第2話 ユリウス辺境伯の罠
第2話です
9/5:大幅改訂しました。
ゴブリン討伐隊出発2日目午後12時頃
《ハーレン村:領主館内》
「父さまたちは、そろそろ東の森に到着したかな。」
オレは字を書くのをやめ、心配そうにドニス兄に問いかけた。
「そうだね。もう退治してるのではないかな。父さまやギリスは強いからね。それに、剣の稽古が始まると分かるんだけど、ダンがとにかく強いんだよ。昔、【冒険者】だったらしくて迷宮とかで魔物退治していたらしいよ。」
ドニス兄は、心配ないという顔でオレに応えた。
母が話を聞いていたようで、
「ノア、ダンも強いけど、ヴォルツ家の従士隊は、前の魔族との戦争で、先代様と一緒に黒魔虎などの魔物を狩りまわって『神虎隊』って言われるほどの活躍をしたのよ。父さまとギリスとダンはその『神虎隊』に所属していたのよ。」
と母が教えてくれた。
「本当?そんなの初めて聞いたよ。」
オレは母を見て返事をする。
「ねえ、ドニス兄は知ってた?帰ってきたらその話しを聞いてみようよ。」
ドニス兄を見る。
「私もはじめて聞いたよ。帰ったら聞きたいな。でも、そのために、字を書く稽古を終わらせないとな。」
ドニス兄はオレに向かってそう微笑む。
「そうよ、早く終わらせてお昼ご飯にしましょうね。」
母も追従する。
「みんなひどいよ。」
オレは半べそをかきながら字の書き取りを再開した。
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同じ頃
《ハーレン村:東の森街道沿い》
「ヴォル様!敵襲です。」
従士の一人が叫ぶ。
「向かい討て!」「逃げろ!」「矢をよけろ!」「ゴブリンメイジもいるぞ!」
さまざまな声が入り混じる。
『落ち着け!!』
ヴォルの一喝が響き渡る。
『自警団は3人一組を組め。剣士2人に弓1人だ。決してこちらから討って出るな!入ってきた敵のみを各個撃破せよ。個々では決して戦うなよ。あいにく、ここの道は狭い。いっぺんに攻め込んで来れないので、1組で1人の敵と戦えばよい。弓は2人が敵と切り結んでる後ろから、メイジとアーチャーを狙え!よいな!!』
『従士隊!!馬は無事か。従士隊は私と共に騎馬で弱くなっているところを狙って突撃を繰り返せ!!こちらも3人一組だ。ミハイルとユーリは私と共に来い!!ギリス!!ダンとギドは任せるぞ!!神虎隊と言われた力を見せてやれ!!狙うのは、ホブゴブリンだ!!行くぞ!!』
ホブゴブリンに率いられた、ゴブリンの集団は強い。50体以上の集団を相手にするには【冒険者D】ランクのパーティが複数で討伐するほどだ。
いかにヴォル、ギリス、ダンが『神虎隊』だったとはいえ、自警団の多くは新兵卒である。初陣の者すらいる。魔物のほうが数が多くこのままでは総力戦となると従士隊の誰もが考えていた。
しかし、【弓士】にゴブリンメイジやゴブリンアーチャーを狙わせたことが奏功して、敵からの遠距離攻撃が目に見えて減ってきた。もともと数も少なかったようだ。そして、ホブゴブリンもかなり討ち取った。
だが、混戦になっている自警団の戦いはまだまだ続いている。
周りを見渡すと、自警団の面々に負傷者が見え始めた。ジョシュも左手に大怪我を負い、片手で剣を振るっている。その死角をルカがカバーしている。二人は【狩人】で【弓士】だが矢が尽きたようだ。
(このままでは、重傷者どころか死者が出るな。なんで、私は治癒士を連れてこなかったんだ。商人の言うことを真に受けて、自己判断を怠った報いか。)
戦場にヴォルの叫ぶ声が響く。
『負傷したものは戦場を離脱しろ!!人数が減った組み同士で、3人組を組みなおせ!!急げ!!』
続けて
『ギリスっ!!ダンっ!ギドっ!聞こえるかっ!』
