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第50話 学ぶ理由

第50話です。

少年編はこれで終了です。幕間をはさんで、王立魔法学校編に入ります。

ノルテランド暦1992年8月上旬

《王都ノルテ内王都警備隊詰所》


迷宮都市ヴィッテルから帰って数週間が経った。今日は、王都警備隊養成所に入所するカンナのために説明を聞きに詰所までみんなで押しかけた。


『オレは、10月になったら王立魔法学校に入学する。そのために、今日まで研鑽を重ねてきた。既に【魔術師火Lv3】【魔術師雷Lv3】【魔術師聖Lv3】【生活魔術Lv3】になった。特待生入学のために、モネ=フォン=ファイアージンガー男爵、ダレル=フォン=シュミット子爵(男爵から地形図作製の功績により陞爵)、リュングベリ=フォン=シュナイダー子爵の推薦を得た。


それどころか、あのリリアン=フォン=ノルテランド王女も推薦者に名を連ねていたのだ。モネ長官に話しを聞くと王宮より問合せがあり、推薦者にぜひ名を加えて欲しいと言っていたそうだ。


これにより、オレの特待生入学はほぼ確定した。また、既にLv3の魔法を複数操れるので、例年通りであれば首席入学の可能性も高いそうだ。


そのため、残った期間をクーにいとカンナの今後を決めることに時間を割くようにしているのだ。』


そこで、今日は王都警備隊の養成所に来ているというわけだ。


『王都警備隊養成所』は、名前が紛らわしいのだが王都警備隊の隊士のみを養成する施設ではない。もちろん、隊士育成コースもある。それ以上に王都ノルテでは、養成コースが有名なのだ。


隊士育成コースは、文字通り王都警備隊の隊士を育成する。【剣士】【槍士】【弓士】を育成し、【騎馬】技術の向上を目指す。また、騎士として恥ずかしくない人間教育を行う場だ。


しかし、養成コースは違う。犯罪者の更生や、浮浪児の自立支援、社会的困窮者の教育を目的としている。


養成コースは、更生科と教育科から成り立っている。


更生科は、かつてルイーゼも入学していたように犯罪者や浮浪児に更生と教育を施し、社会に還元するコースだ。規律ある寮生活を送り、週6日の授業や教練を行う。読み・書き・計算や社会常識の授業はもちろんのこと、社会に出た後、再び犯罪者にならないための職業訓練や道徳教育に力を入れている。将来的には【冒険者】もしくは【傭兵】となることが多い。【冒険者】【傭兵】として巣立った後、成長して警備隊士として職を得る場合もある。


一方、教育科は文字通り教育を施すコースだ。王立魔法学校や私立学校ほどの授業費を捻出できない平民の子どもや何とか授業料を払える社会的困窮者、今まで学校へ通う機会は無かったが、職を得るために学習をしたい成人などを対象としている。週3日の授業を行い、一部生徒には教練を施す。ここも基本は読み・書き・計算や社会常識の授業があり、行商などで旅をする可能性のある生徒のために、剣術・弓術などの基本武術も指導するのだ。


カンナが、入所を考えているのは教育コースだ。詰所にいる職員の話では、教育科は通いで充分修学可能な上、授業の無い日は討伐などへ出かけてもいいそうだ。オレの学校が休みの日には、みんなで一緒に討伐に行けそうだ。


「カンナは、【拳士】を目指しているのですが、その教練も可能なのですか。」

オレは職員の方に尋ねる。


「【拳士】ですか。女性で【拳士】は珍しいですね。いや、獣人ならではですか。そうですね、更生科のほうには【拳士】を養成する教官もいます。授業は教育科で受けていただき、教練は更生科で受けるように取り計らいましょう。それでよろしいでしょうか。」


もちろん、オレたちには否はない。


その後、オレたちは教練を行っている教練場を見学した。


「ここでは、平均すると15歳くらいの者達が教練に汗を流しています。」


「貴様ら~!なにさぼっとんじゃ。走らんか~!!」


「はいっ!」


「まだ、もう1回。さあっ、もう1回だ!」


「はいっ!」


言われると、確かにオレやカンナよりも少し年長の生徒たちが、剣や弓の鍛錬をしている。ここにいる生徒たちは、およそ1年の訓練を受けているらしいが、まだまだぎこちない。聞くと、実戦の経験は皆無だそうだ。1年の鍛錬の後、ギルドの研修討伐を模した街道の魔物を討伐する3泊4日の実戦訓練を何度か行い卒業となるそうだ。


そんな教練風景を見て、オレとクー兄は顔を見合わせる。


(うわ~、なんか既視感デジャヴだ。オレたちもやったなぁ。)


すると、教練を受けている生徒たちが、チラチラとこちらを覗っている。


「なんか、オレたち注目されているんだけど…。」

オレが職員さんに尋ねる。


「そうですね。『自由への翼』は、今や若手【冒険者】にとって憧れの的ですからね。10代前半の【冒険者】が、盟主を次々と討伐し、それどころか【迷宮討伐者】にもなった。それに、クーサリオンさんはあのエルドレッドさんのご兄弟ですからね。あの視線は有名税のようなものですよ。そうだ、ちょっと見本演技をしてみませんか。」

