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1 変わらぬ日

 桜が満開となり、暖かな陽が照る四月初旬。

 この時期は学生にとって、新たな一年のスタートでもある。

 そして俺、城嶋直人きじまなおとも例外なく、春休みを経て今日で高校生となる。

 まずは、枕元でジリリリと鳴り響く目覚ましを手探りで探して、乱暴に叩いて止めるところから一日は始まった。

「うぅぅ」

 俺は屍の如きうめき声を上げつつ、寝ぼけた頭で目覚まし時計を見ると時刻は7時8分。

 なんだ、まだ寝れるな。

 そう思った所で、閉じかけた瞼を無理矢理に開く。

 本来ならまだ寝ていたいところだが、今日はそう言うわけにはいか無かった。

 なぜなら、流石に入学式で遅刻などしたら洒落にならないからだ。

「夜更かし、するんじゃなかった……」

 俺は重い体を持ち上げベッドから起き上がり、そう呟く。

 ふと時間の流れとはとても早いものだと、入学式を今日に控えた今ならそう思う。

 この間まで中学生をやっていたこともあり、今日から高校生という気分があまりしない。

 中学時代が楽しかったか、と聞かれるとどちらでもない感じではあるのだが、ある人物から俺の中学生時代は良い物では無かったと言われてしまった。

 なんでも、友達を最小限しか作らず、勉強もろくにしなかった事がその原因らしい。

 それくらい全然問題ない、むしろ普通だと思う。だが、それを言った人物は自分がハイスペックなのを自覚しているのかは知らないが、その水準に満たなかった俺をダメだと決めつけた。

 よってそんな俺の状況を見て、そんなことじゃいけないと言われたこともあり、高校生活は中学時代以上には充実させようと考えてはいる。

 なので、そのスタートダッシュで転げないようにしなければいけないわけだ。

「まだ眠いけど、仕方ないか」

 俺は眠気が襲ってこないうちに行動をしようと、ベッドから起き上がり、冷たい床に足を降ろした。

するとその時、



「直人起きろー! 忘れたのー!? 今日は入学式だよ!」



 突如、俺の部屋の扉が勢い良く開け放たれ、蝶番が悲鳴を上げる。

 だがそんな事はお構いなしに、1名の女子が遠慮も無しに入ってきた。

 彼女の名前は近江美咲このえみさき。端的に言えば俺の幼馴染だ。

 綺麗に手入れされた髪は肩ほどの長さで、茶髪の混ざった(染めてはいないらしい)黒髪ストレート。

 そして背の高さは身長172の俺と比べると小さく、160も無い。

 その華奢な体躯に加えてスタイルが良く、中学時代は男子の人気も高かったのを記憶している。

 補足しておくと、美咲こそ俺の中学生活を批判した人物である。

 そんな美咲は、あまり見慣れない黒地に白のラインが入ったミニスカートをはき、藍色を基としたブレザーを着ていた。

 そして、俺が寝ていると思い、いつもの台詞を言おうと腰に手を当てて呆れたように肩を落とす。

「何時まで寝てる――」

 その途中で声が途切れ、美咲は起きている俺を見るやいなや、幽霊でも見たような表情をする。

 そして目を数度瞬きすると、目が疲れた時のように目元を押さえる仕草を取って首を傾げた。

「……ごめん。私目がおかしくなったかも。なんか直人が起きているように見えるんだけど」

「朝から元気だな。寝起きなんだからあんまり騒がないでくれよ。大体、高校生になるだから一人で起きられるっての」

 毎日起こしに来てくれるのは正直ありがたいのだが、美咲にかかれば逆に眠らされてしまう可能性がある。

 その理由は俺が一度起きるのを拒めば、次に出るのは言葉ではなく美咲の拳だからだ。

 それを回避するのと心機一転を兼ねて、美咲が起こしに来る前に起きるというのを今日から始めた。

「まあ、自分で起きれるなら良し。それよりも直人! これどう?」

 そう明るい声で美咲は見せびらかすように、その場でくるりと周り制服の感想を求める。

 本来なら皮肉を言って誤魔化す場面だったが、存外似合っているため思わず言葉に詰まってしまった。

 しかし、ここで変な空気になるのも面倒なので、俺はまだ寝ぼけている頭で慌てて言葉を繕った。

「そうだな、似合ってるんじゃねえの?」

 少し冷めたような言い方だったろうか? だけど褒め言葉だし大丈夫だろ。

 その考えの通り、褒められたことが嬉しかったのか美咲は満足そうに微笑む。

 それがこっ恥ずかしく、俺は手を振って部屋から出るように言う。

「ほら、着替えるから出てけって」

「つれないな~。小さい頃は一緒にお風呂に入ってたじゃん」

 あれ、そんなこともあったっけ?

