第5話 旅立ちのとき、そして王都へ
第5話です。
9/5:一部改訂しました。
ノルテランド暦1991年2月21日
《ユリウス辺境伯領農園内》
「ノア、準備はいいかい。」
今にも泣き出しそうな眼をして母が尋ねる。
「母さん、旅立ちのときに涙は禁物だ。ノアも心配してしまう。笑顔で送り出してやれ。」
と父が母を窘めた。
「ノア、これを託そう。私が、先代様より引き継いだロングソード、エスポワールだ。何もかも没収されたが、従士頭だったギリスが隠しておいて届けてくれたものだ。役に立つだろう。そしてこれだ。」
ずしりと重い布袋を渡された。
「これは、お金。どうされたのですか。」
思わずオレが父に尋ねる。
「あなたが獲って来てくれた、肉を領内の平民に売ったお金です。私の売り方が悪かったのかたいしたお金にはなっていません。辺境伯のお役人に隠れて売っていましたしね。」
母がそう教えてくれる。
「あれは母さんに食べてもらいたかったのに。」
と思わず声を荒げる。
「心配しなくてもちゃんと食べましたよ。これはその残りを売ったものです。そんなことよりもあなたの心配をなさい。先ほども言いましたが、お金と言ってもたいした金額になっていません。おそらく、王都へ行くまでの金額ほどしかないでしょう。今は冬なので道中野宿は出来ないでしょう。宿に泊まらないといけません。これはそのためのお金です。決して贅沢は出来ませんよ。そして、王都へ着いたら自分で稼がねばなりません。いいですね。決して自分に甘い心を持ってはいけませんよ。甘い心を持てばお金なんてすぐに無くなってしまいます。あなたは、私たちを迎えに来てくれるのでしょう。それなら、私は、父さんとドニスと耐えて見せます。」
母は気丈に笑顔でそう応えた。
「そうだぞ、ノア。母さんのことは私と父さんに任せろ。絶対にお前に後悔はさせない。安心して行って来い。」
そうやってドニス兄はオレ背中をたたいた。
「ノア、誓え。決して逃げない、諦めない、裏切らない。これは、わがヴォルツ家に伝わった家訓だ。私は、自分の不甲斐なさから、お前たちに過酷な運命を強いてしまった。本当に申し訳ないと思っている。しかし、ヴォルツ家はなくなってしまったが。この心は忘れないでくれ。」
父は唇を噛みしめ声を絞り出す。
「はい、誓います。オレは、決して逃げない、諦めない、裏切らない。必ず迎えに来て見せます。行ってきます。」
そう言ってオレは家を飛び出した。
(父さん、母さん、兄さん、ありがとうございます。オレは絶対に一流の冒険者になって迎えに来ます。だから、待っていてください。)
オレは、再度心に誓った。
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《ユリウス辺境伯領農園そばの林》
約束の場所に着くと、200cmに届くぐらいだろうか。大柄な、いや、巨大な女性がいた。
「お前がノアか。俺はルイーゼだ。後を付けられていないだろうな。」
その女性が少し高圧的に言う。
「ノアです。大丈夫だと思います。ところで、ほかの子もいると聞いているのですが。」
心配してオレは聞く。
「ここに来る前によったところでな。大声で泣きながら来た馬鹿がいてな、警備の役人に捕まった。だから、ガキの子守は嫌なんだよ。おい、お前は大丈夫だろうな。」とルイーゼは頭を振りながら悪態をついた。
(なんでこの人こんなに突っかかるのかな。)
「だいたいガキは、足が遅くて着いて来れないし、途中で魔物が出ればピーピーなくし…。」
オレが応えないでいると文句を言い始める。
「なんなんですか。あなたは。子供たちを率いて王都へ行くのはあなたが請けた仕事でしょう。それが出来ないのはあなたの責任じゃないんですか。」
オレは思わず声を荒げた。
「ばっ、馬鹿。静かにしろ。」
オレたちは押し黙り、思わず周囲を見ました。
「「ふぅ~。」」
そろって深いため息をついた。
「焦ったぜ。くっ、くっ、くっ。食って掛かられたのは久しぶりだ。すまなかったな。確かに俺の責任だ。改めて、自己紹介をしよう。俺はルイーゼだ。【冒険者D】を持っている。これから王都までともに向かってもらう。山道を通ることになるが、宿泊は出来るだけ宿を取る予定だ。お前の持っているスキルを教えてくれ。」
「オレはノアだ。いや、です。【剣士】を持っています。宿泊費は母さんが用立ててくれました。宿屋でも大丈夫です。」
(【英霊の祝福】は特殊スキルだから言わないほうがいいって、父さまも言っていたしな。秘密にしておこう。)
「宿代は心配するな。ギルドから出ている。この冬の寒い時期だ、道中野宿かもと聞けば家族も必死になって用意するだろ。だから、宿泊費を用意するように言っているだけだ。」
とルイーゼが言う。
「そんな、母さんが食べるのも我慢して用立ててくれたのに。」
オレは憤然としてルイーゼに食って掛かった。
「いいか、それは、王都についてから必要な金だ。お前らみたいな10歳かそこらで、いきなり依頼が受けられるか。王都についたら、まずは冒険者ギルドで初心者講習を受けるんだ。1週間の合宿だ。その金はその講習費用になる。最後の日に、教官をリーダーにして初心者全員で討伐に行く。そうすれば、報酬が貰えるから宿にも泊まれるようになる。いいか、今、お前は新人以下なんだ。」
