第72話 叙任式
第71話です。
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ノルテランド暦1993年4月下旬
《王都ノルテ内自宅》
練魔闘技祭が終わり、学校内は静寂を取り戻した。しかし、オレ個人の静寂はなかなか取り戻せなかった。
なんと驚くべき出来事があったのだ。
『オレ、貴族になるってよ。』
オレはある日、学校から帰って、カンナにお土産の水蜥蜴の串焼きを渡すと、学校で伝えられたことをクー兄、カンナに伝える。
すると上を下への大騒ぎだ。
まぁ、貴族と言っても名誉騎士爵なので大した身分ではないのだが、オレたち平民にとっては驚天動地の出来事だ。
どういう事かと言うと、練魔闘技祭優勝者の恩恵のようなものだ。
本来、練魔闘技祭へ優勝した者が希望する進路は3つある。最も多いのは宮廷魔術師での採用希望である。また、武に秀でている者は騎士団への入団を希望するし、文に秀でるものは官僚を希望する。
これらの進路を希望する場合、世襲する爵位を持たない者(平民や長男以外の貴族の子女)は男子女子問わずに名誉男爵に叙される。練魔闘技祭優勝者以外がこれらの進路を希望しても、よほど優秀でない限り採用時には名誉騎士爵にすらなれないのだが。
しかし、今回の優勝者は、つまりオレのことだが、それらの進路を希望しなかった。前代未聞のことだったらしいが、オレには当然のことだ。
なぜなら、オレの目標がユリウスを打倒するほどの出世であったからだ。宮廷魔術師、騎士団、官僚、どの進路を選択しても名誉男爵以上の出世は難しい。
宮廷魔術師になったとしても、オレ以上の魔術師はいくらでもいるだろうし、騎士団に入団しても戦争でもなければ活躍の場がない。官僚なんてオレには真っ平御免だ。
そこで、オレは【冒険者】を希望進路として提出した。
【冒険者】であれば、未踏破迷宮の攻略、竜種の討伐など、名誉男爵以上の出世の可能性が残るのだ。
ところが、これに慌てたのが王宮側だ。オレが【冒険者】でいる以上は、常に国外流出の危機にもなる上、他国から見ると練磨闘技祭優勝者を冷遇しているように見えるからだ。実は、叔父ハインツがリッター魔法連合国の私立デシ魔法学園で剣術講師を務めていることが祝賀会で判明し、ノルテランド王国の軍部に衝撃となって伝えられていたのだ。あの『魔の首を狩る大嵐』が他国に仕官している。正確には国に使えているわけではないが、他国への優秀な戦力の流出には変わりない。練魔闘技祭で優勝するほどの戦力を失うわけにはいかない、ということで「猫の首に鈴をつける」意味も兼ねてオレにも名誉爵位を序することになったのだ。
その上で騎士団への入団予約することになった。流石に、国に貢献しない者への叙任は難しいようだ。
しかし、ここでもまた一悶着が起こった。いや、オレが起こしたわけではないが…。問題は、第一騎士団、第二騎士団、王都警備隊はたまた諸侯の騎士団、どこが所属権を取るかで揉めたのだ。オレ個人的には、知り合いも多い王都警備隊がよかったのだが…。王都警備隊では戦力にならないと、第一騎士団の大隊長の一人が異を唱えたのだ。
第一騎士団は国王陛下を団長に戴く騎士団でまさに王国軍の主力部隊。第二騎士団は王太子殿下を団長に戴く騎士団で第一騎士団の後詰め的役割を担う。王都警備隊は文字通り王都の警備を担当する。これに、諸侯(領地持ちの貴族)が編成する軍が、ノルテランド王国の総戦力である。第一、第二騎士団以外にも多くの貴族がオレの所属を取り合ったとリュングさんから聞かされた。
結局、オレは王都警備隊預かりとなった。リリアン王女が、かなりがんばったらしい。オレとしては希望が叶ってうれしい限りだ。
直接の仕官にならなかったので、叙される爵位も名誉男爵ではなく名誉騎士爵となったが、オレはあまり気にしていなかった。
「ノアもいよいよ貴族か。私もノア様と言わないといけないかな。」
「ノア様はノア様なのです。これからもノア様なのです。」
「やめてよ。今まで通りのノアでいいよ。カンナも呼びやすいように呼んでくれていいからな。」
そんなクー兄の言葉にオレは言下に否定する。
「そうか。でもな、クー兄はもうやめよう。ノアももう若手【冒険者】の出世頭だし、これからもっと勉強を積んで低ランクの【冒険者】と討伐をする機会も増えるだろうからね。その出世頭がクー兄では格好が悪いよね。」
クー兄もオレに諭すような伝える。
「えぇ?そうなの。格好悪いかな。確かにオレも【冒険者】になって、もう2年だもんね。【盟主の強敵】にもなったし【迷宮踏破者】にもなった。これからギルドで顔を合わせる【冒険者】には、これからは年下の子も増えるよね。ちょっとは格好いいとこ見せないとね。」
