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第4話

 

 3日後、少年は目を覚ました。奇跡的に一命を取り留めたのだ。




「宗助君、君はどうして、自殺しようなんて思ったんだい?」


 ひんやりとした病室で、俺は少年に事情を聞いた。少年の名前は橘宗助たちばなそうすけ。18人目にして唯一の生存者。俺は何としても、“少年の悲劇の連鎖”を止めたくて、どんな情報でもいいから欲しかった。


「……文字が、震えてたから」


 宗助君は窓の外の景色を見ながら呟いた。文字が震えていた? どいう意味だろうか? このときの俺には、その真意を理解することはできなかった。


「文字が震えていたってどういうこと? もう少し詳しく、おじさんに教えてくれないかな?」


「インターネットを見ていたら、震えている文字を見つけて……その、震えている文字から、”神の子”の声が聞こえてきて…………」


 ”神の子”? 宗助君の口からわけのわからない言葉が次々と出てくる。俺は宗助君の言葉や動作を注意深く観察していたが、あきらかに変だった。宗助君はまるで、何かに取り付かれた様で、覇気がなく、目も虚ろだった。


「そしたら、神の子がすごいことを教えてくれたんです。何もできないと思っていた僕でも、死ぬことで世界を変えられるんだと、教えてくれたんです」


 急に、宗助君の口調が変わった。先ほどよりも少し早口で、言葉に熱がこもっていた。


「すごいでしょ? だって、こんな僕にも、できることがあったんですよ! 無力な僕にも、できることがあったんです!」


 宗助君の目は、虚ろなまま輝いていて、不気味だった。そして、その口調は常軌を逸しった熱を帯びていて、酷く興奮しているように見えた。


「…………君は」


 宗助君を落ち着かせようと思い、宗助君の肩に手を触れた瞬間、俺はあることに気がついた。宗助君の体は、小刻みに震えていた。そのことに気付いた瞬間、俺はこの震えをどうにかして止めてあげたいと思った。


”どうしたら、この震えを止められる?”


 俺は必死で考えた。大人にできることは、考えることだけだ。案外、無邪気な子供より、大人にできることなんて少ないんだよ。それでも、一生懸命考えることが、未来に繋がると信じているから、大人は必死に考えるんだ。それを子供は知らない。それを伝えようとしない大人が悪いのだけれども。 


「ずっと、僕の体は震えているんです。”神の子”の『震える文字』を見たあの日からずっと。きっと、僕のこの震えが止まるのは、僕が死んだ時だけ。だから、僕は死ぬんです」


 このとき俺は、宗助君の目が「助けて」と言っている様に思えた。これは俺の妄言じゃなくて、幻想でもなくて、確信的な真実だ。


「死ぬ必要なんかないんだ!」


 気がつくと、俺は宗助君のことを抱きしめていた。強く、強く、強く、抱きしめていた。考えた挙句、こんな簡単な方法しか思い浮かばない自分は、情けない大人だと思った。だから俺は、子供みたいな純粋な気持ちだけで、抱きしめることにした。


「……!?……おじさん、痛いよ……」


 宗助君は最初戸惑っていたが、気がつくと泣いていた。宗助君自身、その涙がどこから来るのかもわからずにワンワン泣いていた。


「な? ”抱きしめる”だけで、こんなにも伝わるんだよ! 死ぬこと以外にも、伝える方法はいっぱいあるんだ。死ななくても、抱きしめるだけで、震えは止まるんだよ! だから……だから……」


 気がつくと俺も泣いていて、これ以上言葉がでなかったから、俺はさっきよりも強く、そしてやさしく、宗助君を抱きしめた。










「息子さんとあの”少年”を重ねているんですか?」


 病室を出て直ぐ、後輩の高柳に声をかけられた。


「…………」


 高柳の挑発的な態度に対し、俺は無言で答えた。


「ま、どうでもいいですけど。仕事に余計な感情持ち込まないでくださいよ、先輩」


 高柳は結局、最後まで宗助君のことを”少年”というくくりからはずすことはなかった。俺はやっぱりそれが、許せなかった。









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