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6章-1

 テセラを載せたジープは、砂埃を蹴立てながら荒野を疾走していた。

 道なき道には石や窪みがいくつもあり、時に大きく車体が傾いたりバウンドしたりと、乗り心地はあまり良くない。

 テセラはじっと黙って前を向いていた。

「なぁ、テセラちゃん」

 話しかけるリヤにテセラは冷たく応じた。

「私、あなたと話なんてしたくないんだけど」

「おや、強気だな。人質にされたってのに」

 リヤは意にも介さない様子で彼女をからかった。

 そりゃあ、爆発に巻き込まれてみたり、死にそうになってみたりすれば、いくらなんでも肝が据わるでしょうよ。ついでに落ち着きさえすれば、リヤが自分を今すぐどうこうできないことも予想がつくのだ。

 そう言い返したかったが、テセラは黙っておいた。

 さらにからかわれるのが目に見えているからだ。

 それ以上にリヤがいつもどおりの態度で接してくるのが腹立たしい。

 イサを裏切ったのに。

「ふふん? 怒っちゃったかな。でもお前さんがミデンに関わっちまったことは軍部に知られてるんだから、どっちにしろ軍に連行されるのは諦めてもらわないと。もちろん報告したのは俺じゃないがね」

「なにそれ。イサの人質としてじゃなくても、私は連れて行かれたっていうこと?」

「そういうこと。だからシエナに帰れって言ったじゃん?」

 軍の機密事項であるミデンに接触しても、故郷に帰れば問題はないはずだった。基地へ戻りさえしなければ、軍が彼女を拘束したがったとしても、国境を超えてまでテセラを追いかけたりはしなかっただろう。

「でもお前はイサと一緒に来ると言った。怪我して帰って来たイサと一緒にいたんだし、内緒にしておけばバレないっていうわけもないだろ?」

 テセラは思わず唇を噛んだ。

 リヤの言うとおりなのが悔しい。

 ディオのことが絡んだのは予想外とはいえ、考えることを放棄してイサに付いてきたのはテセラだ。

「俺もお前さんとあの爺さんの関係ってやつに興味があるね。お前さんのことを垂れ込んだのはミデンだ。でもな、ミデンが自分を殺そうとしてるイサの仲間と接触しておきながら、お前の事を殺さずにいた。何を話したのかしらないが」

 テセラの胸が痛む。

 ずっと兄だと慕ってきた、今でも兄だと思っている人の死を知らされたのだ。それを話したミデンが、あわよくばイサを自分に殺させようと仕向けるために話したのだとしても。

 でも、そんな事情をリヤは知らない。

「俺もシエナ基地に潜入したついでにお前さんが囚われたことを知ったわけだけど、なんでミデンはお前と話をする必要があった? それも身内と偽ってお前を庇いもしたらしいじゃないか」

 リヤは声を落とした。

 でも理由を話すわけにはいかない。

 イサですら、リヤに話していなかったことだ。こんな風に彼を裏切った今となっては、なおさらというものだろう。ユイエン軍がミデンと接触してテセラを拘束したのなら、ミデンにまつわる事を知ってしまった自分の命が危うい。

 人を沢山殺す兵器について、テセラは深く知りすぎている。

「ミデンには初めて会った。別に、何で自分を探してるのかとか聞かれただけだし」

「じゃあ、あれはどうなんだ? シエナの町から逃げ出したときに、町を破壊した雷が意図的に思ったとおりの場所に作れるとしたらって例え話」

「それこそ例えばって想像の話じゃない」

 自分でもちょっと無理のある言い訳かと思ったが、どう言っていいのかわからない。テセラはそのまま押し通すことにした。

「どっちにしろ軍人じゃない人まで殺す兵器を作るなんて、頭がどうかしてると思うけど」

 呟くと、不意にテセラの左手にリヤの指が触れた。

 思わずそちらを見ると、彼の指が左手の甲に文字を描く。

《俺もそう思う》

 テセラはリヤの表情を伺った。

 彼は笑っているのか困っているのか、曖昧な表情でテセラを見ていた。

 やがてジープは小さな町に辿り着いた。

 軍の駐留基地があり、給油する時にそれまで運転していた男が降りた。

 そこからはリヤが運転をした。

「隣に乗んない?」

 ナンパさながらに言われてなんだかムカついたが、テセラは助手席に移った。

 今更外国の見知らぬ土地で逃げ出したところで、お金も持っていないのにイサのところまで逃げ出すこともできないし、そんなことをすればリヤはもう一度銃を抜くだろう。テセラにはイサのように銃弾を避けてみせる曲芸師のような真似はできっこない。

