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7章-2

 どれくらい時間が経ったのだろう。

 知らずに眠っていたテセラは、肩をたたかれて突っ伏していた寝台から顔を上げる。

 小さな窓から差し込む光は淡く、青白く、それでも真夜中を過ぎた事を知らせてくれた。

「目が覚めそうだ」

 自分を起こしてくれたリヤのささやきに、テセラは一気に眠気が吹き飛ぶ。見れば、イサがみじろぎをしたところだった。テセラは彼の顔をのぞき込んで、瞬きを始めたイサを見つめる。

 一回、二回……十一回とテセラが数えたところで、イサははっきりと目を開き、幸せな夢から覚めた人のように微笑む。

「テセラ……」

 続けようとして咽せ、咳き込んだイサの顔から微笑みが消え、いぶかしむ表情になる。体が上手く動かないのか起き上がろうとしてそれを止め、右に寝返りをうち、上掛けをめくって自分の体を見て、目を見開く。

 指先が震える左手で、イサは自分の傷に触れた。

「そんな、まだ死んでない?」

 リヤがすかさずイサに答えた。

「お前を撃った奴が、イサを自由にしてやったってさ」

 テセラの隣にいた彼に、イサは視線を移した。

「リヤ……だって俺は死んで……」

「死んでないんだっつの。お前が死んでるなら、俺は一体どうしてお前の目の前にいて、普通に話してんだよ」

「俺の死を悼んで後追い?」

 リヤは思い切りイサの頭を張り飛ばした。

「なに言ってんだよこのバカ。さっさと目ぇさませ! ホントにお前はお優しい奴だな。テセラを人質にしたこの俺が、そんな事するわけないだろが!」

 イサは視線を逸らして小声で答えた。

「軍にいれば上官の命令は絶対だ。逆らえない事はわかってる」

 でも、とイサは少し息を溜めてそっと吐くようにつぶやいた。

「君を殺すようなことにならなくて良かった」

「救いようのないヤツだよ。そんじゃ俺は他の用があるから」

 それだけ言って部屋の外へ出ようとしたリヤは、ドアを開ける前に呟いた。

「俺も、お前が助かって良かったよ」

 リヤの姿がドアの向こうへ消えると、イサは深く息を吐きながら目を閉じた。意識は戻ったものの、まだ傷が痛むのかもしれない。

「痛い?」

 尋ねると「少し」と答えが返ってきた。

 その後は何を言っていいのかわからなくなって、テセラは口を閉ざした。

 死ななくて良かったと思う。けれど、イサにとってそれが本当に良かったのかどうかはわからない。彼はディオのために死ぬことを望んでいたのだ。

 一人で思い悩み、口を開きかけては閉じていると、イサが言った。

「ごめん」

「なんで謝るの? 迷惑かけたのは私なのに」

 イサは目を閉じたまま首を横に振った。

「違う。ちがうんだ、テセラ」

 それから目を開いて、テセラを真っ直ぐに見つめた。

「俺はずっと嘘をついてた。ディオが生きているのを、知ってたんだ」

 告白したイサは、少し間をおいてまた「ごめん」と呟いた。

「ディオに撃たれる前も言ってたね。知らなかった。ディオが死んだらイサまで死ぬなんて……」

「聞いたのか?」

「ディオに、少しだけ」

 テセラは寝台のシーツに視線を落とす。

「私、最初の頃イサが教えてくれなかったのはわかるの。ディオが生きてるってわかったら私、とても大人しく待っていられなかっただろうから。でも、ミデンにディオを殺したと言われた後は?」

 既に彼らの因縁に巻き込まれてしまった後だったのに、なぜ教えてはくれなかったのか。

 イサの様子をうかがうために視線を上げると、彼はまっすぐにテセラの目を見ていた。

「君の言う通りだ。最初は君をシエナに帰すつもりでいたから言わなかった。でもその後は……」

 テセラはじっと途切れた言葉の続きを待った。

 静寂は、とても長く続いたような気がする。

 ようやくイサは、かすれそうな声で教えてくれた。

「もう少しだけ。生きて、一緒にいられたらいいと思った」

 彼は左腕を伸ばし、テセラの頬に触れてきた。

「だから君に、死ぬなって言われて嬉しかった。まだ、誰かに惜しんでもらえる命なんだと思った」

 イサは、もう少しだけ生きたいと思ったのだ。

「騙して、ごめん」

 謝る声に、テセラの視界がにじむ。

「そんなに泣かないで、テセラ。目の隈が酷くなるよ」

「どうせもう今日は隈が消えるわけないもの。酷くなったって、明日には治るし」

「ごめん」

「謝らないでいいよ」

「謝るよ。俺のせいだから」

「イサだけじゃないもの。ディオも、勝手なことばかり言って……。二人で泣かせるんだもの。私にイサを撃つ場面を見せたくなくて部屋に軟禁して、事情は全部リヤにしゃべってたくせに。私には内緒にして」

