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障害は蹴り飛ばす

 金に近い黄色のドレスの君、シャンミール姫は高貴な身分の人物らしい。

 そんな高嶺の花ともいえる存在が山賊のような風体の連中に追い掛け回され、命を狙われる。

 これは明らかに政争のようなものが絡んでいると見ていいだろう。

 げんに従者の金髪青年も悪の地方貴族の罠がどうたら、といっていた。


 政争で人を殺す時に選択すべき、もっとも確実な手段は何か。

 報復を恐れ一族だけでなく、仕えている者やその関係者まで皆殺しだ。

 死人に口なし。

 

 家族を殺された、仕える主を殺された、権力の座から引き摺り下ろされた。

 そんな恨みを持つ連中は皆まとめて墓の中、暴力的で強引だけど一番効果的だろう、と俺は思う。


「……テメェ」

「なにとぞ!お願い申し上げます、シャンミール姫はご両親こそお亡くなりになりましたが王族の方との婚約もなされております!

 ですので、今この場を切り抜け王都までたどり着くことが出来れば、アナタ様にも多大な恩を返すことができるのです!」


 またしても青年の長い説明が切羽詰った声で挟まってくる。

 つまりこうだ、一人で五人全部を相手取るのは難しい。

 だがもし、善意の協力者が現れ五人のうちの少しでも受け持ち時間を稼いでくれたら、脱出の隙が出来るかも。

 そんな風に考えたのだろう、実に合理的だと思う。





「わぁっはっは!兄ちゃん、見事に巻き込まれちまったな!」

「本当ですよ…俺達って耳が聞こえないんですけど、今の話聞こえなかったんで見逃してもらえません?」

「バッチリ聞こえてるじゃねーか!…わりいけどこれも契約なんだ、すまんね」


 青年越しに会話していた髭の大将が大剣を構えたのがわかった。

 一斉に飛びかかってくるつもりなのだろう、追従するように他の連中も武器を手にすり足で距離を詰め始めてきた。

 

 姫を背中に右前方へ眼を向けると、両手にナイフを持った身軽そうな男が一人。

 顔には嗜虐的な笑みが浮かんでいる事から命乞いの類は無駄そうだ。


 左前方には短槍と言うのだろうか?

 男の身長の半分ほどしかないような、俺の中の槍のイメージよりも一回り小さい槍を持って、穂先を俺のほうへと向けている。

 ちらちらと視線がアイリに向いているが、その顔はどちらかというと罪悪感のようなものが浮かんでいるのが見て取れた。


 さてどうする、どうする…どうすれば良いんだ?

 頭の中で思考はぐるぐると渦を巻き始める、たったの一秒から二秒の短い間に二人で逃げる事や皆殺しか…俺達が殺されるか、さもなくば姫と従者を犠牲に助かるか。

 様々なビジョンが頭に浮かんではきえていく。



「コウタ様、いかがしますか?」


 



 気がつけば、俺は掌に汗をぐっしょりとかいていたらしい。

 どこまでいっても冷静なアイリの言葉に我に返り、長いこと止めていたような錯覚を感じる呼吸を吐き出すと、そちらを見る。

 

 褐色の肌はこの程度の出来事など動じるに値しないと言わんばかりに呼吸一つ乱れていない。

 ロングのコートは恐怖という感情など知らないかのように裾を垂らしている。

 灰の髪はアイリの美しさをひきたてるように吹き抜ける風で揺らめいていく。

 

 その風に乗って、すぐ傍の俺にはクドすぎない甘い香りが届いてくる。

 昨日寄り添いあうようにして眠った時に強く感じた、あの香りだ。

 まるで俺の全てを肯定してくれるかのような魔性を感じると、途端に俺の心は静かになっていく。





 よし、信じよう。

 アイリの戦闘力は友人である「アイツ」と作り上げた中でもトップクラスだったじゃないか。

 彼女より強いキャラクターなんて、数えるほどしかいない…いける、大丈夫だ、根拠はある。

 だって、アイリという女性がこの俺の隣に実在しているんだから!