 だとすると昔の俺はなんて羨ま――いやいや、違うだろ。

「一度も一緒に入った覚えはない。勝手に記憶の捏造してんじゃねえよ」

「ちぇ~、バレたか。……それじゃあ遥さんとご飯の準備してるから、早く来てよね」

「わかった。すぐ行くから待っててくれ」

 俺が早く行けと手を払うと、美咲は素早く部屋から出て行った。

 そして、それを見送った俺は、クローゼットに収納してある新品の制服に手をかける。この男子の制服も女子と同じ色のブレザーである。

 中学は学ランだったから、ブレザーには憧れもあって少し嬉しい気分ではあるんだよな。

「これでよしっ、と」

 俺は手早く制服に着替え終わると、一階まで降りて洗面所で顔を洗った。

「……入学式だから、一応は気を使っとくか」

 これは普段なら特に気にしなかっただろうが、第一印象が悪くては今後に影響してしまうからな。

 俺は鏡の前で短くも長くもない中途半端な長さの黒髪を整えた。

 しかし整えたと言っても、はねた寝癖を直す程度。

 あまり身なりに気をつけすぎても時間が勿体無いし、これだけで十分だろう。

 そして髪を整え終わると、母さんと美咲の待つダイニングまで向かった。

「おはよー」

「あ、やっときたわね直人。今日は自分で起きたんだってね。いつもそうしてくれれば美咲ちゃんも私も苦労しなくて済むんだけど」

 母さんは料理器具を洗いながら、呆れたようにため息をつく。

 俺の母―――城嶋遥きじまはるかは専業主婦である。

 母さんは、高校生の子供を持っていると思えないくらい若く見えるとよく言われているらしい。

 息子の俺から見ても、これはまだ20代半ばくらいと言っても無理はないのではないだろうか。

 ……それは流石に言い過ぎ、というものか。まあそれくらいの見た目ではある。

 でも実際は、さ―――

「うおっ!? 危なッ!」

 途端、母さんの手からフォークが勢い良く投げられた。

 それは俺の顔に当たるギリギリを飛び、壁に当たって金属音を立てると床に落ちた。

 俺は絶句しつつ、母さんを視界から外すことは出来なかった。

 その母さんはというと、右手に拳を作りそれをコツンと頭に当てる。

「あ、ごっめ~ん。手が滑っちゃった☆」

「滑っちゃった☆ じゃねえよ! 何を可愛さアピールしてんだよ! まったく、もういい年なんだから少しは自重しろよ。 ……それに、明らかに俺を狙って投げてたよな? 完璧にフォームをとってから全力投球してたよな?」

