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2 突然の来訪者

「9分ぶりだね。城嶋君」

 わざわざ時間計ってたのかよ。俺のこと好きなんじゃないかと勘違いするだろうが。

 などと、冗談のような事を考え俺は内心で自嘲した。

 窓際の最前列に座る音凪泉奈は、机の上で両手を組み、リムレスフレームの眼鏡をかけている。

 透明な窓から差し込む日差しが、彼女の長い黒髪をより目立たせる。

 メガネ美女、という言葉が似合う人物だ。

 そんな音凪を見て、俺は思わず苦笑を漏らす。

「……本当に一緒のクラスになるとはな。驚かずにはいられねえよ」

 俺は音凪の元へ近寄りつつ、大袈裟に手振りをしながら言う。

 しかし、驚いたのは本当の事である。

「音凪は天才っていうより、どこかの世界の魔法使いに思えてきたよ。実は夜な夜な、見知らぬ怪物とバトってたりするのか?」

 俺はファンタジックな事をペラペラといっているが、正直有りそうで怖い。

 なんせ音凪は俺の予想を尽く裏切ってきたからな。

 内心ドキドキしながら返答を待つと、彼女は目を丸くした。

「よくわかったね。もしかして城嶋君もそうなのかな?」

 え? マジ? ふざけて聞いた話だったんだが。

 世の中なにがあるかわからないもんだなあ。

「って、んなわけないだろうがよ。何軽く納得しちまってんだよ俺」

 そう言いつつ、俺は肩を落とす。

「冗談だよ。また城嶋君の面白い反応が見たくてね」

 また小悪魔の部分が出てる音凪に、俺は肩を落としつつ苦笑いを浮かべた。

「でも私が天才なのって魔法なのかもね。自分では自覚してないけど、そういう類のものだったりね」

「それは格好いいな。まあ、本当に魔法とかがあるなら、使えれば便利だよな」

 例えば空を飛んでみたりだとか、瞬間移動をしたりだとか。

 非現実的だって言うのはわかってるけど、人間一度は魔法を使えればとか、憧れたりもするだろう。

「城嶋君は、魔法を使えるようになったら、どんな魔法を使いたい?」

「そうだな。取り敢えず学校の夏休みを延ばす魔法がいいな」

「偉く勝手の良い魔法だね。そんなのがあったら学校終わっちゃうよ」

 音凪は苦笑いを浮かべつつも、楽しげな雰囲気だった。

 なんだか、美咲と紫乃宮意外の女子とこれほどまでに会話が弾むとは思ってなかったな。

 高校生活の初めとしては、凄く良い感じでは無いのだろうか。

 俺はそういうふうに思い、会話を終わらせないように質問を返してみた。

「音凪は、どんな魔法が使いたいんだ?」

「私? 私はね……」

 音凪がそうやって思案している時に、教室のドアが開けられ、担任であろう男性教師が入ってきた。

 こうして話している内に、ホームルームを行う時間になってしまっていたようだ。

「悪い音凪、また後でな」

「うん、またね」

 短い挨拶を交わして、俺は自分の席についた。

 それから、手早くホームルームが始まり、クラスで簡単な自己紹介をして今はクラス内の役割を決めている。

 その役割とは学級委員長とか、そんなんだ。

 俺には関係ないと、他人ごとのように適当に聞き流しつつ、ペン回しをして暇をつぶしていた。

「学級委員長をするやつは、誰かいないのか?」

 担任の男性教師――藤丘先生は教卓で生徒を見回しながら聞く。

 しかしながら、誰も反応する気配がなかった。

 それもそうだろう。そのような面倒そうな役割、進んでいるような奴がいるわけ――

「はい」

 大きい声では無かったが、透き通るような声で全員の視線を集める人物。

 そう、俺はこいつの性格を忘れていた。

 音凪泉奈は、真面目系なのだ。

「じゃあ学級委員長は、音凪に任せていいか?」

 先生の言葉に、クラス全員がどうでもいいように返事を返す。

 まったく、真面目にも程があるっての。

 よくこんな面倒な役割、好き好んでやろうと思えるよな。

「じゃあ次は副委員長だ。誰かいないのか?」

 先生の声に誰も反応なし。返事がない、ただの屍のようだ。

 俺を含めたクラスのやる気の無さってもんがダダ漏れしてる気がする。

 それを見た先生が、思いついたように言う。

「音凪、誰か推薦したい人はいるか?」

「推薦ですか……。あ、はい。います」

 へえ、推薦ね。

 あいつに言われれば断りにくそうだし、選ばれたやつは不運だな。

 で、その不幸な奴は誰なんだろうか。恐らく中学時代の同級生とかそこら辺だろう。

 そう思っていたからこそ、俺は次の瞬間に衝撃を受ける。

「城嶋君です」

「はぁっ!?」

 自分の名前が呼ばれた瞬間、机を叩きつけつつ、弾けるように立ち上がる。

 いやいや待ちなさい。考え直せ音凪。

 知り合ったばかりで、そこら辺に転がっているような普通の男子高校生の城嶋直人だよ?

