第5話
【どうして何も変わらない?】
ここは灰色の世界。少年は少年の夢を見た。
【なぜ争いはなくならない?】
【なぜ僕の死は届かない?】
【なにがいけない?】
【死ぬという方法が間違っていた?】
【そんなはずはない。死ぬ以外僕にできることはなかったし、死ぬことがあの日僕にできた最善だった】
【そもそも、僕の考えが間違っていたのか?】
【いや、僕の気持ちは絶対に間違っていない】
【僕の気持ちは強くてぶれない、真理そのものだ】
【僕の気持ちが間違っているんじゃなくて、僕の気持ちが伝わらないのが、やっぱり原因なんだ】
夢の中、神の子はブツブツと小言をいいながら、難しい顔で、自問自答を繰り返していた。
「あはは!」
少年にはそんな神の子が、まるで”大人”の様に見えて、何だかとても滑稽で、思わず笑った。
【おい! そこの死に底ない!! なに笑ってんだよ!!】
夢の中、少年は神の子ににらまれた。神の子の目は血走っていて、少年にはまるで黒く燃える悪魔の様に見えて、急に恐怖が全身を襲った。
【お前にはちゃんと伝わったはずだよな? 『震える文字』を通して、俺の『震える心』がちゃんと伝わったよな?】
少年は恐怖のあまりうなずくことさえできず、固まっていた。
【…………やっぱり足りないのは”数”か……】
【戦争だってそうだ。一人殺せば殺人鬼だけど、100人殺せば英雄だって言うし】
少年は恐怖に震えながら思った。
”ここで神の子を止めないと、とんでもないことになる”
少年は神の子を止めようと必死に体に力を込めた。しかし、体はぴくりとも動かない。
【原子爆弾だってそう。あれは”たくさん死んだ”から意味がある。仮に原子爆弾で死んだ人が一人だったら、こんなにも深く、時間を超越して、たくさん人々の心に”悲劇の教訓”として刻まれることはなかったはずだ】
「あ……う…あ……うう」
夢の中、少年は必死に口を開こうとした。気持ちを叫ぼうとした。でも、声がでない。あの警察官のおじさんから教えてもらったこの”気持ち”を神の子に伝えたい。でも、体が言うことをきかない。
【もっとだ……もっともっともっとだ! もっとたくさんの贄が必要だ。単純に足りないんだ、数が。だから世界は平和にならないんだ。何だ、すごく単純なことだったんだ。考えすぎた。やっぱり子供の純粋で単純な思考こそ、真理だ】
なにやら神の子のなかで一つの結論がでたことを少年は感じ取った。ここがラストチャンスだ。ここで止めないと!
「……ま、……まって!」
少年は重い体をなんとか動かして、声を絞り出した。思いを伝えようとした。
【ということで、まずはお前が死ね】
ここで少年の夢は終わりを告げた。灰色の夢の世界は音を立てて崩れだす。少年が立っていた地面さえも崩れ落ち、少年は漆黒の闇の中へと落ちていく。少年は落下中に思った。
”伝わらないのは、伝える側が悪いんじゃなくて、案外聞く耳をもたない受け手側のせいかもしれない。神の子は、僕の話を聞いてくれなかった”
世界の人々一人一人が、ほんの少しだけ、ほんの少しだけでいいから、『真剣に少年の声に耳を傾けよう』という、心のゆとりをもってくれたら、それだけ世界は平和になるのかもしれない。