狂信者 その名はアイリ
調子に乗って新連載なんで初めてみましたが、いつまで保つかはわかりません
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アイリを見送ってから3時間。
最新型の、バッテリーが長持ちするスマートフォンをたまに弄くったりして、きっちり3時間だ。
時計とバッテリーの残量を気にしながら彼女の帰りを待っていたから、間違いない。
俺が寝転がったり声をあげて歌ったりして暇を潰していた所に草を踏みしめる音が届く。
身体を起こすと、アイリはその場に肩膝をついた格好で、俺に視線を向けていた。
隣には、結構な量の野草や木の実、それに首を失った動物が数匹、血をたらす事無く横たわってる。
「大漁だなぁ…」
太陽が沈み行き、夕日の色に染め上げられながら
俺に褒められたそうにしている彼女を見て、思わず呟いてしまった。
パチンッと炎の中で木が爆ぜた。
遠くに見える森から拾い集めた木の枝は、その枯れた体に火を纏い燃え盛り続けている。
ジュゥっと枝を刺して串代わりにした肉からは、熱くなって溶けた油が吸い込まれるように落ちていく。
瑞々しい果実を口に運びながら目を閉じれば虫の鳴き声。
スズムシのような夜行性なのだろうか…昼間には聞こえなかった大合唱は、都会の色に染まった俺にはどこか耳に優しい。
「どうして俺はこんな事をしてるんだろうなぁ……」
はぁ……と盛大にため息を一つ。
つい数時間前までは家でパソコンを駆使して遊んでいたと思ったら、状況は急転。
何故か大自然の中で満点の星空と双子のように寄り添いあう二つの月を見上げながらお食事。
一体誰が信じてくれるのだろうか……いろんな意味で。
「そう、月だ。見知らぬ場所に飛ばされてあれぇ~?もしかして異世界?なぁんて半信半疑の所に月だの太陽だのを見せ付けられて、信じざるを得ない状況に陥る…これは一体何ていうお約束なんだ、色々大丈夫なのか月が二つって星の運行的に大丈夫なのか」
「綺麗ですね…私もあの月のようにコウタ様の傍に仕え続けていたいです」
「あぁうん!結構悩んでたの台無しにされた気分だよ」
「ふふっ…あんまり悩んでいるとせっかくの食事が台無しになってしまいますよ?」
アイリはその眼を優しく細めると、地面に刺していた枝を引き抜いて俺へと差し出してくる。
即席の串で焼いた肉は今まで炎で焼かれていたこともあってか、ほんのりと湯気をあげているので息を吹きかけて冷えるのを待つ。
途中、隣から凄い強烈な視線を受けたがそれは気のせいとして受け流す。
「あむっ…もぐ…んぐ………味が薄い、なんか独特の風味がする」
「それが獣臭さというヤツですよコウタ様…さ、こちらの果物をどうぞ」
何とも言えない肉の味を堪能しながらアイリに差し出されるがままに果物に手を伸ばす。
薄い緑色をしたソレは一見すると未成熟のように見えるが、どうやらこれが正しいらしく
大口をあけて齧りつくとリンゴか或いは梨のような甘みと水っぽさが口の中に広がりだした。
今の所この果実は、水分を補給する当てのない俺達にはありがたい品物だ。
「さて…コウタ様、食べながらで構いませんのでお聞きいただけますか?」
「…ん?どうした…はむっ…あちちちっ」
「そうですね…単刀直入に言いますと、森を抜けた先に人の踏み固めたような道がありまして」
「…道?」
「はい、土を踏み固めた程度の簡単なモノではありましたが明らかに人が通る道で、タイヤのようなものもありました
森の中から少しの間見ていたのですが、人が通る気配はなく…そうですね、日常的には使われはするものの、そこまで多くはないといった感じでしょうか…」
塩も胡椒もソースもかかってない焼いただけの肉を口に運び、しっかりと噛み切ってから口の中で咀嚼する。
最初は初めて食べる肉の味や臭みに戸惑っていたが、慣れてしまえば味気ないもので、適当に口を動かしながら考えてみる。
道、そう道だ…道の先には何がある……まさか何もないという事はないだろう、前に後ろにどちらに進んでも必ず人里には続いているはずだ。
アイリもきっと、そこを通る人を確かめる事で何か情報を得ようとしたが、運悪く通る人を見ることはできなかった…と。
いやそれよりも気にする事はもう一つあった。
「森を抜けたって言ったけど、どれくらい時間がかかったの?それと、野生動物なんかは大丈夫?」
「時間ですか…そうですね、私の足でゆっくりと狩りをしながら1時間といった所でしょうか、動物の方は私の敵ではありませんでした」
アイリがロングコートの上から自分の身体を軽く撫でる。
そういえば設定、ではそこには多少のナイフが入っているんだったか。
それで獲物の首を切り落としたりしていたんだろうなぁ…。
