第12話 魔力開眼
第12話になります。
9/15:一部改訂を行いました。
森羅万象この世の万物には理という物がある。
『水は高きから低きへ流れ』『光は闇を生み闇は光を生み出す』のである。
魔素の力を借りて万物の理を超えた力を放つ者。その者を【魔術師】と言う。
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ノルテランド暦1991年9月3日
《王都ノルテ冒険者ギルド内教練所》
オレは意識を丹田に集める。体中を流れる血液から魔素を濾し取るイメージを強める。濾し取った魔素を指先に集め、呪文を詠唱する。
「われに宿りし魔素よ。呼びかけに応えよ。灯明。」
…。…。…。何も起こらない。
「灯明!灯明!灯明!」
(ダメだ。何も起こらない。クー兄はエルフだからもともと魔法の素養が高いけど。オレには才能がないんだよ。)
「無理。何にも起こらない。やっぱり素質がないんだよ。」
と愚痴る。
「ずいぶん諦めが早いですね。吾輩は、君には【魔術師】の素質があると確信していますよ。あのゴブリンロード討伐のとき、君を包んだ光はまさしく魔素です。そうでないと、説明できません。」
メガネをかけた気難しそうな男性がオレに話しかける。
オレに話しかける彼はツァラトゥストラ、冒険者ギルドの魔術教官だ。オレたちはラトゥ教官と呼んでいる。
何で、魔術の研修なんか受けているのかと言うと、ゴブリンロード討伐を成功したオレは一躍時の人となった。そして助け出されたアービンが、ギルドへの報告書に“オレが光を纏い、その光を剣に宿して討伐に成功した”と書いてしまったのだ。
ラトゥ教官は報告書を見るや否や【魔術師】の素質があるから研修を受けるようにと、オレに説得に来たのだ。
当初は断っていたオレも、ラトゥ教官の熱心さとクー兄がエルフで魔術の素養があり一緒に研修を受けたいと言うので、クー兄と一緒ならという条件で研修受講の要請を受諾した。
魔術研修は、才能が認められない限り【冒険者】として2年以上経過しないと受講できないんだと後で知った。クー兄はチャンスと思ったらしい。
それから3日間の研修日が過ぎた。オレには何も起こらない。
クー兄はさすがにエルフである。エルフは生まれながらにして、風と水の属性を持っているので、研修を始めてすぐに【魔術師風Lv1】【魔術師水Lv1】を手に入れた。また、属性不問の【生活魔法Lv1】も順調に修めた。
魔術には属性と言うものがある。火・水・風・土・雷・聖である。それぞれの属性には力を司る神(属性神)がおり、貯めた魔素を現実の事象として具現化するのに力を貸してもらうのである。
それぞれの属性神は
火属性…サラマンダー:放熱と吸熱により火魔法と氷魔法を操る。
水属性…ウンディーネ:水魔法を操る。
風属性…シルフィード:風魔法を操る。
土属性…ノーム:土魔法を操る。
雷属性…トール:雷魔法を操る。
聖属性…ジブリール:聖属性を司り、治癒魔法と聖魔法を操る。
と言う。
ちなみに生活魔法とは、各属性を生活に反映させるため無属性化した魔法である。レベルが上がると、建物なども生成できるらしい。
【生活魔法Lv1】で出来ることは、灯明、着火、水生成、清潔(体をきれいにする)、治癒力向上だ。
オレが使おうとしていた「灯明」も光を生成する生活魔法だ。
できなかったけど。素質がないから。
「いいですか、ノア君。君はまず魔素を感じ取りなさい。空気中を漂う魔素を体は常に取り込んでいます。取り込んだ魔素が血流の中に溶け込んでいるイメージを持ちなさい。そして丹田でそれを濾し取り、左の掌に貯めるのです。まずは、丹田に意識を集中しなさい。」
もう何時間経っただろう。今日、何度目だろう。オレは疲労から脱力し、朦朧としながら丹田に意識を集中した。
「えっ。あれっ。感じる。なにかわからないけど、何かを感じる。ぐるぐると蠢いているのを感じる。凄く力のある何かだ。」と呟く。
「そうです。それが魔素です。ノア君は今、【魔術師】としての入り口に立ったのです。さあ、灯明を唱えてみなさい。」
「われに宿りし魔素よ。呼びかけに応えよ。灯明。」
左の掌から光が漏れる。
(そうか、指先ではなく手のひら全体に魔素を溜め込むイメージが大事なんだ。)
クー兄をみるとうれしそうに親指を立てている。
「素晴らしい、素晴らしいですよ、ノア君!普通、どんな優秀な【魔術師】でも魔素の力を感じ取れるようになるだけでも1週間は掛かります。それが、初期の生活魔法とはいえ発動できるなんて。まさに天資英邁。これから、訓練をつめば素っ晴らしい【魔術師】になる可能性がありますよぅぅ!!」
とラトゥ教官は興奮気味にまくし立てる。
(素晴らしいって言うけどさ…。まだ、生活魔法しかしてないんだよね。だから、オレ何の属性かもわかんないんだよね。クー兄なんか、水弾丸や風弾丸も放てるのに。)
「ノア君、次は明後日ですね。その日は属性判定を行います。それによって属性が判別しますよ。明日は、依頼を受ける日でしょう。大変だと思いますが、しっかり休んで来てください。クース君、君は討伐で少しずつ魔法を使ってみてください。いいですね。」