「あんたが変なこと考えてる気がしてね。それに、私は永遠の20代よ」

「マジでそれ言う人いるのかよ……」

 朝から面倒なことになったものだ。

 こんな行動を取るも、母さんは美人で人当たりもいいと、近所では有名である。

 だが息子から見れば、怖い母親にしか見えないから不思議だ。

「もういいから、さっさと食べちゃいなさい。あんまり時間ないわよ」

 時計を一度確認すると、確かにあまり余裕は無いみたいだ。

 ギリギリまで寝たのが影響しているのだろうが、遅刻するという程でもないか。

「へいへい、わかったよ」

「返事は、はいでしょ」

 母さんは俺の怠けた返事に苛ついたのか、少し不機嫌そうな顔をして言う。

 どうせなら、限界まで試してみるのも面白いかも。さっきのささやかな仕返しだ。

「はいはい」

「返事は一回!」

「はーい」

「伸ばさない!」

「うぇい」

「馬鹿にしてんのかアンタはぁぁぁぁ!!」

 これだけふざけられればキレるよな。

 まあ家族のスキンシップとして許してくれるだろう。

「冗談だよ冗―――ちょ!? それは洒落にならない!! フォークとナイフを俺に向けて構えるな!! 俺は食べ物じゃない!!」

「安心しなさぁい。お母さんが優しく料理してあげるからぁ」

「いやマジ勘弁! すいませんでしたぁぁ!」

 俺はその後何度も土下座をし、許しを貰った。

 危うくぶつ切りにされて、煮るなり焼くなりされて無駄に捨てられるところだった。

 美咲は先にテーブルに付いていたようで、その光景を見てやれやれと言わんばかりの顔をしていた。

「あまり遥さんを困らせちゃダメだよ直人」

「お前が俺を困らせてるのはどうなんだよ。色々と迷惑をかけられている気もするけど?」

「私はいいんだよ。なんたって私の脳内ヒエラルキーで直人は私の下だからね」

 無茶苦茶な理屈だ。そしていつから美咲の脳内ヒエラルキーで俺は下になったんだ。

 若干不満を感じつつも、取り敢えずそんなこんなで、母さんと美咲と用意された朝食を食べる。

 朝食のメニューは白飯、味噌汁、ハムエッグと付け合せのサラダ。

 至って普通の朝食なのだが、味はとても良い。

 特に値の高い調味料や材料を使っているわけでは無いのだが、母さんはそれを上手く調理しているのだ。

 母さんはこの料理の腕前で、俺の父さんである、城嶋龍斗きじまりゅうとを口説き落としたと言っていた。

 その父さんは現在、会社の仕事とやらで海外に飛んでいる。そのため家にはしばらく帰れないと言っていた。

 仕事自体は詳しく聞いたことしか無いが、何でも製造業をやっているらしい。その事業拡大ということで、海外に飛んだとのことだった。

 そこで改めて働くって大変なんだなと認識し、俺が湯気の立つ味噌汁を啜っていると、遠慮がちに美咲が発言した。

「いつもすいません。ごちそうになって」

「いいのよ。こちらこそいつもごめんなさいね。ウチの馬鹿直人を起こしに来てもらって。全く、美咲ちゃんの垢を煎じて飲ませてあげたいわ」

 自分の息子を馬鹿呼ばわりする親、こういう大人にはなりたくない。

 しかし、場を乱したくないので、これ以上の言葉は白飯と共に飲み込んでおくことにした。

 そして目玉焼きに手をかける。

 俺がまずやることは、黄身の確認だ。ちなみに俺は固焼き派である。

 しかし、結果は……。

「なんだ、半熟か。俺は固焼きがいいんだけどな」

「何言ってんの直人。黄身は生焼けの方が美味しいに決まってるでしょ」

 美咲がわざとらしく、やれやれと言った風に首を横に振る。

 そういえば美咲は前にも生焼け派って言ってたな。

 固焼きの良さを知らない奴がまだいたとは、世の中は広いな。

「馬鹿か美咲。生焼けなんて生卵を食ってるのと一緒だろうが」

「そういう固焼きこそ、もはやあれは目玉焼きとは言えないよ。黄身はとろけるからこそ美味しいんだよ」

「いやいや、ドロドロの目玉焼きなんて、割れた瞬間にテンションガタ落ちですから。米と一緒に食ったらそのまま卵かけご飯になるとかっていうオチになるだろ」

「固焼きなんて、喉にしぶとくこびりついて、水分吸い取るから喉渇くじゃん」

「なんだと! それ以上固焼きを悪く言うなら表に出やがれ!」

「いいよ! その勝負受けて立とうじゃない!」

 俺と美咲は、後に目玉焼き戦争と呼ばれる大決戦をする―――ことは無かったとさ。

 なぜならば、母さんが笑顔を保ちながらもその眼の色が変わっていたからだ。

 言うまでもなく、完璧に怒ってらっしゃる時の眼だ。

「二人共~。早く食え」

「「はい」」

 俺と美咲はその笑顔に怖気づき、大人しく朝食の続きをとった。

 そして母さんは、茶番を見ていたかのように呆れたため息をつく。

「……全く。二人共わかってないわねえ。半熟がいいんじゃない」

「これを仕組んだのは母さんだったのか。危うく戦闘勃発だったぞ」

 やはり母さんは侮れないな。まさか裏で糸を引いていたとは。

 そうして朝食の場でギャーギャー騒ぎ立てていた時に、つけていたテレビのニュースが全員の注目を集めた。

 そのニュースではよく見る男性キャスターが、淡々と起こったことを告げた。

『以前話題になっている、全国で突然人が消えるという不可解な事件が多発しており、昨日も十四名の行方がわからなくなっております。原因は今だ分かっておらず警察は――――――』

