二章 赦されざる罪
バシンッ!
「ルザ!?」
カーシュの運転する小型宇宙船。そのコクピットに乾いた音が響き渡った。
「あんたが……あんたがお父様を壊したのよ!!今更帰って来たって、私は絶対赦さない!!」
絶叫し、叩いたばかりの平手を再び振り上げる。僕は慌ててその腕を掴んだ。
「止めて下さい!初対面でいきなり暴力を振るうなんて、ルザらしくありません!」
「こいつはそうでしょうね!でも私はそいつの顔を知っているわ!聖王ウィルベルク……お父様を置いて勝手に蒸発した男!!」
怒りに身を震わせ、彼女は死霊術師の杖を振り上げた。
「ロディ!キュクロス!こいつを殺しなさい、今すぐに!!」
出てきた半透明の少年と老婆をウィルネストさんは静かに眺め、これが死霊術って奴か、初めて見た、淡々と言い、
バシッ!
「っ!!?」
「巫山戯るな……お前、まーくんの養女だろ?何で傍にいるのに命を粗末にする?寿命が縮んだらあいつがどんなに悲しむか、そんな事も分からないのか!?」
張られた頬に触れ、真っ赤になって反論する。
「あんたに説教する資格なんて無いわ!!お父様を捨てたあんたに!!」
バタバタバタッ、バタンッ!!
「随分な嫌われ様だな……無理もないか」
船長のカーシュの表情を伺う。同級生程明らかではないが、矢張り怒っているようだ。
「クレオ、彼は?」
「カーシュ・ニー。不死省所属の政府員だ。誠さんの出張の時の運転手も兼任している」自己紹介し、「あんたが噂のウィルベルクか。先に知っていたら乗せなかったのにな」
「カーシュ!」
失礼な発言を諌めると、彼は肩を竦めて薄笑いを浮かべた。
「冗談だよ。お前とシルクさんの命の恩人なんだ。あの街は朝遅くならないと定期船が来ないしな。放っておく訳にもいかない」
言葉とは裏腹に、快活な友人の声は今までになく冷たい。当然だ、誠さんは彼の直属の上司。ルザと同じく、間近で彼の悲哀を見てきた人間だ。僕もエレミアでの面識が無かったら、きっと似たような態度を取っていただろう。
「お前も殴ったらいい。俺はまーくんの奇跡でただでさえ痛みに鈍感だ。顎を砕くつもりでやらないと堪えないぞ」
「ああ、聞いた事がある……あんた、どんなに失血しても一晩で元に戻るんだろ。だから誠さんにずっと輸血を」
握った拳を解き、機器の調子を見るためにクルッと椅子を回転させる。後ろを向いたまま彼は、意外だな、と呟いた
「あんたはもっと悪い奴だと思ってたよ。不死省の連中の噂を聞いてた限りではな」
「大体予想は付く。……あの子、大丈夫か?」
「いきなり仇が現れて混乱してるだけだ。シャバムに着く頃には落ち着いているだろ」
心配だ。ロディ君達がいるとは言え、ルザはつい思い詰めてしまう性格だから。後で席を外して様子を見に行こう。
「思わず引っ叩いちまったからな。後で謝って」
バタンッ!
「ルザ!?」
泣き腫らした目の彼女は、咽喉渇いたでしょうクレオ?むっつりしたまま僕達にコーヒーを手渡した。最後に黙ってウィルネストさんにカップを突き出す。
「さっきは済まなかった。それと、ありがとう」
「別に礼なんていらないわ。二人のついで」
そう言ってトレーを膝の上に乗せ、テーブルに肘を着いて顎を掌に置く。視線は真っ直ぐ僕、わざとウィルネストさんを避けるように向けた。
「ところでクレオ、シルクさんはどうしたの?一緒じゃないみたいだけど」
「……シルクさんは、誠さんから僕を守るために大怪我を負って……今、お父さんの所で治療を受けています」
血だらけの姿を思い出し、ほろっ、とまた涙が零れた。
「僕さえ幻を見なければ、あんな事にはならなかったのに……」
心優しい彼女はハンカチを頬に当て、雫を拭ってくれる。
「男のくせに泣かないの。今さら後悔しても仕方ないでしょ?それより幻って、お父様が?」
「はい。シルクさんのお父さんは『死の瞳』と言っていました。――夢を見たんです。シルクさんが首だけで生きていたり、ルザ達が最後の日だからって人々を残らず埋葬していたり……」
僕は思い出せる限りの話をした。流石にロディ君の死体を担いでいた件では息を詰める。胸を貫かれたリサさんを、墓の中のデイシーさんが引き摺り下ろした所ではカーシュが青い顔になった。
「そのお父様の赤い瞳を描いて、恐怖を克服したあんたは間一髪意識を取り戻したと……危なかったわね」
「はい」
今考えてもゾッとする。後一秒でも遅かったら、僕はリアルでのシルクさんの頑張りを無視して、無抵抗のままバラバラにされていたはずだ。
「って事は、プルーブルーや不死族の連中も同じ夢を?」
「いや、不死族は恐らく“黒の絶望”からの魔力の供給が途絶えて仮死状態なんだろう。どちらにしろ暴走を止めて再び力を送らない限り、彼等もプルーブルーの住民も目覚めない」
ウィルネストさんの説明に、僕は成程と頷いた。
「俺は彼の魔を祓うために戻ってきた」手の甲のルビーに触れ、「メノウとも約束したからな、必ずあいつを救うと」
