5章-4
彼は相変わらず剣を抜いて彼らと渡り合っている。銃を撃たれる前に軌道を避け、当人ではなく手近な人間に斬りつけ、呻く男を盾にして銃弾を避け、次の人間を屠る。
テセラはその動きをぼんやりと観察し続けそうになった。
重傷を負ったばかりの人間が、どうしてこんな動きができるだろう。いや、実際問題として、普通の人間がいくら訓練をしたとしても、ここまで敏捷に動けるものだろうか。そしてどんなに血にまみれても切れ味の衰えることのない剣。
違う世界から来た人だ。
魔法使いを見るような思いでイサを見つめていると、彼の左腕を銃弾が貫いた。
思わず顔をそむける。
その動作で物音でもたててしまったのだろうか、テセラに一番近い男がふとこちらを振り向いた。
マズイ。こんな状況で自分が捕まったら、人質にとられてイサの迷惑になる。
テセラは足音に気をつけて、ゆっくりと建物の影にひっこんだ。
そして走り出そうとした時、頭に押しつけられた鉄の感触に息を飲む。
足がすくんだテセラは、腕ごと後ろから抱きすくめられ、そのまま引きずられていった。イサの姿が見えるところまで。
イサがテセラに気づき、足を止めた。
テセラの後ろで、誰かが身振りらしきものをする気配を感じる。すると、残った覆面の男達は銃を向けたままイサから距離をとるように退いた。その様子を視線で確認したイサが、こちらに向き直る。
その表情は言いしれない苦渋に満ちていた。
「リヤ……」
その言葉で、テセラはようやく自分を拘束している人物が誰なのかを知った。
「うそ」
イサの顔を見れば、嘘ではないことぐらいすぐにわかる。それでも信じ難かった。
リヤはイサと仲が良くて、イサが倒れた時にもちゃんと運んでくれて。
だから、信じていた。
「悪いな、テセラちゃん」
頭の左上から声が響く。
おどけたような口調が、ひどく無機的に聞こえた。
「これも大人のしがらみってやつでね。巻き込みたくなかったんだが仕方ない」
リヤが腰に腕を回し、テセラを後ろへと引きずる。
「リヤ、テセラは離してやれ!」
「やだね。今のでお前さんをどうにかするには二十人いても足りないことが分かった以上、人質がいても八人ぽっちじゃ、最終的にぶちのめされたあげく、人質も無事奪還して終わりだろ? そんなヤバイ賭けなんてする気はないんでね。逃げさせてもらうわ」
リヤはテセラの耳元で囁いた。
「大人しくしてくれれば悪いようにはしない」
その言葉を、信じろと言うのだろうか。今まさに彼のことを信じていたテセラを裏切ったばかりだというのに。
イサを見つめる。
彼も、またテセラを見つめ返していた。やがてその表情がとまどいから強い決意を込めたものに変わる。
「テセラ……待ってて」
薄暮すら空の闇に吸い込まれそうな暗い夜の中、不思議とイサの瞳の色がはっきりと見える気がした。
自分の心に差し込む光のような、紫の夜明けの色。
「待ってる」
答えた声が震えた。
イサが不安そうに顔を歪め、うなずいたのを見た瞬間、テセラの右目から涙が零れた。
それでも彼女には、自分がどうして泣くのかわからなかった。イサと引き離される不安なのか、それともディオのことも関係なく、テセラ自身に約束をくれたことが嬉しかったのか。
テセラはただ黙ってリヤに促されるまま後ろ向きに歩いた。
数歩も歩かないうちに仲間らしい別な覆面の男が、瓦礫の向こうからジープを運転してリヤの前に止めた。
リヤはテセラを先に後部座席に乗せると、銃口は彼女の頭に押しつけたまま、イサに言った。
「そうそう。副都のお前さんが壊した研究施設があっただろ? 修理したそうだ。あと、そこでお前の知り合いが待ってる。じゃあな」
リヤが車に乗り込むと、ジープはエンジンを吹かして走り始めた。瓦礫を迂回したのでもう見えるはずもないのに、思わずテセラは銃口のことも忘れて振り返った。
遠ざかる基地以外、何も見えない。
「そんな心配するなよ」
リヤを見れば、彼は腰のホルスターに銃を収めていた。
「あれだけエサを撒けば、あいつは追いかけてくるさ」
慰めの言葉のつもりだろうか。
テセラは「エサ」という単語に、言いしれない不気味さを感じていた。