第37話 リリアン=フォン=ノルテランド王女
第37話です。
ノルテランド暦1992年5月下旬
《ノルテ城内》
ノルテ城内に兄妹の会話が響く。
「お兄様、今日は珍しく城外に出られたのですか。」
「ああ。父上の名代として公開裁判に出廷してきたよ。」
「いかがでした。」
「まあ、裁判って言っても元から判決が決まっているからね。私は、そこで判決を読み上げただけだよ。それよりも、面白いものを見つけたよ。」
「まあ、なんですの。」
「リリアンが前に言っていた近衛隊の改革。まだ考えているかい。」
「ええ。もちろんですわ。」
「今日の裁判の被害者側に面白い奴がいた。平民なんだけどね、リュングベリの知り合いだそうだ。父は、元騎士爵。」
「元…ですか。」
「ああ、元だ。父はユリウス辺境伯領で領主をしていたそうだが、あまりにも領民に慕われすぎて、ユリウスの不興を買ったらしい。それで、ユリウスの罠に嵌まり奴隷落ちさせられた、とリュングベリが言っていたよ。」
「面白いですわね。今度、会ってみようかしら。」
「一応、リュングベリには話をしておいた。まあ、立場上はリリアンの部下だろう。問題ないと思うよ。」
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ノルテランド暦1992年5月下旬
《王都ノルテ内自宅》
オレたち『自由への翼』は、『血餓狼』の事件が一段落し、小鬼族迷宮踏破のためにヴィッテルへ出発しようかと準備をしていた。
そんなある日、王都警備隊から正式な招待状が届いたのだ。
『王都警備隊』は、文字通り王都を警備する騎士団である。あくまでも、専守防衛が基本であり、攻撃を主体とする第一騎士団、第二騎士団とは一線を画している。
オレたちは、王都警備隊第一大隊隊長であるリュングベリさんの好意で、普段から訓練などに参加させてもらっていた。
また、クー兄のお兄さんも王都警備隊に所属し、自称王国一の弓の使い手である。
オレ自身も、王都警備隊の訓練のお蔭で、つい先日【剣術士】のスキルを取得したのだ。もちろん、クー兄もカンナもお世話になっていた。
王都警備隊とリュングさんには、いくら返しても返しきれないほどの恩を感じており、リュングさんからの要請があればいつでも馳せ参じる気持ちでいた。
そのため、招待状に驚くとともに、不思議にも思えた。
(リュングさんもなんかあったら直接言ってくれれば良いのに。水臭いな。)
オレは、その時そんな風に思ったのだ。
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ノルテランド暦1992年5月下旬
《王都ノルテ内王都警備隊応接室》
オレたちは、その日リュングさんに案内されて、初めて王都警備隊庁舎へ足を踏み入れた。
(リュングさん、あって欲しい人がいるって言っていたけど誰なんだろう。閣下って言っていたけど、偉い人なのかな。)
オレは思わず、クー兄に誰か聞いてみるがクー兄もわからないようだ。
リュングさんに尋ねても、“秘匿事項だ。”の一言で教えてくれない。
入り口で、奴隷のカンナの入庁に難色を示されたが、オレたちが抵抗したのだ。その様子に、リュングさんが執り成してくれて、3人揃って入ることが出来た。カンナは奴隷ではないのだ。
庁舎内をリュングさんに連れられて歩く。すると、一際豪華な絨毯の区画にたどり着いた。
コンッ、コンッ。
リュングさんが、重厚な扉をノックすると、中から室内へ入るように促される。
「失礼いたします。閣下、【冒険者】パーティ『自由への翼』、クーサリオン=イェーガー、ノアシュラン、カンナの3名をお連れしました。」
敬礼をして、部屋に入りリュングさんは報告をした。
「リュングベリ殿、ありがとうございました。」
そこには、にこやかに微笑む女性がいた。
その女性は、金色の髪に緩やかなウェーブの掛かった気品あふれる女性だった。装備を見ると、腰には、黄金、宝石を拵えた直剣の鞘を下げ、高級そうなミスリル製の胸鎧を身に付け、王家の紋章をあしらったマントを羽織っていた。
その優雅さに、オレたちは一瞬息を飲んだ。
「はっ。リリアン王女におかれましては、ご機嫌麗しく存じております。」
リュングさんが最敬礼で応答する。
