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6章-5

 左胸を撃ち抜かれたイサは、銃声の反響が消えないうちに仰向けに倒れた。

 テセラは、自分の喉の奥に空気が通り抜ける音を聞いた。

 叫びたいのに、喉に力が入らない。

 喘ぐように息を何度も吸い込みながら、力なくその場に座り込む。テセラの腕を掴んだ兵士たちも、彼女が抵抗するだけの気力もないと判断したのか無理に立ち上がらせようとはしなかった。

 なぜ、叫び声一つ上げられないのだろう。

 喉が枯れるほど大声を上げて、泣き叫んで……。気を失ってしまえたらいいのにと思う。

 昔読んだ物語の中に出てくる少女達は、みんな家族や大切な人の死に衝撃を受けて、あっけなく気を失っていた。どうして自分は目を開いているのだろう。

 ずっと守ってくれた、大事な人が殺されてしまったのに。

「二階の第三ラボに運んでくれ。彼の体の中にくっついてる機械を、別な博士に上げる約束をしてたんだ。どうしても、彼の驚異的な力の謎が知りたいっていうんでね」

 生け垣のように囲んでいた兵士達が駆け寄って、ディオの指示通りにイサの体を運んでいく。

 テセラも腕を引っ張り上げられて、引きずられるように連れて行かれる。

 元の部屋へ放り出されるように入れられて、兵士達は居なくなった。

 テセラはその場に座り込んだまま、動けない。

 どんなに怪我が治るのが早いと言っても、心臓を打ち抜かれた人が、生き返るわけがないのだ。

 涙も出ないまま呆然としていると、やがて扉が開いてディオが入ってきた。床に座り込んだまま見上げたテセラは、彼を睨み付けずにはいられなかった。

 彼は無言のまま彼女の側に膝をつく。

 その顔が悲しんでいるように見えて、テセラはこみ上げてくる怒りに身を震わせた。

 こんな再会をしたいんじゃなかった。

「……生きていてよかったって喜び合いたかった」

 震える声が喉から滑り出す。

「その為に探しにここまで来たのに、これは何? どうしてイサを殺したの? 何でこんなにディオのことを憎まなきゃいけないの? どうして、どおしてイサを殺したくせに哀しそうな顔ができるのよ! 人殺し!」

 細かに震える手で、すぐ側にいるディオの胸や肩を叩く。腕に力が入らず、ディオが痛がるくらい強く叩くことすらできないのが悔しくて、泣きそうになったとき、ディオが彼女を抱きしめた。

「やだ、離して!」

 イサを殺した人なんかに触れられたくない。そう思っても、力無い自分の手では彼を引き離すこともできないのだ。

 どうしてこんなに自分は何もできないんだろう。

 ディオが救えなかったと泣いて、イサは目の前にいながら助けられなくて、最後は探しに来たはずのディオをなじることしかできない。

 そのまましばらくディオは沈黙を守っていたが、泣き続けるテセラに聞かせるともなしに話し始めた。

「テセラ、よく聞いて」

 首を横に振るテセラにかまわず、彼は続けた。

「ミデンも軍も、僕のことは警戒してる。だから今まで話す機会がなかった。今はミデンが浮かれてる真っ最中だ。ちょっと僕が感傷的になってイサの死体を見に来ても、なんとも思わないだろう。だから、今なら話せる」

「何を……」

「ミデンから君の話をされてすごく驚いた。リヤに聞いたよ。戦場になった街で、僕を探してくれてたんだって」

 ディオは抱きしめた腕に力を込める。

「教えなくてごめん。僕はミデンを殺して、それであの街から君と二人で遠くに逃げようと思ったんだ。だけど人を殺したと君に知られるのが怖くて、だから知り合いに会いに行くだなんて言った」

「なんで今更っ!」

 今更そんな話をするなんて、何を考えてるのかと思った。

「そう言われても仕方ない。イサとリヤに全部聞いたんだろう? 僕はミデンに撃たれて動けなくなったところを、ユイエンに捕まった。そしてなんとしてでもミデンと兵器を始末するためにここに来た。最初の頃は、イサがミデンを追いかけてるって聞いたから、上手く行けばミデンはイサが処理してくれると思った。でもそんな上手くはいかなくて。予想外に兵器にかかったミデンのプロテクトも強い上、僕は自由に動き回れない有り様だ」

 テセラはディオの足に視線を落とす。

 杖をつきながらひきずっていた右足。ミデンのせいだと言っていた。

「だからイサと、君が来てくれるのを待ってた」

 待っていた?

