番外編 隠れん坊
「めぐが鬼だー」
「じゅうかぞえろよー」
「にーげーろー」
鬼と呼ばれた少年は木に手をついて数を数え始めました。
「いち、に、さん、し、ご、ろく、……」
少年は目を閉じながら知っていました。瞼の暗闇の先には誰もいないことを。
少年は気づいていました。公園の出入り口に向かう足音を。
少年はわかっていました。嗚呼、いつものお遊びだ、と。
(ウソつき……)
少年は知りたくも、気づきたくも、わかりたくもなかったので、目を開けたくありませんでした。だから数を数えません。
(みたくない……)
誰も居ない公園。独り残された鬼。終わらない隠れん坊。
(みたくないよ……)
最初は必死に探していました。
最初は飽きたのだろうと思いました。
最初は出来心だと思いました。
しかし、違うのです。暗くなるまで鬼は探し、見つからず、途方に暮れ家路に向かったところ聞いてしまったのです。それは温かな夕飯の湯気が立ち上る、ほんのわずかな隙間からでした。
メグノヤツ、マダサガシテルカナ。
アシタモカラカッテヤロウゼ。
ボクタチカクレテイタノニ、サキニカエッテシマウナンテ、ハクジョウモノダッテ。
どこかへ電話をしているのでしょう。一方的な隠れ子の会話でした。
街灯がぽつりと少年を照らします。明かりの中に居れば暗闇は見えません。とても心地よい空間だと少年は気づきます。
少年は周囲が暗闇に満たされた空間を好きになりました。目を閉じるとそれはいつも傍にある、少年にとって初めての秘密基地でした。安堵から頬に温かいものが伝います。
少年は幾分か気分が落ち着いてきたので、目を開けて帰ろうと思いました。『じゅう』まで数えても誰も聞いていないのです。誰も居ないのです。
その矢先でした。
「めぐみちゃん、つぎは『しち』だよ」
声が聞こえました。思わず目を開けてしまって声の主を探します。声は木の上に居た少女からでした。
「い……いつから?」
「さーや、おりれなくなってないよ。ちゃんとおりれるよ。こまってないから」
「お、おとなのひとよんでくる」
「だめ! かずかぞえおわらないと鬼はうごいちゃいけないんだよ!」
「え? ええ!? でも、あの」
「ほら、さーやもいっしょにいてかぞえてあげる。せーの、しち!」
「し、ち」
「「はち」」
「「きゅう」」
「「じゅう」」
おしまい。
○月×日(△)はれ
きょうは、さーやちゃんとあそんだよ。木にのぼったさーやちゃんはおりれなくて、おとなのひとをよんで、おりれたよ。
まだいっしょにいたかったから、さーやちゃんのふくつかんだら、おこられたよ。いっしょにいるってむずかしいね。
先生から一言 大人の人をよんでえらいね!