第31話 カルブンクルス湖討伐騒動②受諾
第31話です。
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ノルテランド暦1992年3月下旬
《王都ノルテ内冒険者ギルド討伐受付カウンター》
ノアたちがカルブンクルス湖に到着した翌日のこと。
その日、冒険者ギルド長官のモネ=フォン=ファイアージンガーは討伐依頼書を探していた。
「無いのう~。外しておいた筈なんじゃが。」
モネ長官は、掲示板、処理ファイル、未処理ファイルと探し回るが見つからないようだ。見かねた職員が声をかける。
「長官、何をお探しですか。言ってくだされば手伝いますよ。」
「そうか。」
モネがほっとするように、職員に告げる。
「あの~、何じゃかったの。あの、酒の美味い村、魔物で寂れた湖の村の討伐依頼あったじゃろ。覚えとらんか。」
そう言って頭を掻く。
「はい、ございました。確かカルブンクルス湖の水蜥蜴討伐依頼でしたよね。あの、経費が報酬並みにかかりそうな。」
職員の一人が相槌を打つ。
「そうじゃ、そうじゃ。まだ、受けた者が居らんかったじゃろ。あれを、探しとるんじゃ。」
そう言って保管庫をひっくり返す。
「討伐依頼の目途でも立ったんですか。それとも、また外すんですか。さすがに、これ以上先送りすると村民の安全が脅かされますよね。」
「ん~、そのどちらでもないんじゃ。ちょっとやばそうでの。水蛟が絡んでそうなんじゃ。個人やパーティ単独じゃ厳しそうなんでな、集団討伐にしてランクを上げて報酬を国庫から出してもらおうと思っての。」
モネ長官へギルドの調査部から報告があったようだ。蜥蜴系の魔物の異常発生には大蛇の影響があるらしい。海蜥蜴には海蛟、土蜥蜴には蟒蛇などの関係らしい。今回も、水蜥蜴の異常発生から水蛟の影響している可能性が極めて高いらしい。
モネがそう言った瞬間、立ち上がった女性がいた。ギルド職員ジョアンナ=アイスナーである。
「長官!私、その依頼処理中です。今、私の手許にあります。」
ジョアンナは泣きそうな顔で説明を始める。
ジョアンナもこれ以上討伐依頼が放置されると村民の生活に支障を来たすと判断して、懇意にしている冒険者に依頼をしたそうだ。
「それで、ジョアンナ女史、誰に依頼をしたのかね。」
モネが尋ねる。
「パーティ『自由への翼』。ノアシュラン、クーサリオン、カンナの3人です。馬車代をギルドで負担して行ってもらいました。」
青ざめた顔でジョアンナが応える。
「新人明けたばかりじゃないか。」「彼らって、まだ10代前半よね。ていうか、まだ【冒険者F】なんじゃないの。」
職員の人たちの囁きがジョアンナの耳に届く。
「ジョアンナ君、彼らは『冒険者E』じゃったな。大蛇討伐は基本『冒険者C』を含む『冒険者D』以上の集団討伐が対象のはずじゃな。」
「は、はい、その通りです。」
ジョアンナが震える声で応える。
モネが指示を飛ばす。
「カーンを呼ぶのじゃ!急げ!」
職員がカーン教官を呼びに走る。
… … 暫くしてカーン教官が討伐受付カウンターに走りこむ。
「カーン、話は聞いているか。」
「ああ。粗方聞いた。急がねば拙いな。ノアもクースもわしの教え子。失いたくない人材だ。」
カーンが応える。
その後、モネからカーン教官へ指示が出た。
「カーン、よいか、ギルド内の『冒険者D』以上の【騎馬】持ちを掻き集めて準備させるのじゃ。必要なら王都警備隊のリュングベリ氏を頼れ。そして、王都内の空いている馬を押さえ、今日中に出発するんじゃ。よいな。」
「畏まりました。準備もあるので失礼いたします。」
カーンは3時間後、【冒険者】をまとめ出発した。それは、ノアたちがカルブンクルス湖畔に到着する前日のことだった。
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到着2日目夜
《カルブンクルス湖畔村ヤヌス村長宅》
意識を回復したオレと『自由への翼』の面々は水蛟の出現について相談するためヤヌス村長の家を訪れていた。
村長の家には『自由への翼』、村長のほかに話を聞いた自警団長、消防団長など村の重役が集まった。
「さて、どなたかこれまでにカルブンクルス湖に水蛟が出るという話を聞いたことはありますか。そもそも、今回の討伐依頼には含まれません。それも含めて相談したい。」
クー兄が尋ねる。
「水蛟だと討伐は受けてもらえんのじゃろうか。到底わしらでは討伐などできん。討伐報酬の増額もあの金額が限界じゃ。だれか出せる者はおるかのう。」
