一章 聖王の帰還
『凄い!』
リビングのテーブル上にはお菓子で出来たミニチュアの城(エレミアには無く、本の知識でしか知らない)が建っていた。精巧な複数の斜塔、窓、石壁。そして入口に立つ、城の背後でにやにやする赤髪の美女と黒髪の幼児、製作者に良く似た親子三人の砂糖菓子人形。
パシャッ!パシャッ!
『まさかこんなに巧いなんて思わなかったわ!食べるのが勿体無いわね、まーくん?』
こくり。
『散々写真撮ったんだし、もういいだろ。早くしないと屋根のチョコレートが融けちまう。とっとと切り分けよう』
たった一人でこの巨大芸術菓子を作成したウィルネストさんは、若干呆れ気味な口調で言った。
『おしろきっちゃうの、とうさま……?かわいそう』
『本物の城じゃねえよ。ほら、屋根はビスケットとチョコレート、壁はカラフルビーンズとバタークリーム、中はフルーツスポンジケーキだぞ』坊やそっくりの人形を指差し『こいつだってただの砂糖の塊だ。齧られたって痛いとも言わねえよ』
説明されても幼子は小首を傾げたままだ。余りに精巧なせいで、偽物とは認識し辛いのかもしれない。
『この人形はマジパン?着色も一人で?何時間掛かったの?』
『だーから!』振り返り、何とか言ってくれよ主賓、ただでさえ他の料理の温度で融けやすいってのに、心底困って頼んできた。
仕方なく僕は赤毛の美女、ウィルネストさんの恋人に向き直った。
『メノウさん。イムおじさんのパンも届きましたし、そろそろ皆で食事にしましょう。壁が崩れない内に』
そう諭すと、彼女は素直ににっこり笑った。
『名残惜しいけれど仕方ないわね。でもまぁ写真は撮ったし、いいでしょ。お皿とフォークを準備するわ』
『それならもう出しているわよ姉さん』
エメラルド色のウェーブ掛かった癖毛の長髪と目を持つ女性、ルウさんが料理の並んだ中央テーブルを指差す。
『ホールケーキと違って、同じ大きさに分けるのはちょっと無理ね。各々勝手に切って食べた方がいいんじゃない?』
『ああ。クレオ、お前から取れよ。今日はお前の誕生会なんだからな』
『はい。ありがとうございます』
ケーキナイフを比較的切り崩し易そうな右の塔に入れようとすると、玄関でおじさんを見送っていたディーさん達が戻って来た。
『お、やってるのか。頑張れ』
『私最後でいいよ。切る手間省けるし』
『クゥン』
コリーを撫でながらテーブルに凭れた金髪の少女は、はむはむ焼き立てのクロワッサンを頬張る。
『お次はメノウさんどうぞ。沢山取ってあげて下さいね』茶髪の巫女が頬に指を当て、お菓子の城の周りを歩く。『私はどっちから切ろうかなぁ』足元に首を傾け『ねー?』
『気を遣ってもらって済まないわね』
『ありがとう、おねえさん』
坊やがぺこり、頭を下げる。と同時に、ナイフがチョコレートとクッキーで出来た塔を綺麗に切り離した。
バサッ、バサッ……。
薄茶色のやや長めの髪と、諦観と意志の強さが入り混じった同色の目。何度見ても間違いない。エレミアでの僕やディーさんの友人、ウィルネストさんだった。
「もうすぐ隣の島に着くぞ。取り敢えず医者に彼女を治療してもらわないと」
「くっ………済まん……」
シルクさんは炎の鳥の上で横になったまま僕達に謝った。改めて見ても酷い怪我だ。僕がもっと早く悪夢から覚めてさえいれば。
「クレオ殿……己を責めるな」
心を読んだフォローが余計に辛い。
「しっかりしろ。幻を打ち破る貴殿の強い勇気が無ければ、今頃二人共為す術無く殺されていた。生憎私はこの様だが、自分が何をすべきかはもう分かっているだろう?」
