第26話 オレたちは仲間だ
第26話
ノルテランド暦1992年2月中旬
《迷宮都市ヴィッテル内冒険者ギルド応接室》
決闘を終えたオレたちは、応接室に呼ばれ、そこでしばらく待つように言われた。
20分ほど待っただろうか、徐にドアが開き、審判をしてくれたギルドの職員、続いて奴隷の少女、最後に見知らぬ男性が入ってきた。
「ノアシュラン君、クーサリオン君。お待たせして申し訳ありません。私、当ギルドの職員でカールと申します。そして、こちらが奴隷商のオラフ=カルツさんです。」
そう言って、奴隷商を紹介する。
オレとクー兄が立ち上がる。
「よろしくお願いします。私はクーサリオン。こちらはノアシュランです。クースにノアとお呼びください。」
クー兄はそう言って、カルツさんと握手を交わした。
カールさんが少女をオレたちの前に押し出す。
「ノアシュラン様、カンナと申すのです。よろしくお願いしますのです。何でもするのです。壁でもいいのです。野宿でもいいのです。捨てないで欲しいのです。ノアシュラン様のお傍にいさせて欲しいのです。もうあんな生活はいやなのです。」
そう言って、カンナはオレに懇願する。
クー兄は、優しくカンナの頭をなでる。
「オレのことはノアでいい。彼は、クースだ。それに、オレもクースも君を奴隷とは考えていないから。一緒の宿に泊まろう。そして、一緒に【冒険者】として活動しよう。オレたちは仲間だ。将来、奴隷から解放したら好きなとこへ行ってもいいから、それまでは、本当に申し訳ないけど、身分だけはオレの奴隷でいてくれ。本当に解放できなくてすまない。」
オレはそう言って、カンナに頭を下げて謝罪をする。
そんなオレをカンナは驚いたように見詰めていた。
「さてと。では、ノアさん、いいですかな。」
奴隷商のカルツさんがオレに声をかける。
彼の手には、1枚の誓約書が握られている。
「この誓約書にサインをいただければ手続きが完了します。その前に奴隷の3戒をご説明いたします。」
奴隷3戒とは、奴隷に対してのルールのことだ。要約すると以下のようになる。
①故意に奴隷の命を奪うような行為をしてはいけない。
②奴隷には仕事を与えなければいけない。
③奴隷に対しては賃金を支払わなければいけない。
「奴隷3戒了承しました。サインをします。」
オレは、そう言って誓約書にサインをした。
「それでは、所有権の移転手続きはこれにて完了です。あ、そうだ。ノアさん、彼女の人頭税ですが、基本的に4月1日時点での所有権を持っているものが負担することになります。あと1ヶ月ほどで納税時期を迎えます。女性ですので大金貨1枚相当です。忘れずにご負担をお願いします。結構な額になりますが、新人のあなたたちに用意はできますか。できないと彼女は4月1日でさらに扱いのひどい場所へ売却されることになります。用意できないのであれば、結果的には以前の所有者のほうが彼女にとって幸せだったとなり兼ねません。その辺は大丈夫ですか。」
カルツさんがそう尋ねる。
「カルツさん。心配には及びません。彼らは、新人ですが近年希に見る活躍をしています。すでに小鬼族迷宮では魔物部屋をいくつも突破しています。実は、私も期待している【冒険者】たちです。」
そうカールさんがカルツさんに話をする。
「そうですか。それなら大丈夫そうですね。皆さんの今後のご活躍を期待しております。また、奴隷が必要になった際にはお声がけをお願いいたします。」
そう言って、カルツさんは部屋を出て行った。
オレたちはカールさんに、改めてお礼をする。
「それでは、パーティとして話をしないといけないこともあると思いますので、この部屋はそのままご利用ください。カギもお渡ししておきますので、帰るときは施錠をしてギルドカウンターにカギをお渡しください。」
カールさんも退出する。
その後、オレたちは話し合いを行い、カンナのSTOPをした。
カンナ(Lv4)…獣人族(犬人種)女13歳
武器…ショートソード
防具…革鎧・皮盾
その他…【戦奴】
種族スキル【猛獣咆哮】、【盾士】【隠密中】【斥候中】
「カンナ、【斥候】を持ってるんだ。凄いな。あと、【猛獣咆哮】って知らないな。」
オレはカンナに尋ねる。
「【猛獣咆哮】は獣人の種族スキルなのです。自分よりレベルの低い相手を威圧して、恐怖で動きを封じるのです。【斥候】は犬人種ならたいてい持っているスキルなのです。」