職員さんがポンッと手を叩きニコニコと話しかける。


そんな職員さんの提案を聞いていた教官の一人が、クー兄に近寄ってくる。


「教官のシュトランツルです。エルドレッドさんの、ご兄弟と伺っています。よろしいでしょうか。」

そう言って、弓矢を渡す。


その弓矢を受け取り的の前に歩み出ると、矢を番える前に教官が生徒の前に進み出る。


「よし、お前ら休憩だ!!今から現役【冒険者】でエルドレッド射撃隊長の弟さんでもあるクーサリオンさんが弓を射る。弓で大事なのはなんだ。貴様、応えろ。」

教官が手前に座る生徒を指名する。


「はいっ。足踏み・胴造り・弓構え・打起し・引分け・会・離れ・残心であります。」

少年は、立ち上がり直立不動で応える。


「そうだ。これを射法八節という。弓の名手はこの射法八節を瞬時に行っているんだ。この動きを確りと見ておけよ。では、クーサリオンさんお願いします。できれば、ゆっくりとお願いします。」


クー兄は、普段よりゆっくりとした動きで、確りと的を狙い次々と矢を射る。


クー兄から放たれた矢は流麗な軌道を描き、的のど真ん中を次々と射抜いていく。


「「ほうっ。」」

思わず周囲から溜め息が洩れる。


「お前ら!的じゃなくて動作を見ろと言っただろう!」

教官は声を荒げるが、少年相手ではしょうがない。過程よりも結果が気になるのだ。


その後、一頻り教官は技術論を生徒相手に説明し、オレたちはお役御免となった。


ちなみにこの養成所、更生科の授業料は無料だ。篤志家の寄付や王宮の補助で成り立っている。それどころか、実戦訓練で得た魔結石は、卒業時に換金され卒業生に一律に支給される。それによって、装備を整える等の初期費用となるのだ。ただし、更生科に入学するにはリュングベリさんの面接で合格する必要がある。


逆に、教育科は他の学校よりも授業料は安いが無料ではない。その代わり入学基準は緩い。卒業基準はそれほど緩くないのだが。また、卒業時に研修討伐も行わない。ただし、希望者は更生科の討伐に混じることも出来るのだ。


この制度を発案し養成所を設立した功労者が、何を隠そうリュングベリさんなのだ。もう、20年近く前のことだ。彼は、この功績で男爵から子爵へ陞爵したのだ。現在、騎士団などの関係で子爵以上の爵位を持っているのは、第一騎士団第一大隊長と第二騎士団第一大隊長、そして王都警備隊第一大隊長の3人だけなのだ。また、彼は騎士の鑑、騎士の良心とすら言われるようになったのだ。


なぜオレがこんなことを知っているのか。それは、詰所にいた案内の職員の女性がキラキラした目で、必死にリュングさんの、素晴らしさを語ってくれたお蔭である。


リュングベリ賛歌に食傷気味になりながら、オレたちは王都警備隊の詰所を後にした。






◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


一方、クー兄の予定である。当初、クー兄も王都警備隊養成所に入るつもりでいた。しかし、カンナの見学に同行したときに、入所することをやめたのだ。読み・書き・計算は既に出来る。社会常識もある。弓にいたっては【弓術士】持ちなのだ。おそらく、王都警備隊の弓士の中で、クー兄に太刀打ちできるのは実兄のエルドレッドだけだろう。


そんなクー兄が養成所で何を学ぶのか。いや、学ぶことは無いだろう。


そこで、クー兄は【博識】と【薬術士】のスキル取得を目指すことになった。オレが王立魔法学校に入学すれば、オレが保証人となることで学校の図書館を自由に使えるようになる。また、若干の授業料は発生するが、聴講生という制度があることをだいぶ前に教えてもらっていた。もともと、クー兄も興味のある講義は聴講してみようかと考えていたらしく、聴講生を利用することにした。


なによりも【薬術士】のスキルを取得できれば、回復薬を買う必要が無くなる。自分で、材料から製薬できるのだ。薬を直接買うより断然安い。こんな、一石二鳥なスキルであれば取得しない手は無いのだ。


「ノアもカンナも勉強するのに、自分だけ遊んでいるつもりは無いよ。私も、がんばらないと故郷の森へ遊びに帰れないからね。」

とは、クー兄の弁。


エルフであるクー兄には、元来、草根木皮に通じている。さらに、調剤調合の技術を身に付けることで、上級【冒険者】として価値を高めることになる。エルフの森を自分から飛び出したクー兄にとって、森へちょっと帰省するだけでも大変なのだ。そのため、外へ出てよかったと周囲が納得する材料が必要なのだ。


オレは家族を取り返すために、カンナは将来奴隷から解放されたときのために、クー兄は森へ胸を張って帰るために、学ぶのだ。これが、オレたちの学ぶ理由だ。


しばらくは、【冒険者】活動より学習が中心の生活になる。それぞれが、討伐よりも過酷な日々になる可能性があるが覚悟を決めた。そんな日だった。


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