第25話 横暴貴族に鉄槌を
第25話です。
ノルテランド暦1992年2月中旬
《迷宮都市ヴィッテル内冒険者ギルド》
『この役立たずがっ!!』
オレとクー兄が、迷宮探索から戻ったある日冒険者ギルド内に怒鳴り声が響き渡った。
『貴様のせいでいつもいつも・・・。』
そう言って、男、ヤンガー=フォン=シュミットは獣人の少女を殴り飛ばす。
周囲に人だかりが出来るが誰も止めに入らない。それどころか、奴隷相手だからだろうか、従者ですら見て見ぬ振りだ。
(なぜ誰も止めないんだ。奴隷だからか。あの子がオレだった可能性もあるんだ。そんな理不尽なことを許せるか。)
「おい、お前いい加減にしろ。」
オレはそう言って、少女を助け起こす。
「また、貴様らか。これは俺の持ち物だ。どうしようと俺の勝手だ。放っといて貰おうか。」
そう言って、少女の髪を引っ張って連れて行こうとする。
(許せない。オレはこいつが許せない。)
「確かに、あなたの奴隷かもしれない。でも、こんな衆目に晒されるような場所で殴ったり、怒鳴りつけたりするのは、それ相応の理由があるんですよね。あなたの、貴族としての体面をも問われるような行為ですよ。」
クー兄が蔑むような目つきでヤンガーを見下ろす。
「貴様には関係ない。だが、敢えて教えてやろう。我がパーティはこいつが壁役として力量が不足しているせいで討伐を失敗することが多いのだ。今日も魔物部屋で失敗し、地下3層まですらいけないのだ。すべては、こいつのせいだ。そのことを教え込むには、衆人の前で叱咤激励するしかないのだ。」
ヤンガーは偉そうに話す。
「おいおい、魔物部屋の討伐失敗も地下3階より下にいけないのも、お前の実力不足だろう。いや、“僕ちゃん”のせいだろう。“僕ちゃん”だから、そんなこともわかんないんだよね。」
そう言って、オレは挑発をした。
「ぐぬっ。貴様、貴族を愚弄する気か。」
青筋を立てたヤンガーが叫ぶ。
「愚弄って。“僕ちゃん”にわかるように話してやるよ。迷宮の探索は一人の力でどうにかなるもんじゃない。どうせ、“僕ちゃん”は壁の後ろで何にもしてないんだろ。その子のせいじゃなくて、“僕ちゃん”のせいじゃないのか。」
オレは挑発を続ける。
「そうだ、そうだ、小僧よく言った。」「自分のせいを人のせいにするなよ、貴族様。」「どうせ、口だけだろ貴族なんて。」
周囲もそう言って囃し立てる。
ヤンガーの身が怒りで震える。
(おいおい、目が血走ってるよ。大丈夫か。)
獣人の奴隷の子を見ると、オレとヤンガーの間でオロオロと狼狽ている。
ヤンガーはいきなり鞘から剣を抜きオレに向かって叫ぶ。
「貴様!数々の暴言捨て置けぬ。そこまで言うなら決闘だ。勝負しろ。そこの職員、貴様が審判役だ。」
そんな様子を見てクー兄もオレの傍に寄って来る。
「ほう。貴族の若様は11歳の少年に決闘を申し込むものですか。」
オレの傍に来たクー兄も挑発する。
『黙れ!まずは小僧だ。次は貴様も相手してやる。小僧!貴様が負けたら一生俺の奴隷だ。いいな。剣を抜け!』
顔を真っ赤にし、口から泡を飛ばしながら喚き散らす。
(おいおい、部屋ん中でやるつもりかよ。怒りで我を忘れてるな。)
「こんな場所でやんのかよ。それに、オレが勝ったときの条件を聞いてないだろ。お前、決闘って知ってんのか。」
さらに怒らせるために、オレは頭を振ってみせる。
『ぐぬっ。貴様!これ以上舐めたことを言えないようにしてやる。裏の教練所に来い!貴様が勝ったらなんでも言うことを聞いてやる。条件はそれでいいだろう。』
ヤンガーは近くのイスを蹴り飛ばしながらオレに怒鳴りつける。
「まあ、それでもいいか。その条件でやってやる。」
オレは偉そうに鷹揚に応じた。
オレはたくさんのギャラリーを引き連れて裏の教練所へ向かった。その後ろ、所在無げに奴隷の子も着いて来た。
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《迷宮都市ヴィッテル内冒険者ギルド教練所》