「これ以上被害が出る前に、誠さんを止める……でも、どうやって」
彼女が痛みに呻き、ハルバードを持っていない方の手で腹部を押さえた。塞がりかけた傷が開き、見る見る指が赤く染まっていく。
「そう心配そうな顔をするな……この程度なら平気だ、訓練で慣れている」
「強がらないで下さい!」
ボロボロッ。
武器ごと右手を両掌で包み込み、自分の無力さを嘆いた。泣きながらみっともなく弱音を吐く僕を、シルクさんは遮るでもなくただ黙って見つめている。
「……最低です、僕は……」
「いや、落ち度があったのは私の方だ。事前に“黒の絶望”の危険性を伝えなかった。あれは最も強力な封印、一人や二人では到底太刀打ち出来る者ではない。私の判断ミスだ。異変に気付いた時点ですぐに引き返すべきだった」
「……お前、知っているのか。四柱六芒を」驚いた風にウィルネストさんが言った。「何者だ?まさか『奴等』の仲間」
「仲間になったつもりはない」半死半生とは思えない程強い口調で否定した。
ウィルネストさんの左手の甲に埋め込まれたルビーが一瞬炎を吐き出し、ケェェッ!呼応した鳥が降下を開始した。首を捻って満月と、照らされた海上を眺める。眼下には懐かしいとさえ感じる、温かな街灯の明かりが幾つか見えた。
「あの街の人達は、まだきっとプルーブルーの状態を知らないんでしょうね」
「……まーくんが先回りしてなければな」
その一言に息を呑む。そうだ……今の誠さんには片方とは言え翼がある。漆黒の不気味な形をした……。
「クレオ殿。彼は……貴殿の知り合い、なのだな?」
「はい。ウィルネストさんは僕と同じエレミア人です。まさかこんな所で会えるなんて。今まで一体何処にいたんですか?そのルビーは」
「その髪と目、そして“緋の嫉望”―――聖王、ウィルベルクか」
「クレオ、彼女お前のこれか?」小指を立ててきたので全力で否定。「よく御存知で」
「何故今更現れた?貴殿の行為の責任は非常に重いぞ。簡単に償えると思うな」
バサッバサッ!
炎の鳥が地面に降り立ち、翼を畳んだ。僕がシルクさんに肩を貸して降りると、ウィルネストさんはルビーを掲げ、その中へ巨鳥を残らず吸い込む。
「――分かっている。俺はわざとああしたんだ、弁解の余地は無い」
待てよ、聖王?確かそれってエルさんのお兄さんで――誠さんの恋人、だ。LWPのウィルネストさんが?どうして?
「おい、人形」
不機嫌な声に僕達は振り返る。そこには例の結成パーティーの時、シルクさんと二人きりで話していた赤毛の男性が立っていた。
「何の用だ……?」片想いの人は、肩に力を込めて言葉を発する。「今はお前の下らぬ話に付き合う気分ではない。取り込み中だ、帰れ」
「手前、何故俺の再三の警告を無視しやがった?挙句その様は何だ?機械小僧なんぞに支えられて立ってるなんざ、情けな過ぎて見てらんねえぜ。ケッ!」
「こっちこそお前の顔を見ているだけで傷口が開きそうだ。――去れ、二度と来るな」
彼女が言った瞬間、何故か僕には一瞬男性が瞳の自信に満ちた光を失くしたように見えた。瞬きして、すぐにそれは錯覚だと判明したが。
「おいクレオ・ランバート」顎で彼は彼女を示し「その馬鹿を俺に寄越せ。ダメージがデカ過ぎる、手前等じゃどう足掻いても修理出来ねえぞ。何せそいつは『特別製』だからな」
「貴様、余計な事を吹き込むな!」
僕の腕を抜け、ハルバードを杖代わりに彼の元へ歩いて行く。そして、
ガンッ!