「リュングベリ殿。この場ではそのような挨拶は要りません。私は、王都警備隊隊長として来ております。ところで、後ろの方々ですね。兄も申しておりました『自由への翼』の方々は。リリアン=フォン=ノルテランドです。はじめまして。」
リリアン王女が述べる。
(閣下!?王女!?王都警備隊隊長!?そんな偉い人なの。そんな人が何のようなんだろう。)
クー兄が、右膝を地面に着け敬礼を取ると、オレもカンナもそれに習った。
「私、王都警備隊隊士エルドレッド=イェーガーが弟【冒険者】クーサリオン=イェーガーと申します。こちらは、同じパーティのノアシュラン並びにカンナです。本日は、仰せにより罷り越しました。リリアン王女におかれましては、ご機嫌麗しく、お喜びを申し上げます。」
クー兄が、完璧な挨拶を見せる。
「ノアシュランです。」「カンナなにょです。」
(おい、カンナ噛んだだろ。)
カンナは真っ赤になって下を向く。
「あらあら。ご丁寧な挨拶ありがとうございます。リュングベリ殿にも申しましたが、今日は王族ではなく、あくまでも隊長として来ております。ですので、そのような堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。さあ、そちらにお掛けください。」
そんな、リリアン王女の言葉に勧められてソファに腰を下ろす。リュングさんは横のイスに腰を下ろした。
(なんだ、この柔らかさ。ふかふかだ。)
カンナもふかふかさせたくて、プルプルしている。
「クーサリオンさん、ノアさん、カンナさん。今日は、急なお呼び立てをして申し訳ありません。また、お越しいただきありがとうございます。」
リリアン王女が挨拶をして、用件を切り出す。
「今日、お呼び立てしました用件なのですが。皆さんは、近衛隊と言うものをご存知ですか。」
誰も応えない。
(確か、リュングさんが、昔、近衛隊にいたって言ってたな。)
「少し説明しようか。私も前国王の近衛隊におったのだ。近衛隊とは主に、王族を守護する部隊のことだ。警備隊や騎士団は、大隊長を頂点として組織されている。私の第一大隊長のようにな。実戦ではそのほうが上意下達がしやすいのでな。だが、王都警備隊長や第一騎士団長などもいるのだ。この職は王族の方々が任に当たられている。戦争や危険な討伐など命の遣り取りのある現場に、王族の方が見ていてくださる。それだけで、我らの士気が上がるのだ。その、王族を直接守護するのだ。まあ、もっとも、戦闘になることはほとんどないので、貴族の次男や三男がほとんどだがな。」
リュングさんが説明をしてくれた。
「それが、私どもとどのような関係が…。」
クー兄がそう応える。
「単刀直入に申し上げます。皆さん、私の近衛隊に入隊いたしませんか。」
「「「えぇっ。」」」
あまりのことに声が洩れる。
「わたくし、最近の近衛隊の在り方に疑問を感じているのです。貴族の息子かは知りませんが、訓練にも参加せず、舞踏会の話しばかり。中には、わたくしの剣に劣る者すらおります。それでは、近衛とはいえないのでしょうか。わたくしはあの者たちと一線を画したいのです。国王とその一族を守る部隊ですから、やはり任務として最低限の技量を求めたいのです。近衛隊を健全なものにしたいのです。」
(この人、凄いこと考えるな。お飾りの隊長なんだから、お飾りの部隊でも問題ないと思うんだけどな。)
「お話しは承りました。しかし、私どもがその中に入っても何か変わるとは思えません。そもそも、平民である我々には近衛隊に入隊する資格はありません。それに、私どもには私どもの、夢があり、目標があります。ですので、お受けすることは難しいと思います。」
クー兄が応える。
「ノアシュラン殿の事情であれば存じております。」
オレは、その瞬間思わずリュングさんを見る。すると、リュングさんは私ではないという様に首を振る。
「リュングベリ殿ではありませんよ。失礼ではあると思いますが、調べさせていただきました。ノアシュラン殿、クーサリオン殿は騎士爵に叙すように、お父さまに申し上げます。家族を取り戻したいのであれば、そうしましょう。カンナ殿も平民の身分にすることを約束します。いかがでしょうか。悪い取引ではないと思いますよ。」
(なんだろう。なんかむかむかするな。やっぱりこの人王族なんだ。人の気持ちなんてあまり考えていないな。それに、オレの家族は物じゃない。取引なんかじゃない。)
