1章-5
それからしばらくは、浅い眠りの中、何度も寝直した。
内容も思い出せない夢の余韻を感じながら、目を開いたのは三度目だろうか。
外はまだ暗い。
なんだか暑いのは、自分の呼気で毛布の中を暖めたせいだろう。
のそのそと顔を外に出したテセラは、すぐ傍で座っていたイサと視線が合った。
未だまとわりつくように残っている眠たさが、視線の移動さえ緩慢とさせ、彼の両目に吸い寄せられるように動かせなくなった。
暗闇の中で黒っぽく見える彼の瞳がわずかに揺れた。
「ごめん。起こしたかな?」
イサは小さな声でささやき、組んだ腕をほどいて右手の指先でテセラの頬をなぞった。暖かさと、離れていく指が濡れているのを見て、テセラは自分が泣きながら眠っていた事を知った。
「本当は、ディオを探しに行きたいんだろう。俺もディオの無事な姿を見たい。だけど混戦のさ中を君を連れて行くのは無理だろうから……」
自信なさそうに微笑む。
寝起きでぼんやりとしていたテセラは、数秒経ってからイサがどうしてこんな言い訳をしたのか思いつく。
(私のせいだ……)
テセラは首を横に振ってから、それじゃよくわからないだろうと言葉を声に出す。
「気にしないで下さい。無理だって、ちゃんと自分でもわかっているんです。それにイサさんには感謝してます。助けてくれなかったら、きっと死んでました」
自国の兵士に殺されかけたテセラを、助けてくれたのはイサだ。ディオの妹だと知らなくても、シエナの民間人だとわかっていても、彼はテセラを守ってくれた。
とても優しい人だ。だけど、それがテセラは不思議だった。
「そういえば、どうして助けてくれたんですか……?」
イサの返答はあっさりしていた。
「あきらかに民間人だったから。どっちの国の人間でも、武器も持たない相手を追い回すのは、俺の主義じゃないし」
イサは少しの間をおいて問い返した。
「テセラは、後悔してるのか? 俺はディオがいる町を占領した国の人間だった。そんな相手に助けられて、嫌だった?」
言われて、眠る前に描いた想像が湧き上がる。
わかっている。この人じゃない。だからイサを悪く思いたくないのに、嫌な想像をしてしまう。
テセラが泣きそうになったからだろう、イサは謝ってきた。
「ごめん、ひどい聞き方だったね」
テセラは首を横に振る。どうして、と先に尋ねたのは自分だ。嫌がっているととられても仕方ない。
「そういえば、シエナには他に家族は?」
「お父さんは何年も前に……。お母さんは去年なくなって」
「誰か、頼れそうな人は?」
テセラは首を横に振る。
「この一年は、ディオと私と二人で一緒に暮してたの。まだ戦火は届いてないだろうけど……」
なにせシエナ軍は押されているのだ。テセラの町もいつ戦火に飲まれるかわからない。
それを聞いたイサも、難しい表情になる。
「俺は人を探しているんだ。そいつがさっきの街にいたことはわかっていたし、おそらくシエナ国内へ逃げたんだと思う。ミデンを追って、俺もシエナにはいくつもりだったんだ」
「ミデン!?」
テセラは耳を疑った。
「ディオもその人を探しに行ったの! ミデンって、ユイエンの人だったの? ディオと、イサとどういう関係の人? イサみたいな親戚?」
矢継ぎ早に質問したテセラに対し、イサはしばらく呆然としているように見えた。
彼は、数秒かかってから返事を返してくれた。
「いや、彼は……。そうだね。ディオの両親と一緒に仕事をしていた人なんだよ。だからディオは、懐かしくて声をかけたのかもしれない。事情があってユイエンからシエナに移った人なんだ」
そしてイサは笑みを見せてくれる。
「とりあえずその相手を探して、近くにディオがいないか確認するかい? それまでにディオが見つからなかったら、シエナのどこか身を寄せられそうな場所まで送っていこう」
ありがとうと返事をしながら、テセラは「どうして?」と疑問に思う。
シエナ国内に入ったら、すぐにさよならするのだと思っていたのだ。親戚って、こんなにも親密に手をさしのべてくれるものなのだろうか?
テセラが不可解そうな表情をしていたからだろう、イサが話してくれた。
「俺の負担とか、そういうことは一切考えなくていい。俺はね、ディオととても仲が良かったし……。彼が一番必要な時にどうにもしてやれなかったんだ」
ほんの少しだけ、声に暗さが混じる。
「だからディオを探してやりたい。それに、彼がどういう状態であれ、自分の家族のことを心配しているだろう。だからディオのためにも、テセラの無事を確認できるようにしたいんだ」
イサはテセラにもう一度眠るよう促した。
「明日も早くから移動しないと。今日は疲れただろう」
イサは優しく背に手を添えて、寝かしつけてくれた。
また隣に座り直すイサを見て、テセラはふと浮かんだ疑問を口にする。
「イサは眠らないの?」
さっきも目を閉じている様子はなかった。もう深夜だというのに、いつになったら眠るのだろうか。
イサはちょっと悪戯っぽく笑ってみせる。
「リヤと交代で見張りをする約束になってるんだ。時間になったら眠るよ」
それを聞いて、テセラは安心して二度目の眠りに身をゆだねていった。