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7章-6

 思わず目をそらし、テセラはディオの様子を確認した。

 ディオは左肩を押さえたまま、目を閉じ、眠るように動かなくなっていた。床には赤黒い血だまりが広がりはじめている。

「ディオ、ディオ!」

 駆け寄り、身体を揺らしそうになってテセラは自制する。傷口が広がっては元も子もない。けれどテセラの呼びかけに、ディオがうっすらと目を開けた。

「ああ、僕が怪我しても悲しんでくれるんだ、テセラ」

 のんびりと言ったディオに、テセラは思わず怒鳴った。

「人ごとみたいに言わないで、早く血、止めなくちゃ……」

「無理だよ。この状態でもめまいがするほど出血してる。血が止まるまでの間に、生きていくには足りない状態になるんじゃないかな」

「そんな、だってディオだってロスト・エイジの……」

「僕はイサとは違うよ。イサは特殊なウイルスを身体に入れているから、その作用で回復が早い。でもあれは副作用があってね。誰でも使えるものじゃなかったんだ。だから僕の身体機能は普通のまま」

 冷静に告げるディオに、テセラは息をのむ。

「テセラ、僕の人生の終点はここでいいんだよ。本当はミデンも僕が処理して、自分の銃でと思ったけど」

「ディオ……」

 側に戻ってきたイサが、喉の奥から絞り出すように呻く。

「イサも、そこまで近づいて平気なんだから妙な暗示もなくなったみたいだね。それに自壊装置は壊したし、僕が死んでも君は、生きていける」

 ディオの声量が少し落ちる。

「ディオ、どうしてこんな……」

 緩く首を振るイサ。

「俺は、君が俺のことを許せないでいると思っていた。自分を死刑から助けてしまったことも、余計な手出しをしたと思われているんだと。そう考えてた」

「そうだよ」

 ディオは即答した。

「本当に余計だった。イサは僕のことを犯人だと恨んで、僕の事に巻き込まれずに生きてほしかったんだ」

 辛そうにそろそろと息を吸うディオに、イサは表情を変える。そして突然自分の腕を剣で浅く切った。

「イサ?」

 テセラが驚く前で、イサは自分の腕から流れる血をディオの傷口に押しつけた。

「イサ、そんなことしてないで、早く……! あと、四分しかない」

 ディオが青白い顔をさらに蒼白にする。

「このウイルスは凝固が早い。俺の血で傷口だけ固める」

 ディオは黙ってイサを見つめた。イサは傷の様子を見ながら、絞り出すように血を垂らす。そしてディオをしかりつけた。

「どうして、お前は一人でなんでも決着をつけようとするんだ! ミデンのことだって、俺に任せて置けば良かったんだ」

 言われたディオはくすくすと笑う。

「ミデンを見つけたら、どうにも止められなかったんだ。逆に撃たれてしまったけれど、でもその時死ぬわけにはいかなかった。君も同時に死んでしまう」

 だから、イサの楔を抜かなければならないと思った。

「ユイエンで治療して生き延びて、この兵器にかかわることを承知した。それからはイサが来るのを待ってたんだ。自壊装置を解除すれば、あとはミデンが作った機械ごと僕がいなくなってしまえばいい。幸い、ミデンから知識を得た科学者は全部副都にいる。機械と関係者全員を一気に始末、できる」

「それだって、一言教えてくれれば俺がやった。リヤにでも言付けさせればよかったんだ!」

 イサはひどく怒っていた。ディオは頬を緩める。

「だめなんだ、今の僕のままでは。ミデンを殺すだけのはずが、そのためにまた兵器を使うことしか思いつけなくて、沢山の被害者を出した」

 ディオは立ちつくしたままのテセラを見る。

「一〇〇年たっても、やっぱりこの手は誰かを殺さずにはいられない。こんな方法しか思いつけないんだ。それにユイエン軍部に僕の名前は知られてる。捕まればもう一度作らざるをえなくなる。今度は僕に対して、テセラを人質に使うだろう」

 息を吐いて、彼は起き上がろうとする。

「ディオ、じっとしてろ。俺が……」

「イサ、残りあと五分だ。僕にかまけてたせいで、君たちが建物の外に出るのは無理になった」

「うるさいこのバカ。なら、なんとかする方法でも考えろ。天才だろうお前」

 イサに罵倒され、ディオはふっと微笑んだ。

 一方「五分」と聞いたテセラは焦った。

 なんとかしてみんなで生き残れる方法はないだろうか。

 ミデンのせいで半壊した操作盤を見ても、さすがにテセラにはちんぷんかんぷんだ。しかもディオがどうにもできないものを、自分でどうにかできるとは思えない。

 ただふっと、操作盤の端の方。無事だった部分にある、小さな硝子の蓋に覆われた穴に目がいった。

 あのシェルターと同じ?

