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6章-2

 車は光に包まれた街へと入って行った。

 大通を物々しい土色のジープで横切り、やがて大きな壁の前に止まる。リヤが車の中から手を振ると、鉄柵の門が開いて更に中へ。

 暗いコンクリートの壁の向こうは広い庭になっていて、車道に沿って備え付けられたライトが、芝の緑や噴水、無骨な壁の輪郭を浮かび上がらせている。

 車が最後に止まったのは、一〇〇メートル四方はありそうな庭を越えたところだった。そこにあったのは、車の窓からでは全景がよく見えない、縦にも横にも大きな建物だ。コンクリートの地肌がむき出しで、見える限りの窓も無機質で、荒野の風景の方がまだ愛想良く感じるのではないだろうかとテセラは思った。

 車でそのまま突入できそうな数段のステップと広い玄関の前には、出迎えというよりはテセラを拘束するためだろう。軍服を着た人間が三人と、白衣を着た人がその後ろに立っている。

 あれが自分と会いたいなんていう奇特な研究者だろうかと思った時、その人が前に進み出てきた。

 玄関から溢れる光のおかげで、テセラは顔をよく見ることができた。

「さ、降りなテセラちゃん」

 促されてドアに手をかけたが、力が入らない上、指先が震える。

「どうした?」

 運転席から顔を覗きこんできたリヤは、小声で囁いた。

「大丈夫か?」

 テセラが答えられずにいると、それでも降車だけはさせなければと思ったのか、リヤは車を降りて助手席側に回り、従者のごとくドアを開けた。手を引かれて、テセラはのろのろと車から降りたが、とてもリヤの支え無しでは立っていられなかった。

「クーロ少尉、それが例の人質ですか?」

 ついさっきまで、どうせなら車で玄関の中に突っ込めばいいのにと凶暴な考えを持っていたことすらウソのように、テセラの腕は寒気にあわ立つ。

 今目の前にいる人の姿が信じられなくて。

「ええそうです」

「ふうん?」

 足を痛めているのか、彼は松葉杖を使って立っていた。そして珍しい動物を眺めるような反応をする。顔が似ているだけの別人じゃないかと疑いたくなる。でも声まで似ているということがあるだろうか。

 そして先ほどまでこちらに向けられていた、金の髪に縁取られた顔。

 間違いない。

「ディオ……」

 なぜだろう。

 ディオなら、どうしてテセラの名を呼んで、近づいてきてはくれないのか。まるで知らない人間のような彼の反応に、混乱する。

「ようやく着いたのか」

 さらにディオの背後から、ミデンが現われた。

 シエナで見た時とかわらない、ぼさぼさの髪。ズボンもよれているせいか、シワのない白衣だけが浮いて見える。

 憎むべき相手だった。会ったら、ディオを返せと叫ぶつもりだった。だけど当のディオはそこにいる。ミデンを見てちょっと嫌そうな顔をしたものの、それ以上は何も言わない。

 なんで? どうして?

「シエナでは世話になったね。お礼にご招待したんだ、ゆっくりしていってくれ。なぁ、ディオ?」

 ミデンの方はにこやかにディオに話しかけている。

「そうですね。仮にも妹だった子ですし」

 仮にも……。

 ディオの言葉にテセラは目の前が真っ暗になるような思いだった。死んだと思って泣いて探したのに、ディオの方は『仮にも』程度だったのだろうか。

「けど、私は別にあなたの事を許したわけではないので、馴れ馴れしくしないでいただきたいですね、ミデン博士」

 ディオはミデンから離れ、言い捨てる。

「いちいち杖を使わなくてはならないのは、あなたのせいですから。私があなたに協力するのは、イサを排除するまでの間だけです。それでは」

 あっさりと立ち去るディオの後ろ姿を、テセラは見つめるしかなかった。

 ミデンはふんと鼻で笑い、自分も建物の中へと引っ込む。入れ替わるように、リヤに軍服を着た人間が近づいてきた。

「少佐、任務遂行いたしました」

 リヤの言葉に、口髭を蓄えた中年の少佐は大仰にうなずいてみせる。皺一つ無い軍服といい、整えられた口髭といい、前線の兵士とは違って身奇麗にするだけの余裕がある人なんだろうなと、テセラはぼんやり考えた。

「ご苦労だった。中に案内がいるから人質を連れて行け。それにしてもまぁ……」

 少佐は茶色の瞳を細めてテセラを見下ろす。

「あの歩く凶器みたいな男にも、女に対する興味があったのか」

 いつもだったら、イサのことを侮辱されてカッとなったかもしれないが、今のテセラはディオのことだけで頭が一杯だった。

「とにもかくにも、弱点があるだけまだマシというところかな。博士様も女と聞いて、ヤツを始末するまでは厚待遇でもてなすようになんて言い出すし、もしかしたら今後も使いでがあるかもしれん。私からも丁重に頼むよ」

 少佐は機嫌よく手を振って、建物の中へ入って行った。

 テセラはそれを敬礼で見送っているリヤを見上げ、質問した。

「ねぇ、あれはディオなの?」

 リヤは手を下ろして小さく囁いた。

「話は後で。行くぞ」

 まだ足元がおぼつかない彼女を支えながらリヤが歩き出す。

 広い玄関を通り抜けると、年上の女性が待っていた。リヤのような軍服ではないけれど、紺色の制服姿からは少なくともこの建物で働いている人間なのだと思った。ユイエンは確か、女性の軍隊入りが認められていたような気がする。

 リヤとテセラは彼女に案内されるまま歩いていった。

 石造りの広い建物は、所々天井に電気が灯っていたけれど、それでも覆い隠しきれない影が廊下の隅に蹲っている。歩くたびに硬い靴音が響いて反響する中、一定間隔に警備の兵士が立っている。通り過ぎても、視線は斜め上に向けられたまま動かない。まるで人形のようだ。