村長が頭を振りながら声を絞り出す。
「これ以上は払えんじゃろ。」「私ももう無理じゃ。」「一体どれほどの討伐報酬を用意すればいいんじゃ。わしらには無理じゃ。」
と口々に否定的な意見を述べる。
「廃村しかないかの。こんな辺鄙なところじゃ、王都騎士団も来てはくれまいて。」
村長は周囲を見回しながら諦めたように肩を落とす。
… … 沈黙が場を支配する。
クー兄が、村の人々の前に歩み出る。
「意見が進みそうもないので、別の方面から話をしましょう。まず、私たちは水蛟をあまり知りません。どなたかご存知ではないですか。」
すると、村の最長老が歩み出る。
「水蛟かどうかはわからんが、大蛇の話をわしは聞いたことがある。じい様がまだ子供じゃった頃にそのじい様に聞いたそうじゃ。ほんに昔のことじゃ。百年も前のこと、カルブンクルス湖には一匹の大蛇が住みついたそうじゃ。村の者が船を出しても大蛇が居っては漁にならん。魚が集まらんのじゃ。そこで、村のもので相談をして酒精の高い酒を樽に入れ、その中に魚を泳がせ湖畔に放置したそうじゃ。そして、大蛇が樽に頭を突っ込み魚と一緒に酒を飲んで酔っ払ったころを見計らって火を放ったそうな。大蛇も頭を火に捲かれながら大暴れしたそうじゃが、とうとう討伐に成功をしたと伝わっておる。」
「そんな話があったような気もするのう。」「わしは知らんのう。」「わしも知っとるぞ。」
みんなの話をクー兄が聞き取りまとめていく。
こういう時のクー兄は本当に頼りになる。横を見るとカンナも難しい顔をしながら頷いているがわかってはいないようだ。
「なるほどね。大蛇は長生きだからね。その子か孫が出てきたのかもね。それに、昔から大蛇退治に酒精の高い酒は付き物だからね。」
クー兄が頷きながら話を続けた。
「村長。この村に樽に入れるほどの酒はあるのか。昔、酒を造っていたと言っていたけど。」
オレが村長に尋ねる。
「無いですじゃ。いや、酒蔵には出荷していない酒が残っているかもしれんが、わからんですじゃ。」
村長がそう応える。
「いえ、あります。」
そう言い切る男がいた。
「村で商店をしていたフンメルスです。村では商売にならないのでもう出荷していませんが、我が家に樽2つ分程度であればあります。今の討伐報酬でやっていただけるのであれば提供します。」
「よいのか。この村の酒は高級酒だったと聞いた。もう生産していないのであれば、尚更貴重なんでは。討伐報酬よりも高価なものかも知れんぞ。」
クー兄が確認をする。
「ええ。貴重ですね。しかし、水蛟さえ討伐できれば、また生産することもできます。再生産したら大蛇も眠らせる酒として宣伝しますよ。」
そうフンメルスは笑って応えた。
「クーサリオン殿、ノア殿、カンナ殿。何卒、何卒。わしらももう年じゃ。この年齢になって余所で新たな生活を始めるのは苦痛じゃ。できれば、ご先祖様の眠るこの地で死を迎えたいのじゃ。」
村長がそう口にする。
「そうじゃ、そうじゃ。」「ここがわしらの家であり、墓場なんじゃ。」
クー兄がオレたちを呼び相談をする。
「さて、ノア、カンナどうする。相当、分の悪い討伐になる。報酬も悪いし、魔物は強い。準備をしても、討伐できるかは半々かな。正直なところ、無理はしたくないが、みんなの意見が聞きたい。」
クー兄がそう説明する。
「オレは引き受けたい。いや、引き受けてあげたい。この村、お年寄りばっかりだ。若いのはみんな出て行ったんだと思う。中には農奴に落ちたのも居たんじゃないかな。討伐さえできれば、家族がみんな一緒に暮らせるんだと思う。家族は一緒がいいんだよ。だから、だから、オレは…。引き受けてあげたい。」
オレはクー兄にそう伝える。
「感情で行動すると大怪我するかもしれないよ。冷静に判断しているか。本当に引き受けていいんだね。」
クー兄がオレに返事をする。
「ああ、勿論だ。オレは父と約束をしているんだ。オレは、水蛟から逃げないし、この討伐を諦めないし、村の人々の期待を裏切らない。」
オレは意を決してクー兄を見上げる。
「わかった。カンナはどうだい。」
クー兄がカンナの方を振り向く。
「ノア様がやるのなら、やるのです。カンナも逃げないのです。」
ぶんぶんと頷きながら話す。
「わかった。引き受けよう。」
クー兄が力強く宣言する。
周囲から、おぉっ!というざわめきが沸き起こる。
こうして、オレたちは水蛟の討伐を引き受けることになった。