「「「おうっ!!!」」」
『このままでは、総力戦で押し込まれかねん。今、押し返さねば、重傷者どころか死者が出るやも知れぬ。ホブゴブリンは残り1体。あいつさえ倒せば、ゴブリンは烏合の衆。必ず瓦解する。ミハイル、ユーリと私で血路を開く。お主らはあやつの首を挙げてまいれ!!よいな!!』
「お館様!!危険すぎます!!」
ヴォルがギリスの声に応える。
『案ずるな。私には【英霊の祝福】がある。問答はこれまでっ!!行くぞ!!』
ヴォルの隊が決死の攻勢をかける。
「お館様に続け!!敵の首を挙げるぞ!!お館様を死なせるな!!」
ギリス、ダン、ギドが続く。
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ゴブリン討伐体出発3日目夕方
《ハーレン村領主館内》
外から大勢の足音が聞こえる。オレとドニス兄は、父さまの帰宅に喜んで玄関へ駆け出した。
「「父さま、おかえりなさい。」」
すると
「アンナ!!治癒士を呼べ!!」
父が怒鳴り込んできた。
(なんだ。何があったんだ。)
あまりのことに、オレたちは固まって動けなかった。
「自警団の奴らの多くが負傷した。治癒士を連れて行かなかったのは私のミスだ。頼む、すぐにモリーを読んで来てくれ。」
父は鎧をはずしながら、アンナに言う。
動きの止まったオレたちは、母と父を見ているだけだった。
「ドニス!大至急、モリーばあさんを読んできて!ノア!あなたはお湯を沸かして、母さんの手伝いをして!!」
母に言われ、はっとする。オレはやかんを取りに走り出した。
「大丈夫よ。モリーが治癒してくれるわ。」
ヴォルに話しかける。アンナはこんなに落ち込むヴォルを初めて見た。
モリーも合流し、治癒が続く。
(どうやら死者はいないようだわ)
母は安堵の色を浮かべた。
「ヴォル坊や。治癒はしたが、何人かは手足の一部を失った。今後、農業はできん。跡継ぎのいるところは隠居して何とかなるが、若い奴らのところは、お前さんが今後の収入の道を考えてやるんじゃな。」
モリーばあさんはヴォルに話しかけた。
「くっ。分かっている。私はもう坊ではない。」
「くっ、くっ、くっ。お前はいつまでもヴォル坊じゃよ。」
言い残してモリーばあさんは帰っていった。
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ゴブリン討伐体出発3日目夕方
《ユリウス辺境伯:居城》
「ゲオル!!失敗とはどういうことじゃ。ことの次第によってはお主の首は胴体からさよならすることになるぞ!!」
怒りに満ちた表情を浮かべユリウスは、ゲオルを怒鳴りつけた。
(なんと!!たった30名でホブゴブリン率いる50名の集団を凌ぎ切ったか。『神虎隊』の二つ名は伊達ではないということか。)
ゲオルはヴォルたちの強さに思わず唸らずにはいられなかった。
「むぅ。さようでございますか。」
「さようでごさいますか、ではない。たわけものが。このままでは、少数で魔物の軍団を撃破した英雄ではないか。あの者の領民への人気がわしの執政の邪魔をしていることが分からんのか。愚か者が!この不始末どうしてくれよう。死をもって償ってもらうか。」
ユリウスの怒りは収まらない。
「ユリウス様。私は次の一手を用意してあると申し上げたことをお忘れですか。」
ゲオルは慇懃な笑みを浮かべ応じた。
「どうせ、たいした策ではないのであろう。此度も、お主の献策どおりにやってあの様よ。まあ、今一度、機会をやろう。ただし、二度目はないぞ。申してみよ。」
ユリウスは鷹揚に応える。
「はっ。ありがとうございます。この策は、万が一ゴブリンの群れを撃破したときのために用意した策です。」
ゲオルがにやりと笑みを浮かべた。