 まだしゃくり上げながらも、テセラは上目遣いにディオの顔を見る。

 優しくほほえむ顔は、以前見たものと変わらない。その顔が、にじんで見えなくなる。

「待ってたって言うなら、なんでイサを撃ったの」

 急に涙がとめどもなくあふれて、止まらなくなった。

「イサを、かえして」

 哀しい時、側にいてくれた。自分はすぐ治るからと大怪我をしてまで庇ってくれた。ひとりぼっちになった時に、一緒にいてもいいと言ってくれた。

 彼を大切に思う理由なら一杯ある。

 でもそれだけじゃなかった。こんなにも胸の中にぽっかりと穴があくほど、ただイサのことが好きだった。

 好きになっていた。

 だだをこねるテセラの頭を、ディオが撫でる。イサと同じ仕草で。

「ごめん。でもイサは大丈夫だ」

「どこが、大丈夫……だっていうのよ」

「僕が壊したのは、イサの自壊装置だ。それはイサの心臓下に取り付けられてる。それを壊さない限り、僕に万が一の事があった場合は、同時にイサも死んでしまう」

 ディオはテセラの涙を強くぬぐった。そして視線を合わせてくる。

「イサが望んでくれたように、僕だってイサに自由に生きて欲しいんだよ」

「イサが、自由に?」

「だってイサが一〇〇年後の世界まで来てしまったのは、僕のせいだ。僕のために人を殺して、僕を生かすために手をつくしてくれた。そんな事しなくてもいいのに。何も知らずに僕のことを詰って、忘れて生きてくれたって良かったのに」

 いつか、昔のことを告白してくれたイサのような表情だった。

 ディオを我が子のように、幼いまま死なせたくない、生きていてほしいと願っていたイサ。

「イサの傷は塞がり始めてる。心臓もまだきちんと動いてる」

 だから、とディオは微笑む。

「もう少し時間がかかるけど、イサは目覚めるよ」

 うそ、とテセラは呟いた。

 本当に? と尋ねたら、ディオは間違いなくうなずいてくれた。

 急に世界が色を取り戻したように見えた。

「だから協力してほしい」

「何を?」

「ミデンの作った兵器を処分する」

 ディオはきっぱりと言い切った。

「でも、説明するには時間がない。リヤに全部話してある。ここに来るはずだから、彼に聞いて、イサと一緒に手伝ってほしい」

 そしてディオは立ち上がり、部屋を去りかけてもう一度振り向いた。

「なんだかなぁ。このままじゃ癪だな」

 ディオは噂話をしたがる子供のように、ニヤニヤとしていた。

「イサに、嘘までついて、妹を泣かせるなって言っておいて」

「え?」

 問い返す間もなく、ディオは部屋から出ていってしまった。

 一人取り残されたテセラは、嘘って何だろうと考えた。

 イサが最後に言った、テセラに「生きている」ことを教えなかった事だろうか。イサは嘘をついてたと、確かにそう話した。

 始めの頃に伏せておいた理由はわかる。ミデンを追いかけて国境を越えた時はまだテセラも帰るつもりだったし、イサもそう言っていた。ディオがもしミデンを追いかけているとしたら、危険だと考えたのだろう。

 でもその後は?

「ミデンがディオのこと殺したって言ったから、私もディオは死んじゃったって話したけど、イサは一言だって否定しなかった……」

 ミデンを殺して、全てを語った後には話しても良かったはずだ。ディオが兵器を使っていると思ったからだろうか? テセラを巻き込むまいとしてのことならば、わかる気がする。