「ふぅーん、そうか…俺はてっきりさ、モンスターみたいなのでもいるのかと思ったよ」
「モンスター…ですか、まだ確認をしたわけではないのですが、低級のソレに分類するかもしれない相手ならいましたね
それよりコウタ様、食事が焼けていますよ…さぁ……ふーーっ」
会話の途中、聞き流すには少々物騒な言葉を口にしながらも、そんな事は後回しと言わんばかりに適当な木串を手に取ると息を吹きかけはじめた。
そしてちょうど良い塩梅に冷えた頃になると、俺に手渡すことはせず自分の手に持った突き出し。
「さぁ、どうぞお食べになってください」
「……自分で食えるんだけど…」
「まぁまぁ良いではありませんか、これもコウタ様に仕える者の仕事ということで一つ…ふふっ」
一言で例えるならば満面の笑顔、だろうか。
アイリは多くの人が初見で、陰鬱、或いは冷たそう、と印象を抱きそうな顔つきだ。
それがまるで花の咲くかのような笑顔で俺に肉を突き出して食べろと言っている。
拒否権はないのだろうか?………おそらくないだろう。
日頃、リア充死すべし!と口を酸っぱくして思っていた俺だったが、まさかこんなイベントが待っているなんて………。
「……んっ」
「はい、あーんっ…どうですコウタ様?」
「あむっ……んぐっ、はぐ…んむぅ、良い焼き加減だな…脂のついてる部分が味気ない肉の味を少し楽しませてくれてる」
「ソレは良かった、コウタ様の為に狩って来た甲斐があったものです」
何これメチャクチャ恥ずかしいんですけど。
今まさに幸せの絶頂にいると言わんばかりに幸せを表情に滲ませている彼女を直視することが難しい。
しかたないので照れ隠しに自分が食べ終えた後の串を彼女から強奪
そのまま目の前で燃え盛る炎の中に放り込んだ。
そして手に果実を持つと、しゃくり…と気持ちの良い音をさせ齧りながら火を眺める。
思えばこんなに大きく燃え盛る火をすぐ傍に感じたこともなかったな…。
……今夜はここで野宿だろうな…布団が恋しいな、それに暇だからインターネットしたい…。
ゲームしたい…この前買ったばっかりのがあるのに…家は大丈夫かな……。
家、とまで考えてちらりと視線を横に動かすとアイリがいた。
アイリ、俺の忠実な…それこそ命を無駄に浪費することすら惜しくないと言い切れる僕。
彼女を一緒に生み出したあいつも心配してるだろうなぁ…パソコン、起動して無事を伝えたいなぁ。
「それで、モンスターなのですが…実はこの肉も魔物のものなのです」
「………うぉ…あ、ごめん考え事してた……えぇっと…肉が魔物とか言った?」
「はい、実はこの肉…ウサギの頭に角が生えた臆病な動物だったのですが……アレをモンスターというのなら、確かにモンスターかもしれないな、と」
「そうか…アイリなら、足手まといが一人いても、何とか森は抜けられそうか……?」
「お任せください、コウタ様のご命令とあれば、この命に代えましても必ず」
此方に顔を向け、丁寧にお辞儀をするその所作は礼儀作法など欠片も知らない俺から見ても、ほぼ完璧。
頼もしいなと思う気持ちを抱きながら、頭の何処かでぼんやりと昨日までの生活、に想いを馳せる。
帰りたい、ただひたすら戻りたい。
眠って目が覚めたら夢であってくれ、コントローラーやマウスを握りたくてしょうがない。
「はぁ……帰りたいなぁ………」
座り込んだまま丸まるように膝を抱え盛大にため息をつく。
炎の奥でまたパチンッと木の枝が爆ぜて、すぐ傍の草に潜んでいた虫が鳴き声をあげる。
この炎が消えれば、世界はきっと闇に包まれてしまうだろう。
空に浮かんだ二つの月があるとしても、その光量はとても儚い。
「それがコウタ様の願いなら命に代えましても必ず、かなえて差し上げます」
すぐ隣でアイリの声が聞こえて、顔を上げる。
彼女はいつの間にか俺との距離を縮めて、その肩が触れ合うかもしれないすぐ傍まできていた。
陰鬱、或いは冷たい……森を抜けて街道に出て、人のいる場所に行けばきっと彼女はそう評されるだろう。
だと言うのにみじんもソレを感じさせないのは、自惚れでも何でもない俺がいるからだ。
「俺、帰れんのかなぁ…起きたら全部夢だった、ソレって凄く幸せなことだよね」
「そんなぁ…夢だなんて寂しい事を言わないでください!…私は現実だった方が嬉しいですよ」
「…俺が帰れなくてツライ思いをしてるのに、言うねぇ……」
「申し訳ありません、ですが…もしこれが現実だとしたら、私はお供できるじゃないですか」
「は…?」
「コウタ様を家まで帰す、そのついでに私もついていく…何もおかしなことはないでしょう?」
…何とも言えない気持ちがこみあげてくる。
なんて、なんて表現すれば良いのかわからないが、こうして言われることに恥ずかしいとか、嬉しいとか…!