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ゴブリン討伐体出発3日目夜
《ハーレン村領主館》
「ヴォルフガング=ヴォルツはおるか。上意である。玄関を開けよ。」リウス辺境伯より使者としてゲオルが来訪する。
従士頭のギリスが急いで玄関を開け、使者を招き入れる。
時をおかずにヴォルは使者の前に現れ、片膝をつき臣下の礼をとる。
「ゲオル様。わざわざハーレン村までご足労を賜りまことにありがとうございます。ユリウス辺境伯様からの上意、謹んで受け賜ります。」
「うむ。ユリウス辺境伯よりの上意である。心して聞け。明朝7時より隊を率いて辺境伯領北部の森へ赴き、魔物の索敵および討伐を命じる。期間は10日間とする。よいな。」
ゲオルがヴォルに告げる。
(明日からだと。無理だ。今日の討伐で軍備も糧食も足りない。)
「上意の使者、ありがとうございました。しかし、明朝は準備の関係で間に合わぬ可能性がございます。もうしばし猶予を賜ることはできませんでしょうか。」
ヴォルガ要請をする。
「猶予は罷りならん。北部の森の現状をお主も知っておろう。最早、一刻の猶予もないのだ。準備と申すが、普段から備蓄、準備は領主の責務。ハーレン村でも準備はあるだろうて。」
ゲオルはそう告げる。
「お言葉なれど、ゲオル様。われら、先刻まで東の森にてホブゴブリン率いる50体以上の集団の討伐をしており、軍備も糧食も足りませぬ。また、従士も自警団も疲労の色が濃く、ご期待の成果を望むこともできそうにありません。」
ヴォルはさらに懇願する。
「ふむ。しかし、ハーレン村からそのような報告はなかったと思うがの。大規模な討伐は、反逆の準備ともとられかねんので、事前に報告をしておく義務があったのをお忘れか。そのような報告があれば、此度の上意も考慮の余地があったかと思うが、報告なき場合は上位に従ってもらわねば困るな。」
ゲオルは卑屈な笑みを浮かべてヴォルに告げる。
「確かに、報告を怠ったのは私の失政かもしれません。その、謗りは甘んじてお受けいたしましょう。しかし、討伐に出ていたのは事実。糧食もその際使用しており、矢などの在庫も足りておりません。」
頭を下げなおも現状を訴える。
「それは容易に想像がつく。しかし、軍備や糧食は購入すればよいではないか。辺境伯領内の魔物の討伐は、お主だけでなく全ての配下の者たちが行うべき責務。それを断ることは、辺境伯様へ弓を引くことと同じぞ。もし、そのように申し伝えたいのであれば、誠意を見せてもよいのではないか。誠意さえ見せれば、おぬしの訴えを聞き入れるのも吝かではないぞ。」
厭らしい笑いを浮かべながらゲオルは応じる。
(誠意って賄賂のことか。今回の褒美もまだ出せていないのに金庫を減らすわけにはいかんな。)
「申し訳ありません。誠意と申されましても、討伐の恩賞などを支給してしまい、すでに貯えなどもありません。大変心苦しいのですが、辺境伯様にはよしなにお伝えいただきたい。」
ヴォルはゲオルに頭を下げる。
ゲオルはあからさまにつまらなそうな表情を浮かべる。
「分かり申した。辺境伯様にはそのように申し伝えましょう。しかし、上意に対する不履行の罪、心しておくがよい。」
ゲオルは顔をゆがめて立ち去った。
「よろしいのですか。多少の袖の下であれば用意できように。」
ギリスが問いてきた。
「心配なかろう。何度かこのような申し出を断ったことがあるが、城館でほかの領主の前で謝罪をすればすむことだ。それに、此度の討伐の恩賞もまだ出していないのに、金庫の中を減らせるか。」
ヴォルが笑って応える。
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ゴブリン討伐体出発3日目夜
