幕間 ルイーゼという名の女
ルイーゼさんについてです。
俺の名前はルイーゼ。獣人の【冒険者D】だ。ちなみに女だ。
主に、王都から各地へ向かう商会の馬車の護衛を請け負っている。ギルドを通じて請け負うこともあるし、なじみの商会から直接頼まれることもある。
そんな俺が、依頼を受ける条件は金じゃない。女の俺は男も要らない。
俺が依頼を受ける条件、それは『食事つき』か否かだ。
何を馬鹿なと思っているだろう。しかしこれはとても重要なことなのだ。
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俺は、獣人の子としてこのノルテランド王国、北端の火竜山脈のそばで生まれ育った。俺が、8歳になったとき、流行り病で父と母と死に別れた。それから流浪の生活を送り始めた、だから、戸籍に載ることもなかった。
俺が、ガキの頃思っていたこと。それは『腹一杯食べる』ことだ。生きることは食べることだった。
俺は、食べるために何でもした。盗み、たかり、略奪。地元の悪がきどもを集め、本当に食べるために何でもしていたんだ。そして、わずか10歳で商会の用心棒になった。獣人であった俺は膂力に優れていたから、喧嘩で負けなしだった。そんな、俺に目を付けたマージ商会のヒルブラント会長に誘われ、用心棒を務めるようになった。
「君のその腕力はまさに神が与えた才能だ。我々には無いものだ。その力を我々の商会のために貸してくれないか。」
そんな言葉に騙されてしまったのだ。いや、俺には見えていなかったんだと思う。初めて、生まれて初めて俺を認めてくれたヒルブラントの言葉に、「この人はわかっている人だ。俺を理解してくれる人だ。」そう思い込んでしまった。喜んでしまったんだ。俺が、暴力を振るえば振るうほど、何でもご馳走してくれた。
そして、『腹一杯食える』ようになった。
それから、俺はヒルブラントに認められたい、その一心で言われるままに仕事をこなした。
しかし、それが間違いだった。俺を誘ってくれた商会が取り扱っていたものは盗品だった。しかも、貧しい者が必死に溜め込んだ食糧や、生きるために領主の目を盗み命を賭して集めた人頭税をも手にかけた。マージ商会は盗賊団だった。
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それからどれくらいが経っただろう。
だんだん、俺の心は荒んでいき、人を殴ることに何も感じられなくなった頃、マージ商会は王都警備隊の一斉検挙を受けた。
その時、出会った男が俺の人生を変えてくれたんだ。
“捕まりたくない。ヒルブラントを、俺の理解者を守るんだ。”
そう思った俺はヒルブラントを庇いながら王都警備隊と渡り合った。何度も剣戟を避け、迫り来る隊士を殴り飛ばした。
そんな俺の前に立ちふさがったのがリュングベリだ。彼の剣にはまったく隙がなかった。とてもかなわないとも思った。でも、ヒルブラントを守るために戦った。
その時だった。必死に守っていたヒルブラントが、俺をリュングベリに向かって突き飛ばし、独りで逃げ出したのだ。
“裏切られた。”
俺は、信頼し必死に仕えていた男に裏切られたのだ。散々俺を持ち上げ、誉めていたのは俺をコマとして見ていただけだったのだ。理解などしていなかった。
俺を囮にして逃げ出したヒルブラントはエルフの【弓士】の弓に倒れた。
そんな奴を見て俺はただ呆然としていた。そして、膝からその場に崩れ落ちた。もう、抵抗することも出来なかった。
そして、俺はリュングベリに逮捕された。
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裁判にかけられた俺は「杖刑10回」が求刑された。杖刑とは杖で叩く刑だ。普通、杖刑3回で皮膚が裂ける。5回で意識を失う。10回も叩けばほとんどの者が死に到る。そんな刑罰だ。
どうやら、俺に殴られたことのある者の身内が関係者にいたらしい。想像以上に重い刑が求刑された。そして、関係者が裁判をする以上その刑は確定する。
俺は、正直死を覚悟した。まあ、ろくでもない人生だったんだ、ここで閉じてもしょうがない。
人を殴るのも『腹一杯食べる』ためにしょうがない。盗むのも、攫うのも、奪うのもみんな『腹一杯食べる』ためにしょうがなかったんだ。死んでしまうのもしょうがない。そう思った。