 なぜわざわざ俺をチョイスするのか、俺には全くわからない。

 なんだこの仕打ちは。俺がなにをしたっていうんだ。

「城嶋、いいのか?」

「え? いや~、その~、えっと~」

 自分で言っていたが、凄く断り辛い。

 こういうのって、言われたほうが負けみたいな感じなんだよな。

 俺は数秒思案するも、やはりここは白旗を上げるしか無いという結論に辿り着いた。

「わかりました。やります」

「じゃあ、学級委員長は音凪。副委員長は城嶋に任せる。二人共頼んだぞ」

 しかし、勢いで副委員長になってしまったけど、本当に大丈夫なのだろうか。

 そんな不安な思いを抱えた俺に、音凪は屈託の無い笑みで声をかける。

 それを見ると、先の不安など何処かへ行ってしまった。

「城嶋君、よろしくね」

「おう。こちらこそ、よろしく」

 こうして、少し俺に変化が訪れた時間だった。





 時間は進んで四時限目。正確には入学式が二時間分だったため、二時限目である。

 今は高校生活についての説明らしきものを長々と聞かされている。

 寝ようかと考え、机に突っ伏した時、隣の席に居る男子生徒から何やらメモ用紙を一枚手渡される。

 大概、こういうのは仲の良い誰かが紙を回してやってくるものなのだろうが、仲を深めたクラスメイトとしては音凪くらいしか思いつかない。

 かと言って、真面目そうなキャラのあいつが授業中にこんなことはしないだろうし……。

 考えてみても仕様が無いか。

 俺は折りたたまれたメモ用紙を広げて、絶句した。

 メモに書かれているのは、


 『やっほー城嶋君。唐突ですが問題です! 私は誰だと思う? 

城嶋君ならわかってくれるんじゃないかな~』


 誰だこいつ? 明らかに親しいやつだとは思うが……。

 美咲、では無いだろうな。

 俺はその疑問をそのまま紙に書くと、手紙の主まで回してもらった。

 すると、一分ほどでまた回ってきた。

 

