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1章-2

  建物の中には人がいた。

 背の高い男性だ。彼もまた驚いたように目を見開いてこちらを見ている。目の色は暗くてよくわからない。砂色の軍服は着ていないが、この町で生きて動いているのは兵士だけだ。

 ――絶対絶命。

 咄嗟に家から飛び出そうとしたが、振り返った瞬間に木の扉は激しい音と共に無数の穴が開いた。

 自分の身体に穴が開かなかったのは僥倖だった。だけどここにいても外へ出ても危険なことに変わらない。

「どうしよう」

 呟いたしゅんかん、家の中にいた青年が驚いたように目を見張る。そして彼女に手を伸ばしてきた。

 捕まる。そう思ってテセラは目を硬く閉じたが、彼は自分の腕を掴んで言った。

「早く逃げるんだ。こっちへ!」

 テセラは驚きのあまり、目と一緒に口まで開けて彼を見上げる。

 なぜ彼は自分を家の奥へと引っ張っていくんだろう。それに「逃げろ」と言った?

 どうして、と言いかけたテセラは、背後の扉が蹴り開けられる音に振り返った。

 なだれ込んでくる三人の兵士。ぼろぼろになって外れた扉から入る光で、彼らの軍服が自国シエナの濃緑だとわかる。

「待って! 私はシエナ人よ!」

 男に手を引かれて逃げながら、テセラは叫んだ。が、シエナ軍人たちは銃を構えたまま隣の部屋まで追いかけてくる。テセラの言葉など、聞こえなかったかのように。

 自分の国の人に殺されるのだろうか。

 絶望的な気持ちのまま、男に連れられて階段を上る。二階、三階と駆け上がって男は手近な部屋へ踏み込み、窓を蹴り開けた。

「掴まってるんだ!」

 優しげな声と同時に、テセラは小脇に抱えられる。

 そして男は、そのまま外へ飛び出した。

「…………!!」

 悲鳴も上げられなかった。普通、三階の高さから飛び降りれば、足を骨折しかねない。

 しかしテセラの予想は裏切られた。

 男は飛び降りたのではない。隣の家の屋根に飛び移ったのだ。

 呆然とするテセラを軽々と抱えたまま、彼は難なく屋根に着地する。彼が振り返る動作をしたことで、テセラの視界にも先ほどの窓からこちらを見上げる兵士達の姿が見えた。彼らもまた、銃を撃つことも忘れてぼんやりとしている。

「もうちょっと我慢してて」

 テセラを抱えた彼は、そのまま走り出す。

 何度か走り幅跳びのように屋根から屋根へと飛び移った。間に広い道がある場所すらも、彼は軽々とこえていく。

 仕上げに、支えられた腹部に腕が食い込み、苦しいと感じたときには屋根から地上へと降りていた。

 路地に入ったところでようやく地面に降ろされたが、テセラは足が震えて立っていられなかった。

「い、今のは……何?」

 屋根から屋根は、そんな近い距離じゃなかった。車が走れる道を飛び越えるとは、どんな曲芸だろうか?

 へたり込むテセラの顔を、人間離れした跳躍力を持つ男は覗き込んでくる。

「君、大丈夫?」

 ようやくその時、テセラは彼の容貌をじっくりと見ることができた。砂みたいな淡い色の髪。深い菫色に近い青の両眼。テセラより年上の青年は、心配そうな表情をしている。

「え……あ……」

 なんと言っていいのかわからずにうなずくと、彼はほっとしたように微笑んだ。よく見れば、彼は手に銃すら持っていない。こんな銃撃戦の中で何を考えているんだろう。

 着ているものも、やっぱり軍服ではない。色あせた黒のジャケットにズボン。靴だけはがっしりとしたブーツを履いている。

「あの、ありがとう、ございます」

 命を救ってもらったのだ。なんとか礼だけは言ったテセラを、青年はなんとも微妙な表情で見ていた。

 嬉しいような苦しいような。だけどすぐにその表情はかき消され、柔らかな笑みにとってかわる。

「いいんだ。たいしたことじゃないし」

 確かに、彼にとってはたいしたことじゃなかっただろう。あんな超人じみた能力をもっていれば。

 そんな彼が持っている武器は、また奇妙なことに剣一本だった。シエナ軍でも帯剣している者はいない。

 彼は自分の剣をテセラが凝視していることに気づき、笑いながら言った。

「これ、珍しいかな?」

 テセラはがくがくと頭を上下させてうなずく。

 歴史の教科書に載っている英雄の持つ剣のようだが、ちょっと違う。鍔には明らかにロスト・エイジ時代の物らしい、淡く光るゲージみたいな物がついている。動力が何なのかはわからないが、青白いその光は星の集まりのようで綺麗だ。テセラの町にも廃都市から発掘した骨董品を並べた店はあったが、こんな剣は見た事が無い。

 その不思議さに意識が向いているうちに、テセラの足の震えが収まっていく。

「ロスト・エイジの骨董品?」

 尋ねてみると、青年はうなずいてくれた。

「形見なんだ。それに百年前のものだけどちゃんと使えるから、重宝してる。見るかい?」

 彼は鞘から剣を抜いて見せた。

 百年前、神話のごとく青い嵐によって滅びたという科学が繁栄した時代。今は『失われた時代』と呼ばれるその頃には、人々は天まで届きそうな高いビルに住み、寿命さえ延ばし、様々な機械を指で触れるだけで操ったという。

 その技術の片鱗は白銀の刀身にもあった。刃先が水銀をまといつかせたように濡れて見える。おそらくは、普通の刃では斬れないような物でも、分断できるにちがいない。

 驚異的な能力があるからこそ、ロスト・エイジの物は高値で取引される。

「ユイエンの兵隊は……みんなロスト・エイジの物を持ってるの?」

 テセラの問いに、彼は「いいや」と首を振った。

「俺は別に軍人じゃない。ここにはちょっと寄っただけなんだ。運悪くここが戦場になったから、探し物に手間取っただけで……」

「じゃあ、シエナの人!?」

 自然と声が弾んだ。ここへ来て、初めてまともに町のことを聞けそうな人に出会ったのだ。もしかしたら、ディオを見かけているかもしれない。

「シエナの人なら、この町に知り合いがいた? 何日前からいたの? もし一週間前にもいたんだったら、私の兄を見かけたかどうか教えて!」

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