 そう。このニュースで言っている通り、一週間程前から日本全国で、ある集団失踪事件が起こっているのだ。

 この事件は不可思議な点が多いために、都市伝説のように “神隠かみかくし”なんて呼ばれてる。

 これだけ大々的な事件だが、犯人の足取りすら掴めていないらしい。

 そんな中で消えた人数は計98名。内、見つかったのは46名。

 見つかった被害者に一体なぜ失踪したのか警察が問いかけると、全員同じように覚えていないと言うらしい。

 しかもそれが嘘をついている様子でも無いらしく、今は全員異常なく普通に生活しているというのだから、さらに謎が深まるばかりだ。

 こんな風に記憶の断絶と、相当な数が消えてることもあり、幽霊だの宇宙人だのとオカルト系の出来事だと騒ぐ奴も出てきている。

 なにせ一週間そこらで大人数が消えたり戻ってきたりしているのだから、噂が立たないわけもない。

 物騒っていうか、変わった世の中だよな。

「奇妙な事件よね、人が消えるなんて。……直人、危ないことはしないでよね。美咲ちゃんだっているんだから」

「努力するよ。といっても、怪奇現象相手だとどうしようもないけど。そもそも関わる確立も低いだろうし」

「わかんないよ。直人は変なとこで悪運が強いから」

 美咲、横から嫌なこと言うんじゃねえっての。

 むしろ俺は運がありまくって発散しないと爆発するくらいだ。

「まあなんにせよ、本当用心してよね」

 それはそうだろうな。超常現象相手にどうやったって勝ち目なんて無い。

 と言うかその前に、これが本当に超常現象だったらって話だけど。

 もしも人為的なものなら、関わる確立なんてそれこそ低いだろ。

「遥さん、安心してください。直人は私がしっかり見ときますんで」

 軽く胸に握りこぶしを当て、自信を持って宣言をする美咲。

 なんだか俺が守られる側に立ってしまっているが、不満は口を出すだけ面倒だ。

 まあ取り敢えず、この事は置いておこう。今は入学式が第一に大事なものだ。

「ごちそうさま」

 俺は食器を片付けから鞄をチェックする。

 そして俺より少し遅れて、美咲も食べ終えたようだ。

 それを見てから時計を確認すると、そろそろ出たほうがいい時間になっていた。

「さて、そろそろ行くぞ。折角起きたのに遅刻するわけにもいかない」

「そうだね。それじゃいこうか」

 俺と美咲は用意していた学校指定の茶色いカバンを片手に、玄関まで進む。

 新調した黒いローファーを履き、扉を開け放つ。

 外からさんさんと降り注ぐ陽光に、一瞬目を瞑る。

 入学式に合わせたように、今日は清々しい程に晴れ渡っていた。

「それじゃ、行ってきます」

「遥さん、行ってきます」

「は~い、気をつけてね」

 母さんの声を背に、俺と美咲は歩き出した。

 いつも通っていた道とは違う、新しい通学路。

そして、今日から高校生になるという気持ちも相まって、妙に浮き足立っている。

 そうこうして歩き続ける事20分弱。俺と美咲は学校に辿り着いた。

「改めて見たけど、結構立派な学校だよな」

 俺達の目の前にある、白波しろなみ高校。

 白波高校は、そこそこ人気のある進学校で結構レベルが高い。

 そのため俺なんかが受かるためには、相当な勉強が必要だったわけで……。

「懐かしいぜ、あの苦労した日々が」

 俺はあの辛く厳しい勉強をしていた頃を思い出し、思わず感極まる。

 美咲に教えてもらう、というよりは罵倒されながら成績をあげたからな。

 そうして苦労して入ったんだ。絶対に高校生活楽しんでやる。

「いやー、楽しみだ。きっと可愛い女子と仲良くなったりするんだろうなー。これぞ青春って感じで」

「直人に待ち受けるのは青春じゃなくて真冬だろうね。それも凄く寒そうなシベリアの」

 え? なんで急にそんな冷えきった暴言を吐かれたの俺?