「リリアン様。失礼を承知でお伺いさせていただきたい。その近衛の者達ですが、更生を図られましたか。リュングさんは、自らの資産を投じて警備隊養成所に更生施設を設けて、【冒険者】や後の警備隊士を養成しています。中には、浮浪者であったものや愚連隊のような人までいます。みんな、リュングさんの熱意に人柄に動かされ、勉学に武芸に励んでいます。リリアン様は何をされましたか。本気で動かれて、諦めたのですか。オ、いえ、私は自分の夢は人から与えられるものではないと思っています。それでは、手に入れても次の夢がもてません。リリアン様も、近衛を健全化したいという、ご自分の夢があるのであれば、よそから人を引っ張って来るよりも、ご自分で動かれることを考えるべきではないでしょうか。オレの夢はオレの夢、あなたの夢はあなたの夢だ。誰かから与えられるモノではないと思います。」
オレはそう応えた。
(あ~。言っちゃったよ。せっかく家族を取り戻してくれるって言ってたのに。)
見るとリリアン王女は、真っ赤な顔をしてわなわなと怒りに震えているようだった。
「リリアン様。申し上げてもよろしいでしょうか。」
リュングさんが片膝を着いて話しかける。
「リリアン様。リリアン様のお部屋に花を飾られておられませんか。その花はどなたが活けたものですか。姫様が手ずからお摘みなされた花と、そうでない花。どちらが綺麗に思われますか。ノアシュラン殿が、申し上げたのもそのようなことです。彼は、困難な道と困難でない道があった場合、必ず困難な道を選びます。彼のお父上もそういう男でした。私は、そのお父上、ヴォルフガング殿に聞いたことがあります。「なぜ、自分から大変な道を選ぶのか。」と。すると、こう応えました。「困難な道を選んでいるわけではない。達成したとき、より喜びが大きくなるであろう道を選んでいるだけだ。」と。今、ノアシュラン殿が姫様に申し上げたことは、そのようなことです。確かに、優秀な【冒険者】に騎士爵を叙して近衛隊にしてしまえば楽でしょう。ですが、それで達成感はございますか。苦労をして、応援者、味方を増やして近衛の健全化を図るほうが大変です。でも、その分、姫様の喜びは大きくなるはずです。」
リュングさんがリリアン王女にそう諭した。
(さすが、リュングさん。ナイスフォローだ。)
「わかりました。確かに、少々拙速な話しだったかもしれませんね。わたくしはわたくしの努力をしましょう。ノアシュラン殿、失礼いたしました。」
リリアン王女が頭を下げる。
「王女様。頭をお上げください。臣下に頭を下げる必要はありません。」
クー兄が慌てて言う。
「さっきも申しましたよ。今日は、王都警備隊長として来ています。否があれば認めて、頭も下げます。ところで、ノアシュラン殿の夢、わたくしも応援しております。本当に困ったとき、自分ではどうしようもないときはわたしをお頼りください。」
リリアン王女はにっこり微笑みノアに伝えた。
「はっ。ありがたきお言葉。感謝します。先ほどはご無礼の数々ご容赦賜り感謝の言葉もございません。」
クー兄が、代表して答える。
「よいのです。あぁ、それと一つ忘れていました。ノアシュラン殿、今日から、今までと同じヴォルツの名を名乗りなさい。苗字を失った事情は存じております。ですが、これは、父王からも許しを得ています。心配は要りません。よいですね。」
まさに青天の霹靂だった。あまりのことに、オレは言葉を失った。そして、止め処なく涙が溢れた。
「はっ、はい。感謝の言葉もありません。」
オレはうれしさから何度も頭を下げた。
「それでは、わたくしも王城に戻ります。皆さんの今後の活躍も応援していますよ。リュングベリ殿、護衛の者を呼んでください。」
そう言って、颯爽と応接室から去って行った。
「ノア、すまなかったな。リリアン様も悪い人ではないんだが、すぐに結果を求めたがる人なんだ。まあ、自分自身でお飾りだとわかっているから、成果を求めたがるのだと思うんだが。」
リュングベリさんが謝る。
「気にしていないから、大丈夫です。それよりも、苗字を名乗る許可をいただきましたし。」
オレはそう応えた。
「リュングさん、私たちはこれで帰ります。あと、近いうちにヴィッテルへ行こうと思っています。ノアが、王立魔法学校へ入る前に、小鬼族迷宮を踏破したいと思っていますので。また、行く前にはご挨拶に伺います。よろしくお願いします。」
クー兄が、挨拶をしてオレたちは王都警備隊庁舎を後にした。