 『ヒント! 隣のクラスで~す!』


 あ~、なんとなく分かって来てしまった。

 というか、確実に分かった。

 そこそこ仲の良く、隣のクラスで、俺を城嶋君と呼ぶ奴は紫乃宮くらいしかいないだろう。

 俺は「真面目に授業聞いてろ紫乃宮」と書いて、回してもらった。

 てか、どうやってメモ回してんだ? 隣のクラスじゃ普通回せないだろ。

 俺はそのことが気になり、メモの行方を追ってみた。

 メモは廊下側、最後尾の女子生徒まで渡った。

すると女子生徒は、その紙で紙飛行機を作り、それを隣のクラス目がけて投げた。

 なんてアクロバットなやり取りだよ。メールの送信画面じゃないんだぞ。

 俺はため息をつくと、黒板の文字をルーズリーフに書き始める。

また一分程して、今度はポケットに入れていた携帯が小刻みに振動した。

 教師に見つからないように、前の生徒の背を盾にして携帯を開く。

 メールの受信一件。送り主は紫乃宮だった。


『ピンポンピンポーン! 大正解! 流石城嶋君だね。私の変装をこうも安々見ぬくとは、もしかしてシャーロック・ホームズの生まれ変わりか!?』


 などと、馬鹿丸出しの文面に返信する気力も無くなる。

 てか最初からメールすればいいのに、わざわざメモを回すの逆に面倒だろう。

 無視しようと携帯を直そうと思ったが、ポケットにしまう直前で手を止める。

 このまま無視すれば、紫乃宮は間違いなく後でうるさくなるだろうと思ったからだ。

 後々無駄なことに時間は割きたくない、ここは仕方なく会話してやるか。

 俺は返信画面を開き、「シャーロック・ホームズは架空の人物だバカ野郎」と打って送った。

 すぐに返信が来る。


『そんなこと知ってますよーだ! 今のは君を試したのさワトソン君!』


 なぜ俺が試されなきゃならんのだ。しかもシャーロック・ホームズの次はワトソンかよ。

 こいつも授業中だっていうのに、暇してるんだな。

 返信しようと思ったが、まだ下に文が続いていた。


『P.S. 美咲が昼休みに会いたいって言ってたよー! 全くアツアツカップルには敵いませんなぁ』


 最後は無視しよう。

 会いたいって言っても、大方一緒に飯でも食べようってことだろう。

 まあ誰と食う約束してないし、一人で食べるよりはいいか。

 俺はそう思い「了解」と返信して携帯をポケットに入れた。

 そしてその後、暫く話は続いたが、時間が来たため四時限目を終了した。

「やっと終わったー」

 俺はそう言いながら、大きく背伸びをした。

 入学初日から授業あるとか、教師どもの陰謀としか思えん。

 ま、どうせ飯食って今日は終わりだしいいか。

 それにしても入学初日に昼休みもあるって変わってるな。

 なんでも生徒同士の親交を高めるためとかなんとか、さっき先生が言ってた気がする。

「さて、と」

 俺は弁当片手に席を立つ。

 丁度その時、音凪と目があった。

 変な所でこいつと合うよな。

 などと思っていると、音凪が俺の方へ歩み寄ってくる。

「城嶋君も、これからお昼かな?」

「ああ。幼馴染と他一名からの招集かけられてな。隣のクラスまで遠征しなくちゃいけないんだ」

「そうなのか~。せっかくだから城嶋君と食べようと思ってたんだけどな」

 なん、だと。 絶好のチャンスじゃねぇか。

 美咲や紫乃宮に誘われるより百倍くらい嬉しい。

 いやわかってる。飯を食べようと誘われたからと言って、俺のことが好きというわけではない。

 こういう行為で勘違いをしてしまい、玉砕してしまう男子を過去に何人か見たことがある。

 だからといって、安々と美少女の誘いを断るわけにはいかねえな。

「なんなら一緒に食べないか?」

「え? でも幼馴染さん達と食べるんでしょ?」

「飯は大勢の方が美味いって言うだろ。それに、音凪が来ても誰も困らないって」

「そうかな? ……じゃあ、お言葉に甘えて」

 見事に誘えたぞ、食事に。

 俺は内心嬉々としながら、音凪と二人で美咲のクラスまで足を運んだ。

「うーす」

「ど、どうも」

 俺はクラスの扉を躊躇いなく開けて、美咲達を探す。

 見渡すと、丁度教室の真ん中の席に、美咲と紫乃宮は座っていた。

 俺に気がついた紫乃宮は、ちょいちょいと手招きをする。

 その紫乃宮を見て、美咲も俺に気がつく。

「遅いじゃん直人。終わったら速攻で来るべきでしょ」

 おいおい、お前は一秒すら待ちきれない超短気人間なのかよ。

 カルシウム足りてないんじゃないか。魚の骨とか牛乳とか摂取しといた方が健康のためだぞ。

「んで、その後ろの子は誰? もしかして愛人かな? だったら美咲は私が貰っちゃうよ!」

「何が愛人だ。こいつは俺のクラスメイトで、音凪泉奈っていうんだ」

 俺が軽く紹介すると、音凪は会釈する。

 こういうところも、しっかりしてんだな。

「どうもはじめまして。さっき紹介された音凪泉奈です。今日は城嶋君にお昼を誘われたので、つい来てしまいました。お邪魔してごめんなさい」

「全然OKだよ。可愛い子なら尚更大歓迎! あ、私は紫乃宮梨香子。よろしくね」

「私は近江美咲。よろしくね、音凪さん」

 その二人のいきなりな歓迎ムードに若干押され気味ではあったが、音凪は嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 これなら、この二人とはすぐ打ち解けられそうだと傍から見ていて思った。