とラトゥ教官が言う。
「「わかりました。ありがとうございました。」」
そう言ってオレたちは家路についた。
「クー兄、属性の判別って何したの。」
と気になったことを聞く。
「やってないよ。私はエルフだからね。判別しなくても、風と水しか持っていないのさ。まあ、今から気にしてもしょうがないよ。今日はゆっくり休もうよ。」
そう言っているうちに宿についた。
「わかった。じゃあ明日ね。」
そう言ってオレは自分の部屋に入った。
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ノルテランド暦1991年9月4日
《王都ノルテ内冒険者ギルドカウンター》
翌朝、ギルドへ行くとカーン教官が楽しそうにジョアンナさんと話をしている。
「おっす。聞いたぞ、ノア。ラトゥのやつが興奮してたぞ。」
と楽しそうに話を振ってくる。
(何のことだ。オレ、ラトゥ教官に何かしたんだっけ。)
「オレなんか拙いことをしましたか。」
「お前、わずか3日間で魔素の流れを感じ取って、灯明まで使ったらしいじゃないか。あの『吾輩ラトゥ』が興奮したのを見るのは初めてだったぞ。わしもお前にそんな【魔術師】の素養があるとは思わなかった。」
とカーン教官は面白そうに話した。
「あら、私は思ってたわよ。冒険者登録のときも言ったけど、MPが最初からかなりあったのよ。素質は充分だと思ったわ。ただ、少し生意気な話し方でとっつきづらかったから、ツァラトゥストラ教官の指導に耐えられるかだけが心配だったわ。」
とジョアンナさん。
「そりゃぁ、そうだったな。わしが指導したときも平民相手に喧嘩吹っかけてたもんな。わぁ~っ、はっ、はっ、はっ。」
(あの頃は、王都に出た翌日で何もわからず、ただ嘗められないようにしてたもんな。)
「いつ頃かしらね。そうね、リュングベリ隊長とお会いした頃かしら。ずいぶんと丁寧な話し方をするようになったわね。」
「リュングベリ隊長か。王都警備隊一の人格者だな。貴族なのに偉ぶらず、わしらとも同じ目線に立って話してくださる。ギルドからの要請も以前の隊長はいやいや派遣していたけど、彼は全力で応じてくださる。わしもあの方の前でだけは、背筋が伸びる。うん。」
とかしこまってカーン教官がうなずく。
(リュングさんは、言葉遣いとか、態度とか厳しいんだよな。オレも何回教育を受けたことか。ぶるっ、ぶるっ。)
「ゴブリンロードを倒して、魔術が発動するような新人の子は、私が職員になって初めてよ。あなたもいろんな人に期待されていることを自覚しなさい。」
「そうだな。わしも少なからずお前さんには期待しとる。」
とカーン教官も応じる。
「そうよ。あなたのご家族もあなたには期待しているはずよ。そうでなければ、【冒険者】なんかにはさせないわよ。私も期待しているわよ。それに、ルイーゼ、リュングベリさん、ツァラトゥストラ教官。同期のイルやカクスたち、もちろんクースもよ。彼なんて、刃蟷螂の後に会って話をしたら、『ノアは、私とは見ている先が違う。同期とはいえ、他人のためにあそこまで必死になれるのは上に立つ覚悟や資格のあるものだけだ』って言ってたわよ。」
(ここに来てまだ半年なのにこんなにいろんな人に出会って、期待されるようになったんだ。)
「それはそうと、ノア君。誕生日おめでとう。今日は、それを祝うために、カーンと待ってたのよ。」
(そうか、毎日必死だったからそんなことも忘れてたよ。)
「ありがとう。毎日、必死だったからさ。すっかり忘れてたよ。」
ちょっと照れるオレ。
「まぁ、誕生日プレゼントをどうしようかと思ったんだが、実用的なものがいいと思ってな。回復薬セットをやろう。」
とカーン教官。
「私からは本よ。あなた、地方出身で教育を受けていないから王国の政治と経済の初級読本よ。」
とジョアンナさんも本を取り出す。
「お二人ともいいんですか。しかも、本なんか高価なのに。」
印刷技術のないこの国では、本はすべて手書きする。そのためとても高価なんだ。
そこへクー兄もやって来る。
「なんだ、みんな誕生日知ってたんだ。プレゼント用意したのは私だけだと思ってたんだが。」
そう言ってクー兄は1枚のコインを取り出す。見たことのないコインだ。
「これは、エルフの谷への通行を許可するコインだ。エルフの谷は強力な幻惑の魔法で守られていて、普通の人々では近寄ることも出来ないようになっているんだ。このコインを持っているものだけが魔法の影響力から逃れ、谷を訪れることが出来るようになる。私たちエルフにとって真の友にしか渡していない大切なコインだ。絶対に失くさないでくれよ。」
(クー兄、そんなにオレのことを信頼してくれているんだ。)
思わず笑顔がこぼれる。
「みんな、ありがとう。オレ、みんなの期待を絶対に裏切らないよ。」
そう言って頭を下げた。
みんなも笑顔だ。
「じゃあ、今日も討伐をがんばって、明日の魔術の研修に備えようか。」
クー兄はそう言って、オレと討伐に出かけた。
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