 急に、それこそシベリアの真冬のような冷めた物言いに思わず美咲に目を向けた。

 そこで見た美咲は、なぜかムッとした顔をして不機嫌さを醸し出していた。

「あ~あ、直人可哀想だなー。このまま凍死しちゃうんだろうなー」

「そこまで冷えきってんの? 俺の青春はどこにあるっていうの?」

「どこにもないよ。あるのは直人の頭の中だけだよ」

「なんだとテメェ! それは一年中頭がお花畑だね。と言ってると解釈していいんだよな!?」

「1年中? いつもの間違いじゃない?」

 明らかに喧嘩売ってやがる……。

 入学式始まる前から俺の気分を削いで何が楽しいんだ。

「大丈夫だよ直人。冬でも枯れ木はあるから。直人と枯れ木って、とてもお似合いだよね」

「……」

 なぜそこまで俺を罵倒するんだこいつは。

 俺って美咲になんか不機嫌になるようなことしたっけ?

 うーむ……考えられるのはこの間、知らずに美咲が楽しみにとっていたプリン食べたことか? その罰として買っておいてと頼まれた期間限定の苺シュークリームを買いそびれたことか? それとも今朝の目玉焼きの件を引きずってるのか?

 ……目玉焼きの件は兎も角、怒られる要素はあるな。

「もういい、わかった。無理にテンション上げた俺が間違いだった。いつも通りにいく」

「そうそう、それでこそ直人だよ」

 いや、そもそもお前が俺の中学生活に文句を付けたのが始まりだからな。

 などと、それを言ってしまえばもう一度美咲に暴言を吐かれる気がしたのでやめた。

 気持ちを切り替えるようにして、俺は学校を見渡してみる。

 それにしても、綺麗に整備されてる学校だよな。

 確かこの学校は4年前に立て直したばっかりだと、パンフレットに書いてあったな。

「取り敢えず、体育館に行くよ。そこで入学式やるらしいから」

 美咲がそう言うと、我先にと歩いて行く。その体育館までの道のりを俺は知らないため、美咲の背をついていく。

 しかし、俺も知らないのに美咲はわかるのか?

 などと一瞬考えたが、体育館まで迷わないよう、三角コーンとバーで道が作られていた。

そしてそれに素直に従い、歩みを進めていると、程なくして俺たちは体育館に到着した。

 その入り口には、入学式と書かれた白い看板が立てられている。

 入ってみると、すでに大勢の教師や新入生で溢れかえっていた。

「体育館まで綺麗だな。流石人気なだけはある」

「そうみたいだ―――ひゃわあぁぁ!?」

 俺の横に居た美咲が急に悲鳴を上げたので、俺はすぐさま顔を向ける。

 美咲の後ろに見覚えのある、癖毛ショートカットの女子生徒を発見した。

「……なにやってんだ、紫乃宮」

 彼女の名前は紫乃宮梨香子しのみやりかこ

 中学時代の同級生で、美咲の親友だ。

「どーも、城嶋君。相変わらずお熱いですな~。でも、私の美咲は渡さないよーっ!」

 おいおい、公共の場で女子が女子の胸を揉むんじゃありません。

 傍から見ても俺から見ても、ただの百合だから。

「ちょ、いい加減……。やめっ、てッ! ひゃうっ!」

 美咲が頬を赤く染め、事あるごとに甘い声を洩らす。

 これは危ない、非常に危ない。

 どのくらいかって、これを見た男子生徒が顔をトマトのように赤くするほどだ。

 ちなみに俺は毎度のことなので、慣れてしまっている――わけもなく、真っ赤というわけではないが顔が熱を帯びているのを感じた。

 勿論このまま放って置くわけにはいかないので、紫乃宮を止めにかかった。

「もうそれくらいにしてやれ、紫乃宮。美咲が大変なことになってるから」

「え~、まだまだこれからだったのに」

 なにがこれからだ。これ以上があってたまるものか。

 紫乃宮はいたずらっぽい笑みを浮かべつつ、美咲から手を離す。

「うぅぅ」

 美咲は軽く涙目になって、よたよたとその場に座り込む。

 なんとかこれくらいで収まって良かった。

 俺が止めなければ間違い無く、変な行動をしたに違いないだろう。

「もう、りっちゃんてば。相変わらず変態入ってるよね」

「それはまだして欲しいっていう催促かな」

「ひっ!」

 舌なめずりして怪しい目をするなって。

 美咲がマジで怯えてんじゃねえか。

「いい加減にしとけよ。一応教師も居るんだからな。てか公共の場所で変なことするな。俺の迷惑も少しは考えろ」

「愛には教師も年齢も性別も場所も関係無いんだよ! 大事なのは愛らしさ!」

 グッと親指を突き立てていう紫乃宮に、ため息をつく以外に対処はできなかった。

 美咲も美咲で破天荒だが、一応節度ってのを俺以外には持っている。だが、こいつは更に上をいってるよな。

「さて、そろそろ始まるっぽいし、いこうか」

「それもそうだな」

 紫乃宮に言われてから、俺たち三人は用意されたパイプ椅子に座ろうとしたのだが、三人続いての空きが無いため、美咲と紫乃宮は一番後ろの列に座り、俺は一人離れて二つ前の椅子に腰を掛けた。