「っ!」
既に自分の血で真っ赤だった拳で、男性の頬を殴った。ところが、当の彼女は逆に狼狽し始める。
「何故今避けなかった?戦闘狂が、人並みに憐れんででもいると言うのか?」
「ケッ!単に避けるまでもねえって事だ。全然腰が入ってねえ、甘っちょろいパンチなんざよ」
何なんだこの人……?とても口の端から血を流して言う台詞じゃない。ペッ!カツン!折れた血だらけの歯が路地に転がる。何処が甘いんだ、しっかり怪我しているじゃないか。
「さっさと来い。手間掛けさせるな、人形が」
「断る。お前と言葉を交わすのも今日限りだ―――っ!!!」
止める間も無かった。ドサッ。崩れ落ちる身体を筋肉質な腕が支え、片側の肩で担ぎ上げる。
「ったく、どっちが主人だか分かりゃしねえぜ全く」
「本当に、僕達では治せないんですか?」
「ああ。ここまで重傷だとな」
「なら……治療をお願いします」彼女に悪いと思いつつ、僕は限界まで頭を下げた。「シルクさんを治して下さい」
「んだと?手前が『死の瞳』に囚われたのがそもそもの原因だろうが!」
ガンッ!
「うっ……!」
エンジンのすぐ下を蹴られ、吹き飛ばされた。ウィルネストさんが咄嗟に掴んでくれなかったら、地面に叩き付けられ更なるダメージとなっていただろう。
「ケッ!手前みてえな弱い奴、“黒の絶望”にブッ壊されちまえば良かったのによ!!」
「止めろ四天使。論点のすり替えだ。一番悪いのは手前の主だろうが」
ウィルネストさんは手の甲のルビーから炎を噴き上げ、男性を威嚇する。
「とっとと行け。彼女、早く治療しないと本気で取り返しがつかなくなるぞ」
「言われるまでもねえ!」
次の瞬間、男性の背中に突然両翼が現れた。バサバサッ!白が羽ばたく度、二人は僕達からどんどん上方へ離れていく。
「クレオ!!」
愛しい人の頭が見えなくなりかけた時、後方で僕の名を呼ぶ声がした。
うっすら目を開けると、目の前に雲海が見えた。奴の肩に腹が当たり、傷が痛む。
「私はずた袋ではないぞ」
「起きたのか。――我慢しろよ、もうすぐ着く」
奴は翼を動かし、雲の只中を真っ直ぐ飛行していく。
フワッ……トン。
水晶宮。奴の主人、大父神のおわす場所。そして私の忌むべき家でもあった。
脚から降ろされ、ハルバードを返される。自力で歩け、と言う事か。望む所だ。
「手前、マジで可愛くねえのな。一体どう言う育ち方したんだ?」
歩き出した途端、奴は若干拗ねた声を出した。自分でそう仕向けたくせに、全く。よく分からん。
「さあな。教育者の顔が見てみたい」
キィィィィ……。
ああ、この硝子を引っ掻いたような音。何度聞いても厭だ。心なしか傷にも響く気がする。
名前の通り、全面水晶で透過した大広間。その中央に、ささくれた涙型のクリスタルが鎮座していた。内部には胸を赤く染めた男性の天使が一人。瞼を閉じ、蒼褪めた微笑みを浮かべ、絶命した時のまま閉じ込められている。
その墓標を傍でしげしげと見ていた眼鏡の天使が、こちらに気付いて振り返る。
「あれ、ミーカール。どうしたのさ人形?」
「手前、いるなら丁度良い。手伝え」
「はいはい」
三人で向かった先は通称調整室。主に義体のメンテナンスをする場所で、部屋には病院に似た設備が所狭しと並んでいる。
私は自分から破れた衣服を全て脱ぎ、安眠とは程遠い硬さのリクライニングベッドへ横になった。奴が消毒薬を傷口にたっぷり塗り付け、眼鏡が全身に器具を装着してバイタルを採り始める。
「あぁ、大分数値が落ちてるね。ボディごと取り換えた方が手っ取り早いんじゃない?」
「駄目だ。調整に何年掛かると思ってやがる。そんな時間は無え」