 けれど、そのつもりならテセラに一緒にいようと言う理由がわからない。

 本当は当人に聞きたかった。どうして? と。

 尋ねる機会はまだある。ディオの言うとおり、本当にイサが生きているなら……。

 涙は乾いて、床についた手は冷たくなっていた。自分の指先を見つめていると、背後でドアの開く音がした。

「よぉ、テセラ。生きてるか?」

 前と変わらない調子で話すリヤの声。見上げると、リヤは目元に隈が浮かんでいる。それでも表情は暗くはない。

 半信半疑だったディオの言葉が、本当だと示すように。

「さて、いろいろ準備は整えた。まずは面会に行くか? 気をきかせて許可はとってある」

 もちろんだ。まずはイサの無事を確かめたい。テセラはうなずいた。

 連れられていったそこは、簡素な囚人部屋のように寝台とキャビネット以外何も無い部屋だった。広さも、三歩歩いたら壁にぶつかりそうな幅しかない。

 キャビネットの上には、血のついた鉄の器具がいくつも転がっていた。

 リヤは開けた扉をきちんと閉めて鍵をかけ、ゆっくりと寝台に近づいた。

 寝台の上には、頭からつま先まで真っ白なシーツで覆い隠された人が横たわっている。その胸の辺りに滲む血の色に、テセラは唇を噛み締めた。

 彼が深呼吸するのが聞こえる。それからシーツに手を掛けて、勢いよく捲った。

「…………っ」

 息を止め、覚悟を決めて見守っていたテセラは、何度か瞬きした。

 イサは深く眠っているかのように眼を閉じていた。

 ほんの少し青白く見えるだけで、何度か見た彼の寝顔と変わらない。上着のシャツがボタンを外され、剥き出しになった肌の胸の辺りに肉芽が盛り上がっていた。傷は血が溢れることもなく、ほぼ塞がっているのがわかる。

 テセラはキャビネットを押しのけてリヤの隣に駆け寄った。近くで見ても間違いない。

「本当に、生きてる……?」

 呟いたテセラの肩を、リヤが軽く叩いた。見れば彼の口の端が持ち上がって笑みを形作っている。

「お前の兄貴は嘘をつかなかったみたいだな」

 テセラは無言のままうなずいた。

 イサを殺したと責めても、何も反論しなかったディオ。随分酷い事を言ってしまったという後悔が心の中に押し寄せてくる。

「知らせなかったのは悪かったよ。お前さんを閉じ込めておいたから、事後に会わせて説明すればいいと思ってたんだ。まさか抜け出してくるとはね」

「……ううん。気にしないで」

 リヤが説明してくれた。

 わざわざ公衆の面前で、イサは撃たれる必要があったのだ。まずはイサを死亡させたとミデンや軍に思わせなければならなかったから。

「そういう意味では、お前さんが暴れてくれたおかげで、より信憑性が強まった。結果的に良い状況になったんだ」

 そうしてミデンを油断させ、ディオへの不信感を和らげる。

 ディオは元々兵器に反対していた。完成を手伝ったぐらいでは、その印象を払拭しにくい。けれどかつて自分のためにミデンの陰謀を暴いたイサと敵対してみせたなら、彼らの評価は大幅に修正されるはずだ。年月が経って、兵器の善し悪しよりも、自分の命を優先する人間になったのだ、と。

 また、イサは一度『死ぬ』ことによって暗示が解除できるかもしれない。同時に自壊装置を破壊し、彼が死んでしまう事態を回避する。

「こっからが、お手伝いの内容だ」

 遺体への面会だと偽って、テセラとイサを合流させること。

 そしてイサと共に、テセラは兵器の破壊のために施設の地下へ行くこと。

「地下?」

「そこに、あのおっかない兵器の本体があるんだってよ。基本的には、五階にある制御室で兵器の照準やらを操作してるらしい。だけどそこを破壊しても、地下の機械を壊さない限り、メイン部分は無事なまんまなんだそうだ。そこを破壊してほしいらしい」

「そうしたら兵器は完全に使えなくなるのね!」

「おいばか、元気な声出すな!」

 しっ、と注意されてテセラは口を押さえる。

 しまった。こんな明るい声を出してたら、イサが本当は死んでないんじゃないかと疑われてしまう。

 申し訳ないとリヤに小声で謝った。

「よっし。イサが動けるまで夜明けまではかかると言ってた。それからなんとか作業に移ってほしってことだ。同じ頃にディオも操作側の機械を壊すらしい」

「でも、ミデンはどうするの?」

 当然ミデンは大騒ぎして阻止するだろう。

「あのオッサンはその時に対処すればいいさ」

 とリヤは楽観的な意見を述べた。

 ひとまず話は一段落し、二人でイサに視線を向ける。

 こころなし、胸の傷も少し小さくなった気がする。異常なまでの傷の治りの早さが、今は有り難かった。

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