「ま、挨拶も終わったことだし、さっさと飯食おうぜ」

 俺が言うと、各々昼食を取り出して食べ始めた。

 今日の弁当は生姜焼きに玉子焼き、ほうれん草のごま和え。そして、きんぴらごぼうというバリエーション豊かなものだ。

 いつもそうだが、冷凍食品を使わないって所が恐れ入るんだよな。

 母さんは、「冷凍食品は手間が省けるけど自分の料理の方が数段上手いから入れない」と、言っていた。

 まあ母さんの自分ルールというやつだ。

「そういえば、音凪は弁当派なんだな」

「うん。今日は自信作」

 そう言いながら、玉子焼きやら肉じゃがやらが入った弁当箱を、自慢げに見せる。

 別に母さんの弁当が不味いってわけじゃないが、音凪の弁当も美味そうだ。

「さっき自信作って言ったよな? もしかして手作りか?」

「そうなの。いつも私が自分で作ってるんだ」

 へー、それは女子力高いな。

 将来いい嫁になるであろう人物だな。

「良かったら食べてみる?」

「いいのか? じゃ、この肉じゃがを一つ……」

 俺は音凪の弁当に手を伸ばし、ひょいと口にじゃがいもを放り込む。

 じゃがいもは噛むと予想外に柔らかく、かつ、よく出汁を染み込ませてある。

 味は濃すぎず、薄くもなくしつこい味付けになってない。

 これは文句のつけようがないぞ。

「んっ、美味い! 料理の才能あるぜ音凪」

「ふふ、ありがとう。良かったら、近江さんと紫乃宮さんもどうぞ」

「……いただきます」

「それじゃ、1つ」

 2人共、そっと箸を伸ばし自分の口に運ぶ。

 すると、さっきまでの緊張を忘れたかのようにパッと明るい顔を浮かべる。

「「美味しい!!」」

 声を揃えて言う気持ちがよくわかるぜ。

 女子高生が作ったとは思えない出来だからな。

「これ本当美味しい。私こんなの作れないよ。遥さんと肩を並べられるよ」

「それは私も同意。どうやったらこんな絶妙な味にできるのかな……」

 美咲と紫乃宮が揃って褒めたせいか、音凪は照れたように微笑む。

「そんなことないよ。お醤油とか塩とか、全部目分量だし」

 目分量って、結構料理慣れしてないと難しいものだろう。

 天才は料理まで完璧なのか。

 そうなると家事全般こなしてそうだな。女子としてそれは、かなりレベルが高いと俺は見た。

「音凪さん、私にも料理教えてー。お礼に揉んであげるから!」

「教えるのはいいけど、お礼はいらないかな」

 紫乃宮め。美咲だけでなく音凪まで自分の手にかけようとしてんのかよ。

 こいつ本当気に入ったやつには見境ないな。

 それに揉むって聞いた瞬間、美咲がいつでも逃げれるように椅子引いてたぞ。

「気になったんだけど、城嶋君と近江さんってお弁当の中身全部同じだよね。もしかして同棲でもしてるの?」

「よく気づいたね音凪さん! そう、この二人は何を隠そう同棲してるのよ!」

「違うから。てかなんで紫乃宮が嬉々として語ってんだよ。音凪、こいつの言っていることは7割9分虚言だからな。信用するなよ」

「そうだったの? 本当に信用しかけてたよ」

 マジか。危ねえ、弁解してなかったら俺たち同棲するって思われてたのか。

 その嘘が広まったらと思うと、もう学校に行きたくなくなる。

「実は、私の家母子家庭でさ。お母さんが仕事が忙しくてね。だから直人のお母さんにお世話になってるの」

 そう。中学時代もだが、時々「同棲してるの?」とか聞かれてしまうため、やや困ることもあったが、断じて違う。

 実は美咲が中学1年の時に、父親を病気で亡くしており、現在近江家は美咲の母の美雪さんが支えている。