しかし、その時、敢然として求刑に反発した男がいた。リュングベリだった。
「私は、その者を逮捕した王都警備隊第一大隊第三小隊長リュングベリ=フォン=シュナイダーである。その者は、未だ悪ではない。ヒルブラントに裏切られたその者の心は啼いていた。それは、逮捕されることにではない。信じていた者に裏切られたことによってであった。その者は、ただ、生きる方法を誤った。それは、その者のみの罪ではない。幼子の心により添えなかった、我々の罪である。よって、その者には杖刑1回と王都警備隊養成所更生施設による更生を求めたい。」
周囲がざわめく。法廷の求刑に逮捕した者が異を唱えたのでる。前代未聞のことであった。
結局、俺は『杖刑2回および王都警備隊養成所による更生』の判決を受けた。
リュングベリは真の貴族だったのだ。幼い俺が用心棒であったことを憐れんだわけじゃない。ただ、ひたすらに心が成長していないと言って、叱ってくれたのだ。こうして俺は、王都警備隊で更生教育を受けるようになった。
しかし、それでも俺は素直にリュングベリの言うことを聞き入れることが出来なかった。
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王都警備隊では、朝6時に起床し、掃除を行い朝食をする。午前は座学だった。文字を書けない俺はこれが面倒だった。午後は昼食後、剣と弓を習った。この更生施設に入っているものは、【冒険者】や【傭兵】としてしか生きていけない者ばかりだ。みな、必死に剣を振るった。夜は、座学の復習をして寝るだけだった。
しかし、俺はただ単に『腹一杯食いたい』がためにそこにいた。
誰も信じられなくなっていた俺は、何度もリュングベリに迷惑をかけた。脱走をしたことも一度や二度じゃない。喧嘩もした。その度に、連れ戻された。そしてリュングベリは喧嘩相手に俺と一緒に頭を下げた。
そんなリュングベリを見ていると、自分自身が惨めになった。嫌になった。そして、ある日聞いたのだ。
「なぜ、そんなに俺を庇う。俺なんか見捨てたほうが楽ではないのか」
彼は、こう言った。
「今まで見捨てられてきた分、俺が精一杯見守ってやる。正しい道がわかるまで、いつまでも付き合ってやる。お前とはじめて向かい合ったとき、あの男に見捨てられたあの姿が忘れられないんだ。私は、お前が人を信じられるまで見捨てない。そう決めたんだ。そして、お前にも人を信じられない者を助けることが出来るような大人になって欲しいんだ。」
その日から、俺はリュングベリの期待に応えられるように取り組み始めた。勉強もやった。周りの人とも打ち解けるようにがんばった。
すると、周りの人々が変わり始めた。みんな、とても優しかった。親切だった。俺が、原因だったと言うことを知った。
そして、俺は変わることが出来た。
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15歳になった俺は【冒険者】になった。
【冒険者】になった俺は必死に依頼をこなした。パーティに入って、討伐すること覚えた。ジョアンナという友も出来た。
そして、【冒険者】になって稼ぐようになり、自分で自由に飯が食えるようになった。
そんな、自力で稼ぐようになったある日、俺はリュングベリを食事に招待した。
今までの感謝をこめて、精一杯の謝辞を述べた。そんな、リュングベリの目からは一筋の涙が零れた。
そして、彼はこう言った。
「今日、お前はようやく一人の人として生きることが出来るようになった。しかし、まだ、啼いている子たちは大勢いる。先輩としてその者たちに役立てる行き方を探しなさい。そこまで、お前は出来ると私は思っている。本当の優しさを知っているお前ならな。」
私は、それからも【冒険者】を続け、数年後から地方の農奴の次男以下の子を引き取り依頼を年に1度受けるようにした。その1年目に出会ったのが、ノアシュランだ。
あの子は人と違う。初めて、言葉を交わしたときそう思った。そして、これからもこの子の成長を見ていきたい、そう思った。
これが、ノアシュランと出会うまでの俺だ。大して面白い話ではなかっただろう。そう言って、ルイーゼは笑った。
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