 そして、それからすぐに入学式は始まり、校長のどうでもいい話を聞かされている。

「……なんだかんだで、入学式って苦手なんだよな。挨拶とか言いながら長すぎるだろ」

 俺は独り言を呟き、同時にため息をつく。

 どうして偉い人物は無駄に長ったらしい話をするのだろうか。簡潔に言いたいことだけを述べればいいものを。

「ねえ、君」

 校長とか、紙に文章書いてまで長い話はする必要ないって。

 ただ時間が勿体無いとしか思えない。

「ねえってば」

 そもそもだ。入学式とか放送でするわけには行かないのだろうか?

 別に歓迎するとか言っても、パーティーやるわけじゃあるまいし。

 やっぱあれかな。現代っ子と考えの食い違いとかあるんだろうな。

「無視しないでよー」

「……え? 君って、俺のこと?」

「そうだよ。それに、私は君の方を見て声をかけていたんだから、君以外にはありえないよ」

「いや、自意識過剰とか思われたくないから、敢えて無反応でいたというか……」

 え、なに?

 とか聞いて、俺じゃなかったら超恥ずかしいだろ。

 過去にそういう経験を数度したこともあって、無関心でいることに慣れてたからな。

「ふーん、変わってるね。まあとりあえず自己紹介しとくよ。私は音凪泉奈おとなぎいずな。よろしくね」

 音凪と名乗った少女は、黒い髪をポニーテールにしていて、リムレスフレームの眼鏡をかけていた。

 服装は言うまでもなく、美咲と同じ制服を着ている。

 見た目は美咲に負けず劣らずの美少女なのだが、どこか大人びた印象がある女子だと感じた。

 俺はそんな彼女に思わず見とれていたが、すぐに我に返って自己紹介をした。

「俺は城嶋直人。ええと、なんか言ったほうがいいのか? この場合は」

「それは私がとやかく言うことじゃないと思うんだけどね」

 音凪は苦笑いをする。

 流石に俺の話題振りが悪かったか。

 でも急に女子に、しかも美少女に話しかけられて動揺しないはずもないだろう。

そんな風に軽く狼狽している俺に、音凪は微笑みながら話しかけてきた。

「じゃあ私から話題を振ってあげよう。……う~んそうだな。城嶋君は好きな人なんかいたりする? もしかしてさっきの女の子? どっちと付き合ってるの? もしかして両方とか?」

 なんだその食いつき加減は。思わず身を引いてしまったじゃねえか。

 それに話題も話題だ。そういう話を初対面の相手にいきなりぶつけられるのも凄いな。

「これまた唐突な話題の振りだな。そういうのはもう少し仲良くなってから話す話題じゃないのか? そもそも、あいつらとはそんな仲じゃないって。ただの幼馴染と中学時代からの友達だ」