 テセラは空いていた左手で涙を拭った。

 腫れぼったい目で、せいいっぱい厳しい表情をつくってみせ、頬に触れたイサの手をそっと引き離した。

「ディオがね、イサが死んでしまわないように機械を壊したって」

「ああ……」

 イサは自分の傷跡に触れる。

「イサの暗示も、うまくいけば解けてるかもしれない。一応心臓近くを撃たれて、本当に死にかけたわけだし。でもこれは、実際にディオに会ってみないとわからないけど……。で、とりあえずディオは兵器の破壊を手伝ってほしいって」

 そしてテセラは、リヤから受けた説明をイサにも話す。

「じゃあ急いで行こう」

 イサはゆっくりと起き上がり、一度胸の傷に手を当てて数回呼吸を繰り返した。少しだけ眉をしかめて立ち上がる。

 それからイサは部屋の中を見回して上着を着た後、寝台の下に置いてあった自分の剣を見つけ、無言でベルトに挟む。

 それから二人連れだって部屋を出た。

 施設内にはほとんど人がいなかった。時折通りすがる兵士やこの施設の職員は、イサの姿に驚いている間に倒されてしまう。そのため地下へたどりつくのは容易だった。

 階段は一階で終わっていたが、すぐ横に物置部屋のような簡素な扉があった。そこをくぐると、地下へ降りる階段があったのだ。

 そしてたどり着いたのは、一枚の鉄の扉だった。前に人が立つと、自動的に横にスライドする。

「ひゃっ!」

 テセラは思わず飛び退いた。

「ロスト・エイジの時代のものだね。自分で人の存在を検知して開くんだよ」

 なんでもないようにイサが通るのを見て、テセラも中に入る。

 しかしその部屋が問題だった。

「ディオは、本当にここだって?」

「確かにリヤがそう言ってたんだけど……」

 その部屋は、イサが入った瞬間に照明が点灯した。階段よりもずっと明るく部屋の中が隅々まで見渡せる。そして確かに機械があったが、とても兵器と呼べるような物ではなかった。壁に埋め込まれた画面の隣に、いくつかのボタンがあるだけ。そのボタンを適当に押してみても、画面には何も映されない。

 あとは荷物を入れるような箱ばかりだ。それも中をのぞいてみたが、毛布や寝袋が入ってるだけだ。

「何? これ?」

 引っ張り出した毛布を片手に、テセラが首をかしげた時だった。

 建物が激しい揺れに襲われ、そのままテセラは床に倒れた。

 衝撃は一瞬で、天井の明かりは一瞬だけちかちかと瞬いたものの、元に戻る。そしてどこかが爆発したらしい音、何か崩れるような音が木霊のようにまばらに響く。

 呆然と床に転がっていたテセラは、膝をついていたイサが起き上がる動きに我に返った。

「今の、何?」

「……くそっ!」

 イサが毒づきながら、突然扉に向かって走り出した。しかし扉は開かない。引いてもびくともしない扉を前に、イサは剣を抜いた。

「イサ、どうしたの?」

 返事もなくイサは扉へ向かって剣を振り下ろした。が、扉の前に淡い光の壁が現れ、イサの剣をはじいてしまう。

 イサは剣を持つ手を力なく下ろして、ため息をついた。

「だめだ。閉じ込められた」

「閉じ込められたって。どうして?」

 ようやく立ち上がったテセラを、イサが振り返る。

「たぶん、ディオが俺たちに機械を破壊する手伝いをさせようってのは嘘だ。あいつは……」

 悔しそうな表情で続けた。

「俺たちをここで保護して、自分だけで全部決着をつけようとしてる」

「な……そんな」

 ディオが全部決着をつける? 機械のことはまだわかる。けど、ミデンをどうするつもりなのか。そしてどうやって逃げるつもりなんだろう。ディオが戦闘向きの人ではないのは明白だ。今は足を痛めているからなおさらだろう。

「ディオはきっと、俺たちを安全な場所に残しておいて、自分ごとこの施設を兵器で破壊するつもりなんだ。さっきの音はきっと……」

「地上では、シエナの町みたいになってるってこと?」

 イサは返事をしなかった。でも答えは明白だ。

 テセラはまだ掴んでいた毛布を放り投げ、扉にとりすがった。引っ張ってみて、押してみて、最後に足が痛くなるほど蹴って、さらにもう一度扉をたたこうとしてイサに止められた。

「無理だテセラ」

「だって、このままじゃ!」

 抵抗するテセラを、イサは珍しく激昂した声で怒鳴りつけた。

「でも無理なんだ! ここは普通の部屋じゃない。おそらくロスト・エイジの技術で作ったシェルターだ! 地上でどんな兵器を使っても、ここだけは破壊できない。代わりに、爆発を検知すると二十四時間は何をやっても開かないんだ!」