今でこそ不自由は無いが、この身体を使い始めた当初は歩行さえ困難だった。魂と義体の接続。もし新たにすれば、満足な動作にまた何年も費やす事になる。下界に妹のいる今、そんな事は到底出来るはずがない。
「まあ、この義体は耐用年数無しの特別製だからね。廃棄するには余りに惜しい。手っ取り早く入れるかい?」奥に設置された、緑色の液体が詰まった巨大カプセルを示す。
「いや、いい。放り込むとこいつ、しばらく使い物にならなくなっちまうからな」
義体用再生液は治癒スピードを格段に上げるが、中にいる者を深いまどろみ状態に陥らせる。そこからの覚醒に数日、更に戦えるようになるには同じ日数が必要だ。
「じゃあ仕方ない。いつもの奴だね」
ガーゼに義体修復用の薬液を染み込ませた物を、全身へ大量にべたべた貼り付けられた。冷たさが痛みと熱を抑制するのが有り難い。右腕に栄養剤の点滴も打たれる。
「これでひとまず様子見だね。君お気に入りの人形がここまで手酷くやられるなんてさ、悪魔相手に千人斬りでもやらせてたのかい?」
「その程度でこんなになるかよ。――“黒の絶望”だ。とうとう奴が目覚めやがった」
返答に、天使は掛けた眼鏡をクイッと上げた。
「ああ、道理で昨日から観測数値がおかしかった訳だ。でもさ、彼女だって“絶望”の危険性は君から聞いて重々承知していたはずだろ?なのにどうして」
ガンッ!機械を蹴る音が響く。
「分かった分かった!もう訊かないから機嫌治してくれよ」
相変わらず異常に短気な男だ。これで宇宙を統治する四天使などと、呆れて物も言えない。
クレオ殿は大丈夫だろうか?奴の本気の一発で殴られたのだ。機械とは言えダメージはあったはず。
(それに、気になるのはあの男……)
余りにも現れたタイミングが良過ぎる。それにあの態度、最初から“絶望”が解放された事を知っていたかのような……ならば目的は、魔祓い。当然か。聖者様は彼の恋人なのだから。(皮肉な物だ)気が狂う事で、原因となった求める者が戻るとは。
「帰ったなら一杯飲んだらどうだい?」言いつつ、何処からかテキーラの瓶と硝子コップを取り出す。
「おい」
「何だい?」
「お前、席外せ。しばらくしたら呼ぶ」
「え、怪我人と飲む気かい?しかも瀕死状態の」
「見りゃ分かる。バイタルが安定するまで見てるだけだ。俺も下界から重い物持って疲れたしな」
反論する気力も湧かない。アルコールが入れば管を巻くのは目に見えている。義体の回復のためにも、さっさと眠ってしまおう。
「分かったよ。但しくれぐれも乱暴は」
「手前は俺を野獣と勘違いしてんのかコラ!さっさと下がれ!」ブンッ!酒瓶を振る音が聞こえた。
「わわ!」バタンッ!扉が慌てて閉められる。
「ケッ!どいつもこいつも……」
付き合っていられない。ここは寝たフリに限る。
奴は用意されたコップを使わず、瓶口から直接ぐびぐびと咽喉へ流し込んでいるようだ。しばらくすると酒臭い口を近付け、私の顔を覗き込む。
「おい人形?起きてんだろ手前?」ぐい。ガーゼ越しに前髪を掴まれた。「気の利かねえ女だな。主人の酒に付き合えってえの」
「……お前こそ気を遣って静かに寝かせろ。これが動ける状態に見えるのか?」片目を開け、ガーゼで覆われた右手を上げてみせた。「酌も直飲みなら必要無いだろう。早く家へ帰りたいんだ、休ませてくれ」
「あの狭くて病気持ちの餓鬼付きのか?」
「酒癖の悪い同居人がいるのに比べれば、仮令あばら屋でも天国だ」
不意に唇を塞がれた。生温いテキーラの原液で、咽喉が焼け付くように熱くなる。流石に気管までは鍛錬で鍛えていない。
「げほっげほっ!!」
咳き込んだ拍子に上半身の傷の痛みがぶり返す。