「少年、がんばれよ。」「あの貴族前から偉そうでむかつくんだよ。」
オレが引き連れてきたギャラリーが口々に声をかけていく。ヤンガーは奴隷に対する態度や普段の言動からギルド内でも嫌われていたようだ。
『さあ、剣を抜け!』
「おい、その前に誓約書だろ。お前、負けても約束を反故にしそうだしな。審判さん、申し訳ないけど誓約書の作成をお願いします。」
オレが、審判の職員に頼む。
「強制力を持つ決闘の誓約書は金貨2枚となっていますがよろしいでしょうか。」
審判がそう説明する。
「構いません。貴族様は、討伐に失敗したそうなので、オレが払います。」
そうヤンガーに向かってにやりと笑い、金貨を渡す。
「貴様。どこまでも俺を愚弄しやがって。奴隷だけじゃ飽き足らん。八つ裂きにしてくれる。」
ヤンガーは地団駄を踏んで悔しがる。
「八つ裂きもいいけど、さっさと書け。ほらよ。」
オレはそう言って、自分のサインを済ませヤンガーに誓約書を渡す。
「さっさと誓約書を遣せ。これでいいな。」
オレに続きヤンガーもサインを済ませる。
「ノア、大丈夫か。」
クー兄が心配そうに話しかける。
「問題ないよ。それに、あんなに怒っちゃだめだよね。オレはあの子を足蹴にするあの男が許せない。一歩間違えるとあそこにいるのはオレやイルやカクスだったのかもしれない。はらわた煮えくり返るようだよ。でもね、『心は熱く、頭は冷静に』じゃないとね。」
オレはクー兄にそう返す。
グラディウスを手に、両手剣を構えるヤンガーに向き合う。
(あ~あ。あんなに目が血走ってるよ。鼻息も荒いね。突っ込んできて、剣を振り下ろすってところかな。しかも、両手剣だよ。自分の力じゃ満足に振れないだろうに。構えも隙だらけだよ。貴族様だから剣だけ持って、壁の後ろで高みの見物を決め込んでたんだろうな。そんなんじゃ、力はつかないよね。でも、あの両手剣高価そうだな。ミスリル合金じゃないかな。)
そんなことを考えていると、
「始め。」
審判であるギルド職員の声が響いた。
向き合った途端、ヤンガーは両手剣を上段から力任せに叩き込んできた。
(やっぱりね。怒って頭に血が上って、力任せに我武者羅に切り込んできたよ。)
オレは、冷静にかわす。するとヤンガーは剣の重さに引き摺られて体勢を崩す。
(隙あり。わき腹への回し蹴りいただき。)
オレは右わき腹目掛けて回し蹴りを入れる。ヤンガーは尻餅をつきながら後ろに転げる。オレは、ヤンガーが立ち上がる前に駆け寄り首にグラディウスを突きつける。
「ほら、やっぱり“僕ちゃん”は弱いじゃん。」
オレはヤンガーに言った。
「くそっ。油断しただけだ、油断さえしなければ、貴様などに負けはせん。油断に漬け込む卑怯者め。」
ヤンガーは悪態をつく。
「次は私がやりましょうか。ただし、私は蹴りなんかしないですよ。遠慮なく斬らせて頂きますけどね。どうしますか。」
クー兄が近づいてきてヤンガーを睨みつける。
「くそっ。俺の負けでいい。」
そう言ってヤンガーが項垂れる。
そんな肩を落とし項垂れるヤンガーを見て、普段から嫌っていた【冒険者】たちが騒ぐ。
「いいぞ、少年。」「ざまあみろ、クソ貴族。」「いい気味だ、口だけ大将。」
「さて、約束だ。オレの言うことを聞いてもらおうか。」
オレは静かに語りかける。
「なんだ。金か。金だろ。貧乏人は金が好きだからな。」
そう言って、オレを小馬鹿にしたように話す。
「金はいらん。あの、奴隷の少女、彼女の解放がオレの要求だ。」
そうオレが言い放つ。
その瞬間、奴隷の少女の目に涙がたまる。
「ふざけんな。そんなことを認めることが出来るわけないだろう。馬鹿も休み休みに言え。」
ヤンガーがそう応える。
「いえ、馬鹿なことではないですよ。誓約書にもオレの要望は何でも応じると書いてありますよ。誓約書に嘘を書くのは貴族として如何なものかと思いますよ。まあ、この誓約書は強制力があるので破れば貴族籍の剥奪も覚悟してもらいますけどね。」