美雪さんはバリバリのキャリアウーマンというやつで、家に帰って来るのは早朝で、寝に帰っているだけらしい。

そして美雪さんが美咲の面倒を見ることが出来ないので、母さんに頼み、俺の家に入り浸っているのである。

朝昼晩の飯は俺の家だが、ちゃんと美咲は自分の家に帰っている。

まあ家はすぐ隣だから全然問題はない。

「そうだったんだ。ごめんなさい、あまり軽々しく聞いていいことじゃなかったね」

「え? いやいや、全く大丈夫だから。私そういうつもりで言ったわけじゃないし、気にしないで」

 真面目に謝る音凪に対して、美咲があたふたしながら対応する。

 音凪の真面目さは知っているつもりだが、ここまで堅苦しくされては逆に相手に気を使わせるだろう。

 それも含めて、本当にいいやつなのだろうと、会って間もないながらも思った。

「そう? ありがとう、近江さん」

「いえいえ、どういたしまして。って言っていいのかな?」

 そうはにかみながら言う美咲を見て、音凪も笑顔を見せた。

 俺達はその後も、予鈴が鳴るまで駄弁り続けて、結構楽しい昼休みを終えた。


 ◇◇◇



今日は入学式のため、午後の授業は無くすでにSHRに移っている。

 なんともまあ、大変というか、不思議な一日を体験したものだ。

 しかし、この様子だと高校生活は何とかなりそうな気がするな。

「起立、礼」

 音凪の号令で、みんなが一斉に立ち、礼をした。

 そして、それぞれまばらに教室を出て行く。

 俺もカバンを手に取り、教室から出ようとする。

 その前に、音凪に一言声はかけておくか。学級委員の仕事を早速任せるわけだし、そのまま帰るのは気が引ける。

「音凪、また明日な。悪いけど学級日誌頼んだ」

「あ、うん。日誌は週交代でいいんだよね?」

「そうだな。日替わりより週替りの方が、当番を忘れにくそうでいいと思う」

「わかった。じゃあまたね、城嶋君」

 そう言って、教室から去る俺に笑顔で手を振る音凪。

 それに俺もヒラヒラと手を振り返し、教室を出た。

 さて、今日一日は成功したと言っていいだろう。

 女子とも話せたし、クラスではまあまあな地位を確率したはずだ。

 俺は内心で充実感を感じつつ、美咲の教室まで足を進める。

 そして丁度いい具合に、美咲が教室から出てきた。

「ナイスタイミングだね、直人」

「みたいだな。あれ、紫乃宮はどうした?」

「りっちゃんは学級委員で仕事があるから、先に帰っててだってさ」

「へー、紫乃宮も学級委員だったのか」

 美咲によると、誰も学級委員をやりたがらない状況をみた先生によって、くじ引きで決めることになったという。

 そのくじ引きの結果、紫乃宮が運悪く当たりを引いてしまい、学級委員になったらしい。

 なんというか、紫乃宮もツイてないな。

「も、って事はもしかして直人も学級委員になったの?」

「ああ。音凪の推薦でな」

「音凪さんの推薦? ……なんか怪しい。下心があってなったわけじゃないよね?」

 俺がそう言った途端、美咲が急に不機嫌そうな顔をする。

 何も不機嫌になるような事は言ってないはずなんだけども。

「いや、だから推薦だって。俺がどうこうしたわけじゃないし、音凪が俺を選んだだけだって」

「それこそおかしいでしょ。普通推薦するなら中学校の同級生とか友達でしょ。会ったばかりの直人に任せるのは納得がいかない」

「そんな事言われても俺がわかるかっての。お前の考えだと、クラスに友達がたまたま居なかったと考える事もできる。例えいたとしても、そいつに任せるのは申し訳なく、会ったばかりで話したことのある俺にお鉢が回ってきたって感じだろうさ」

