第4話 旅立ちのための鍛錬
第4話です。
9/5:大幅に改訂しました。
ノルテランド暦1990年9月4日
《ユリウス辺境伯農園内》
「「「ノア、誕生日おめでとう。」」」
今日はオレの10歳の誕生日だ。昔はケーキがあった。誕生日プレゼントもあった。しかし、今は何もない。
それでも、父が、母が、兄が祝ってくれた。オレはただそれだけで嬉しかった。
そんなことを思っていると、父がかしこまった顔してオレに向き合った。
「さて、ノア。お前もとうとう10歳になった。来年の4月1日には戸籍に載ることとなる。そうするとどうなるか知っているな。」
(そうだ。4月1日には戸籍に載る。そうすると農奴となるのだ。でも、オレは人頭税が払えない。父も母も、給金を貰っていない。兄はまだ免除らしいが、オレの分は免除ではない。払えるはずがないのだ。平民が人頭税を払えないと農奴となる。もし、農奴が人頭税を払えないとどうなるか。)
「はい。奴隷商に売り渡され、戦奴か鉱奴になると聞いています。」
オレが応えると、母は悲しそうに俯いた。
「そうだ。だがな、ノア、昨日野生猪を捕らえただろ。私は、そのとき【英霊の祝福】が発動したと思っている。体重200kgを超えるワイルドボアを10歳に満たない子供が突き殺せるはずがないのだ。そして、その話を聞いて決心したんだよ。」
父は私の目を覗き込んだ。
「ノア。お前は【冒険者】になれ。」
「「えぇ。」」
思わずオレとドニス兄は声を漏らした。
母が私の手を握り話を続ける。母の目から涙が零れる。
「夕べ、父さんとも話し合って決めたのよ。このまま、奴隷になっても戦奴か鉱奴。厳しい将来しか待っていないのよ。5年後10年後生きているかさえわからないの。」
父が話しを引き継ぐ。
「そうだ。だが、【冒険者】も厳しい。12歳未満では環境は戦奴と大して変わらん。しかし、もし、ダンか私の弟のハインツと会うことが出来れば大きく変わるはずだ。」
(ダンは行く方を眩ましたと聞いていたけど【冒険者】になっていたのか。そう言えば、昔は【冒険者】だといっていたな。ところで、ハインツって誰だ。)
「父さま、ハインツとはどなたですか。」
と聞いてみた。
「あぁ。ハインツは私の双子の弟でな。家督争いをするのが嫌だと言ってな、若い頃に家を出たんだ。その後、一度だけ帰ってきたが【冒険者】になってたよ。剣の腕は私以上だ。おそらく、ここの辺境伯領で一、二を争うと言ってもいいだろう。」
「どこに住まわれているのですか。」
「それはわからん。あの頃は、王都ノルテに住んでいると言っていたが、もう居ないようだ。手紙が届かず返って来ていたからな。ダンも居る場所はわからない。しかし、二人とも凄腕の【剣術士】だ。冒険者ギルドで話を聞けばきっと居る場所がわかるはずだ。」
冒険者ギルドは、冒険者を登録し報酬を換金したり依頼を斡旋したりする。10歳になると冒険者登録が出来るようになるため、農奴の次男などで人頭税が払える見込みがない場合、職員が引き取って4月1日の戸籍登録までの間に【冒険者】として登録をするのだ。そうすると、平民の地位が与えられ農奴として登録されなくなる。また、【冒険者】は定住しないのが基本なので人頭税がない。その代わり依頼達成で得た報酬の20%を税と手数料で天引きされ支払うことになる。
ノアの場合、今日以降来年の3月31日までの間に【冒険者】登録をすることが出来ればよいのだ。
「ノア、無理して【冒険者】にならなくてもいいのよ。戦奴や鉱奴なら厳しい環境でも住む場所や食べるものがあるの。【冒険者】はその保障すらないのよ。」
母が泣きながらオレに言う。
「母さん!!昨日決めただろう。ノアを迷わせてどうする。迷えば迷うほど危険が高まるんだ。」
父が母を窘める。
(【冒険者】か。昔ダンに聞いたけど。難しい依頼を達成するとかなりの報酬になると言っていたな。どれ位もらえるか分からないけど、がんばればもう一度家族みんなで暮らせる日が来るかもしれない。そして、オレは出世して、あのユリウスを打ち破ってやる!!)
