの貴方、また私に魅了を使ったでしょう! うっかり流されそうになっちゃったじゃない!」
アインスは私に叩かれた頬に手を当てつつ、嬉しそうに笑った。
「遅ればせながら、ハロウィンのお菓子を差し上げようと思いまして。それに、私たちインキュバスの栄養となるのは、契約した女性の劣情ですからね。怒らせてしまったなら、すみません。ですが」
アインスはぽっと頬を赤らめる。普段は本当に凜々しくて格好良いのに、時々残念になるのは何故だ。今日は残念なアインスばかりだ。
アインスが言葉を続ける。
「今日は、魅了の魔法はつかっていませんよ。もし、流されそうになったとおっしゃるなら……お嬢様が少しは私に惚れてくださったということでは、ありませんか?」
本当に嬉しそうにアインスが目を細める。
私はカッと頬に熱が集まるのを感じた。
「こんっの、淫乱インキュバスがぁっ!」
私の二発目のビンタを、アインスはあけて避けずに、嬉しそうに頬で受け止めた。