 俺がそう意見を言うと、確かにそうも考えられると美咲は納得してくれたようだ。

 それにしても助かった。ここで面倒を起こせば色々と振り回されてただろう。

 ましてや過去に苺シューを買い忘れた罪もあるため、何か言われても従うしかないわけだ。

「そんなことよりさっさと帰ろうぜ。家帰って午後はのんびり過ごしたい」

 これ以上話を続けると俺の思った通りになりかねないので、俺はさっさと下足箱まで行った。

そこで俺達二人はシューズからローファーに履き替えて、玄関を出た。

 特に用もないので、校門を出て真っ直ぐ帰ろうとした所に、一匹の白い猫が目に留まった。

 美咲がそれを見ると、眼の色を変えて猫に近寄っていく。

 だがしかし、猫は俺達を一瞥すると、すぐに走り去って姿を消した。

「あ~、触りたかったのに~」

 美咲が残念そうに言うが、さっきの美咲の眼を見て逃げたのは当たり前だ。

 幾ら動物好きといえ、あんな風に寄って来られたらそれは逃げるだろう。

「にしても、綺麗な猫だったな。毛並みも綺麗だし、どっかの豪邸にでも住んでるのかもな」

「そうだね。あー、触りたかったな」

 二回言うほど触りたかったのか。

 美咲は動物好き、中でも猫が好きなため結構がっかりした面持ちだった。

 そんな美咲をなだめつつ、帰路についた。

「今日は楽しかったね。音凪さんって真面目そうだけど、面白いんだね」

「事実真面目ではあるんだけどな。自分から学級委員長になるとか、どんだけだよ」

 音凪は、才色兼備をそのまま形にしたような人間だ。

 あんな完璧超人、どうやったら生まれてくるのやら。

 そうして今日の出来事を互いに喋りつつ、見慣れた住宅街を進み、大きな交差点へと出る。

 そこは喫茶店やデパートなど、建物が立ち並んで、めまぐるしく人が歩いている光景がいつもの日常だった。

 だけど、今俺はいつもとは違う光景を見ていた。

「おい、美咲」

「やっぱり気づいた? ……なんか、変だよね」

 なんかと言うよりも、確実におかしい。

 ここまで人気が無いというのは、常識的に考えてもありえない。

 慌てて四方八方見渡しても、やはり誰も見当たらない。

 加えて道路で車も走ってないし、俺達の話し声以外一切音がない。

「なにが、どうなってんの?」

 美咲が困惑の表情を浮かべ、周りを見渡す。

 俺も同じようにしていると、ふと人影を見つけた。



「どうやら、人払いの結界は上々みたいだな」



 そう発した者は二十代半ばくらいの、黒いスーツを着た男だった。

 しかし、真面目そうなスーツと相対するように、ネクタイを緩めて、いかにもだらしがないように見える。

 少なくともこの異常な状況で、目の前の男は只者ではないだろうと直感した。

「あんた、誰だ?」

 俺が男に対して、鋭い眼差しで問う。

 それを男は軽く笑みを浮かべて躱す。

「俺は試験官の桐崎漸次きりさきぜんじ。お前らをこれからテストするために来たんだ」

 テストなんて入試だけでもうたくさんだっての。

 いや、そもそも何のテストだ?

 明らかに筆記試験でもやる空気ではないよな。

「俺はお前達を試しに来たんだ。城嶋直人、近江美咲」

 人の質問を真顔でスルーとは上等じゃねえか。

 少し苛ついた俺だが、それよりも疑問が口をついて出た。

「どうして、俺達の名前を知ってるんだよ」

 もしかして警察? いや、犯罪をした覚えはないし、それならテストとかわけのわからないこと言わないだろう。

 俺が考えてる間に、桐崎という男は気怠そうに言う。

「そんなことはどうでもいいんだ。こちとら、さっさと用件済ませたいんでね」

 言い終わると同時に、アクセサリーのようなものを俺達に投げ渡した。

 俺と美咲はそれを慌ててキャッチする。

 俺の手の中に収められたのは、銀色のブレスレット。

美咲は青い宝石が埋め込まれたネックレス。

「それを身につけておけ。そうすれば、お前らの力量次第で魔法が発動出来るようになるだろう」

「魔法だって? なに言ってんだよ。てか、テストって何するんだよ」

 さっきからこっちの質問には全く答えないし、何考えてんだよコイツ。

 テストやら魔法やら知らないが、マズイ状況だっていうのは飲み込める。

「美咲、逃げるぞ!!」

「え、わっ!?」

 俺は慌てて美咲の手を掴むと、桐崎と名乗った男に背を向けて走りだす。

 この状況が普通じゃないってのは飲み込める。だからこそ、あのままあいつといるのは危険だ。

 最悪、美咲だけでも逃さないと!

「おいおい、鬼ごっこをする時間はないんだ」

 背後から桐崎の声がし、思わず振り返る。

 すると、桐崎は右手を上から下になぞるように振る。

 その動きと全く同時に、俺達の横を何かが素早く通り過ぎたような風圧が襲う。

 さらに旋盤で鉄を加工した時のような高音が響いた。

「な、なんなの!?」

 美咲も何があったかわからず、驚きの声を上げる。

 ふと地面をみると、俺達のいる場所から数十センチ離れた場所に、何かで焼き切られたかのように、アスファルトが熱を帯びて赤黄色に光り、音をたてながら煙をあげていた。

「なんだってんだよ、これは」

「今のが魔法ってやつだ。初めて見るから理解できないのも無理はないか」

 魔法? そんなもんが、本当にこの世の中に存在するって言うのかよ。

 あまりにも現実離れしてる。そんなの、あるわけがない。

「まあ納得しにくいだろうが、事実だからな」

 確かに、桐崎は別に何か機械を持ってるわけでもないし、ただ手を振る動作をしただけ。

 それでこんな現象が起こるんだ。

 加えてこの異常な人気の無さ。まさか本当に、奴がやったのは魔法なのか?

「ちなみに今のはワザと外した。まあ言わないでもわかるだろうが、下手すれば死ぬだろうな」

 死ぬ。その言葉をこれほど重く感じたことは生まれて一度もない。

 思わぬ状況で心臓が早鐘を打ち、額から出る脂汗が俺の頬を伝う。

 そんな絶体絶命の状況で、桐崎は鋭い目をして言った。

「さあ、お前らの力を見せてみろ」


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