6章-4
目の前にディオの姿が見えた。
松葉杖をついている。あれはきっと、ミデンが撃ったせいなんだろうとイサは思った。
だけど背も伸びて、自分と大差なくなっているのではないだろうか。顔はますます従姉に似てきた。
懐かしさが込み上げるのと同時に、湧き上がる殺人衝動にイサは呻いた。
自分の右手が動きかけて、咄嗟に左手で抑えた。予想以上に制御するのが大変だ。これ以上近づくのは危ないかもしれない。
冷静になりながらも、心の中にはディオを殺さなければという言葉が荒れ狂う。脳に刷り込まれた暗示が、叫ぶのだ。
「殺せ」「殺せ」「殺せ」
その衝動は、銃声が響く度に激しくなる。
歯を食いしばって耐えながら、銃弾から身をかわし、硝煙の立ち昇る銃を握り締めた相手を一刀のもとに切り捨てた。
その瞬間だけ、心の中に巣くう衝動が治まる。
「なんだか殺人鬼みたいじゃないか」
笑い出したくなる。
続く銃弾を避け、軽々と宙へ飛び上がる。そして更に切り裂いた。
周りにいる兵士を殺しつくしたら、このおかしな衝動は消えるだろうか。そんな事を本気で考えはじめたとき、兵士の作る壁の中から、小さな人影が転がり出た。
「逃げて! 約束なんていいから、死なないで! イサ!」
声が裏返るほど大きな声で叫んだのは、テセラだった。
彼女は近くの兵士に二人がかりで掴まえられたけれど、それでも暴れ続ける。
「私なんていいから、早く、ディオに近づかないで!」
なんでテセラがそんな事をしてるのか。
ディオが目の前にいたら、自分が暗示のせいで思うように動けないと思ったからだろう。的になって、死んでしまうと心配したに違いない。
納得がいくまでしばらくかかり、イサは自分の頭がぼんやりとしはじめていることに気づく。
こんな場所に連れてこられても、まだ他人の心配をする余裕があるなんて、とイサは笑いたくなる。最初、なにもかもに怯えていた頃とは大違いだ。
でもテセラ。俺はディオの望みを叶えてやりたい。ディオに会ってしまったら、俺はどちらにせよ死ぬしかないんだ。
やがてテセラが暴れるのをやめた。
呆然とイサを見つめてくるテセラを、二人の兵士がひきずっていく。連れて行かれたのはディオの側だった。
「仕方ないね。見せないようにと思って閉じ込めてたのに」
ディオは、困ったような表情でテセラを見下ろしていた。その表情は、幼い子供を見守る大人のものだ。おそらくはそんな風に、ディオはテセラを守ってきたのだろう。
彼はゆっくりとイサの方に向き直る。
「テセラを保護してくれてありがとう」
兄らしい言葉に、イサはほっとする。一方でディオの側にテセラがいるのなら、自分の保護者としての役割は終わりだ。そのことになぜか寂寥感をおぼえる。
ディオは少し苦笑う。
「あなたは変わりませんね。年下の子供を放っておけないんだ。昔の事を見てるみたいですよ。姿も変わらないからなおさらだ。私は貴方と同じ歳に追いつきそうなのに」
最初にあった歳の差は十以上だ。今ではほとんど変わらないくらいに見える。
「俺は満足だよディオ。幼いまま死んで欲しくなかった。成長して幸せでいる姿が見たかった」
イサは左手で右手を柄から引き剥がした。腕ごと右手を抱え込むようにして、ディオを見つめて言った。
「俺の望みは叶った。もし俺の存在を消したいなら、そうすればいい。ただ、テセラだけは逃がしてくれ」
テセラが息をのんだ。ディオがうなずき、そして銃を持つ右手を持ち上げる。
「うそ、何?」
テセラが銃を見て、再び叫び出す。
「やだやめてっ! ディオ!」
叫んでもディオは眉一つ動かさない。
ディオはもう決めているのだろう。そしてイサもどうするのか決めていた。
「やだっ、待っててって言ったじゃない! ずっと一緒にいてくれるって! イサ!」
その言葉に、イサは胸が痛んだ。
無責任なことを言ったのは自分だ。だって、俺は……。
「テセラ、俺は嘘をついてたんだ」
イサは一度目を閉じて、それからテセラに顔を向けた。
最後だから、ちゃんと彼女に話そう。ディオも、その間ぐらいは待っていてくれるだろうから。
「俺はディオが生きてるってずっと知ってた」
テセラの驚く顔がよく見える。
「ディオが死ねば、俺も死ぬ。そうなる機械が体に埋め込まれてる。だからディオは生きてるってわかってたのに、言えなかったんだ。ごめん……」
「なんで、そんな」
どうして? そんな難しい質問にイサは答えられそうになかった。
ディオを殺したいという衝動がまたわき上がってきて、頭の中で言葉が上手くまとまらない。
言い訳ぐらいしたかったんだけどな、と思いながらイサは目を閉じた。
その瞬間、銃声が鼓膜を打った。