「父さま、母さま、オレ【冒険者】になるよ。そして、いつか父さま、母さま、ドニス兄を迎えに来るよ。絶対にやってみせる。オレ逃げないよ。」
強く強く決意する。
「ノアの眼に光が…。」
ドニス兄がつぶやく。
「ノア、今のその状態が【英霊の祝福】だ。その気持ちを決して忘れるなよ。どんな窮地に陥ってもお前は成し遂げることが出来るんだ。その素質を持っているんだ。なあ、母さん。ノアの眼の光は先代様よりも輝いているな。」
父の目に涙が浮かぶ。
「えぇ。決して消えることのない希望の光ね。私たちはここで、精一杯生きてみせるわ。ノア、あなたはあなたで精一杯生きなさい。」母は涙を浮かべてそう言った。
「それじゃあ、ノア。これからのことだ。ギルドの職員は毎年2月頃に王都から派遣されるらしい。もちろん、辺境伯も黙って見過ごせないので守りを固める。だから、街道を進むことが出来ない。街道を進めば、王都まで歩いても10日ほどだ。しかし、山道を抜けるとなると、その倍は掛かる。生半可な体力では着いて行けない。着いて行けなければ死ぬだけだ。今日から毎日1時間以上野生猪の出たあの林を走れ。そして、途中で出た動物と戦え。お前にこれをやる。」そう言って、父は私に小さな両刃の短剣をくれた。
「これは、ダガーと言う。動物と戦うときに使うといい。走った後は、今までと同じように棒を振れ。もう少ししたら型も教えてやろう。」
そう言って父は私の髪の毛をかき回した。
(なぜノアは農奴にならないのに。私は農奴なんだ。私は自由になれないのに、あいつは自由になれるんだ。私は嫉妬しているのか。五つも年の低いノアに。)
ドニスは部屋を出て行った。
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《ユリウス辺境伯領農園内》
「ドニス。」
アンナがドニスに声をかける。
「どうしたの、ドニス。こっちを向きなさい。」
「母さん。ノアはこれから自由になるんだ。そう思うと、五つも年の低いノアに嫉妬してしまった。でも、この気持ちがどうにもならないんだよ。」
そう言ってドニスは顔をしかめて俯く。
「ドニス。顔を上げなさい。あなたは兄だからこれまでも色々と我慢していましたね。配給食もノアに分けていてくれたことも知っています。服もきれいに着て、しっかり洗って、ノアが着れるように使ってくれていたことも知ってます。私も、父さんもあなたが、兄でよかったと思っています。だから、ドニス。あなたも胸を張りなさい。ノアが自由になれるのはあなたのお蔭でもあるのですよ。ノアはまだ幼いから気付かないかも知れません。でも、いつか気付きます。その時、あの子が「ありがとう」と言える兄でいてください。それが私の、母の願いです。」
「ありがとう。母さん。私は、母さんと父さんの子でよかった。俺もノアに負けない。優希を持って生きるよ。」ドニスは涙を流してそう言った。
その瞳には、まだ弱いが【英霊の祝福】見えた。
ヴォルは、部屋から出て行ったドニスをアンナが勇気付けてくれることを知っていた。しかし、戻ってきたアンナから【英霊の祝福】が見えたことを聞き、二人の子が自分から巣立つときが近いことを感じていた。
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ノルテランド暦1990年12月1日
《ユリウス辺境伯領農園そばの林》
オレは誕生日以来、毎日林の中を走っている。
その途中、ウサギやキツネ、ワイルドボアなど多くの動物を狩った。そんな、獲物を持ち帰ると母は喜んでくれた。
(家を出るまであと3ヶ月くらいしかないんだ。それまでに、食べるものをたくさん獲って、母さんに栄養を就けてもらわないと。)