「メノウさん!彼女もいるんですか!?」
神様の屋敷で、エレミアの入り口で拾ったと言う幼子と住んでいた赤髪の女性。ウィルネストさんと仲が良く義息と三人、まるで親子のようだった。
「いや……彼女は死んだ。もう何処にもいない」
「そんな………」
「俺は彼女の遺志を継いだ。魔の呪縛からまーくんを救う、と」
僕はそこではたとある事に気付く。その愛称、そして二人と誠さんの関係……まさか。
「ウィルネストさん、誠さんはもしかして……あの子、なんですか?」
誰にでも人懐っこく、不思議な雰囲気を持った子だった。そうだ、あのまま成長していたらそっくりに……。
「ああ。今まで気付かなくても無理はない。背丈も全然違うしな」
「何の話?」
二人に何と説明すればいいのだろう?だっておかしいじゃないか。誠さんは九百年間この宇宙にいるのに、エレミアでも子供の姿で存在していたなんて。僕が説明して欲しいぐらいだ。
「何でもありません。それよりカーシュ、どうしてあの街にいたんですか?」
「“黒の都”を調べ終わった時、エルシェンカさんから連絡が入ったんだ。お前等が乗った定期船が、プルーブルーから一向に離陸しないってな。それで慌てて“蒼の星”まで来たら、余計なオマケ付きで飛んでいくのが見えて、先回りしたって訳」
少しは機嫌を治してくれたらしい。再びこちらを向く。
「連絡は入れておいた。取り敢えずシャバムへ戻るぞ。――エルシェンカさんもあんたに是非会いたいらしいしな」
「だろうな」
ウィルネストさんは目を閉じ、このコーヒー美味いなお嬢さん、と褒めた。直後、それインスタントの粉コーヒーだけど、ボソッと指摘される。止めの一撃は、あんた味音痴なの?だ。
「あ、ああ。済まない」頭をポリポリ掻き、照れくさそうに笑う。「エルと違って俺は紅茶党なんだ」
僕は椅子に凭れ、黒い液体をチビチビ啜る。肉体的精神的な重い疲れが全身を包んでいた。正直横になって、一度システムを再起動したい。
「クレオ、あんた大丈夫?機械なのに真っ青よ」
ここ最近、ルザはすっかり母親みたいだ。僕が鈍臭いせいかあれこれ世話を焼いてくれる。
「悪夢に当てられたのね。ソファで横になったら?」
「ええ。ありがとうございます」
カップを持ったまま立ち上がり、彼女に付き添われて満天の星空が見えるラウンジへ。仮眠用の広いソファに脚を伸ばし、肘掛けに頭を乗せる。
毛布を胸から下に掛けてくれながら、さっきは悪かったわね、ポツリと言った。
「あんたと知り合いなんでしょあいつ。でも、言い過ぎてても謝らないわよ私は。非があるのは向こうなんだから」
フッ、とその表情が男性の物へ変わる。彼は掌から特徴的な紫色の炎を出し、久し振りだな機械人形、と挨拶した。
「冥蝶さん……あの、誠さんの事、知ってますよね?」
「ああ。奴はずっと前から知っている……気の遠くなる程の過去から、ずっと」
「?」
「機械人形、お前の見せられた夢は奴の願望だ。このまま放置しておけば、宇宙中の人間が死に絶え……また『赤い世界』が訪れる。そしてルザも……だが、これは絶好のチャンスだ」
「え?」
「奴が覚醒し、尚且つ時間的猶予があったのは今回が初めてだ。今奴を殺せば、『赤い世界』の主原因は消える。そうすればルザの中の蝶もきっと……」
「誠さんを殺す!?だ、駄目ですよそんなの!!ルザがどれだけ悲しむか」
養父として以上に彼女は誠さんを愛し、尊敬しているのだ。いなくなったら後追い自殺しかねない。
「分かっているさ。今度はあの男もいるしな、殺すのはあくまで最後の手段だ。――それより問題は、奴の近辺では死霊が一切使えない事だ。森での話、覚えているか?」
「はい。確か、近付くだけで吸収されてしまうって」
「よく覚えていたな。そうだ、勿論俺は普通の魔術も使えるが、奴とはすこぶる相性が悪い。戦う時はこうして身体を乗っ取るつもりだが、恐らく実力の半分も使えないだろう。よってお前達の協力が必要不可欠だ」
冥蝶さんは自嘲気味に笑うが、その瞳には微かな希望の光。
(どうして変身したばかりなのに詳しいんだろう?この人は……まるで前にもあれに遭遇した事があるみたいだ)
「もしも」
「え?」
「もしもルザを呪いから解放出来たら、お前には俺の事を話してやろう。気になっているだろう?」
「は、はい。その通りです」
ルザはいつも田舎の伝承だと半ば馬鹿にしているけれど、身体の事も含め冥蝶さんの方は彼女を凄く良く知っている。でも、単なる村の有力者とにしては態度が違う。それに、今回……一体どう言う意味だ?
くらっ。上半身が傾き、人格が交代した。僕は慌てて崩れかけた身体を捕まえる。
「ん……クレオ?ごめん、また意識飛んでたの?」
「はい。到着するまでルザも一緒に休みましょう。疲れたままでは誠さんを治せませんよ」
反対されるかと思いきや、素直に頷いて向かいのソファに横になる。首を捻り、僕の方を向く。
「ねえ」
「はい」
僕はその相談を聞いた後、束の間の仮眠を取った。