「ただの、ねぇ……」

 なんだか含みのある言い方だな。

 というか、知り合ったばかりの女子に、いきなり恋バナを振られるとは思ってもいなかったな。

「それもそうだね。じゃあ朝はなに食べた?」

 今度は至って普通な話題だな。

 まあこれくらいが妥当だろう。

「白飯と味噌汁に、ハムエッグと付け合せのサラダ」

「美味しそうだね。城嶋君、朝はご飯派なんだ?」

「そうだな。パンも別に嫌いってわけじゃないんだけど、ご飯の方が腹にたまって昼まで持つんだよ」

 パンはパンでも惣菜パンは大丈夫なのだが、朝から菓子パンだけは無理だ。

 まあ母さんは料理するのが好きだから、ほとんど朝はご飯になっている。

 しかし、極稀だが母さんが体調不良で寝込んだりした時は、やむなくコンビニで買ったパンで朝を済ませていたのを覚えている。

「私もご飯派。ハムエッグって言ってたけど、目玉焼きはなに焼きが一番好き?」

「固焼きだな。半熟はギリギリセーフ」

「そうなんだ。私も固焼き派なんだよね。半熟とかも美味しいと思うんだけど、やっぱり固焼きの黄身の加減が一番好きなんだよ」

 おお、意外と気が合うな。これまで好きな物が見事一致してる。

 美咲とはここまでのシンクロはしてなかったから、ちょっと驚いたな。

 確かに黄身の加減1つで目玉焼きってのは変わるからな。

「じゃあじゃあ、目玉焼きには何かける?」

「俺は醤油かな。胡椒もありだけど」

 胡椒とかソースならわかるんだが、マヨネーズとかケチャップとか言ったらどうしようか。

 もしかして、砂糖とか言わないだろうな。

「だよね~。時々マヨネーズとかケチャップとかいう人いるから。城嶋君が言ったらどうしようかと思ってたところだよ」

「意外だな。まさかここまで考えが合致するとは思って無かった」

 なんか音凪とは話が合うかもしれないな。

 ここまで俺と同じ考えを持つ奴は多分いなかっただろうし。

 そもそもそれを話す人間が少なかっただけなんだけどね。

「次は、そうだな……。政治について話そうか。手始めに今の日本はどう思う?」

「今までのほのぼのとした日常会話から、急に真面目な話に持っていくなよ。俺そんな政治とか詳しくないし」

「要約すれば馬鹿ってこと?」

「なんで急に馬鹿扱いされなきゃいけないんだよ」

「ごめんごめん。城嶋君の反応が面白くてついね」

 クスっと笑う音凪。

 なんというか、小悪魔という表現がピッタリ当てはまりそうだ。

「……馬鹿って言うけどお前もあんまり変わらないんじゃないか?」

 俺は、実はそう、なんて答えを予想していたんだが、やっぱり彼女は俺の予想を裏切る。



「私は馬鹿じゃなくてその逆だね。世で言う天才ってやつ」



「…………」

「どうしたの? 急に黙りこんで」

 それは黙るだろう。馬鹿かと思えば天才だと? 真反対じゃねえか。

 しかも謙遜とかなしに天才って言い切ったのも凄いといえば凄い。

 自分で言う奴とか初めて見た。

 いや、でも待てよ? また俺の反応を楽しむ、とかの嘘かもしれない。 念には念を入れて確認しとくか。

「それ、本当なんだろうな」

「勿論。入試は満点で主席合格したから」

 その満面の笑みも相まって、俺は最早唖然とする意外無かった。

 俺がフリーズしている間に校長の話が終わり、次は新入生歓迎の言葉を上級生が述べていた。

 そしてようやく、俺は口を開いた。

「天才って、マジか?」

「うん、本当」

 入試トップってどんだけだよ。

 新入生は300人以上いるんだぞ? しかも満点って……。

 あの美咲で20位くらいだったからな。

 音凪は本当に天才なんだろう。

「天才ってさ、天から与えられた才能って書いて天才なんだよね。誰が考えたか知らないけど、上手いこと言うなって思った」

「それがどうしたんだ?」

「だからさ、使い方を間違えてる人が多いなって。その意味だと、努力して頭が良くなった人を天才とは言わないよね」

 努力して、ね。

 その口ぶりからだと、音凪は努力はしていないと言っているようなものだ。

「でも、私には天才って言葉が当てはまっちゃうんだよね、これがさ」

「何だ、嫌味言ってるのか?」

「いや、そういうつもりは無いよ。ただ、天才もいいことばかりじゃ無いんだよね。大体の事はわかっちゃうから、面白みが無いっていうのかな」

 なんだそれ。意味がわからない。

 頭が良くて困るなんて、なんて贅沢な話なのだろうか。

 こういうの隣の芝生は青い、とか言うんだっけ? わからねえな。

「……はぁ~」

「ため息つかない。幸せが逃げていくよ」

「問題ない、逆に幸せが有りすぎて発散しないと爆発しちまう」

一応今年のおみくじは大吉だったんだ。

いくら逃げようが俺の幸せはそうそう尽きはしないだろう。