 そしてもう一つ、話をするのに最適な距離を保ちたいという気持ちもあった。

 手の甲に書いた文字。

 たった一言「俺もそう思う」といえばいいだけなのに、指文字で書いたリヤ。彼は、自分の正直な気持ちすら目の前にいる兵士に聞かれるわけにはいかなかったのだろう。

 テセラのことを軍に知らせたのも自分ではないと言っていた。

「ねぇ」

 尋ねると前を見たままリヤが返事を返す。

「なんだ?」

「私のこと、軍に知らせたくなかったの?」

 機密保持のためにミデンを殺し、兵器を壊されたくないからとイサを襲い、だけど兵器なんて必要ないと思っているけど口に出せないリヤ。

「いいかテセラちゃん。大人にはいろんなしがらみがあってさ、俺たちは受けた任務について上に報告する義務があんのよ。でもさ、例えば親友がスパイだったとする。俺からはそいつがスパイだってことは密告できないだろうさ。後で知っていただろうといわれても、知らなかったとでもシラをきるのが俺にできる精一杯なんだよ。俺も命が惜しいからな」

 だからミデンと長い時間話していたと知りながら、テセラのことを報告しなかった。

 代わりに何も知らないフリをして、直接の理由を語らずにテセラにシエナへ帰るよう促した。

「だチクられて困るような話は、誰もいない場所じゃないといえないんだよ」

「だから指文字だったの?」

 ただ一言「そう思う」と同意しただけで、上層部の意に反するから。

「わかってんじゃないか」

 車が基地を抜ける。

 今度は荒野よりもずっと緑のある風景だ。けれど木の緑も、たとえどんなに美しい花が咲いていたって、闇夜の中では色なんかわからない。見分けがつくのは車のライトに照らされた道の先と、空の月と星だ。

 その向こうに、ぼんやりと明るい光がドーム状になっているのが見える。

「ずっと向こうが明るい、何で?」

「でっかい町があるからだ。お前さんをあの副都に送るのが俺の役目だ。到着までそれほど長くはかからないさ。だから単刀直入に言っておく」

 リヤは一度言葉を切った。

「俺はミデンを探すよう指示を受けて、シエナに潜入した。ミデンにあの町が攻撃されることを教えたのも俺だ。それに乗じてユイエンに戻るようにとも言った。そしてお前さんのことを報告したのはミデンだ。が、お前さんを連れてこいと言い出したのは別の奴だ。そいつは、あの兵器の修理に関わってる奴だ」

 ミデン以外の人が兵器を修理した? ミデンと同じように時を超えた人間の一人だろうか。

 続けてリヤは言った。

「そいつ、本当はユイエンの施設を逃げ出したいらしい。でも俺には無理だった。俺はイサと仲良くしすぎて信用が無いからな。今回もミデンが俺とイサの件まで報告しやがって、不審に思われたんだろうな。野放しにするなって言われたから、とりあえず襲撃する格好だけはつけておいた」

「か、格好だけって、現にイサだって手とか撃たれたのに!」

 思わず激昂したテセラだったが、リヤに鼻で笑われた。

「あいつがあんなんで死ぬかよ。本当にやるつもりなら地雷だらけの場所に誘い込んだ上で、一〇〇人用意して一斉射撃させるさ」

 確かにそうでもしないと敵わないだろうと思ったので、テセラは口をつぐむ。

「あと、俺にイロイロと隠す必要はないんだよ、テセラちゃん」

「色々って何よ?」

「イサがロスト・エイジの人間だとか」

 思わず息をのんだテセラの顔を、リヤが横目で見て笑う。

「ミデンはロスト・エイジの時代が崩壊する原因になった兵器を作ったとか。その実験段階で町を一つつぶして、それで家族を殺されたイサが、復讐しようとしてることとか」

「なんで……」

「ミデンが逃げた後に来た研究者に教えられた。お前に会ってみたいって言ってたから、つけばすぐに顔を合わせるさ。なんでかはその時にでも聞くといい」

 どういうことだろう。テセラはリヤにロスト・エイジの頃の事情を教えた相手について考える。

 たぶん、ディオやミデンのように眠らされていた人だ。でもなぜ自分に会おうと考えたのか。イサの事情を知っているから、その彼と一緒にいたテセラに興味を覚えたのだろうか。