 一気に話して、イサは荒く息をつく。

「一〇〇年前に戦争が始まった時、民間人が逃げ込むためにこういった場所が作られた。無理なんだ、テセラ」

 イサの説明に、テセラはうなだれた。

 でも、今こうしている間にもディオがどうなっているかわからないのだ。

 歯を食いしばっていると、もう一度揺れがやってきた。今度は先ほどより軽い。

 テセラはふと思いつく。

 一度だけじゃないということは、まだ地上部はそれほど破壊されていないのではないだろうか。

 そもそもこの施設は副都にある。軍施設が固まっている場所とはいえ、それほど遠くない場所には関係のない人々が住んでいるのだ。ディオがその人達を巻き添えにするだろうか。やるならば、出力を小さくして破壊したい場所だけを狙うのではないだろうか。

 なら、まだ間に合うかもしれない。この扉さえ開けられれば……。

「ロスト・エイジの扉……」

 何か手立てはないだろうか。

 ディオから聞いたロスト・エイジの話の中に、何かヒントになるようなことはないだろうか。たとえばあの頃の技術について。

 今は鉱石を使うといっても、自動車の燃料や発電のためにしか使われていない。それも一部のものだ。昔は荒野に散らばるような灰晶石を、電気回路として使っていたという。

 テセラは首のペンデュラムを握りしめる。

 これは両端に菱形と短い棒状の灰晶石がくっついたもので、元々はディオの持ち物だ。昔と違って灰晶石を使う機械などないのに、なぜディオはこんなものを大事にしていたのか。

 それは、ロスト・エイジの時代の思い出の品だったからだろうか。

 じっと扉を見つめていると、ふと古い記憶が蘇る。

「あれ、そういえば……」

 ディオがこんな扉の前にいて、このペンデュラムを扉に差し込んでいた姿だ。

 ずっと昔。

 ディオがテセラの家にやってきたころのことだったはず。

 荒野にあるロスト・エイジの遺跡まで、二人で行ったのだ。ディオをそこで拾ってくれた父親が、まだ生きていた機械が作動したせいで、瓦礫が落ち、亡くなってしまったから。

 できれば母のために父の形見かなにかがあれば、と思ったのだ。

 飛び出したテセラを追って、ディオも一緒に来てくれて……。

 テセラは今目の前にある扉を調べる。

「やっぱりそうだ」

 小さな穴がある。しかも棒状の灰晶石がちょうど入りそうなものだ。

 テセラはペンダントを首からはずし、その中に灰晶石を差し込んだ。カチリ、と鍵が開くような音と共に、扉一杯に地図のような線が赤や青の光で描かれる。

「テセラ?」

「しっ、黙ってて」

 いぶかしむようなイサの問いかけを止め、テセラはさらに昔のことを詳細に思いだそうとする。

 あの時、ディオに言われたことを思い出そうとする。

 昔は忘れないようにと、なんども心の中で反復したのだ。覚えてるはず。

 ディオは確か、同じようにこのペンデュラムを使い、なぜかテセラに言わせたのだ。


 ――もしかしたら、また閉じ込められる可能性もある。

 ――その時には、この言葉を使えばいい。


 水晶を差し込んだ場所から伸びる線が絡み合い、中央部に四角く囲まれた場所を見つめる。そこは鼈甲色に変化していた。

「きっと、ここ」

 指を押し当てると、軽く沈むような感触と同時に、静電気のような痛みが走る。その瞬間、扉の表面に光で文字が浮かび上がる。

【解除を要求する人物の名前を音声入力してください】

 テセラは慎重に言葉を紡いだ。

「シンセティス、ミア、ディオ、トリス、テセリス――アルシア」

【市民番号〇〇〇〇〇〇を認証しました】

 文字表示が変わると同時に扉に描かれた線は消え、扉が開いた。

「や、やった! イサ行こう!」

 テセラが扉に差し込んだ水晶を抜き取り、急いで首にかけながら振り返ると、イサは呆然とそこに立ち尽くしていた。

「テセラ、どうやって……ていうか何で君がそんなものを使えるんだ?」

 当然の疑問を受けて、テセラは満面の笑みを返した。

「昔ディオが使い方を教えてくれたの。なんでか私に言わせて、覚えさせて。あんまり昔のことだから、すっかり忘れてたわ」

「ディオが……」

 イサは呟いて、扉から引き抜いた灰晶石をじっと見る。

 小さな声で(……アル、シア姉さん)と言ったような気がした。

 誰? と問う前に、イサがテセラの手を引いて歩き出していた。

「ならここから先は、俺が鍵代わりに道を開く。後ろから離れないように」

「うん!」

 テセラは強くうなずいて、イサに続いて地下を飛び出した。

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