ルイーゼはオレの両肩に手を置き瞳を覗き込みながらと告げる。
「オレは一人でも狩りぐら『甘ったれるな。狩りぐらいだと。お前の言う狩りってなんだ。猪かキツネか。俺の言っている討伐は魔物だ。魔獣だ。獣の狩りじゃないんだ。なめたら死ぬよ。そんな甘ったれた気持ちで来たんならとっと帰りな。死なれるだけ迷惑だ。』
オレは反駁しようとするが、ルイーゼは立ち上がったそうオレに言った。
「どうすんだい。行くのか、帰るのかはっきりしな!」
とルイーゼが続ける。
「行く。行きますっ!父さんに誓ったんだ。オレは逃げない。家族を迎えに来るんだ。だから死なない。すいませんでした。よろしくお願いします。」
オレは頭を下げた。
「よし。わかった。じゃあ、俺とも約束しろ。絶対に死ぬなよ。いいな。」
ルイーゼが返す。
「わかった、いや、わかりました。」
「では出発だ。」
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ノルテランド暦1991年3月11日
《王都ノルテ郊外の村:宿屋》
「もうじき着くな。おい、ノア、大丈夫か。」
ルイーゼが声をかける。
オレは疲労に床に突っ伏していた。
「大丈夫です。」
そうなんとか応える。
(あんまり大丈夫そうには見えないな。)
「大丈夫なら飯食いに行くぞ。明日は王都だ。途中休める村もない。今日、しっかり食っておかないと明日大変だぞ。」
とルイーゼがオレに呼びかける。
(ルイーゼさんは何でこんなに元気なんだ。あの道のない雪だらけの山道を、あんなスピードで突っ切るなんて、やっぱ【冒険者】って凄いんだ。)
「わかりました。」
そう言って、オレはルイーゼと食事へ向かった。
「ルイーゼさん、聞いてもいいですか。」
とオレは話しかける。
「なんだ。」
と食べ物から眼を離さずルイーゼが応える。
(一緒に旅してわかったことがある。ルイーゼさんは食いしん坊キャラだ。)
「ルイーゼさんは【冒険者D】なんですよね。A~Fだと下から数えたほうが早そうですが、何であんなに身体能力が高いんですか。正直、ルイーゼさんが雪道を掻き分けてくれなかったら、オレはここまで進めませんでした。」
とオレは感謝しながら言った。
「感謝するなら、その唐揚げ食ってもいいか。いや、冗談だ。おお、ホントにくれるのか。実はな、俺は、獣人なんだ。だからパワーが人よりあるのさ。」
ぽか~んとするオレ、
「獣人だよ、獣人。知らないのか。」
とルイーゼが続ける。
「知りません。人以外にも人っているんですか。」
オレは聞く。
「そりゃ、いるだろうよ。俺たち獣人だろ、鍛冶屋のドワーフ、長命のエルフなんかの亜人。あとは伝説のホビットなんかもいるな。知らないのか。」
意外そうにルイーゼはオレに話しかけた。
「えぇ。全て初耳です。」
「えっ。は~っ、はっ、はっ。ホントか。ドンだけの田舎モンだ。」
大爆笑するエリーゼ。
周りの目が集まる。
「あいつ獣人知らないってよ。」「エルフもドワーフも知らないやつがいるんだな。」
(そんなに笑わなくてもいいだろ。知らないもんは知らないんだ。)
「エリーゼさん、注目の的です。」
オレが拗ねる。
「いや、すまなかった。久しぶりに笑わせてもらったよ。まあ、冒険者なんかやってれば、おいおい会うだろうから気にするな。」
とルイーゼは笑った。
「それよりも、明日はいよいよ王都だからな。しっかり食って、しっかり休んでおけよ。」
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ノルテランド暦1991年3月12日
《王都ノルテ》
オレはルイーゼさんと王都の城門をくぐった。ここでオレは初めて自分の持っている金の金額と価値を知った。母が用立て金額は、ほとんどが銀貨や大銀貨だがおよそ5万Cもあった。入市税として、千Cを支払った。
城門をくぐって通りをまっすぐ進むと正面に大きな真っ白なお城があった。今まで見たことがない大きな建物だ。ユリウスの城館なんて霞んでしまう。
「あれが王城だ。アーノルド国王やジルフィア王妃、ほかの王族の方々のお住まいだ。そして、王城の橋の正面にあるのが冒険者ギルドだ。これから出入りすることになる場所だ。しっかり覚えておきな。」
ルイーゼが説明するが、あまりの迫力と人の多さにオレの耳には届いてこない。
「ルイーゼさん。これが王城ですか。」
見上げ続けると首がこってきた。
「おう、王城の前で肩や首ほぐしてる奴はだいたい田舎モンだ。王城見上げてそうなっちまうんだ。」
と笑うルイーゼ。
周りを見渡すと、確かにそんな人がちらほら。
(恥ずかしい。)
オレは顔が真っ赤になった。
「そんなことより、冒険者登録しに行くよ。とっとと来な。」
ルイーゼが呼ぶ。
オレはルイーゼに続いて、冒険者ギルドに足を踏み入れた。
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