「とにかくそいつとは別に、軍もお前さんに興味津々らしい。イサみたいなわけのわからん奴を押さえ込むのに、お前さんを人質に使えるなら万々歳だろうな」

 テセラは泣きたくなった。自分が足かせになってしまうなんて。

 待っててといわれたときはただ切なかった。だけど、ミデンが戻ってきてしまっているなら、イサがどういう能力があるのかぐらいは知っている。助けに来たら、殺されてしまうかもしれない。

「とにかくお偉いさんたちはイサが邪魔なんだ。あの馬鹿は復讐ついでにユイエンの研究施設を一つ潰して、ミデンが国外逃亡するきっかけを作った。せっかくミデンぐらいの知識を持ってるやつを手に入れても、あいつがいる限りは高いびきをかいていられないだろうさ」

「研究施設を潰したって……」

 確かイサもそう言ってたけど。

「言葉通りさ。なにせ兵器開発をしている建物だったから、爆薬でもなんでもござれだ。そこに銃をぶっ放すやら、壊すやらで建物も半分おじゃんにしちまいやがった。半分はミデンがやったことだと抜かしてたらしいが。とにかく厳重な警備体制の所に一人で突入してそんな事をやり遂げた化け物が相手だ。上層部は今まであいつに対しては慎重になってた」

 今までのイサのイメージを覆すような大胆不敵な手口に、テセラは信じられない思いでリヤの話を聞いていた。

 もしくは、それほどまでになりふり構わずミデンだけを殺せればいいと考えたのか。

「本当はそれで終わりだったんだ。兵器は惜しいけど、ミデンもいなくなってどうしようもなかった。それなら労力をかけてイサを始末したって意味がない。でも、あまり間をおかずに奴らはミデンの代わりを手に入れてしまったんだ」

 そして、また同じように壊されてしまうのではないかと考えた。

「お偉いさん方はさっそくイサを殺す計画を立てた。そのためにも、お前を必要としたんだ」

 リヤが苦虫を噛み潰したように、嫌そうな表情になる。

「それこそ地雷原に誘い込むためにな」

「リヤ、イサのこと助けたいの?」

 二十人で周りを囲んでイサを殺そうとしたくせに。

「さっきから何聞いてんだよ。大人のしがらみと自分が可愛いから、格好はつけなきゃならないだろうが。それでいて上の人間が「人質をとって逃げても仕方ない」って思ってくれる人数を計算したってのに」

「だって腕撃ったもん!」

「だぁぁっ。あいつは腕に銃弾貫通したってすぐ治る奴なの! まぁ、その時間も含めて考えれば三日は来ないと思うが。その間になんとかするしかない」

「何とかって、どうするの?」

 テセラはリヤの腕を揺する。運転中のリヤは迷惑そうな視線を向けたが、特に止めたりしなかった。

「俺にもいろいろ考えがある。けど最悪、少々乱暴なやり方で逃げ出してもらうことになったら、死ぬ気で逃げろ。武器ならこっそり渡してやる」

「私にリヤ並の武器の扱いや、俊敏さを期待しないでよ」

「けどさ、それじゃイサが一〇〇人に囲まれて蜂の巣だ。さすがのあいつも死ぬだろ」

 ぐっとテセラは押し黙る。

 イサに死んで欲しくない。だけど自分が武器をもっても、的になるのがオチだろう。

 本当はこのまま逃げ出したい。けれど、このまま別なところに逃走できないのかとリヤに言ってみたが、無灯火の車が後ろをついてきていると言われてテセラは落ち込んだ。

 死刑場に連れられていく囚人より、尚悪い。

 行けば、イサまでも巻き添えにしてしまう。彼一人だけなら、きっと逃げられるのに。


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