お蔭で母の昔のような元気を取り戻し、冬も暖かく過ごせるほどの毛皮が集まった。
そんなある日、ドニス兄がノアに声を掛けた。
「ノア、実を言うと私は、これから自由になるお前に嫉妬をしていたよ。でもね、毎日林を駆け回り、動物を仕留めてくるお前を見て、私には出来ないとわかったよ。ノア、母さんのことは心配しないでいい。私と父さんで絶対に護る。だから、お前はお前でがんばれ。」
「ありがとうドニス兄。オレ、絶対みんなを迎えに来るから。約束するから。待っててね。」
とオレが言う。
「こいつ!!」
ドニス兄はそう言ってオレの髪の毛をかき回した。
そんな、オレとドニスを見ていた父がどこからか木刀を持ってきた。
「ノア、今日から剣の型を始めるぞ。ドニス、お前もヴォルフガングの息子だ。時間のある時だけでいいから付き合え。」
「「はいっ。」」
オレたちは応える。
「いい返事だ。ところで、ノア、ドニス、お前たちはスキルというものを知っているか。」
とオレとドニス兄を交互に見詰める。
「我が家には【英霊の祝福】というスキルがあると聞いています。」
とドニス兄が答える。
「そうだ。あれは特殊スキルと言う。スキルには身分や職業を表すスキルや技能を表すスキルなど色々なものがある。戸籍に登録されると診ることが出来るようになる。私は、家長なので家族みんなのスキルを見ることが出来る。ドニス、お前も自分のスキルは見ることが出来るはずだ。掌を見て、集中して「スキルオープン」と言ってみろ。そして何が見えるか言ってみろ。」
「スキルオープン。」
ドニスは掌をみて言う。
「見えます。【農奴】【英霊の祝福】とあります。」
続けて興奮気味に応える。
「そうだ、それがスキルだ。ノア、お前も冒険者ギルドに登録すると見ることが出来るようになる。ちなみに今のお前は、【英霊の祝福】だけだ。私は、【農奴】【剣術士】【騎馬】【英霊の祝福】がある。昔は【騎士爵】もあったが今は【農奴】に替わった。これから、ノアとドニスには【剣士】を取ってもらう。特にノア。お前は旅立つまでに絶対に取れ。さもないとホントに死ぬことになる。必死で取り組め。いいな。そして、一日の終わりに私のところに来てスキルを確認しろ。」
突き刺すような父のまなざしにオレは危機感を持った。
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ノルテランド暦1991年2月19日
《ユリウス辺境伯領農園内》
それからも、オレは毎日林を走り、木刀を振り、型の練習に明け暮れた。
来る日も来る日も繰り返した。季節は冬になり、北部の辺境伯領にも雪が降り積もったが、オレは練習を続けた。
「ノア、やっと【剣士】が取れたようだな。」
ある日、父は笑ってオレに話しかけた。
「これで準備は整ったな。なかなか取れなかったから心配だったが、大丈夫だな。」
父は、ほっとため息を吐きながら言った。
「ギルドの職員とは話がついている。ほかの農園も回って、明後日、2月21日の夜にいつもの林に来るらしい。そこで、お前は職員と落ち合え。職員の名前はルイーゼ。女性剣士の【冒険者】らしい。それまで、絶対に辺境伯の配下の者に気付かれるなよ。なんだったら、風邪を引いたと言って家の中に居てもいい。私たちがしくじると、私やお前だけでなく、ルイーゼやほかの子供にも迷惑が掛かる。下手すると、母さんやドニスも連座する。気を付けろよ。私やドニスは悟られないように今までどおり過ごすからな。母さんもドニスもいいな。」
「「「はい。」」」
そして、いよいよ2月21日がやってきたのだった。
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