 もしかしたら。そう思ってテセラはそこに灰晶石を差し込んだ。

 表示板にうっすらと文字が浮かび上がる。

 コードを入力するよう求める文字に、テセラは顔をほころばせた。

「シンセティス、ミア、ディオ、トリス、テセリス――アルシア!」

【市民番号〇〇〇〇〇〇を認証しました】

「やった。即時機械の停止を!」

 勢い込んで語りかけたが、

【貴方の市民番号では、その操作権限はありません】

 そう無情な表示が現れる。

 テセラは唇をかみしめた。

「だめか……」

 すると、誰かが近くにいたテセラの手を掴んだ。

 振り返ると、すぐ傍にいたディオだ。

「テセラ、そのコードは……」

「昔……ディオが教えてくれたやつだよ? 遺跡で閉じ込められた時、脱出する方法だって教えてくれたでしょう? それを使ったの」

「そうか……!」

 ディオが立ち上がろうとする。

 イサが、それを助ける。

「何か思いついたのか?」

 ディオが問いかけにうなずいた。

 そしてイサに支えられながら、手を灰晶石をさしこんだ横、中央の飴色をしたコースターのような部分に置く。

 硬質の板にも見えたそこに、ディオの手がわずかに沈む。

 すると表示板に勢い良く様々な文字が流れ出す。

 驚く間にその文字の流れが止まり《プログラムの書き換え完了》の文字が浮かび上がる。

「テセラ、もう一度さっきのコードを言って」

「え? うん」

 ディオに何か考えがあるのだ。

 そう思って言うとおりにした。

【市民番号〇〇〇〇〇〇を認証しました】

 再び認証の文字が表示される。

「テセラ、プログラム31008を実行と」

「ぷ、ぷろぐらむ31008を実行」

 テセラが復唱すると、

【31008を実行。送信されました。実行まであと180秒】

「え?」

 さっきは拒否されたのにと驚くテセラの横で、ディオがイサに告げる。

「あと3分だ。リヤをここに」

 ディオの声にイサが動く。

 ディオをその場に座らせると、イサはリヤを担いで戻って来た。リヤも失血で顔色が悪い。しかも足の傷が開いたのか、血がさっきよりにじんでいる。

「あと三十秒。イサ、テセラを頼む」

 その時、文字盤に新たな文字が表示された。

【衛星軌道からの照準完了】

「衛星っ!?」

 一〇〇年前、人は空の向こうにまで機械を浮かべていたとは聞いていた。けれどまだ動いていたとはおもわなかった。

 そしてディオは、なんらかのプログラムで衛星を動かしているようなのだ。

「そう、衛星だテセラ」

 その場に座り込んだディオが言う。

「兵器の……アクィラのエネルギーに、軍事衛星からのエネルギーをぶつける。うまくいけば、アクィラのエネルギーと打ち消しあって、力が減衰するはずだ」

 テセラはその事実に身震いする。

 この方法は、失敗すれば……本当に跡形もなくテセラ達は消失するだろう。でも、このままでも同じことだ。

 テセラの怯えに応えてか、ディオがテセラの手を握る。

 そしてテセラの傍にイサが立ち、剣を掲げた。

 テセラの目の前では、二つの兵器のカウントダウンが始まる。


 10、9、8、7……。


 ゼロを数える前に、辺りが光に覆われて白くなっていく。

 テセラは目をしっかりと開けた。そして剣を掲げるイサを見上げる。

 イサはテセラを見返し、返り血を受けた顔に似合わない、穏やかな笑みを浮かべた。

 直後に襲ってきたいい表せないような圧力。そして目を閉じずにはいられないまぶしさの中、テセラは最後まで目をこらした。

 最後に記憶しているのは、空青く煌めく嵐のような色。

 それが視界全てを覆い尽くし、意識が途切れた。


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