 廊下の先にある階段を上る。踊り場を通り二階へ。また踊り場を通過して三階へ、更に四階へ。

 階段を上るうちに、ようやくテセラの足に力が入るようになってきた。四階の廊下を半ばまで歩いたところで、女性が部屋の扉を開けた。

「大抵のものは中に揃っています。では」

 彼女は言葉少なく説明するなり、リヤに敬礼して立ち去る。

 リヤに背中を押されて部屋に入ったテセラは、扉が閉まるのと同時にリヤの胸倉を掴んで問い詰めた。

「一体全体どういうこと! あれは、ディオなんでしょ! どうして教えてくれなかったのよ!」

 わかってて騙したのかと言うと、リヤも困惑した表情で答えた。

「わざとじゃないって。あれ、あいつがお前の探してた兄さん……?」

「そうよ! あの顔も声も間違いないわ!」

 リヤは深くため息をついて肩を落とす。

「俺だってお前の兄さんかどうかなんて、確かめる暇はなかったんだってばよ。だいたい、あいつは俺にカーティスとしか名乗らなかったんだ」

 そうして、ディオがここに来た経緯を教えてくれた。

 ディオはミデンを探してやってきた街で、運悪く戦闘に巻き込まれた。だが、彼のいた場所が問題だった。軍がようやくつきとめた、ミデンの潜伏場所にいたのだ。

 誰かに撃たれて動けずにいたディオは、ミデンの行き先を知る者として保護された。

「俺はミデンを探す指令を受けていてね、それでお前の兄さんに話を聞く必要があった」

 ディオは最初こそミデンと係りを否定していたが、イサの名前をリヤが呟いて以降、イサについて聞きたがった。リヤは当然のことながら興味を持ち、自分の知る限りのことを話して聞かせた。

「そんでようやく、イサは自分にとって兄貴みたいな人間で、自分はミデンを殺そうとしてたんだって聞いた。さすがに時間がなくてよ、家族構成まで聞くヒマがなかったんだよ」

 その時にロスト・エイジにまつわる彼らの因縁についてもリヤは知ることになった。

 一方のディオは、ユイエンでミデンが作った兵器について知らされた。イサは確かに一つ兵器を壊したが、そちらとは別にもう一つスペアがあったのだ。しかもユイエンはいずれミデンを連れ戻して本格稼働させるつもりだった。

 ディオはその兵器を破壊したいと言った。そんな彼に、リヤは「いい方法がある」と提案したという。

 それが、ユイエンの軍部に自分の知識を売り込むことだった。

「イサみたいな奴じゃなきゃ、破壊するなら内部に入り込むのが最短コースだ。ちょうどミデンがいなくて困ってるらしいから、今売り込めば諸手を上げて歓迎されるぜって教えてやったんだ」

 リヤの提案にうなずいたディオは、次にイサについて依頼してきたらしい。

 イサを自分のいるところまで誘導してほしいと。

「これに関しては、俺らが動くまでもなくミデンが手ぇまわしてくれたがな」

 けれど、それ以上リヤも詳しく話をする時間はなかったのだ。

「お前の兄貴はイサを呼んで、ここを破壊してもらおうってのかね? それにしても、自分を殺そうとした男相手に、よくまぁ穏便に話ができるもんだとは思ったが」

 リヤの問いにテセラは項垂れる。

 テセラは頭を横に振るしかなかった。ようやく再会できたディオの考えてることが、これっぽっちもわからない。

 今もミデンを憎んでることはわかった。兵器を破壊しようとしてることも。

 だけどイサについては、会わない方がいいのではないだろうか?

「わかんない。でも、イサを呼び出す理由になりそうな事は知ってる。イサは、ディオに会ったら殺してしまうかもしれないから」

「なんだよそりゃ?」

「ミデンもそうだけど、ディオは本来殺されるはずだったの。ディオの国だったところの人達が、戦争に負けた後もミデンとかの持ってる知識を他国に取られたくなかったから。そうなった時、処刑する役割をイサは与えられたんだって」

「自分がやりたくなくてもか?」

「解けない暗示をかけられるから、衝動を抑えきれなくなるって。だからイサは、ディオに会わずに自分が死ぬつもりだったんだって」

 するとリヤは額に手を当てて目を閉じ、唸った。

「なんだよ、そんなにまで従姉妹のガキがそんなに大事だってのかよあいつは」

 会ったら殺しそうになってしまう。だから自分が死ぬ。

 イサがここへ来てディオを見たら、死ぬ気になってしまうかもしれない。それはイヤだ。

「とにかく、俺の考えは変わってない。お前のことは、たぶんあいつも何か考えがあってあんな無視してる……と思うんだが」

 くそっ、とリヤは吐き捨てる。

「とにかく俺はディオにいろいろ確認しておく。分かり次第連絡しにくる」

 リヤは部屋を出て行った。

 一人部屋の中に取り残されたテセラは、うつむく。

「どうして……」

 ディオの考えていることが全然分からなくて、不安だった。

 再会できたのなら、もっと素直に喜びたいのにそれができない。それが許されないような、他人のような彼の視線が気になっていた。ユイエンに来て、もう妹なんてどうでもよくなったのだろうか。

 自分のために死のうとしている人のことも、どうするつもりなんだろう。

「イサ……」

 目頭が熱くなって、膝の上に涙が落ちて染みを作る。

 本当にさっきディオが言ったとおりだったら、イサが殺されてしまう。来ないでほしい。自分は見捨てられてもいいから。

 死んでしまうくらいならそうしてくれていい。

 だけど、無性に彼に会いたかった。


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