オレはそう続ける。
「そうだ、そうだ。」「貴族なのに嘘をつく気か。」「ふざけんな、馬鹿野郎。」
とギャラリーも騒ぎ立てる。
「くっ、くっ、く。さて、オレの要望はさっきも言ったとおり彼女の解放だ。どうする、貴族様。」
そう、畳み掛ける。
「くっ。なんでもやるといったが、あいつの解放は金貨10枚だ。これは国で決まっていることだ。金貨と解放の両方を対価にするのは貴様の方こそ契約違反だろ。金貨10枚だったらくれてやる。」
とヤンガーがにやりと笑って嘯く。
少女は絶望の様相を見せる。
(くそ。そんな逃れ方があったか。どうする。彼女を何とか助けてあげたい。自由にしてあげたい。そうだ。)
「いや。金貨は要らない。では、オレの要望は彼女を貰うことにしよう。彼女の所有権をオレに変更してもらおうか。」
オレは、要望を変えた。
「な、に。くそっ。そんなことできるか。」
ヤンガーは突っぱねようとする。
「できますよ。今からギルドのカウンターへ行って、所有権を書き換えればいいだけです。この要望は受入れて貰えますよね。解放はオレが自分でします。審判のかたもそれで問題ないですよね。」
オレは審判に確認をする。
「問題ありません。所有権の書き換えは当ギルド指定の奴隷商で出来るのですぐに用意できます。解放については奴隷商では出来ませんので、後日王都ノルテでお願いします。」
そう応える。
(よし。この要望なら通せるぞ。)
少女の顔に笑顔が咲き誇る。そして、目から大粒の涙が零れる。
「いいぞ、少年。よく言った。」「よっしゃ、祝杯だ。坊主も飲め。ただし、果実水な。」「貴族、ざまあみろ。」
奴隷の少女の解放をオレが口にすると、ギルド中の人々が大騒ぎになった。
基本的に低年齢層の奴隷を連れているのは貴族で低ランクな【冒険者】がほとんどだ。同じ貴族であってもランクの高い有能な【冒険者】は奴隷ではなく、力のあるもの同士でパーティを組む場合がほとんどだ。また、奴隷を買うにしても大人の役に立つ値段の高い奴隷を買う。だから、奴隷を優遇したりはしないが使い潰さないように大切に扱うのだ。低年齢(10代)の獣人の安い奴隷を買い、殺してしまってもいいからと壁役に使っていたヤンガーはみんなから嫌われていたのだ。
そこへ、冒険者ギルドヴィッテル支部長フリッツ=アイゼンバッハが騒ぎを聞きつけ出てきた。
「騒がしいな。何事だ。誰か事情を説明してくれ。」
ギルドの職員が事情を説明する。
「そうかそんなことがあったか。いや、ぜひ見たかったね。君がノアシュラン君か。君の噂は職員たちやカーンからも聞いているよ。がんばっているみたいだね。その調子でがんばってくれたまえ。そして、君がシュミット男爵のご子息か。あまり、お父上の評判を落とすようなことはしないほうがいい。他のご兄弟もそれぞれの分野でご活躍をされて、焦る気持ちはわからんでもないが、君の行いはあまりにも貴族精神に悖る。正直、現状が続くようでは【冒険者】としての今後も保障できない。そのことを肝に銘じておきなさい。」
そう支部長がオレとヤンガーを諭した。
「支部長、決闘の要求はどうしましょうか。」
審判役だった職員が尋ねる。
「私からの要望は特にないが結論は出ているんだろう。」
支部長はそう言って誓約書を読む。
「ふむ。ノアシュラン君の要望は妥当なものと認める。ヤンガー=フォン=シュミットは奴隷カンナの所有権を放棄しノアシュランへ、本日中に変更するものとする。なお、当誓約書を反故する場合は、ノアシュランは罰則金白金貨10枚、ヤンガー=フォン=シュミットは貴族籍を剥奪するものとする。以上である。一同、解散せよ。」
そう支部長が宣言をして決闘騒ぎは幕を閉じた。
こうして、オレは奴隷である獣人カンナを手に入れることになった。
パーティに新たな仲間が加わります。