「えっ。じゃあ、魔物部屋で、その【猛獣咆哮】を使えば、低レベルのゴブリンやコボルトは動けなくなるの。そんなことできれば、討伐とか凄く楽になるんじゃない。しかも、【斥候】まで持ってる。凄いよ。クー兄どうかな。」
オレはクー兄に話しを振る。
「そうだね。こんな有能な子なのに、ヤンガーは活用しなかったんだ。カンナ、聞いてもいいかな。ヤンガーのときは何で【猛獣咆哮】や【斥候】を使わなかったんだい。」
「はい、クース様なのです。ヤンガー様は、ワタシに話をさせてくれなかったのです。薄汚い奴隷のくせに話すなと、仰ったのです。いつも、お前は壁だからオレの言うとおりにしていればいいんだと仰っていたのです。」
「やっぱり、あいつは愚か者だよ。こんな、役に立つ子がいながら利用しないなんて。それに、カンナ。あの愚か者に様なんてつけなくていい。ヤンガーもしくは愚か者と呼べばいい。」
オレはカンナにそう言う。
「ワタシは役に立つのですか。ワタシは馬鹿で小汚い役立たずではないのですか。」
カンナはそう言う。
「いいや違う。いいか、カンナよく聞いて。人はね、みんな役立たずになんかならないんだ。もちろん、【冒険者】に向いている人、【商人】に向いている人、色々いる。でも、絶対に役に立つ場があるんだ。それは、私たちエルフや君たち獣人でも一緒だよ。そのことを忘れちゃダメだよ。」
クー兄がカンナにそう言った。
「はいです。ありがとうございますなのです。」
うれしそうにカンナは尻尾を振っていた。
「さて、カンナの役割だけど、基本【斥候】でいいよね。それに【盾士】を持っているから【槍士】の取得を目指そうか。【槍術士】と【盾士】が取れると【槍術盾士】になれるからね。」
クー兄がそう言う。
「わかったよ。装備なんだけど、たしかクー兄の火炎槍って使ってないよね。オレの円盾も使っていないから、あと強皮鎧をウィレムさんに作ってもらおうか。」
オレがクー兄に提案する。
「そうだな。防具の強化は必須だよね。火炎槍も使いこなしてもらおう。」
「あの~です。そんなに良い物はいらないのです。余りモノでいいのです。」
カンナが心配そうにこちらを見て言う。
「ダメだ。」
オレが言う。
「カンナ、さっきも言ったよね。私たちは仲間だろう。パーティだろう。みんなで助け合って討伐をこなすんだよ。私たちは仲間の危機には決して逃げない、諦めない、裏切らない。カンナもそれだけは約束して欲しい。だから、武器も防具もみんなで揃える。一人でも弱い装備のままだと、そこが穴になって致命傷につながるんだ。まさに、蟻の一穴になってしまうんだよ。装備だけじゃない。討伐の報酬もみんなで分けるよ。他に、友人なんか誘って行くときもいた人数で分割するんだよ。気持ちもみんなで一つになるんだ。これは、私たちみたいに弱いものが生き残っていくために大切なことなんだ。忘れちゃいけないよ。私たちは仲間だからね。」
クー兄がそう言って諭す。
そんな話をしているとギルド職員のカールさんが応接室に駆け込んできた。
「皆さん、急いで食堂へ来てください。」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
《迷宮都市ヴィッテル内冒険者ギルド食堂》
食堂は大騒ぎになっていた。
なんせ、たった11歳の小僧が貴族に決闘で勝ったのだ。それも、何もさせずに圧勝。
その決闘を肴に飲み始めた【冒険者】たちが、早く小僧を連れて来いと大騒ぎになっていたのだ。
オレたちが、食堂に顔を出すと
「来たぞ!」「小僧に乾杯!」
と盛り上がっている。
「何でもいいので、挨拶をしてください。今のままでは収拾がつかないので。みんな、騒ぐネタが欲しいだけだから、挨拶さえしてしまえば落ち着きますので。」
オレたちは職員にそういわれて困ってしまった。
結局、オレたちは他の【冒険者】の前に引っ張り出され挨拶を行った。
【冒険者】の中にはオレのように農奴の次男や元奴隷も多くいるので、オレの行為は彼らの賞賛に値したらしい。
ヤンガーの行いは以前から目に余るものだったので、誰かが止めるべきだったのだが、彼の父であるシュミット男爵は国王からの信任厚い貴族だったので、誰も口出せなかったそうだ。
フリッツ=アイゼンバッハ支部長も今回の経緯を顛末書にまとめ、シュミット男爵とモネギルド長官、さらにギルドを統括する民部卿あてにすでに発送したと、職員の方から聞かされた。
ヤンガーよりも先に手を打つ必要があるそうだ。
オレは、迷惑をかけたことを詫び、その旨を支部長に伝えてもらうように職員にお願いをしてギルドを後にした。