「アイリ、俺とオマエは無傷で生き残る、相手は殺したり過度に傷つける事はするな、そして一人も逃がすな」

「はい…全てはコウタ様の御意思のままに」


「やれっ!手間取るんじゃねぇぞ!!!!」




 彼女が、アイリが典雅に一礼をして見せるのと、大将の号令に従ってナイフと短槍が突撃してくるのは殆ど同じタイミングだ。

 思えばナイフと短槍は何か叫んでいたように感じる…いや、どうだっただろう?

 俺はアイリを信頼して彼女だけをジッと見ていたので、何と叫んでいたか、そも本当に声をあげていたのかは覚えていない。




 そこからの彼女は圧倒的だった。

 飛びかかってくる二人の男のうち、場なれしていない雰囲気のある短槍の男の方へと手を伸ばすと、まるで力など篭っていないかのような振る舞いで槍を奪い取る。

 するり、と擬音でも出てきそうなほどあっさりと武器を奪い取ったアイリは、短槍の男の頭を柄の部分で横から強打。

 意識を刈り取られたであろう男が崩れ落ちるよりも早く、身体を捻って振り返ると

 俺まであと数歩という距離まで近づいていた男の喉元を石突で突く。

 男自身が前進していたこともあって、その勢いは凄まじかったのだろう。

 


「申し訳ありません、アナタ方ではコウタ様に害成す行いは許されていないんですよ」



 一瞬で呼吸を止めると、激痛と酸素を求めるようにパクパクと口を動かす男の喉の辺りを今度はとんっ、と突き込んだ。

 それだけ、たったそれだけの動作で俺達二人…姫も合わせると三人の命を奪おうとしていた男たちは、地面に倒れこんで動かなくなった。

 勿論死んではいない、アイリから眼を離して二人の方を見ると胸が上下をしている…。



「すっげぇ…やっぱアイリすっげぇ」


 

 大人の男二人をあっという間にのした、にも関わらず呼吸一つ乱さず立ち尽くし

 青年の方を見るアイリに習って俺もそちらを見る。


 彼もまたアイリほど鮮やかとまではいかないが手馴れたもので、一人が地面に倒れ伏して胸元を強く抑えている。

 地面からは赤い体液が溢れ、地面に赤い水溜りを形成していくが、その勢いは酷く緩く穏やかだ。

 恐らく、戦闘能力を奪うことだけを優先とした一撃は命を奪うに至らなかったのだろう。

  

 初めて見る大量の血、それは普段生活していて出血した時とは比べ物にならない量だ。

 バケツの中身をそのままひっくり返したような液体は俺の背中に蟲が這い回るような、嫌な感覚。

 

 しかしそれを感じていられるのも束の間、従者が倒し損ねた二人のうち大将の方がぐいぐいと距離をつめていく。

 残りの一人…あの馬車の車輪を不思議な手段で破壊したローブ姿は、逆に彼らから数歩後退。

 手にもった杖を地面につきたて、またあの不思議な異音を発生させようとしていた。


「クソ!さっさとケリをつけて治療だ、手遅れになる前に片付けるぞ!」

「ふー………そうだ、焦れ焦れ…このままだと血の失いすぎて死んでしまうかもしれないな」


 いや、これどっちが悪役なのか少しわかんなくなってきたよ?

 確かに戦い方としては正しいかもしれないけど、従者の方はこれで良いのか!


「コウタ様、あちらは?」

「え、あ…あぁ頼む、えっと…あの人の治療もしないといけないから、意識は残しておいてあげて」

「…お言葉ですが、あの程度の傷なら私が」

「そっか、じゃあ軽く意識を奪う程度で…すぐ起きるくらいでいいよ…こっちも無傷で頼んだ」

「はい…あの、口答えして申し訳ありません……」

「そんな!大丈夫さ…むしろちゃんと教えてくれて助かったよ、これからも何かあったら頼んだ!」

「………はい!!」



 ぱぁっ!と花の咲くような明るい笑顔で頷いたアイリは、表情を殺し………

 て、いるように見えてその実、にまにまとした顔で男たちの方へとすっ飛んでいく。


 そちらでは今まさに従者の青年の直剣と、大将の大剣が振り下ろされ

 そしてローブ姿が持つ杖の先端からバスケットボールサイズの炎の球が飛び出していくのが見え…って、えぇ!?

