5章-5
イサは、思わずジープを追いかけそうになった。
テセラの泣き顔を頭から追い払う。
撃鉄の上がる音に体が反応し、無意識に音の方向を計算して来るべき軌道を避けた。
手に持った剣を握り直す。
この剣は、自分にとって自殺の道具だった。
永い眠りの果てに、目覚めたら人を殺すこと。他国への知識流出を恐れた政府によってそんな暗示を施されたイサ達は、相手を殺せば自動的に『イサ自身も』死ななければならない。万が一政府が生き残っていたとしても、今度は不要だからと処分だれるだけだ。どちらにせよ死を運命付けられた自分達は、一つだけ私物を持っていてもいいことになっていた。
それなら、家族の仇を殺した剣で死のうと思った。
ディオの幸せを確認さえすれば。ミデンさえ始末できたなら。
「……っ」
イサは残った襲撃者達にむき直った。
彼らは後ろを向いていてさえ銃弾を避けたイサに狼狽し、足並みを崩している。
「リヤ、お前はこういうところだけ正しい」
イサは一足で間を詰めて、剣の届く二人を一度に切り捨てた。すぐ近くにいた男は、逃げることも思いつかず長銃を盾にしようとしたが、イサはそれごと男の首を切り飛ばした。
五人に数を減らした襲撃者は、思い思いの叫び声を上げながら逃げていく。
イサはそれを追わずに放置した。
剣の血を振り払って鞘に収める。
ディオの幸せを確認するまでと言いながら、先延ばしにしているのは、やはり命が惜しいからかと、そんな自分に歯がみしたこともあった。
ミデンを見つけてからは、それを大義名分にして、肝心なことについて見ないふりをしていた。
「それでも、君の役にたつことはできた」
早いうちにディオの様子を見に行って、幸せにしている光景を目に焼き付けて死んでいたら、君はもしかしてあの前線で命を落としていたのだろうか。
「でもきっと、これが最後だ」
イサは、リヤの言葉を思い出していた。
知り合いがいる。
「君は……ユイエンにいるのか。」
でも、彼がイサを呼ぶ理由がわからない。ミデンならば明白だ。自分の目の前でイサが死ぬのを見たいだけだろう。でも、彼は……。
「君はやっぱり生きたくなかったのか。それとも、こんな風にしかできなかった俺を恨んでいたのか」
彼は唇を引き結んで、アパートメントへ一度戻る。
そして雑嚢一つだけの荷物を背負って、町を出た。