頭の中の常に冷静な部分は、アイリはそういう設定だとか訴えているが、それ以上に、こんな恋する乙女のようなことを言い出す彼女に俺の頭は混乱し始めてしまっている。
冷静に考えようだってほらアイリは俺に盲目的で盲目は恋でつまりコイツは俺に恋をしているのと同義で、違う、やっぱりそうじゃない落ち着け何かが違う、どこで考えを間違った!?
「あ…あ、あ…イリ」
「はい」
なんてこった!!俺はアイリに、返事をするときのはい、は甘くて優しくて誘惑的な美しさを秘めているなんて設定を考えた覚えはないぞ!?
それだっていうのにアイリの返事は静かで、甘く優しく美しさを俺の脳に浸透させるよ――――クラクラする!
「アイリ」
「はい」
「アイリ」
「はい」
何度、彼女の名前を口に出しても返ってくる短い返事。
淑やかなそれは耳に心地良い…が、欲求に従いこのまま一晩中、アイリの名前を呼んでいる訳にもいかないだろう。
手の中の果実もちょうど食べ終えた頃だし、寝返りをうって火に突っ込んだりしないように後ろへと下がる。
「アイリ」
「はい」
「こちらへ」
「はい…!」
未だに、パチッパチと音を鳴らして燃え盛る炎は、どれだけ寝相が悪くても、転がりに転がってあそこに突っ込んでしまうというはないだろう。
代わりにその暖も風に散らされてしまい、かすかに感じられる程度なのだが…そんな事は気にならなかった。
俺を追いかけて炎から遠ざかり、隣に座り込む灰髪の彼女の方を向いて深呼吸。
「オマエのコートは暖かそうだなぁ、良ければそのコートを毛布代わりにする為に俺の傍で寝てくれないか」
そう、これはしょうがないんだ…だってほら、夜は寒い、炎がなくては冷える、かといってアイリに一晩中火の番をさせるわけにはいかない。
ごろりっとその場に横になると小さな石や木の枝が背中にないことを確かめ、寝心地は悪そうだがそこを今晩のベッドにすることを決める。
防寒具はアイリが持つコートだけだ、あれは確か暗殺道具が仕込んである設定、ではあるがそれ以上に今この場での毛布にするには必要だ。
「それは…コウタ様のご命令ですか?」
アイリもその場に横になり、俺の傍まで寄ってくる。
その距離はお互いの呼吸の熱さえ冷め切らずに伝わるほど、はぁ、はぁ…と少し不自然が俺の吐息が彼女にかかってしまう。
「えあ、…っと…う、ん…め、命令だ」
命令、そう口にした瞬間アイリの持つ香りが俺の鼻腔をくすぐる。
「はい、コウタ様のご命令とあればこの命に代えましても!」
彼女のコートが俺へと伸ばされ、二人を覆い隠す。
当然、アイリの手は俺を抱きしめるように俺の背中へと回され、そして俺達の距離はゼロになる。
「……もし本当に異世界だとしたら、…悪くないかも、な」
俺の小さな呟きは、焚き火の中で爆ぜる木の音と
重なり合う二つの影に隠れて目の前にいる彼女以外には届かなかった。