 馬車を壊した時に土の塊を出した時は見間違いかなーとか思ったりしたけど、今度は本物だ!


 ぶわりとした熱気を孕んだ風。

 炎の球から飛び散った火の粉、渦巻く空気が燃焼する音。


 こんなに離れた場所に居るのに、しっかりと感じられるそれは紛れも無い現実で。

 頭の中に浮かんできたのは、たった一言…俺がこれでもかというほど妄想やモニターの中で慣れ親しんできた。



「………魔法」



 殆ど無意識のうちに呟いてしまう。

 真っ白になりかける頭の中で、アイリは今まさに切り結ばんとする男たちの間に割ってはいり

 大将の大剣を左手に持ったナイフで受け止める。

 一方、青年の直剣はその必要もなかったのか、右の人差し指と中指の間に摘んで受け止める所だった。


「アイリ!!」



 当然だがアイリに腕は三つも四つもついていない。

 右手と左手の両方でそれぞれの凶器を受け止めたアイリは、火球を正面に見据える。

 やや右後方には、その火球の対象となっていた青年がいて…彼女は当然、動けない。


 つまり防御行動を取る事は不可能なのだ…俺はたまらず叫んでしまう。

 逃げろ、というべきか?

 それとも守れ、というべきか?



 思考の混乱は判断を鈍らせ、俺にどちらの指示を出すことも許さなかった。

 火球はもはやアイリといえども、避ける事は適わないという距離まで差し迫り。



「目障りですよ」



 消し飛んだ。





 パァン!だ

 パァン!


 空気が一杯詰まった袋を思い切り潰した時のアレみたいな音が響いたと思ったら、火球は跡形もなく四散。

 アイリは右足を軽く持ち上げた格好で、靴の底をローブ姿の方へと向けている

 三者三様の硬直…目の前で起きた現象に彼らの頭では推測やパニックなど様々な変化が起きているのだろう。

 しかし俺にはアイリが何をしたのか、なんとなくその設定から推測できてしまった。

 魔法を、蹴り殺したのだ……。

 

 この世界の住人皆様を硬直させたままの彼女の口元には俺の命令を受け飛び出していった時と同じ、にんまりとした隠しきれない喜びの表情。

 彼女はソレを浮かべたまま、ようやく脳が事態の処理を終えたらしく、硬直からとけた彼らを他所に顔だけを動かし此方を見ると。



「コウタ様、私の活躍を見ていてくださいね?」



 あ、これ終わったな…と思う暇も無かった。


 ナイフを持った左手をそのまま大将の方へと突き出すと、大剣越しに彼の頭部へとパンチ。

 大将は鼻っ柱に鋼鉄の一撃をそのまま食らい地面に崩れ落ちる。

 直剣を摘み取った右手は、勢い任せに御者の手から剣を引き抜くと、指で摘んだ上体のまま剣の柄で彼の頭部を強打。

 頭を揺さぶられた彼もまた一瞬のうちに意識を刈り取られてしまう。


「魔、まどうぐもち…ひぎゃ!」


 声をあげて次なる魔法を使おうと杖を構えたローブ姿の頭部に向かい、右手に摘んだままの剣を投擲。

 決して軽くないであろう重量のそれは、まるで野球のボールのように軽々と、そして正確な狙いでローブ姿の体に柄頭を直撃させた。


「ぅ、ぐ……大将、すいませ……」


 苦悶の声をあげて最後の一人であった彼が地面に倒れると、そこにはもうアイリしか立っているものはいなかった。

 そして此方を振り向くと、彼女は…アイリはにっこりと笑うのだ。



「ご命令完了いたしました、全てはコウタ様の御心のままにですね…ふふっ」

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