(冒険者になってもう結構なるんだな。年下がいても驚かないよね。)
「そうだよ。それにノアもジョアンナさんから聞いていないかな。最近、ギルドには『自由への翼』への指名依頼や、パーティ結成希望が来ているらしいよ。ノアとカンナが学校に入ったからギルドで断ってくれているんだって。今度ジョアンナさんにもお礼を言わないとね。」
「わかったよ。ジョアンナさんにもお菓子でも持っていくよ。それで、貴族でも【冒険者】って問題ないよね。」
オレは意外そうに尋ねる。
「それは、問題ないよ。【冒険者】から貴族になる人は滅多にいないけど、貴族で冒険者になる人は結構いるからね。モネ長官だって男爵だし、ほかにも『迷宮伯』や『探索候』なんて二つ名を持っていた貴族もいたそうだよ。自信を持って叙任式に臨めばいいよ。」
そんなオレとクー兄の横ではカンナが黙々と水蜥蜴の串焼きを平らげていた。
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ノルテランド暦1993年5月上旬
《王都ノルテ城内》
練魔闘技祭優勝から早一ヶ月、叙任式の日を迎えた。
オレは既にぐったりしていた。
昨日のうちから沐浴したり、魔除けの香草を塗りたくったり、司祭から訳のわからない祝詞をあげられ、騎士の誓いを一晩中聞かされたり、叙任式の前に疲れ果てていた。
それでも、リュングさんや王都警備隊の隊士の方たちの手伝いもあり、滞りなく準備が進められていった。
全ての準備を終えたオレは王の間の入り口に立つ。
(やばい。緊張してきた。やばい。やばい。)
覚悟が決まるか否かというときに、王の間の重厚な扉が開かれ、ファンファーレが鳴り出す。
オレは騎士としての鎧を身につけ(この鎧はリュングさんに借りた)、マントを纏い王の間に参上する。王の間は、中央の玉座への通路をはさむようにして、貴族の歴々、騎士の面々がずらりと居並ぶ。もちろん、パララスケス宰相やバレッド侯爵、リュングさんなどの顔も見える。
オレは、その間を通り王の前まで進み出ると跪いた。
すると、厳かに儀式が始まる。
「主とノルテランドの名において、我れ汝を騎士とす。忠義に篤く、礼儀正しく、謙虚であれ。」
国王アーノルド=フォン=ノルテランドは、剣でオレの首を3回たたき叙任の言葉を述べると、国王手ずから革帯を吊るし剣を授ける。
「我が剣、ノルテランドの守るべき民のために振るわれん。」
オレの返礼に国王陛下はうれしそうに頷いた。
(たったこれだけか。この数分のために昨日からオレは…。)
そんなオレの気持ちをよそに王の間は喧騒に包まれ始める。叙任式が終われば宴会だからだ。
「では、皆の者この後は宴じゃ。今宵は久方ぶりの叙任式じゃ。大いに飲み、騒ぎ、明日からの活力とせい。」
国王の声に王の間に震えるような歓声が響く。
低級貴族や騎士の多くは平民と変わらない生活を送っている。下手をすると平民以下だ。叙任式の宴会は新たな仲間の誕生を祝うという目的があり、低級貴族や騎士であっても参加が許されるのだ。もちろん、オレの家族、クー兄いや、クースやカンナも参加が認められている。
普段の王宮の宴では、野菜を含めた高級な食事を供されるが、今日の主役は騎士である。そのため、食事のメニューは肉、肉、野菜、肉、野菜である。食べ盛りの若手騎士にとって天国のようなひと時である。
ステーキはもちろん各種ブルスト、レバーケーゼといわれるミートローフのような料理、子牛のカツレツやハンバーグなどの肉料理が並ぶ。
ザワークラフトやアウフラウフのような野菜料理。
アールズッペのようなスープもある。
テーブル上に次々と並べられていく肉料理に、カンナも興味津々である。
国王陛下がバルコニーに立ち、エールがなみなみと注がれたジョッキを持つ。
「プロージット!!」
「「「プロージット!!」」」
国王の掛け声で宴会が始まる。
「ノアシュラン、いやこれからはノアシュラン殿かな。これからもよろしく頼むよ。」
最初にやってきたのは、モネ=フォン=ファイアージンガー冒険者ギルド長官。
「これからは、貴族としてもっと厳しくしていくからな。ヴォルフガング殿に恥ずかしくないように育ててやるから覚悟しろよ。」
とは、リュングベリ=フォン=シュナイダーのありがたいお言葉。
「ノアもさっさと王都警備隊に入隊して、近衛隊の改革に協力するのじゃ。」
リリアン王女は既によっているようだった。
ほかにも、バレッド侯爵はアルデバラードのことをよろしくと挨拶に訪れ、シュミット子爵も今後ともよしなにと挨拶をしていった。
オレとクースがお偉いさんの来襲に必死に戦っている横で、カンナは只管に肉をむさぼり続けたことは言うまでもない。
「ブルスト全制覇したのです。」
それが、叙任式の締めの言葉であった。




