5章-3
テセラはしばらくぼんやりとしていた。
それから寝台に寝転がる。
枕に顔を埋めると、爆発の粉塵とは違う砂っぽい匂いがした。荒野の匂いに似ている。
荒野の向こうにあった、シエナ軍基地で見た朝焼けを思い出す。
地平線に沿って一直線に走る紫の光。
風は冷たくてもあまり気にならなかった。なにも感じたくなくて、かえってもっと寒くてもいいと思っていたのに、あの夜明けの光にだけは目を奪われた。あまりに綺麗で、優しくて。
もし、私が飛び降りるより前にイサが見つけていてくれたらどうだろうか。それでも、ディオのことを知っていたイサは、私がミデンに会って何かを聞いたことに気づいてくれただろう。
イサはそういう人だ。
ぼんやりしていながら、相手のちょっとした変化にも気づいてくれる。
「だからきっと、私が帰りたくないこともわかっちゃったのかも」
きっとそうに違いない。でなければ、どうしてイサが一緒に居るだなんて言うだろうか。
別の意見が心の中に思い浮かぶ。
イサは私に側に居て欲しいと思ってくれたのだろうか。
そうだったらいい、と考えた途端に返事ができなくなった。息が苦しくて、でも涙が浮かびそうなほど嬉しくて。
だって寂しかったのだ。リヤに帰れと言われたときから。イサもリヤも、本来は自分と別な道を歩んでいく人たちだと、思い出させられたから。
けれどディオを大切に思っていたイサが、ディオの妹を「可哀想」だと思っての言ったのだったら……。そう考えると、返事をしていいのかわからなくなるのだ。
や、なんか変だ。
テセラは両手で自分の頬を叩く。
「そうよ。助けてくれたから、なんか勘違いしそうになってるだけ」
そんな風に思うと、少しは気が楽になった。一緒にいるうちにこんな一過性の感情なんて消えてしまうはずだ。
「現実的に考えるのよ、テセラ」
シエナに戻るのは難しいだろうか。逃げ出した瞬間は、どっちにしろ行くあてがないからリヤについてきたけれど、考えてみればあの基地にいた人はほとんど生き残っていないだろう。
こっそり戻って、離れた土地に行けば大丈夫かもしれない。
それよりもミデンの件だ。
シエナまで追ってきた以上、ミデンはシエナ軍に身をよせても安全性に違いはないと思ったはずだ。
自分ならどうするだろう。イサの何が一番怖いのかといえば、あの戦闘能力だ。だからミデンはテセラにだまし討ちをさせようとしたり、リヤを人質にとったりした。そんなミデンなら、イサに対抗できそうな武器のある場所へ移動するかもしれない。それが確実にあるのは、ユイエンだ。ミデン自身が使えるようにした、町ひとつを崩壊させられる兵器がある。
だけどミデンがユイエンに戻るなら、軍はイサを排除しようとするのではないだろうか。
以前にもミデンを殺すために施設を一つ破壊したという。そもそも、ユイエンに来るとは思っていなかったせいで確認してなかったが、イサは国内で手配されていてもおかしくない。
なら、ミデンとイサが決着をつけるまでの間、テセラはユイエンのどこかにいるべきだろうか。
「イサに、相談しなくちゃ」
テセラは部屋の外へ駆け出した。
埃っぽい廊下や階段を、口を覆って駆け抜ける。外へ出たけれど、見える範囲には誰もいない。
「そんな遠くに行ったのかな?」
テセラはアパートメントの周りをぐるりと回る事にした。
夕闇が迫る中、影になったアパート裏は薄暗かった。でもそこにもいない。けれど、その向こうにある小さなバラック小屋が連なる向こうから、不審な音が聞こえてくる。
地面に何か硬いものが当たるような。それも石とか小さくて硬いもののようだ。ぶつかった瞬間に巻き上げる土の音と、一瞬前に鳴る、鉛玉の代わりに軽石を撃ち出すような音。
撃つ?
テセラは音が聞こえる方へ急いだ。そしてバラック小屋の果てを、建物の影からそっと覗き込む。
そこには、荒野が続いていた。複数の人影が見える。
黒い人影は、どうも黒い覆面をして軍服を着た人間達だ。十数人いる彼らが囲んでいる人の、砂色の髪が目立つ。
(イサ……!)
テセラは叫びそうになって、思わず自分の口を塞いだ。