《ユリウス辺境伯:居城》
「ゲオル、どうだった。断ってきたか。」
ユリウスがほくそ笑みつつ、ゲオルに問う。
「さようでございます。これで狙い通り、処分できますな。罪状は度重なる上意への不服従です。ひっ、ひっ、ひっ。」
ゲオルは、いつものように慇懃に笑った。
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翌朝
《ハーレン村領主館》
「ヴォルフガング=ヴォルツ、出でよ。」
と、辺境伯領警備隊隊長が玄関扉をたたきながら叫ぶ。
「何事ですかな。」
従士頭ギリスが対応に出る。
すると、警備隊長がギリスの前に進み出て一枚の書状を渡し内容を伝える。
「ヴォルフガング=ヴォルツに逮捕状が出ておる。罪名は、上意への不服従および辺境伯領様への反逆罪だ。隠し立てするとお主の身のためにならんぞ。さっさと出せ!!」
警備隊長の怒鳴り声が、居室内まで響いた。
「あなた、大丈夫ですか。」
アンナやノニ、ドニスが心配そうな顔を向ける。
「そんな心配するな。昨日、上意の使者であるゲオル様に賄賂を渡さなかったから、辺境伯様に悪し様に報告されたのだろう。辺境伯様に申し開きをすれば分かってもらえるさ。」
と言って、父は警備隊長と出て行った。
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午後
《ユリウス辺境伯:城館》
ヴォルはユリウス辺境伯の前に引き出され吟味を受けている。
「申し開きを聞こう、ヴォルフガングよ。」
ユリウスがヴォルに声をかける。
「はっ。われら、従士隊および自警団は、昨日までゴブリン討伐に出「そのようなことは分かっておる。」
つまらなそうな顔をしてユリウスが話を遮った。
いつもと違う雰囲気に驚きヴォルが顔を上げる。
「そのような理由を聞いているのではない。よいか。辺境伯領の魔物の討伐は、配下である騎士爵の責務。全ての騎士爵が持ち回りで行う謂わば税である。なぜ、その税を断るのだと聞いておるのだ。」
ユリウスが冷たい目をしてヴォルに問う。
「はっ。上意を拒否しているのではございません。辺境伯様。できれば猶予を頂きたいとゲオル様にお伝えしたのでございます。」
頭を下げ、ヴォルが申し開きを行う。
「ふむ。そちはいつもそうだ。わしの言うとおりに上意を受けた例がない。もはや、愛想が尽きたわ。ゲオル、人頭税の未払いはどのような処罰が適当か応えよ。この者にも教えてやれ。」
ユリウスはにやりと笑い、ゲオルに問いた。
「はっ。人頭税の未払いは奴隷落ちが適当でございます。」
ゲオルも口角を上げてにやりと笑った。
「お待ちください!辺境伯様!われらの持ち回りの順番を変えていただければ、出兵することもできるのです。ご配慮を!何卒、ご配慮を!!」
ヴォルが必死になって頭を下げる。
「黙れっ。お主の上意不服従は此度だけではないと先ほども申したであろう。いつも、いつも、謝罪で済むとわしのことを見くびりおって。ほかの者もそなたに追従する始末。見せしめじゃ。かといって、奴隷商に売り下げるわけにはいかんしな。農奴としてわしの領内で使ってやろう。家族も一緒に使ってやる。感謝しろよ。吟味は以上じゃ。ゲオル、あとはお主がやっておけ。よいな。はっ、はっ、はっ。」
満足そうな笑い声を上げてユリウスは居室へ下がって行った。
ゲオルが慇懃な笑みを浮かべ、恭しく頭を下げた。
(あの様子では、最初から取り潰す気だったのか。私のせいで、アンナ、ドニス、ノアすまない。従士のものにもすまないことをしてしまった。)
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