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7章-3

 懐かしい名前だった。

 そしてテセラと会ってからは、日々思い出す名前。

 アルシア――ディオの母。

 そうか、とイサは思った。

 犯罪者であるイサやディオの登録は削られてしまっているだろうけれど、戦争直前に亡くなったアルシアの、しかも動作試験用のコードは残ったままだったのだ。

 懐かしい人の名前を、懐かしい声が告げるのを聞くのは、とても不思議な気持ちだった。

 まるで、100年前をやり直しているような。

 そんな錯覚に襲われるほど。

 そしてディオの意図がわかる。

 ディオは二度と母と同じ声を持つ人が、同じ兵器で殺されないようにと考えたのだろう。

 だからミデンに撃たれた後、わざわざ兵器を操れると言ってユイエンへ来たのだ。

 そしてイサとテセラを安全な場所にいさせて、一人で決着をつけようとしたのだろう。

 手を繋ぎ、走るテセラの姿を見る。


 でもイサも、そしてディオが守ろうとしたアルシアと同じ声を持つ彼女も、決してそれを望んではいない。


   ***


 地上部は既にいくらか破壊されていた。

 床がひび割れ、天井が崩れて少し離れた場所で行き止まりになっている。辺りは非常灯の明かりでぼんやりと赤く染まって見える。

 時折、千切れて垂れ下がる電線から瞬くような火花が散り、折り重なる天井だったはずのモルタルや、鉄の芯がはみ出したコンクリートが鮮明に照らし出された。そして転がるユイエンの兵の死体。

「ほとんどが脱出してくれていればいいが……」

 イサは思わず呟く。

 第一撃が至近に墜ちたことは間違いない。地下でもあれほどの揺れを感じたのだから。でも、この攻撃を仕掛けただろうディオは、ここに務めている研究者や兵士達全てを殲滅するつもりはないのだ。

 だから至近で直撃しても、建物が多少破壊されただけで済んでいるのだろう。

 これに恐れをなした人々が、逃げてくれるようにと。

 隣で唇をかみしめるテセラを見る。

 イサとしては、テセラもこのまま外へ脱出させたい。しかし次の攻撃が来た時、一人では爆風に巻き込まれてしまう可能性がある。先ほどの地下に閉じ込めておけたらいいのだが、彼女は自力で扉を開けてしまうだろう。

 それに一つの可能性について、イサは考えていた。

「行こう」

 イサが促し、二人で階段を登り始める。

 二階に上がった所で、階上から響く銃撃の音に足を止めた。

 お互いに顔を見合わせて、イサを先頭にゆっくりと階段を上った。三階は無人のようだった。階上からはさらに鮮明に足音や怒号まで聞こえる。

「やめてくれ!」

「俺たちは違う!」

 叫び声に絶叫が続き、全てを銃声が打ち消していく。

「テセラ、そこで待ってて」

 何か異常が起きている。そう判断したイサは、テセラに言い置いて走り出した。

 三段ほど階段を上ったところで死体が見えた。血溜まりを広げはじめたばかりのものが一つ、二つ。一瞬で銃による致命傷だとわかる。でも誰が?

 疑問をそのままに四階まで駆け上がる。すると、廊下から銃弾が飛んできた。

 イサは銃声よりも早く察知し、かわす。

 その時には『悪霊』により向上している動体神経で、銃を持つ人間を捕らえていた。

 床を蹴る。

 剣を抜きはなちながら斬りつけた。

 飛び散った血潮で白い壁の色が不吉に彩られる。肉を断つ音が手を伝わってくるようだ。

 血が滴る剣を片手に振り返ると、追ってきたらしいテセラと目が合う。自然と手をさし出した後で、蒼白な顔色をしているのを見て、イサは思わず怯む。思えば彼女の前で公然と人を殺したのは初めてだった。

 不意に同じ表情をした人のことを思い出す。

 ディオの母親。従姉に『悪霊憑き』の部隊に入ったと話したときのことだ。従姉は青い表情をして、思わずといったようにイサから距離をとった。

 従姉はその後謝罪してくれた。けれど、こんな時に思い出すのだから、一〇〇年経っても心のどこかでひっかかっていたのだろう。

 だからテセラも逃げ出すかもしれない。

 イサは手を引っ込めようとした。

 けれどテセラが、駆け寄ってしっかりと手をつないでくる。

「行こう」

 彼女のゆるぎないまなざしに、イサは手を握り返す。

 と、イサは振り返りながらテセラの腕を強く引く。同時に抜いたままの剣を振るう。

 金属のぶつかり合う音。

 特殊金属で作られた刃から、金の火花が散る。

 銃を撃ったのは、先ほど切ったはずの兵士だった。

 ゆらり、立ち上がる兵士の腹部は血に染まっている。だが、流血が少なすぎた。

「まさか……」

 呟く間にも、兵士は発砲してくる。

 イサはそれら全てをはじき返すことに腐心しなければならなかった。避ければ自分の背後にいるテセラに当たる。

 先ほど手を引いて転ばせたテセラは、顔をあげて呆然としている。

 早く逃がさなければ。

 そう思って兵士の発砲が止んだ一瞬で、間合いを詰める。その首を切り飛ばした瞬間、イサの耳が足音に気付く。

 振り向けば階段の踊り場から兵士が現れたところだった。彼は既に誰かと戦った後のようだ。銃弾を受けた跡があちこちにある。どころか、腕の付け根や足など、明らかに貫通している。

 けれど一向に痛がっている様子はない。むしろ無表情で、何も感じていないような顔をしている。

 そして銃口をテセラに向け――

「テセラっ!」

 イサは駆けつけようとした。けれど頭では理解していた。銃弾の方が早い。

 自分の動きがひどくのろく感じた。それでも目は相手の動作を追っている。

 撃鉄が上がり、銃口が火を噴く。

 その直前に兵士は腕を撃たれ、衝撃で狙いが外れた。

 壁に銃弾が撃ち込まれる音。

 その時にはイサはテセラを飛び越え、兵士の眼前に迫っていた。

「眠れ」

 一言告げて、兵士の胴へ剣を振り抜く。

 真っ二つに分かたれた体が床に崩れ落ちたのを見て、息をつき、イサは階段の上を見た。


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