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7章-4

「まさか来るとは思わなかったな」

 力無く壁によりかかっているリヤがいた。そうやって立っているのがようやくのようだ。右手には硝煙の消えかけた銃を握ったままだ。

「リヤ! 怪我したの?」

 声を聞いて飛んできたテセラが尋ねる。

 リヤは左の太股部に包帯代わりに上着の袖をちぎって巻いていた。布に血が滲み続けている。

「心配してくれてありがとよ。けど、まだ倒れるわけにはいかねぇ。ディオを、助けなくちゃならんし、もっと面倒な敵がいる」

 そしてイサを真っ直ぐに見て言った。

「気付いただろ? こいつらはお前のお仲間だ」

「ああ」

 うなずくしかなかった。あの再生力は『悪霊』のものだ。けれど身体能力はそれほど高くない。

「もしかしてミデンが?」

 自力で開発したのかと思ったが、リヤに「いんや」と否定される。

「俺はディオの保険のためにな、ミデン達を始末するつもりでいた。あいつは兵器ごとミデンを殺そうと思ってたが、真っ先に逃げ出されたら厄介じゃないか。そのために行動をつけていて……。ミデンが他の人間に『アレ』のことを説明するのを聞いた。

 イサ、あれは遺跡に眠ってた薬を使っただけだ。さすがに劣化しているのか、打った人間は頭がラリって死ににくくなるだけだ。でもそれを高濃度で与えた実験体がいる」

 イサが最初に気付いて、階段の上に駆け上がった。

 続いてリヤが足下に転がっていたライフルを構え、テセラを庇う位置につく。

「イサ、こいつだけはお前さんと同じだ。俺じゃ刃が立たない」

 目の前に続く廊下。そこに並ぶドアの一つが、内側から破壊された。まるで爆発のようにはじけ飛んだ扉が、向かいがわの壁に当たってひしゃげた。

「しかも腕力が半端ねぇ」

 現れたその兵士は、かろうじて人の形をしていた。

 見た瞬間、イサは遠い昔に見せられた写真を思い出していた。

 人の頭といわず背中や腕といわず、大きなコブがいくつも盛り上がった死体の写真。人型をしたサボテンのようだ、と思った。

 あれは『悪霊』という名のウイルスを受け入れる際の事前準備期間のことだ。ごく希に、ウイルスが暴走して体の構造まで変化させてしまうと言っていた。だから、ごく薄いレベルから投与を行い、三ヶ月の経過措置をとった上で、体に最も安定する濃度を探っていくのだと言われた。それを無視して強濃度のウイルスを投与すると、こうなるのだと。

 先ほどの再生力を見ていながら、なぜ自分は忘れていたんだろう、とイサは思う。

 ウイルスが低濃度の段階では、再生力が向上するだけなのだ。

 そして今目の前に現れた元人だった者のようになると、今度は精神まで崩壊し『悪霊憑き』と言われる所以となった、狂乱状態になるのだと。

「リヤ、テセラを連れて遠くへ」

 言うなり、イサは駆けだした。

 こいつを近づかせてはならない。

 剣を振りかぶる。先制攻撃を敵も察知し、素手で振り払おうとした。

 血が飛び散る。

 指の間が剣の人凪ぎで避けても、敵の能面のような表情は変わらなかった。

 流血もすぐに止まり、血はそれ自体が生き物のように黒く固化して、敵の手を覆う。

 背後でようやくリヤが動き出した。声が耳に届く。

「早くこっちへ!」

「……わかった」

 向きを変えた時に、テセラの表情を見た。青白い顔をしながらも、彼女はしっかりとうなずいていた。

 それを見てほっとした隙をつかれた。

 振り下ろした剣の先は無人だった。

 確認するより先に近くの壁を蹴って反転。先行する敵に斬りつける。

 しかし相手も気づいて反転しながら、正確にこちらの剣を素手で振り払った。

 ――人の姿を失った兵士が絶叫する。

 イサの剣は普通の鉄ではない。むしろその鉄すらも切り裂く鋭さと強度を持っている。

 手首を切り飛ばされた兵士は、傾けた水の瓶のように血を流しながら呻き、その場を転げ回る。そうしながら、イサの次の攻撃を避けようとする。

 そんなイサの耳に、銃声が届いた。

「くそっ」

 なまじ身体能力が上がっているため、兵士になかなか剣が突き刺さらない。早く片付けてディオを、テセラを助けに行かなければ。

 焦ったイサは、気づくのが遅れた。

「ば、化け物がっ!」

 まだ生き残っていた普通の兵士がいた。彼は階下からこちらを見ずに銃を発砲する。

 まともに受けたら、イサとて無事には済まない。避けたところを、化け物の足に払われて転倒した。

 体を床にぶつけた瞬間、胸の辺りが痛む。傷はふさがっていたが、まだ完治には至っていないのだ。

 痛みのせいで起き上がるのが遅れた。

 咄嗟に受けた腕がきしんだ。そのまま廊下の奥へと蹴り飛ばされる。

 床を滑るように制止するまで、息が詰まって動けなかった。その間にも銃声が響く。しかし一度だけだ。

 起き上がったイサは奥歯を噛みしめる。

 銃弾で肩に穴が開いた悪霊憑きの兵士が、無事な左手で年若い兵士の頭を壁に叩きつけた所だった。強化された筋力で、兵士の頭はくしゃりと音を立てた。

 壁に血の跡を引きながら階段の踊り場に倒れた若い兵士は、もう生きてはいまい。

 イサは息をつく。

 知識として知ってはいたが、狂った『悪霊憑き』の相手をするのは初めてだ。普通の『悪霊憑き』なら、さすがに痛覚は遮ることができないため、普通、手首を切り飛ばされたならその時点で戦意を失う。けれどこいつは違う。痛みよりも、目の前にいる生きているもの全てを殺すことを優先している。

 何より、恐怖を感じない相手と戦うのはやっかいだ。

「悪霊憑き同士での戦闘の仕方も、忘れてはいないんだが……」

 切った手首は、血のかたまりができていた。悪霊の濃度が高すぎるのか、もう掌の下半分が再生されようとしている。

 この再生速度では、心臓を一突きしたぐらいでは倒れてくれそうにないだろう。

 イサは剣を構え直し、走り出した。

 敵は死んだ兵士の銃を取り上げる。

 一撃、二撃、三撃と連続で打ち込まれる銃弾。避けようとしても、その軌道が読まれてしまい、全てを剣ではじき返すことになる。それでも足は止めなかった。

 懐に飛び込んでいくと、予期していたように、敵はイサをそのまま抱え込もうとする。

 剣先が敵の心臓部と思われる箇所に突き刺さる。

 予想通り敵は動きの止まったイサの頭を掴む。

 握りつぶされる前に、イサは伏せながら刺さったままの剣を斜めに振り上げた。

 粘性の強い血に絡め取られながら、剣は胸から敵の左腕までを切り裂く。

 相手が呆然とした隙をついて、剣を一閃。

 二つに分かたれたまま敵が倒れるのを見ず、イサは階段を駆け上がった。


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