「お前は怪我を悪化させるつもりか!?水をくれ、これでは寝られん」
「命令する気が人形?俺を散々蔑ろにしやがって」
「頼んだ私が馬鹿だった」
ベッドから起き上がろうとすると、さっ、横から生理食塩水のボトルを差し出された。受け取ろうと手を伸ばす。
「タダでやるかよ」範囲外に移動させられた。異教徒達に向けられるのとは少し違うが、底意地の悪い笑みには違いない。
「寄越せ」
「頼む口調じゃないな。飲ませて下さい御主人様、ぐらい言えよ」
「ならいい。貴様に頭を下げるぐらいなら舌を噛む」私は瞼を閉じた。これ以上無駄な会話に費やす体力は無い。
「おい、いいのか?怪我にアルコールが沁みているんじゃないのか?」
無視していると、奴は饒舌にあれこれ言い始めた。傷の具合に始まり、私がいない間の自慢、駄犬の手柄の話……酔いが回ってきたのか、前後関係が支離滅裂だ。その合間に善意なのだろうが、口移しで水割りアルコールと化した液体を流し込む。
(これでは酔わせたいのか覚ましたいのか分からん……)
まどろもうにも身体が熱く、傷が疼いて眠れない。
「おい」
ドスン!私の声に吃驚し、奴は椅子から見事に転げ落ちた。もう運動神経が麻痺しているのか、中々立てないようだ。
「鎮痛剤とまともな水、あと静かな部屋を」
「あ、ああ……ちょっと待ってろ」
寄り掛かりかけながら棚に並んだ瓶を掴んで黄色い錠剤を取り出し、ボトルの中身と共に口へ含ませようとする。
「一人で飲める。貸せ」
半ば引っ手繰るように水と薬を奪う。―――ゴクン。
見たくなどないが、奴の出来上がり過ぎた様子を観察する。腰がしゃんとしていないし、膝は断続的大笑い状態。生のテキーラ一瓶、当然の生理反応である。普通の人間なら何時意識が飛んでもおかしくない飲酒量だ。
「確か、その棚に酔い覚ましの薬があったはずだ。おい、立てるか酔っ払い?」
「手前、四天使様に向かって」
「駄目みたいだな。仕方ない」
私はベッドから立ち上がり、薬棚で唯一の薬包を取った。
「入れるぞ」
封を一部開け、口の中に粉薬と残ったボトルの水を流し込む。嚥下を確かめた後、再びシーツの上に戻って横になった。
奴はのろのろとベッド端を掴んで立ち上がり、詫びのつもりかズレたガーゼを直し始める。
「なあ、人形」
それまで聞いた事の無い程弱気な声。
「機械人形と仲良しこよしなのは、単に任務のためか?」
「私は今何も任されていないはずだが?――あんな馬鹿犬にクレオ殿が殺せるものか。諦めろ。それに、私には異教徒を残らず根絶やしにする必要性が感じられん」
むしろ問題は秩序を支える側、即ちこいつ等や手足の私達だ。リサの両親含め、無実の人々がどれだけあの牢獄へ送り込まれたか……。
「普通のダチを命張って守るのか手前は。本当は」言葉を詰まらせ、「あの餓鬼が好きなんじゃないのか?」
「?何を言っているんだお前は?」さっぱり意味が分からない。「同じ勤務先で、リサの数少ない友人で、まだこの宇宙に不慣れな人間なんだぞ?誰だって気に止めるし、危険があれば守る」
「屁理屈を言うな!手前は俺の……ケッ!」バリバリッ、禿げ上がらんばかりに赤毛の下の頭皮を掻く。「寝る」唐突に言って、クリスタルの扉から部屋を出て行った。
「やれやれ……やっと静かになったな」
痛み止めも丁度効いてきたようだ。瞼を閉じ、睡魔に身を委ねる。
下界のリサはもう起きた頃だろうか。この身体ではしばらく帰れそうにないが、あの子も私の突然の留守には慣れている。尤も、“黒の絶望”の脅威の前では、そんなささやかな心配など霞んでしまうが。しかし、傷付いた今の私に出来る事は何も無かった。
(済まない……少し休ませてもらうぞ、クレオ殿)