「おみくじって所詮は余興だし、当たったところで気持ちが上がるか下がるかだけだよ」

 凄く冷めた意見を聞いた気がする。

 だけどここは敢えて反論はしないでおこう。

「つか、俺達いつまで駄弁ってんだろうな」

「本当だ。いつの間にか終わりそうだね」

 ずっと駄弁りっぱなしの入学式なんて、初めて体験したな。

 まあ話しをただ聞くよりもいいか。

 入学式はそのまま終りを迎え、新入生や職員はぞろぞろと体育館から出て行ている。

「さて、俺らも行くか」

「そうだね。じゃ、バイバイ」

「あれ? クラス分けは見なくていいのかよ?」

 まさか、クラス分けすら知ってるなんて言う訳が、

「もう知ってるから」

だよな。なんとなく言うとは思ってた。

 もはや天才というか、魔法使いだな。

「また後でね。城嶋君」

「また、があるって言うことは……」

「それはどうかな? どこかわかってたらクラス分けのドキドキ感が無くなっちゃうでしょ?」

「確かにな……。じゃあ、またな」

 また話す機会が訪れるかどうかは不明だが、とりあえずはそう返事しておいた。

 音凪は微笑みながら、身を翻すと軽快な足取りで体育館を後にした。

 その直後、俺の後ろから気配がしたので振り向くと、そこには美咲と紫乃宮が立っていた。

 しかも美咲に至っては、なかなか不機嫌そうな表情をしている。

 それに対して紫乃宮は、とても愉快そうな表情を浮かべていた。 

「……随分楽しそうに話してたね」

「まあ楽しくもあったが、そうでもないさ。天才の言うことは時々わからん」

「時々じゃなくて、いつもの間違いでしょ?」

「お前と音凪は、少し性格似てるよな」

「そうなの? どんな感じに?」

 小悪魔的な感じに。

 なんて言えるわけも無かった。



 ◯



 その後すぐ、俺と美咲は二人揃ってクラス分けを見に行った。

 体育館を出てすぐの通路に貼りだされていて、生徒たちで溢れかえっている。

 俺と美咲はその人混みに揉まれながら、張り紙の前に立っている。

 見た限り、クラスは8つに分けられていて、1クラス40人程度になっている。

「え~と、私のクラスは~。……あった! 私はAクラス」

「俺は……。Bだな」

「珍しいね。私と直人が離れるなんて」

「言われてみれば、そんな感じがするな」

 俺の記憶が正しければ、小学校高学年から中学3年間はずっと同じクラスだったしな。

 まあ逆にそのほうが凄いことなんだが。

「クラスが別って言っても、ずっと離れ離れになるわけでもあるまいしな」

「それもそうだね。でも、ちょっとがっかりだな」

「どうしたよ? そんなに俺と同じクラスが良かったか?」

 なんだかんだで、可愛いところもあるんだな。

 この幼馴染も捨てたものでは無いのかもしれない。

 俺が小さく笑みを浮かべ、美咲に声をかけようとする前に、その美咲から一言。

「だって一日中直人で遊べないじゃん」

 前言撤回だ。クラスが別で良かった。

「でも、私とは同じクラスだったね。ささ、いこいこ!」

 紫乃宮は美咲の背中を押して、ずいずいと押し進める。

「くれぐれも紫乃宮に襲われないようになー」

 俺がそう促すと、美咲は警戒したように紫乃宮を見る。

 紫乃宮はそれに無言の笑顔で返す。

 それが何より一番怖いんだって……。

「じゃ、美咲は借りてくね。夜まで返さないよ~」

「できれば早急に返して貰えれば助かる」

 そう言って、二人と別れる。

 俺も教室に行こうとするが、ふと足を止めて再度クラス分けに目を通す。

 その理由は確認を兼ねてだが、本来の目的は違った。

 俺は音凪の名前を探していた。

 もしかすると、という変な予感があるのだ。

 そして俺の予想はやっと的中した。いや、俺の予想と言うよりは音凪の予言だな。

「まさか、本当にまた・・がくるとは思って無かったんだけど……」

 俺はBクラスの張り紙上部分を見て呟いた。

 


 出席番号7 音凪泉奈



 俺は確かにその名前を確認した。

 間違いなく、そこにあった。

 あいつ、確かこうなることを予測した口ぶりだったよな?

 ……偶然、だよな。

 どうせ、たまたまクラス分けを知っていたとかそんなんだろうし。

 そう思った俺は、あまり深くは考えないようにして教室へと足を運んだ。

 汚れのないながらも、質素な階段を駆け上がり、俺は三階へ到着する。

 そのまま右手に曲がり、1―Bと書かれたプレートのある教室に到着する。

 そして静かに扉に手をかけ、横にスライドさせる。

 その教室で俺を待っていたのは、体育館で見たあの音凪の笑顔であった。


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