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4章-4

 雨は降り続いていた。

 細い軌跡を描いて落ちてきた雨粒は、濡れて黒々としたコンクリートの上で跳ね、急ぎ足で歩いていく人々の靴先に染み込む。

 人の流れに乗ってゆっくりと進むイサの、こげ茶色のコートの上にも降り注いですべり落ち、砂色の髪を濡らして額や首筋に張り付かせた。

 傘もささずに歩く青年のことを、何人かが振り返る。

 再度イサの姿を確認した人々は、彼が手に持った一振りの剣を見て、そそくさと視線を逸らした。

 不躾に見ていたことを気取られてはならない。相手は、体の中に『悪霊』と呼ばれるウイルスを飼っている人間だ。常人をはるかに凌駕する運動能力を持ち、開発当初には発狂する者が続出し、各地で虐殺事件を起こした『化け物』だ。

 今では安全だと政府が保証しているが、進んでなろうというものは軍人くらいのものだ。悪霊憑きは銃弾さえ避けてしまうため、殺そうにも仲間ごと集中砲火を浴びせるしか方法がないのだ。その恐怖は、今も人々の心の中に刻まれている。

 代わりに軍で『悪霊憑き』となった者は剣を持っている。一般の人間には見分けがつきやすく、それを目印に人々は彼から遠ざかる。

 イサにとって、それはいつものことだった。

 かといって、街中で堂々と剣を持って歩くことは滅多にない。今はその必要があるから、人目につくことも無視している。

 その視界に、家電製品店のショーウィンドーに映されたニュースが飛び込む。一秒前までは煌びやかなドレスを映していたショーウインドウの硝子に、堅さと真面目さをイメージして作られた灰色の撮影セットと、女性ニュースキャスターの姿が映る。

〈ここでニュースが入りました。先月16日に発生しました大量破壊兵器による虐殺事件について、少年犯罪としては異例の死刑判決が下されました〉

 イサの眉間に皺が寄る。

 予想できたこととはいえ、タイミングが早い。

 彼は足を早めてショーウインドーから遠ざかる。

〈死刑囚となったディオ・クロヴィアス少年は、判決が言渡された後も終始無言を貫き通しました。一方、データセキュリティが不完全だったことから、セキュリティ保全法違反として逮捕された、アルディネス研究所の……〉

 キャスターの声が遠ざかる。

 やがてイサは角を曲がり、大通を外れた路地に放り出していた車に乗り込む。

 エンジンをスタートさせると、事前に入力していた目的地へと紺色の車体はすべるように道を走り出し、中心街を抜け、郊外へと向った。

 そして、今まで耐えてきた分をぶつけるように、フロント硝子を殴りつける。

 あの時はまだ、みんなが犯人はディオだと思っていた。

 三十分後、イサが政治家を惨殺するついでに、真実を暴露するデータを公開するまでは。

「なぜ、何も言わなかったんだ……ディオ」

 呟いたイサは、自分の声で眠りから目覚めた。


 辺りは闇に沈んでいた。

 窓に当たる雨の音に辺りを見回し、それが車の中であることに気付く。

「昔のことか……」

 白昼夢だけではなく、夢でも見てしまったのはミデンの件があったからだろうか。思えばあの白昼夢を見るようになったのは、どうやらディオがミデンに撃たれた頃らしい。生命の危機に、自分の中にある機械が作動しそうになった影響なのだろうか。

 目の前で茶色の髪が一筋、車の隙間から入る風に揺れていた。

 上体を起こして見れば、イサにぶつからないような角度で助手席のシートを倒し、テセラが眠っていた。

 怪我のせいか、発熱したように頬が赤い。ほんの少し苦しげに眉根を寄せ、うっすらと唇を開いたその顔が、いつもより大人びて見えて……イサは心が痛んだ。

 受け入れたくないことを飲み込んで、彼女は心が引き裂かれないように、大急ぎで成長しようとしているのだ。

「どうして……」

 イサは呟く。

 自分は彼女の苦痛を取り除く、魔法の言葉を知っている。なぜ自分は言えなかったのだろう。

 ディオが死ねば、イサも死んでしまうことを。

 唇を噛みしめて後悔する。眠る前に過去のことを離した時、全部打ち明けてしまえば良かったのだ。なのに言えなかった。

 もしかして、彼女を自分と似た境遇にしておきたいのだろうか。そんなテセラを支えて、過去の自分への代償行為にしているだけではないのか。

 思いついてイサは首を横に振る。

 そんなわけはないと思った。彼女が泣くのを見るのは嫌だと思う。それなのになぜ言えないのか。


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