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ノアの冒険譚 成り上がり人生記(仮)  作者: 世迷言言
第三章 迷宮探訪とカンナ登場
37/156

幕間 父の憂鬱

幕間です。

その白髪混じりの男は珍しく深酒をしていた。


男の名は、ダレル=フォン=シュミット。爵位は男爵。ノルテランド国王アーノルド陛下の信任篤く、男爵の身でありながら勅令により王国地図作成の任に就いている。


そんな有能な男が苦悩に喘ぎ、暖炉にともる炎の前で、命の水ウィスキーを煽ぐように飲み干していく。


「ほぅぅ~。」


吐き出す溜め息の深さと、酒の匂いがその男の苦悩の深さを表していた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


彼の悩みの種は、次男のヤンガーである。


長男アーヴィンは王立魔法学校を主席で卒業後【薬術士】の道に進んだ。その後も精励恪勤せいれいかっきんして、今では【宮廷薬術士】となった。数多くの論文を著し、シュミット男爵家の跡取りとして申し分ないと言えるだろう。それどころか、陞爵して子爵、伯爵も有り得るほどの実績を上げている。


長女ビルギットも王立魔法学校を卒業した。特に【魔術師聖】に秀でいたため、【治癒士】の道に進んだ。地道な活動により【治癒士】として確固たる地位を築き、今では『シュミット家の向日葵』と称えられている。まさに桃李成蹊とうりせいけい、その人柄を慕い博学多才な人々が集まっている。


ところがヤンガーは、王立魔法学校に2年連続で不合格だった。そして、何を思ったか【冒険者】になると言い出した。ところが、新人研修合宿も初日で帰ってきた。本人曰く、「貴族を蔑ろにする合宿など参加できない。」

結局、我が家の従士の子らを連れて出て行った。その後、戻ったときに迷宮を踏破するには獣人の奴隷が必要だと言って、母に金を無心して出て行きおった。わしには何の挨拶もせずに。


ヤンガーは、わしの正妻の子ではない。妾の子だ。正妻が存命中は、妾も大人しく、わしに従順であった。しかし、あれが病気で逝去してから、徐々に金遣いが粗くなっていき、あまつさえわしの後継にまで口出しをしてくるようになった。そのため、わしはヤンガーを手許から遠ざける様になっていった。


しかし、それがいけなかったようだ。兄や姉にした貴族としての教育を行うことができなかった。貴族は貴族であるから偉いのではない。貴族として、他の人々よりも多くの責を負い、模範となるような行いをするから偉いのだ。それが、高貴な血ノーブルオブリエージュなのであり、『blue blood is no guarantee of any particular merit, competence, or expertise』(高貴な生まれだからと言って賞賛すべきだとか有能だとか経験を積んでいることにはならない。)ということなのだ。


そして、わしは国王陛下から地図作成の任を受けた。わしは自宅と疎遠になり、妾と時々帰ってくるヤンガーしかいなくなってしまった。その結果、妾はヤンガーを甘やかし、ますます、増長することになった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


そんな頃だった。ヴィッテルの冒険者ギルドから警告書が届いた。


『警告書 ヤンガー=フォン=シュミットに対し、冒険者ギルド規約違反について以下の点を警告する。 ①奴隷に対する規約違反 ②他冒険者に対する規約違反 ヴィッテル冒険者ギルド支部長フリッツ=アイゼンバッハ』

という内容だった。


わしは、ヤンガーを呼び出し子細を問うた。


じゃが、あやつは「奴隷のくせに俺の言うとおり働かない。」「平民のくせに俺の邪魔をする。」などと言って、非を認めようとせんかった。


わしはその時、初めてあやつを叱責した。しかし、やつ自身はどう思ったのか。何も言わず次の日には、屋敷を出て行った。


あやつの母親は、厳しく叱責したわしに文句を言いおった。母として甘やかすことしかできない女だったが、貴族としての心構えもない女だった。正直、わしもいけなかったのだが。


それから3ヵ月後、ギルド長官のモネ=フォン=ファイアージンガーから決闘騒動の顛末を聞いた。11歳の子どもに18歳が決闘を吹っかけて負けたらしい。それどころか、誓約すら反故にしようとして冒険者ギルドからも反感を買ったようだ。


ヤンガーには蟄居ちっきょを申し渡す書簡を送った。もし、破った場合は貴族籍を除籍する。


それから10日後、ヤンガーは帰宅した。その晩、あれの母親が狂ったようにわしに怒鳴り込んできたが、家宰に言って取り次がせなかった。家宰相手に1時間近くわめき散らして部屋に戻って行った。


わしは、それだけの覚悟を決めて申し付けたのだ。母の手助けなしに、あの根性なしでは、万が一にも破ることはないだろう。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


そして昨日、わしはくだんの【冒険者】に会った。旧知でもある、王都警備隊のリュングベリ=フォン=シュナイダーが謝罪の場を設けてくれたのだ。


「ふうぅ~。」

グラスに並々と注がれた命の水ウィスキーを飲み干す。


やはり、わしは息子の教育を誤ったようだ。


その【冒険者】ノアシュランは、とても11歳とは思えない受け答えをして見せた。わしの謝罪を受入れてくれた上、気にしていないとも言ってくれた。


そして、なんと廃爵されたヴォルフガング=ヴォルツの息子でもあった。ヴォルフガング殿とは面識があったが、武骨ながら質実剛健の気持ちのいい男であった。その息子であるノアシュランは、聡明にして将来性を感じさせる面構えをしていた。


「ヴォルツ家の家名復興を目指している。」そう言い切った、少年の目には微塵の迷いも感じられなかった。思わず、応援すると申し出てしまう気概、気迫を感じた。


あの聡明さ、奴隷に対する思いやり、気迫の10分の1でいいから、ヤンガーが感じ取ってくれれば、そう思わざるを得なかった。


もし、家名復興がならなければ、わしが上奏して新たな爵位を、とも思うほどの人材だが、そうはならないだろう。近い将来、誰もがノアシュランという名を聞く様になる筈だ。


リュングベリの話しでは王立魔法学校に通うそうだ。貴族の推薦は、すでにモネ=フォン=ファイアージンガー、リュングベリ=フォン=シュナイダーが決まっているようだが、わしも連署させてもらうことにした。


彼は、王国にとって貴重な人材になる。ノルテランド王国建国以来、貴族で【冒険者】だった者は数多くいた。国王で【冒険者】もいたほどだ。


だが、【冒険者】で貴族は数が少ない。少ないが確かにいた。歴史上の人物ではあるが王立魔法学校を創設したシュティフィ=フォン=シェリングもその一人だ。


わしはノアシュランに同じ可能性を感じた。彼は一介の【冒険者】で終わる男ではない。リュングベリも同じように感じていたはずだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


わしは改めて、ヤンガーの再教育の決意をした。地図作成の任に同行させる。それは、あやつにとってかなり厳しい仕事になる。じゃが、それをやり遂げることができた時、貴族として恥ずかしくない男になるはずだ。さすれば、ノアシュラン殿と対等の友誼を結べるはずだ。


わしは、そう意を決して残った命の水ウィスキーを飲み干した。

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